13 美少年皇子の破壊力よ
ルイード様からダンスのパートナーに誘われるかもしれない……! とドキドキ期待して過ごすこと数日。
周りはすでに数組ペアが出来てきているというのに、私はまだ皇子から何も言われていなかった。
なぜなら、以前宣言された通り……エリン皇女が学園にいる間私からずっと離れてくれないからである。
「エリン様。俺はリディアだけに声をかけたはずですが」
「あら。2人になったら、リディアをダンスに誘う気なのでしょう?
その邪魔をするために来たのよ」
学食での食事が終わった後、ルイード様から話があると中庭に連れ出されたのだが、もれなくエリン皇女がついて来た。
エリン皇女はここ最近ずっとこんな感じで、私とルイード様を2人きりにしないようにしてくる。
ルイード皇子は、迷惑なのを顔と態度に出しているのだが、それで素直にやめるエリン皇女ではない。
ダンスのパートナーに誘うというのは、男性にとっては言葉やシチュエーションをこだわるべき部分らしく、エリン皇女がいる場所では誘ってこない。
そのため、私とルイード様はいまだにダンスパーティーについて話し合えていなかった。
「邪魔をされたところで、俺がエリン様を誘うことはありませんよ」
「今日はダメでも、明日には変わるかもしれないわ」
「エリン様とペアを組みたがっている男性はたくさんいるではないですか」
「私はあなたと組みたいと言っているでしょ。
リディアだって早く相手を決めたいわよね?
誰か紹介しましょうか? リディアに相手ができれば、ルイード様も諦めるはずだわ」
「リディアに他の男性を勧めるのはおやめください」
どんなに話し合ってもお互い譲らないため、こんなやりとりをずっと繰り返している。
寮に帰れば男女で会うことは禁止されているため、私とルイード皇子は学園内でしか会えない。
その時間を邪魔されては、2人で話すことすらできないのだ。
「はぁ……」
私はため息をつきながら本の整理をしていた。
長めの休憩時間などを利用して、私はちょこちょこと図書室に来るようになっていた。
ここにルイード様を呼ぶとエリン皇女もついてきて騒がしくなってしまうので、図書室に来る時はいつも1人で来ている。
……たまにサボり中のノア皇子がいるのだが。
最初は昼寝をしていたノア皇子だったが、最近では何故か私が棚の整理をしていると近くで見学するようになっていた。
「……なんでため息ついてるの?」
「え?」
後ろの棚に寄りかかるようにして、ダルそうに床に座っているノア皇子が声をかけてきた。
「ああ……えーーと。……なんでもないです」
「ルイード様にまだ誘われてないこと気にしてるの……?」
ノア皇子と話すようになって気づいたことだが、ノア皇子は意外と勘がいい。
周りに興味がないようで、よく見えている。
「……そうですね」
「エリンが邪魔してるんでしょ?
アイツしつこいし、もう諦めた方がいいんじゃない」
「そんな……」
「ダンスのパートナーとか誰でもいいじゃん……」
ノア皇子は眠くなってきたのか、大きなあくびをしながら言った。
そういえば、ノア皇子はもう誰かを誘ったのだろうか。
このやる気のない皇子が令嬢をダンスに誘うところなんて、全く想像できない。
「ノア様はもう誰かを誘われたのですか……?」
「まだだよ。余った人でいいよ」
「あ、余った人って……」
なんとも心ない言葉に引きつった顔をすると、それに気づいたノア皇子が少しだけ笑った。
それからも、エリン皇女との攻防の日々が続いた。
第3者を使って呼び出してみたり、エリン皇女が講師に呼ばれた隙を狙ったりするのだが、エリン皇女は同じ国の公爵令嬢の協力者を使って邪魔をしてきた。
絶対に私とルイード様を2人きりにさせないつもりらしい。
あまりのしつこさと執着に、呆れを通り越して尊敬するレベルだ。
ワガママな皇女様ってみんなこんな感じなの!?
すごすぎる……!
もうルイード様と2人になれる気がしないわ……!
たとえ2人になれなくても、お互いがペアになりたいと思ってることは伝わっている。
だからペアにはなれるとは思うけど……やっぱり、ルイード様の口からちゃんとしたお誘いを受けたかったなぁ……。
「はぁ……」
次の教室までの移動中、私はエリン皇女とマレアージュの後ろを歩いていた。
今受けていた講習は男女別であった。
男性の講習は隣の校舎で行われているので、このあとは合流してみんなで一緒に昼食を食べることになっている。
ため息ばかり出てしまう私は、2人から少し距離をとって歩いていた。
2人が廊下の角を曲がり姿が見えなくなった瞬間、突然腕を誰かに掴まれた。
思わず悲鳴を上げそうになったが、それがルイード皇子だと気づいてなんとか押し止める。
ルイード様!? どうしてここに!?
ルイード皇子は人差し指を口元に当てて、小さく「しーっ」と言いながら私の手を引いてすぐ近くの空き教室へと入った。
その教室は何かの準備室なのか、とても狭い上に荷物がたくさん置いてあって、ほぼ空きスペースがない。
皇子は入るなり部屋の鍵を閉めた。
私の後ろにもルイード皇子の後ろにも、大きな箱が積み重なっている。
背中をくっつけて押したところで全く動かないくらい重い。
なんとか2人ギリギリ入れるくらいのスペースに滑り込んだ私達だが、少しでも動けばお互いの身体に触れてしまうくらい距離が近い。
ルイード皇子は私の後ろにある箱に両手をついているので、皇子の腕の中に囲まれた状態になっている。
…………こ、これ、満員電車の中みたいなんですけど!
どうにも動けないし、少しだけ隙間があるけど気持ち的にはくっついてるのとほぼ変わらないというか……!
「あの2人が完全にいなくなったら、ここを出よう」
ルイード皇子が小さい声で言ったが、その声が近すぎて身体が硬直してしまう。
近い近い近い!!!
声とかもうすぐそこじゃん!!
ていうことは、皇子の顔がすぐそこにあるってことじゃん!!
私はこの部屋に入ってから、ずっと下を向いていた。
目の前にいるルイード皇子を直視出来ないからだ……。
「はい……。あ、あの、ルイード様……なぜこの校舎に……?」
「講習が早く終わったので、待ってた。
この時間なら、エリン様を出し抜けると思ってな」
顔は見れないが、声でルイード皇子が笑っているのがわかる。
いたずらをしている子どものような、軽い口調の皇子にドキッとしてしまう。
廊下の方からは、私の名前を呼ぶエリン皇女とマレアージュの声が聞こえてきた。
私がいなくなっていることに気づいたらしい。
「リディアーー!!」
「ルイード様に連れて行かれたのではないでしょうか」
「まだこの辺に隠れているかもしれないわ」
「もう見逃してあげては……」
「ダメよ! あっ! ここ鍵がかかってる!」
ガチャガチャ!! と、ドアノブが回されている。
どうやら見つかってしまったらしい。
「リディア! ルイード様! ここにいらっしゃるんでしょう!?」
ルイード皇子がガックリと肩を落としたのがわかった。
「ダメだったか……」
「見つかってしまいましたね……」
扉の外で立たれていては、もうここからこっそり逃げ出すことはできない。
諦めて出るしかないか……と思ったが、ルイード皇子は立ち尽くしたまま動く気配がない。
「ルイード様……?」
様子が気になって顔を上げると、想像以上の至近距離で皇子と目が合った。
宝石のようなネイビーの瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「……こんな場所でごめん。
でも、早くしないと君を誰かに取られそうで不安なんだ……」
皇子は私の左手を握りしめて、自分の胸元の位置まで持ち上げた。
指先だけを軽く握られ、令嬢扱いされている感じがさらに私を緊張させる。
鼓動がどんどん速くなっていく。
皇子はこんな場所でと言っているが、もう私には目の前にいる麗しい皇子の姿しか見えていない。
銀の入った薄いブルーのサラサラした髪に、白くてキレイな肌、大きな輝くネイビーの瞳……美少年すぎる本物の皇子様。
「……最終日のダンスパーティーで俺とペアを組んでくださいますか」
「……!」
言ってもらえるとわかっていても、実際に言われた時の衝撃ってやっぱりすごい。
「わ、私で良ければ、喜んで……」
緊張や嬉しさや感動で、私の声は震えている。
承諾されたのがわかると、ルイード皇子はにっこり笑って握っていた私の指先にキスをした。
「ありがとう、リディア」
きゃああああああ。
もうだめ!! 限界!! なにこれ!!
カッコ良すぎるリアル皇子!!
私は腰が抜けそうになったのをなんとか堪え、目の前にいる笑顔の美少年から目が離せずにいた。