17 告白
「カイザお兄様。こちら、私のおと……お、お友達のマレアージュ様です」
「マレアージュ・フランシスと申します」
カイザにマレアージュを紹介する際、初めて言うお友達という言葉に照れてしまった。
ご友人と言った方が良かったのかな?
そう思いマレアージュをチラッと見たが、目をキラキラさせながらカイザを見つめている彼女は、そんな事全く気にしてなさそうである。
「リディアの友達か! よろしくな!
……でも、俺達どこかで会った事あるか?」
ナンパかよ!!
ナンパの常套句じゃないのかそれ!?
……って本当に会った事あるんだけどね。
マレアージュが忘れていて欲しいって言ってたから、誤魔化しておこう。
「気のせいではないですか?」
「そうか……そうだな!」
単純すぎるカイザの返答に、マレアージュはホッと胸を撫で下ろしていた。
ウサギの仮面を外したJにも気づかなかったカイザなのだから、ドレス姿ではなく制服姿のマレアージュに気づくはずがない。
でも、そんな男で本当にいいのか!?
英雄騎士とか言われてるけど、中身は単純おバカ男子よ! それでもいいの?
マレアージュはあのキツいツリ目がタレ目に見えるほど、ぽーっとしながらカイザと会話している。
カイザがどんなアホ発言をしようが、引いている様子もない。
恋する乙女フィルターって恐ろしい……!!
もうどんな姿も素敵男子に見えてしまうのね……。
1時間ほどおしゃべりを楽しんで、私達は解散することにした。
カイザやマレアージュとの会話はとても楽しかったが、私の頭の中には悲しい顔をしたルイード皇子の姿がずっと残っていて、あまり集中できなかった。
興奮気味のマレアージュに気づかれないよう笑顔で会話し、私達は寮に帰るなりそれぞれの部屋へと戻った。
「はぁ……」
部屋で1人になると、余計に頭の中はルイード皇子の事ばかり考えてしまう。
キスされた時を思い出しては悶え、悲しい顔を思い浮かべては胸を痛め、ふといつもの笑顔を思い出してはドキドキしている。
……なんだこれ。私さっきからずっとルイード様のことしか考えてないぞ。
もう認めるしかない。
今まで、王宮に嫁ぐのは嫌だとかルイード様は推しアイドルとか思ってきたけど、もう自分の気持ちを認めなくては。
私、ルイード様のことが好きみたい……いや……みたいじゃなくて、好き……。
なんとなくわかっていても、はっきりと認めるだけで心の中がガラリと変わる。
今までルイード皇子の前に張ってた『本気で好きにならない』膜がペラッと剥がれて、気づかないフリしていた皇子の素敵な部分がどんどん見えてくる。
あんなに可愛い顔してるのに、意外と独占欲強そうなところも好き!
照れ屋なのに、突然の皇子モードでカッコよくなるところも好き!
優しすぎるところも、他の女の子に簡単になびかないところも……ってダメだ!!
止まらなくなる!!! やめよう!!
いきなり恋する乙女モードになった自分が恥ずかしくて、思考を無理矢理停止させる。
『本気で好きにならない』膜は剥がれたが、新しく『恋するフィルター』がついてしまったのだろうか。
今なら、マレアージュがカイザを褒め称えていた気持ちがわかる気がする。
まぁカイザよりルイード様のが素敵だけどね! って思ってしまうのは、恋フィルターのせいなのか……。
次の日、朝1番の講習はいつもルイード様と隣に座って受けているものだった。
昨日逃げてしまった事を反省した私は、今日は絶対に逃げないという目標を立て、教室の入り口で皇子が来るのを待っていた。
まずは普通に朝の挨拶をして、それから昨日逃げた事を謝って……。
「……リディア?」
「!」
下を向いて考え込んでいたので、ルイード皇子が来たことに気づいていなかった。
突然目の前に現れた皇子に、心臓が大きく跳ね上がる。
想像のルイード様もやばかったけど、本物のルイード様はもっとやばい!!
避けフィルターがなくなったから、さらにキラキラ輝いて見えるんですけど!
え、この人こんなにカッコ良かったっけ!?
眩しすぎる皇子にドキドキしていると、皇子は「おはよう」と笑顔で挨拶をしてすぐに教室の中に入ってしまった。
……あ、あれ? 一緒に座らないの?
ルイード皇子はいつもとは全然違う席に1人で座ってしまっている。
怒っている様子ではなかったけど、実は怒っているのだろうか。
……もしかして私、避けられた?
取り残された私は、ルイード様に避けられたショックで立ち尽くしていた。
どこか座る席を探さないと……そう思っていると、いきなり他国の公爵子息に声をかけられた。
「リディア様、ルイード様と喧嘩でもしちゃったんですか?」
「え? いえ……喧嘩では……」
初めて話す相手だが、どこか馴れ馴れしい男だ。
ニヤニヤしながら全身を舐め回すように視線を向けてくるので、思わず鳥肌が立ってしまう。
「俺の隣空いてるから、ここにどうぞ」
「い、いえ。大丈夫です」
「そんなこと言わずに。本当は俺、ずっとリディア様とお話したかっ……」
そう言いながら男の手が私の腕に伸びてきた時、その手を誰かが掴んで止めてくれた。
ルイード皇子がいつの間にか私の前に立っている。
「いてて……! ル、ルイード様……」
男が怯えたような弱々しい態度に変わった。
私から皇子の顔は見えないが、普段よりも低く少し威圧のある声で皇子が言った。
「悪いけど、リディアは俺と座るから。
あと、喧嘩なんかしていないから、変な誤解や期待はしないでね?」
「は、はい……」
男が返事をすると、ルイード皇子は男の手を離し、私の手を掴んで自分の席までスタスタと歩いて行く。
「隣……座ってくれる?」
「あ、はい。もちろん……」
私の前にいる皇子は、少しだけ顔を横に向けて聞いてきたので、どんな表情をしているのかよく見えない。
元気のなさそうな声と態度に、本当は隣には座って欲しくなかったのではと不安になる。
皇子の隣に座ったものの、その後ずっと話しかけられることもなく、とても気まずい状態だ。
皇子から不穏な空気が漂ってる気がする……。
やっぱり私に隣に来てほしくなかったのかな……!?
講習が始まっても、ルイード様のことが気になって全然集中できない。
不安で胸がいっぱいになってきた頃、隣から皇子のため息が聞こえた。
やはり隣に座られたのは迷惑だったのか。
そう思った途端、私の目から涙が溢れた。
……ポロッ……ポロポロ……
静かに溢れる涙を指で拭い誤魔化していると、皇子に泣いているのがバレてしまった。
「……え!? リディア!? どどどうした……」
「…………」
口を開いたら余計に涙が出てしまいそうで、何も話せない。
かなり焦った様子のルイード皇子は、オロオロしながら私を見ている……と思ったら突然手を挙げた。
「すみません! リディアが体調悪いみたいなので、医務室に連れて行きます」
「!!」
ルイード皇子はそう言うと、また私の手を引いて急ぎ足で教室から出て行く。
そして何故か医務室とは違う方向に歩き出し、他の教室からは見えない花壇まで来てやっと皇子は足を止めた。
振り返った皇子は、少しだけ頭を下げながらいきなり謝ってきた。
「……ごめん、リディア。
まさか泣くほど俺の隣が嫌だったなんて思ってなくて……」
「…………ん?」
「リディアが嫌がってるのはわかっていたから、今日は別々で座ろうと思っていたんだ。
なのに結局自分勝手な独占欲で、君を無理やり俺の隣にしてしまって……本当にごめん」
「…………え?」
「まさかそこまで嫌がられていたなんて……」
「ちょ……ちょっと待ってください!
私、ルイード様の隣が嫌だなんて思ってないですよ!?」
青い顔をして半泣き状態の皇子に向かって、慌てて否定する。
泣いていた原因が皇子の隣が嫌だったからだと誤解されているらしい。
「でも、泣いてた……だろう?」
皇子は私の頬に触れようとしたが、触れる前にその手を止めた。
私に遠慮しているのがわかる。
昨日逃げてしまったことで、皇子を拒否していると思わせてしまったみたいだ。
昨日と同じ悲しそうな顔をしているルイード皇子に、申し訳ない気持ちになる。
早く誤解を解いてあげたい。
「これは、ルイード様に避けられたと思って悲しくて……つい泣いてしまっただけなんです」
「……え?」
「ごめんなさい。私もルイード様に同じ事をしてしまったのに……。でも、昨日避けてしまったのもただ恥ずかしかっただけなんです」
「……俺が嫌だったからではなくて?」
「ルイード様のことを嫌だなんて、一度も思ったことないです」
ルイード皇子の目を見ながらそう言うと、皇子が安心したように柔らかく笑った。
その優しい笑顔に、キュンとしてしまう。
言え……! もっとちゃんと、自分の気持ち……!
「あ、あの、私……」
「リディア、好きだよ」
「…………え?」
ルイード皇子が一歩私に近づいた。
「今までちゃんと伝えていなかった。君に負担になってしまうのではと心配していたんだ」
「…………」
「気持ちを伝えてもいないのに、リディアの気持ちも聞いていないのに、昨日はいきなりキスをして……ごめん」
「謝らないでください……!
私、嬉しかったです…………ルイード様だから」
最後にそう付け加えると、皇子は頬を赤くして少し戸惑ったように見えた。
「……俺、ごめんって謝っておきながら、本当はキスしたことを後悔なんてしてない。むしろ喜んでるような男だけどいいの……?」
「……!」
ルイード皇子の本音に、自分の顔がぼっと赤くなったのがわかる。
優しく可愛い顔の皇子が、少しだけ意地悪な男の子の顔になった。
その表情や言葉にすら胸をギューっと掴まれるほど愛しく思えてしまうのだから、この気持ちは間違いない。
「……どんなルイード様でも大好きです」
「…………っ」
笑顔で気持ちを伝えると、皇子の腕が私の背中にまわされ身体を引き寄せられた。
ぎゅっと力強く……でも優しく、私を抱きしめてくれる。
私も皇子の背中に腕をまわして抱きしめ返すと、皇子が一瞬ビクッと反応したのがわかった。
「……これ、夢じゃないよな?」
「……夢じゃないです」
小さく呟いた皇子が可愛くて、私は笑ってしまいそうになった。