12 ライバル発言
短期交流会のための学園だからか、図書室はそこまで広くはなかった。
本を傷ませないためか、陽の光が本に当たらないように窓の形や配置が工夫されている。
棚も高く少しだけ薄暗くて、静かな図書室独特の雰囲気がとても落ち着く。
入り口左手にあるカウンターの中には、この図書室の担当者っぽい若い男性が椅子に座って本を読んでいた。
細身で眼鏡をかけた黒髪の男性は、こちらをチラリと見ただけで声をかけてくる事もなく、すぐに読んでいた本に視線を戻した。
……なるほど。この雰囲気にこの担当者……。
ノア皇子がここをサボり場所にするのも納得ね。
一緒に中に入ってきたノア皇子は、慣れたようにスタスタと奥にある長ソファへと向かって行き、そのままゴロンと横になった。
どうやら本を読む気もなく、寝るのが目的らしい。
私はひとまず室内を一周して、どんな本があるのかを確認することにした。
理想は恋愛小説やミステリー小説を探すことだが、果たしてこの学園の図書室にあるのだろうか?
各国の歴史や現代社会、各国の特徴やしきたり、貴重な動物や植物の本、それから各国の料理や洋服……とにかく交流会の勉強にぴったりな参考文献が多い。
それが目的の学園なのだから当たり前なのだが、やっと恋愛小説を見つけたのは1番奥の小さな棚であった。
やっと見つけたわ……!
この棚が唯一の娯楽小説専用の棚みたいね!
探していた本が見つかり喜んだのも束の間……私はその棚を見てげんなりしてしまった。
本の並び順がバラバラなのである。
なんなのこの並べ方……!
タイトル順でもないし、作者順でもない。
恋愛やミステリー、ファンタジー……ジャンルごとに分かれているわけでもない。
これ、適当に棚に入れてるだけだわ。
探しにくいし、見ててモヤモヤする……!
入り口横にあったカウンターまで戻ると、私は担当者の男性に声をかけた。
「あの! 棚の整理ってされないのですか!?」
「え……た……棚の整理……ですか……?」
男性はオドオドしながら小さな声でボソボソ喋っている。
人と会話をするのがあまり得意ではなさそうだ。
「ぼ……僕1人では……難しいし……そ、それに……それは仕事の内容には含まれて……」
「では! 私が変えてもよろしいですか?
あの1番奥の棚だけ!」
言い訳っぽく話しているのにイライラして、思わずそう言ってしまっていた。
眼鏡の男性は、キョトンとした顔をしたものの「それならご自由に」とあっさり許可を出した。
自分が動かなくていいのであれば、どうでもいいって思っているのが伝わってくる。
まぁ下手に口を出されるよりはいいけど。
几帳面ってほどではない私だけど、こういう棚の並びとかは気になっちゃうのよね!
よし! ジャンル別に分けて、そこからさらにタイトル順に並べ替えよう。
あっ……でも作家別のがいいのかな……迷う……。
私はワクワクしながら奥の棚へと戻って行った。
途中、長ソファで爆睡しているっぽいノア皇子が見えた。
「さて……自由時間は残りあと1時間くらいだから、さすがに終わらないわよね。
とりあえず、並び順はまた後で変えるとして、今日はジャンルごとにまとめておくか……」
奥の棚に戻った私は、小さな声で独り言を言いながら作業を始めた。
棚の上の方にはミステリーを、中間にはファンタジー、下の方には恋愛を……。
ブツブツ言いながら作業していると、不意に後ろから声をかけられた。
「リディア」
「きゃあっ!!」
かなり集中していたらしく、驚いて思わず悲鳴をあげてしまった。
「……ノア皇子!」
「もう昼食の時間だよ。……なにしてるの?」
「あ、ちょっと棚の整理を……」
「…………それ楽しいの?」
「ええ。まぁ……」
ノア皇子が訳がわからないといった軽蔑気味の顔で見てくる。
そこで改めて、普通の令嬢はこんな事しないよね……って気づいたが、今さらもう遅い。
「もう終わったの?」
「まだです。また今度空き時間に来ます」
「ふーん……」
ノア皇子は興味があるのかないのか分からないような虚な瞳で、私の整理していた棚を見上げていた。
図書室を出た後、ノア皇子はどこかに行ってしまったので、私は1人で食堂に向かう。
すると、ちょうどドレスの置いてある教室から出てきたマレアージュとエリン皇女に会った。
2人は私を見るなり、興奮気味で走り寄ってくる。
「リディア! どこ行ってたのよ!
こんな素敵なドレスを見ないなんて!」
「ダンスパーティーで使われる事に決まって……」
同時に大声で話し始めるので、何を言っているのか全然聞き取れない。
とりあえず2人が顔を赤らめるほど興奮しているのだけは伝わってきたが。
「お、落ち着いてください。2人とも。
同時に話されては、何を言っているのかわかりませんわ」
「あ。そうですわね。エリン様、どうぞ」
しっかりと皇女様を優先させるマレアージュ。
エリン皇女は当然かのように遠慮もなく話し始めた。
「この交流会の最終日にダンスパーティーをやると言っていたわよね?
ここに用意されていたのが、そこで私達のために用意されたドレスだったのよ」
「へぇー……そうだったんですか」
「リディア様ったら反応が薄すぎですわ!
他の令嬢達は、それはそれはものすごい目でドレスを見ていらっしゃいましたわ」
私のテンションが上がっていないのが悔しいのか、マレアージュが不満そうに口を尖らせて言った。
「でもそれって誰がどのドレスか、どうやって決めるのでしょう?
やはり人気のデザインは取り合いになってしまうのではないですか?」
私の質問に、エリン皇女とマレアージュが顔を見合わせた。
そして何故か声のトーンを落とし、小さい声でコソコソと話し始めた。
「それがね、男性に選ばせるそうなのよ」
「え?」
「令嬢同士で話し合っては、絶対に決まらないでしょう?
なので、パートナーを組んだ男性にドレスを選んでいただく形式にするみたいですわ」
「じゃあ……もうパートナーを決めなくてはいけないという事?」
「そういう事になるわね」
最終日までにはパートナーを見つけておくようにって話だったのに、急に今すぐ決めろっていう状態になっちゃったわけね。
まだ候補すら考えていなかった人は、焦ってるだろうな……。
でも、多分私は……。
「リディア様は余裕ですわよね。
もうお相手はルイード様で決まっていますもの。
もう誘われていらっしゃるのかしら?」
「ま、まだだけど……」
マレアージュにはっきりと言われて、顔が赤くなったのがわかる。
やっぱりルイード様は私を誘ってくれるのかな……。
期待で胸がドキドキしてくる。
そんな私の様子を見て、エリン皇女が可愛らしく首を傾げながら言った。
「あら、それは困りますわ。
私もルイード様とペアを組んでダンスを踊りたいもの」
「…………え」
「エリン様……。この前はっきり言われてしまったではないですか。
ルイード様はリディア様一筋ですから、それは諦めた方がよろしいと思いますわ」
マレアージュが呆れた口調で言ったが、エリン皇女は全く響いていないようだ。
「そんなのわかりませんわ。
この私がお願いをすれば、男性はみんな言う事聞いてくれるもの。
今はリディアを優先しているかもしれないけど、人の気持ちは変わるのよ」
眩しいくらいに堂々としたその姿は、さすが皇女様といった感じだ。
その自信満々な言葉が、私の胸にチクッと刺さる。
『人の気持ちは変わる』
確かにその通りだ。
ルイード様が心変わりする可能性はゼロじゃない。
エリン皇女が本気でがんばれば、もしかしたら……。
でもそれを素直に応援できない自分がいる。
私、ルイード様とエリン様にうまくいって欲しくないって思ってる。
「……私もルイード様とペアを組みたいです」
「!」
私は、自分の正直な気持ちを初めて言葉にしたかもしれない。
しかもこれは、エリン皇女に対して堂々とした敵対発言だ。
皇女様に失礼だとは思ったが、エリン皇女は特に怒った様子もなくニコッと笑って頷いた。
「では私達ライバルね。遠慮なく邪魔させてもらうわ」
「お、お手柔らかに……」
そう言い合ってから、私達は昼食を食べるため食堂へと移動した。