21 動き出す意地悪令嬢たち
交流会後期はグループワークでの活動がメインとなり、私はルイード皇子、エリン皇女、ノア皇子とグループを組むこととなった。
それを決めたのはエリン皇女の独断と言ってもいいのだが、なぜか今……私は令嬢達から非難されております。
「なぜ侯爵令嬢ごときのあなたが、皇女様や皇子様と同じグループなんですの?
そんなに強欲で恥ずかしいとは思わないのですか?」
「婚約者を気取っていらっしゃるみたいですが、そこまでしてルイード様と他のご令嬢を一緒にさせないようにするとは、なんて器が小さいのかしら」
「そのグループにあなたは不釣り合いですわ。
すぐに誰かと交換された方がよろしくてよ」
私に文句を言ってくるのは、いつもお馴染みの3人組の公爵令嬢達である。
1人でトイレに行った時に捕まってしまったのだ。
前回はたまたま通りかかったノア皇子が助けてくれたが、女子トイレの中ではさすがに助けは来ないだろう。
公爵令嬢も女子トイレで嫌がらせとかしてくるんだ……と心の中でツッコんでしまう。
「グループを組むのに、身分は関係ありませんわ。
みんな、誰かとは違ってそんな細かいことを気にされる方達ではありませんもの」
「……それは私達のことを言っているのですか?」
「まさか。違いますわ」
できるだけ他国のご令嬢と揉めたくないけれど、少しくらいは反論してもいいだろう。
私の言葉を聞いて、3人組みはさらに眉と目を吊り上げた。
鬼のような形相の彼女達はすぐに攻撃してくると思ったが、もう1人の令嬢が奥から現れたことで静かになった。
すらっと長い手足、黒髪ストレートロングのセンターパートに小さな顔、グレーの瞳に少しキツそうな美人……ジェシカ公爵令嬢が、私に近づいてくる。
どうやらこの3人組の仲間らしい。
「頭の悪い女ね。そのグループから外れなさいと命令しているのよ」
「……なぜ、そんなにもこのグループに固執するのですか?」
「私の方がそのグループに合っているからよ。
ダンスパーティーでは、私はノア様とペアを組むことになっておりますの」
え!?
思わず顔に驚きが出てしまった。
ノア皇子、相手は誰でもいいって言ってたけど……よりにもよって、みんなから怖がられているジェシカ令嬢と組んじゃったの!?
ジェシカ令嬢……余ってたのかしら……なんて、そんなことを聞いたら抹殺されてしまうわ。
「エリン様もペアの方とは同じグループではありませんし、そこはあまり関係な……」
「いいから、あなたは黙ってそのグループを抜ければいいのよ」
ジェシカ令嬢が恐ろしい魔女みたいな顔を近づけて脅してくる。
話を全く聞かないのはどの国の令嬢でも共通なのだろうか。
うん。正論とか言ってもこのタイプには無理ね。
ここは…………逃げるしかないかな。
私はジェシカ令嬢に向かってにっこりと微笑むと、脇をすり抜けて走り出した。
「待ちなさい!」という声が聞こえたが、無視して走り続けてなんとかみんなのいる教室に戻ってくる事ができた。
各グループごとに教室が割り当てられたため、広い教室には私、ルイード皇子、エリン皇女、ノア皇子の4人しかいない。
今はグループの話し合いの時間なのだが、先程の令嬢達は私に文句を言うためだけにトイレで待っていたのだろうか……。
「リディア、遅かったわね。何かあった?」
「ちょっとジェ……い、いえ。人が思ったよりも多かったので……」
「そう。今ね、どの国を調べたいかって話し合いをしていたのだけど、リディアは希望ある?」
「どの国を調べたいか……」
エリン皇女の質問に答えながら、私はルイード皇子の隣に座った。
私の前にはノア皇子、斜め前にエリン皇女が座っている。
「私はどの国でも大丈夫です」
「リディアもそう言うのね! この2人も同じだったわ。
じゃあ私が勝手に決めてもいいのかしら?」
「どうぞ」
3人同時にそう答えていた。
エリン皇女が、こういう時なんでも自分で決めたい人だというのは全員わかっている。
「……リディア、本当に希望はないのか?」
隣に座っているルイード皇子がいきなり顔を近づけてコソコソ話してきたので、思わずビクッとしてしまう。
その反応に気づいたのか、皇子が焦ったように少し離れた。
「あっ……ご、ごめん」
「いえ……。あ、あの、国はどこでも大丈夫です」
「そ、そうか。ならいいんだけど……」
小さい声でそんなやり取りをしているのを見ていたノア皇子が、呆れたような顔で呟いた。
「なに2人して赤くなってんの……」
ノア皇子の言葉にさらに顔が熱くなる。
不意打ちとはいえ、あれくらいで赤くなっちゃうなんて意識しすぎなのかもしれない。
そんな私達の様子に気づいていないエリン皇女が、話を続けてきた。
「んーー……なら、エストリア国とグウェート国にしましょう。
この2つの国は、特にドレスのデザインが奇抜で素敵だったの」
「……わかりました。では、さらにこのグループの中でも2つに分かれた方がいいですね。
俺はリディアと……」
そう話していたルイード皇子の言葉を、エリン皇女が止める。
「なに言っているのよ。今回の趣旨をお忘れ?ここは各国が親しくなるための場を作る『交流会』よ。
同じ国出身のあなた達でペアを組んだら意味がないわ」
「え……だが……」
「これは講師の方からもしっかりと言われていることですわよ?
ですから、ここは私とルイード様、ノアとリディアで組むしかないのですわ」
エリン皇女が薄いピンクの髪を手でなびかせながら、ニヤリと笑った。
ルイード皇子の顔が青くなる。
「ならば俺とノア様で組むから、エリン様はリディアと……」
「私とリディアは寮でも一緒ですし、このメンバーの中でより交流を持たせようとするのであれば男女で分かれるのが最適ですわ」
「俺とリディアがペア? ……よろしくね」
「!!」
ノア皇子が私に挨拶するのを見て、さらに慌てているルイード皇子。
私とノア皇子がペアになるのを嫌がってくれている……ヤキモチ? だと思うと、つい嬉しくなってしまう。
……まぁ私だって、本音を言えばルイード様とエリン皇女にペアになって欲しくないけど……。
今回はエリン皇女の言ってることは間違っていないだけに、何も反論できない。
結局、私とノア皇子がエストリア国、ルイード皇子とエリン皇女がグウェート国を調べることに決まった。
ルイード皇子と離れてしまったことは残念だし、エリン皇女とのことも気になるけど……それよりも、ノア皇子とまともなレポートを書くことができるのかと、そっちの方が心配である。
「ノ、ノア様。まずは何から調べますか?」
「んーー? ……食べ物とか?」
「……エストリア国の特産品とか、その国でしか作ってない食品とか?」
「うん。あとは適当に」
適当って!!!
レポート用紙何枚書かなきゃいけないと思ってるの!?
ダメだ! ここは私が頑張らないと、レポートが完成しない気がする!
「うーーん……あとは……」
「今考えなくてもいいんじゃない? やってるうちに、浮かぶと思うよ」
「そうは言っても……」
隣で話し合っているルイード皇子とエリン皇女の様子を横目でチラリと見る。
2人は、エリン皇女を筆頭に色々と意見を出し合っているようだ。
同じグループなのに差ができすぎてしまうのではと不安になる。
私の視線の先に気づいたのか、ノア皇子がはぁーーとため息をついた。
「……じゃあやるか」
「え?」
「めんどくさいけど、なんか今ちょっと嫌な気持ちだし。
負けたくないから一緒に考えるよ」
「ノア様……!」
そこからはノア皇子も一緒に考えてくれたおかげで、私達なりになんとか調べる方向性を決めることができた。
先程エリン皇女が言っていたドレスのデザインの話を取り入れ、私は女性向けのファッションや貴族女性の嗜みの流行・歴史を調べることにした。
男性側についてはノア皇子担当である。
「過去のことはともかく、最近の流行りとなると実際にその国の方からの情報が必要ですね」
「エストリア国からは、王族の参加はありませんわ。
もうみんな20歳を超えていますから」
私の言葉を聞いて、斜め前に座っているエリン皇女が口を挟んできた。
「そうなのですね……。
公爵家からは誰か参加していらっしゃるのでしょうか?」
「1人だけいるわよ」
「エリン様ご存知なのですか?」
「ええ。ドレスのデザインで気になることがあって、話したことがあるの。
黒髪ですらっとしたジェシカわかるかしら? 彼女が今回唯一のエストリア国からの参加者よ」
「え……?」
先程トイレで私に文句を言ってきたジェシカ令嬢の姿が頭に浮かぶ。
あのジェシカ令嬢しかいない……?
あの女から、情報を集めるってこと?
…………え。無理じゃない?
「リディア……青い顔したまま引きつり笑いしてるけど、大丈夫?」
そうエリン様に心配されてしまうほど、私の顔はおかしなことになっているらしい。
今この双子の姉弟に色々と乱されているというのに……ここで他の令嬢達とのいざこざも入るとか、私……大丈夫か!?