1 え? 陛下、なに言ってるんですか?
このお話は本編からの続きとなっております。
サラの国外追放が実行され、大神官や誘拐実行犯である窃盗団の奴等の処分が決定した。
長かった証拠集めの日々や裁判から、やっと解放されたのだ。
……といっても、私は特に何もしていないんですけどね。
安全確保のために王宮で過ごしていたけれど、裁判も無事に終わったので私やエリック達も自宅へ帰れるらしい。
今日はすでに日も落ちて暗くなっているため、帰るのは明日だと報告を受けた。
「やっと家に帰れるのか! やっぱり自分の家が1番いいな!」
「誰もお前に王宮に泊まれなんて言っていないだろう。
勝手に帰れば良かったじゃないか」
「なんだよ! リディアがここにいるなら、俺も護衛として必要だろ!」
「お前は情報収集でほとんどいなかったではないか」
カイザとエリックがまた口論をしている。
今まで忙し過ぎて口論をしている時間すらなかったから、そんな2人を見ているとなんだか嬉しくなった。
これからは平和な日々が戻ってくるんだよね……。
「嬉しそうですね」
「イクス……。うん。やっぱり全部終わってスッキリしたし」
イクスがそっと近づいて来た。
まだここ最近の疲れがとれていないのか、目の下にはクマが残っている。
「俺もやっと帰れるので嬉しいです」
「これで睡眠時間もちゃんと取れるもんね」
「まぁ……それもですけど、あの皇子から離れられるっていうのが大きいですね」
「……本当にルイード様と仲悪いよね……」
イクスはバツが悪い顔をすると、もう寝ますと言って早々に部屋から出て行った。
その後すぐ、エリックとカイザも口論を終わらせてそれぞれの自室へと戻って行った。
賑やかだった部屋が急に静かになる。
明日の準備でもしようかと思ったが、ここで過ごしていた間に着ていた服も読んでいた本も、全て王宮にあった物を借りていた。
そのため、特に準備する物もない。
……やることもないし、もう寝てしまおうかしら。
ベッドにゴロンと横になると、頭にルイード皇子の顔が浮かんできた。
そういえば、今日は裁判所で見かけただけで会ってないな……。
皇子、忙しいのかな。
このまま会えないまま帰ることにはならないよね?
何故か皇子に会いたいと思っている自分がいる。
ちゃんと挨拶してから帰れたらいいんだけど……。
そんなことを考えていると、突然部屋をノックされた。
コンコンコン。
「リディア。俺だ」
「ルイード様!?」
考えていた相手が突然訪ねてきてくれて、心が踊っているのがわかる。
まさかいきなり本人登場とは……。
ドキドキした気持ちを抱えながら部屋の扉を開けると、部屋着のような少しラフな服装をしたルイード皇子が立っていた。
頬を赤く染めて、どこか気まずそうな雰囲気を出している。
「こんな時間に訪ねてすまない。……少し時間をもらってもいいか?」
「はい! もちろんです」
私が笑顔でそう答えると、皇子はホッとしたように優しく微笑んだ。
かわいっ!!!
もしかして、遅い時間だから断られるかもとか思ってたのかな?
だからあんなに気まずそうな顔をしていたのかな?
かわいっ!!!
可愛過ぎます皇子!!
「どうぞ」
そう言って部屋の中へお通ししようとしたのだが、皇子は「えっ」と驚いてその場で固まってしまった。
「……? どうかされましたか?」
「いや……あの……さすがにこの時間に部屋に入るのは……」
「…………あっ」
そうか! 夜に男の人と部屋で2人きりになるのは良くないわよね。
そんなこと、全然考えてなかった。
ルイード皇子は来た時よりもさらに頬を赤くして、困った表情になっている。
その焦っている姿がまた可愛い。
「失礼しました……さ、散歩でも行きますか?」
「あ、ああ……」
少しギクシャクした状態で歩き出す私達。
王宮の中でも特にたくさんの花に囲まれている庭園に出ると、弱く冷たい風が頬に当たった。
顔が火照っていたのもあり、心地良い。
「……寒くはないか?」
「はい。ストールもありますし、大丈夫です」
ルイード皇子も風にあたったからか、頬の赤みが薄れている。
銀の入った薄いブルーの髪が月の光に照らされ、キラキラと輝いていてとても綺麗だ。
宝石のようなネイビーの瞳に、整いすぎている顔……思わず見惚れてしまいそうになった時、ルイード皇子に手を引かれてベンチに座らせられた。
白くデザインの凝ったベンチの周りには、形が整えられて綺麗に並んでいる木々や色々な種類の花がたくさん咲き誇っている。
相当センスの良い庭師に任せているのか、まるで絵画の中の作り物の世界のように美しい。
月の明るさしかない神秘的な空間、隣にいるのはこれまた見目麗しい本物の皇子様。
……あれ? ここは天国か?
そんなバカなことを考えていると、ルイード皇子がひっそりと話し出した。
「今回の巫女誘拐の件は、俺が初めて1人で任されたものだった。
よくやったと陛下からも褒めてもらえたよ。
これも協力してくれたみんなのおかげだ。
本当に感謝している」
「良かったですね。
私は……何もお手伝いできませんでしたけど……」
「何を言っている。
サラ令嬢の供述を引き出したのはリディアだ。
俺には彼女の本心を喋らせることはできなかったからな。
それに……」
それに……?
続く言葉を待っていると、皇子の手が私の手に触れたのを感じた。
スカートの上にのせていた私の手に、皇子の手が重なっている。
皇子の手の温かさがじわじわと伝わってきて、それに伴うように鼓動も早くなってくる。
無言のまま皇子を見ると、さっきよりも少しだけ距離が近くなっている気がした。
ネイビーの瞳が切なそうに私を見つめている。
「君の顔を見るだけで、疲れなどなくなってしまった。
毎日……少しでも君に会えることが、俺の支えだったんだ」
「…………」
「だから、十分リディアは俺に協力してくれてたよ」
「そ、そうですか……」
ニコッと優しく笑う皇子の顔を直視できない。
なんでこの人はこんなに素直に気持ちを伝えてくれるんだろう……。
私の方がドキドキしちゃって心臓もたないんですけど!!
「……でも明日帰ってしまうのだな。
本音を言えばずっとここにいて欲しいが、そういうわけにもいかないし……」
「ルイード様……」
「まぁ時間を見つけては会いに行かせてもらうよ。
彼ばっかり君のそばにいるのはずるいからね」
「彼……?」
そう言うと、皇子は「あっ」と何かを思い出したように一瞬目を見開いた。
そして少し強く私の手をぎゅっと握ると、今までとはちょっと違う引きつったような笑顔をした。
「リディア? これからは夜男性が部屋を訪ねてきても、決して中に入れてはいけないよ?
たとえ知り合いだろうとダメだ。
わかった?」
「…………はい」
笑顔なのに……。
とても可愛いアイドルのような笑顔なのに……。
この迫力と怖いオーラはなんなの……。
その後少し話をした後、私達は部屋へ戻った。
次の日、出発前に私とルイード皇子の2人が陛下から呼び出された。
皇子が部屋まで迎えに来てくれたので、一緒に陛下のところまで向かっている。
一体なんの用なんだろう……?
裁判のこと?
でもそれなら私だけじゃなくてみんなも呼ぶはずだよね?
謁見室に入り皇子と一緒に挨拶を交わすと、にこやかに微笑んでいた陛下が軽い調子で言った。
「この度、お前達2人が来月から始まる短期学園交流会に参加することが決まった。
各国の15〜17歳の王族、公爵家の子息令嬢が参加される。
3ヶ月間、専用の学園での寮生活になるが、他国との交流を持ついい機会だからしっかり学んで来て欲しい。
頼んだぞ」
ポカン……となる私とルイード皇子。
2人とも返事も何もせずに陛下を見つめている。
え……なんだって? 各国の交流会? 寮生活?
なに言ってんのこのおじさん……。