20 ルイード皇子視点
気づけば交流会に参加して1ヶ月半が過ぎていた。
残り1ヶ月半は講習の内容が変わるらしい。
今後の活動についてのガイダンスを受けるため、生徒全員が初日にオリエンテーションを行った会場に集められた。
1つの長い机には4人が座れるようになっていて、その机が舞台客席のように段になって並んでいる。
円形のこの会場では、どの席からでも真ん中にいる講師の姿がしっかり見える造りだ。
席は決まっておらず自由に座って良い事になっているため、俺はいつも通り誰も座っていない机を選び、その真ん中ふた席にリディアと並んで座る。
広い会場には人数以上の席があるため、そこに座れば誰かが隣に座ってくる事はほとんどない。
1つの机をリディアと2人で使う算段である。
一度エリン皇女が俺の隣に座ろうとした事があったが、「リディア以外の女性を隣に座らせるつもりはない」と伝えたら意外にもすぐに納得してくれた。
そんな風に婚約者を大切にするところがいいわね! というような事を言っていた。
このように、リディアが俺の婚約者だという事、俺がリディアを大事にしている事をこの交流会ではずっとアピールしてきた。
その甲斐あって俺の前でリディアに声をかける男はいない。
それでもリディアにチラチラと視線を向ける男はたくさんいるし、今朝のように隙あれば話しかけてくる男もいるのでまだまだ油断ならない。
隣に座っているリディアをチラリと見ると、偶然にも目が合ってしまった。
リディアは頬を赤く染め、照れながらニコッと笑う。
うっ……。
可愛いリディアを抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか理性でそれを止める。
一度彼女を抱きしめてからはどんどん欲が強くなり、逆に理性が弱くなってきている。
勝手にキスしてしまった前科がある分、気をつけなければ……!
今日やっと……やっと、リディアから好きだと言ってもらえたんだ。
こんなに嬉しいことがあるか?
ずっと、男として見てもらえていないと思っていたからこそ、その分喜びも大きいというものだ。
これからは堂々とリディアに気持ちを伝える事ができるし、正式な婚約者として彼女に触れる事もできる。
そんな幸せな気持ちに包まれていると、俺の隣にエリン皇女が座ってきた。
……え? なぜこんなにも空席がある中でここに座る?
しかもリディアの隣ではなく俺の隣に……。
エリン皇女はニコッと笑うと、後ろにいたノア皇子に向かって言った。
「ノアはリディアの隣に座ってね」
「え!?」
うん、と素直に答えたノア皇子は、すぐにリディアの隣に座った。
まるで最初からその席を狙っていたかのようなスムーズさである。
俺が自分とリディアの隣に異性を座らせないようにしていたと知っているはずなのに、なぜ……。
エリン皇女への怒りをわざと少しだけ顔に出し文句を言うと、皇女からはとんでもない答えが返ってきた。
「だって、ノアがリディアのことを好きになってしまったんだもの。
私は姉として協力しているだけよ」
………………は?
誰が誰を好きになったと……?
ノア皇子が? リディアを?
「そ……それなら尚更リディアの隣は……」
立ち上がったと同時に講師が会場に入ってきてしまったため、仕方なくまた席に着く。
隣ではエリン皇女がニヤッと笑いながら俺の腕にくっついてきた。
「ふふっ。私達わざとギリギリに参りましたもの。もう移動はできませんわ」
計画的だったというエリン皇女の言葉よりも、腕にベタベタと触られている事に焦ってしまう。
リディアの前で何してるんだ!?
やめてくれ。少しでも誤解されるような事はしたくない。
反対側の手でエリン皇女を引き離そうとしているが、腕が蛇のように巻きついていて全然離れない。
相手は皇女であるし、怪我をさせてはいけないと思うと乱暴にも扱えない……どうしていいか困っていると、隣からリディアとノア皇子の声が聞こえた。
「ははっ。その顔おもしろい」
振り返ると、ノア皇子がめずらしく笑いながらリディアに顔を近づけている。
焦りと嫉妬の気持ちで、一気に心の中が黒く染まる。
「ノ、ノア様! リディアからもっと離れてください」
「……エリンとくっついてるルイード様には言われたくないんだけど」
ノア皇子の正論が、グサッと胸に刺さる。
リディアにもそう思われてしまってるだろうかと考えると、不安でリディアの顔を見ることができない。
「俺だって離そうとしているが……!」
そんな言い訳をしても、エリン皇女に密着されているのは事実である。
離れてくれないエリン皇女への憤りや、リディアに好意を持っているというノア皇子への嫉妬や、リディアにどう思われているのかという懸念で、俺の苛立ちは限界を迎えた。
「……エリン様」
「なにかしら?」
「いい加減にしてください。俺、本気で怒りますよ?」
「…………」
おそらく、女性に対してあんなに繕う事もなく冷たく接したのは初めてだろう。
皇子としての外面が完全に消えた俺を見て、エリン皇女がゆっくりと腕から離れた。
「……もう本気で怒ってるじゃない」
「そんな事ないですよ」
「その氷のように冷たい表情、振り向いてリディアに見せてあげてはいかが?」
「イヤです」
エリン皇女ははぁ……とため息をつき、拗ねたような顔で頬杖をつきプイッと前を向いた。
やっと離れてくれたと一安心である。
隣にいるリディアとノア皇子のことも気になるが、ガイダンスが始まってからは2人も特に会話はしていないので安心した。
ガイダンスの内容は、残り1ヶ月半となった交流会の内容説明である。
後期の内容はグループワークらしい。
どこか2つの国を選び、その国についての資料を集めたり、出身者から話を聞いたりしてレポートを作成する。
それをグループメンバーで協力しながらやるので、後期はほぼそのメンバーでの活動がメインとなる。
講師が「4人組のグループを作るように」と言った瞬間、イヤな予感がした。
その時にはすでに、隣にいるエリン皇女が手を挙げて発言していた。
「はい! では私達はここに並んでいる4人でグループを作りますわ!」
「わかりました。エリン様、ルイード様、リディア様、ノア様……の4名ですね」
「!!」
講師が手元にある用紙に名前を記入している。
あっという間に決められてしまった。
「……エリン様……」
「あら。私はあれくらいの脅しでは諦めませんわ。ふふっ」
エリン皇女と組みたいと思っていたらしき男性達が、次々と皇女の元に来ては自分と一緒にやりましょうと声をかけに来た。
すでに決まったけれど諦めきれないといった様子だ。
その申し出を受けてくれ! と願ったが、皇女は笑顔でキッパリ断っている。
……俺は3人兄弟だから知らなかったが、世の皇女という者は皆こんなにも強いのか?
「ルイード様、大丈夫ですか……?」
冷めた目で隣の様子を見ていると、突然リディアが声をかけてきた。
俺の苛立ちが雰囲気で伝わってしまったのだろうかと心配になり、俺は慌ててリディアの方に身体を向けた。
ふとノア皇子を見ると、彼は机に突っ伏したまま寝ている。
今なら2人で話せる……!
自分の顔が笑顔になったのがわかった。
「大丈夫だ。……リディアはこのメンバーで大丈夫か?」
「はい。少し不安もありますけど……」
「変えてもらうか?」
「いえ。エリン様の顔を潰すわけにはいきませんし……それに、私はルイード様が一緒ならどのグループでも嬉しいです」
リディアは笑顔でそう言うと、恥ずかしそうに視線を外した。
う、うわ……!!
胸に何か撃たれたかのような衝撃が走る。
心臓を鷲掴みにされたのかと思うほど、苦しい感覚がする。
なにそれ……可愛すぎる……!
今すぐこの会場からリディアを連れ出したい……。
先ほどまでの黒い感情が、浄化したかのようになくなっていく。
もっとリディアに触れたいという欲が出たが、グループ分けが終わった後にもまだガイダンスは続くため勝手に出て行くわけにはいかない。
俺は立ち上がりそうになる足をグッとこらえて、リディアの手を握った。
「!」
リディアが顔を赤くして周りをキョロキョロしている。
ノア皇子は寝ているし、エリン皇女は男性に囲まれて話をしているし、他の生徒達は皆誰とグループを組むかと相手探しで忙しそうだ。
誰も俺達が机の下で手をつないでいることなんて気づいていない。
「まだグループ分け終わらないみたいだし、その間だけ」
そう甘えてみると、リディアは小さく頷いてくれた。