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如月先生と雷蔵  作者: 黒江 司
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序章

じわじわと身体中から汗が吹き出る。

照らしつける太陽があまりにも眩しいがために、(れい)は額の汗をぬぐった。

半歩(はんぽ)後ろ(どなり)を歩く雷蔵(らいぞう)を見れば彼は涼しげな顔をして、鼻にかかる甘い声で愉快そうに歌を歌っている。

これが僕たちのバランスなのだと玲が思う頃に、


『あぁ玲、待ってたよ』


そうして足早にかけてくる友人がこの雄大な敷地にどしりと構える母屋(おもや)の前に姿を現した。

「やあ玲、久しぶり」

「久しぶり、そしてさようなら」

「待て、待て待て!」

(かける)、君の口から出た言葉で今まで僕が満足出来たものがあったかな」

「お望みとあらば今からでも」


はぁ、とため息をついた如月(きさらぎ)(れい)の前に突然現れたのは背の高く整った顔立ちをした学生時代の旧友、朝比奈(あさひな)(かける)であった。玲も彼に負けず劣らず美しく中性的な顔立ちをしていたのだが、背の高さと男らしさは翔に敵わず、一緒に並んで歩くとよく夫婦の様だとからかわれていた。けれど玲はそれが意外に苦ではなかった。翔の持つ雰囲気は魅力的であったし、玲は彼の独創性豊かな考え方を気に入っていたからだ。

しかし翔はいつも玲に無理難題ばかり言うので、最近しばらく連絡がないのを良いことに、彼と密になっていずれ巻き込まれるであろう妙な出来事に出くわすのを避けていた。

卒業をしてしばらくは連絡を取り合っていた二人であったが、お互いにそれが途絶えがちになってもう何年も顔を会わせていなかったのに、このように突然待ち伏せをするような真似をする旧友にあの頃の面影を見る。


「頼む、話を聞くだけでいい」

「君はいつも最初は話を聞くだけと言う、でも最後には願いを聞けと言う」

「俺達の仲だろう?」

「しばらく連絡を取り合わなかった仲だね」

「玲、相変わらず美人だな」

「そう言えば昔のように微笑んで許すとでも?」

「その美しさと一緒で、その心も昔と変わらないだろう?」


はぁ、とまた深くため息をついた玲は、


「暑いでしょう、中に入りなよ」


自分の口からこぼれる声に肩を落とした。




「お帰りなさい、先生」

カラン、とドアの揺れに合わせて音が鳴るその前から玲の帰宅を感じ取っていた(たつみ)雷蔵(らいぞう)は、キラキラとした可愛らしい眼を長い睫毛がパチパチと音が鳴るように何度も合わせて、

「冷たい緑茶二つでよろしいですか?」

と嬉々として言った。


「そう、よろしくね雷蔵」

「はい!」


雷蔵は玲の助手を勤めてもう二年になる。

彼は優秀な助手であり、玲のことは勿論、他人の気持ちを慮ることに非常に長けていて、優しい子だった。そしてそれはおそらく玲と一緒にいるようになってから更に秀でたものになった。

雷蔵は玲の助手を勤めることを誇りに感じていたし、玲も雷蔵が右腕として側にいることに安らぎと喜びを感じていた。


「なんだ、可愛い子がいるじゃないか」

翔が甲斐甲斐しく動き回る雷蔵を見て言った。

「やるなぁ、玲」

「僕の雷蔵をよこしまな目で見ないように」

「僕の、だって?羨ましい限りだ」

「はぁ」

翔は今から頼みごとをするというのに軽い調子で椅子にかけた。


「どうぞ」

カラン、と氷が音をたてて澄んだ緑の液体に揺れる。

「どうもありがとう、雷蔵君」

「いいえ」

雷蔵はハの字に下がった眉と上がった口角の角度を更に増して翔に微笑んで返した。


「あぁ、それにしても涼しいなここは」

「翔」

「お、これは水羊羹か?いただこう」

「翔」

「いいな、夏らしくて。玲、お前-」

「翔、」


準備した羊羹を片付けながら、いつまで経っても本題に入らない翔に、いつも穏やかな玲が釘を刺したのかと、雷蔵は珍しく思った。


「やぁ、わかったよ。お前の言う通り、俺はお前に頼みがあってここに来たんだ、その頼みって言うのが-」

「違う、違う」


玲は観念したように覚悟を決めた翔の淀みなく流れる言葉を遮った。


「まず君が何で連絡を寄越さなくなったのか、そこから説明して」

「何だって?」


くす、と自分の鼻を空気が愉しそうに通り抜けるのを雷蔵は感じた。

あぁ、先生はこれだから面白いのだ。いつも独特のテンポと感覚で物事を捉えている。枠にはまらず、とらわれない。だからこそ今までのような難解な事件も解決してきたのだろうし、それに自分が少しでも関われているのかと思うと雷蔵は本当に気分が良かった。このふわふわとした不思議な如月玲の世界にたゆたっていたかった。


「何だってまたそんなこと-」

「僕が君の話を聞くとしたらまずそこからだ」

「玲…はぁ、わかったよ」


項垂れた翔は玲の妙なスイッチが入ったのを感じて観念したのか、そこから一時間近くもかけて玲への弁解を並べ立てて、雷蔵はその間に二回もお茶を淹れ直した。


けれどその努力の甲斐あってか玲は一度「なるほど」と頷くと、

「それで?話したいことと言うのは?」とやっと本題に移ることを許した。


「お、おぉ、それがな-いや雷蔵君、ありがとう」


ひとしきり喋り倒した喉の乾きを心配した雷蔵が四杯目の緑茶を運ぶと、お礼と共に一口含んで喉を潤した翔が息を整えて喋り始めた。



「お前に頼みたいことっていうのがな、玲。俺と一緒に立会人になって欲しいんだよ」

「立会人?」

「そうだ、俺と一緒にあいつがあの家の家名を継ぐのを見届けて欲しい」

「家名を、ねぇ」

玲は何か思い当たるふしでもあるような素振りで宙を見つめた。


翔の言うあの家のあいつと言うのは、翔の幼馴染みとも言える遠い親戚の(ゆずりは)(いつき)であって、彼は先日長きに渡って病に伏せていた先代の逝去により家名を継ぐこととなったのだが、彼の家系は由緒正しき名家であって、その継承式には家柄とは全く関係の無い信頼のおける人間を必ず立会人として側におき見届けさせなければならない、という古くからのしきたりがあった。その立会人として玲を連れて行くべく為に翔はこの茹だるような暑さの中、久々に彼の前に姿を現したのだった。


そう言われると玲はどことなく気を良くした様子で、言った。

「君では遠くとも血の交わりがあるから駄目だと、そういうことかい?」

「そうだ」

「ふむ、しかし人類皆元を辿れば一つの-」

「玲、頼む。樹の周りは少し複雑なんだ」

「複雑?」

ふわん、と言葉を宙に浮かせるように復唱した玲の声は勿論雷蔵にも届いていた。


「妙な予感がするんだよ」

「妙、とは?」

「先代の名を継ぐのは樹だ、だけど継承する権利のある者は彼だけじゃない」

「…なるほど」


なるほど、という玲の言葉に合わせて自分の首がゆっくりと上下に動くのを、雷蔵は感じていた。



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