その1
この物語では実在した哲学者をキャラとして登場させています。
この物語の中で出てくる建物名、主人公の名前は実在するものではなくフィクションです。
僕は大好きなお婆ちゃんにアパートの管理を任せられた。
そのアパートの名前は哲学荘というらしい。
まぁ、何故その名前なのかわからないけど、そんなの気にならない。
「ついた‥‥」
すこし古ぼけて見えるアパートを見上げる。
春の日差しが目を刺す。眩しくて思わず、目を瞑る。
左から温かい風が吹く。髪の毛が揺らぐ。
目を開けアパートに向かって歩き出す。渡された紙に書いてある
部屋を探す。一階の左端、そこが管理者の部屋。もともとお婆ちゃんが
住んでいた場所。渡された鍵で鍵を開ける。ゆっくりと扉を開くと
何故か中から音が聞こえた。
「あ!それ僕のポテチ~!返してよ~」
小さな男の子の声がした。一瞬部屋を間違えたかと思って部屋のドアを
確認する。そこには確かに”管理者室”と書かれている。
意を決し、ドアを思いっきり開け、ずんずんと大股で中に入る。少し奥に行くと、居間にあたる場所に小さな男の子と高校生くらいの男の子と
女の子と地味な同い年くらいの男の子がいた。僕に気づいた彼らは
一斉に僕の方へ振り向く。
「‥‥」
言葉を失う僕のもとへ小さな男の子が近寄ってくる。
僕の太ももを人差し指で軽くつつく。少し目線を落とすとその少年は
すがるような目で僕に話しかける。
「ねぇ、あのね‥‥ポテチもってる?」
「へ?」
「だから、ぽ・て・ち!」
そういいながら、僕の視界に入るところで空になったポテチの袋をひらひらと
見せつけている。
「いや…ないですけど…」
「そっかぁ‥‥」
悲しそうな顔で元居た場所に戻る少年の背を何とも言えない感情で見るしかなかった。
そうしている僕に奥にいた地味な同い年くらいの男の子が話しかけてきた。
「先生がご迷惑かけてすみません。自己紹介が遅れました。私、プラトン
と申します。申し訳ないのですが、貴方のお名前をうかがっても?」
「沢村…沢村学ていいます。僕、お婆ちゃんに頼まれてこのアパートの管理を
任されてきたんですけど…」
自信のないような声で返事を返すと、質問してきた彼もほかの人もハッとした顔で
僕を見なおした。
「そうだったのですか?!あなたが…。本当に先生が申し訳ないことを…!」
礼儀正しい彼はそういうと、僕の前にまで来てそのまま土下座し始めた。
「うぇ?!き、急になんです?!」
その勢いにつられてこっちも土下座しそうになる位の土下座を目の前で始まっている
のに先ほどの男の子はどこからか持ってきた別のお菓子を食べ始めていた。
その隣でニコニコと笑っている女の子もその子と一緒にお菓子を食べていた。
「え?いや、そこの二人ぃ!!なんでこの状況でおかし食べれるの!?」
女の子の方が食べていたお菓子を飲み込んで僕の質問に答える。
「プラトンさんは何気にこんな人だなぁって毎日思っているので、
なんて言うんですかねぇ…んー。おーばーりあくしょん?ってやつですかね!」
笑顔でそんなことを言うその子に少し違和感を感じつつ、改めて、目の前で
土下座する彼を見る。
「と、とりあえず、ぷ、プラトン?さん?土下座やめてもらってもいいですか?」
そういいながら僕はプラトンと名乗った男の子の身体を無理やり起こそうとするが
何故か床から剥がせない。
「なっ‥んでっ!こんなに剥がれないの…っ!!」
何度も腕を引っ張ったり、脇から手を入れ剥がそうとしても床にくっついているのか、はたまた
接着剤で自身の体をくっつけたのか、と問いたくなった。
何分たったのだろうか。攻防を繰り返す内に息が切れ、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。
「まぁまぁ、そんなに頑張らなくてもよかったのに」
部屋の奥で本を読んでいた、高校生くらいと思われる男の子が本を読みながらそう言った。
「は?‥‥いや、でも‥‥」
何か言おうにももう何も思いつく言葉がなかった。
奥に座る彼は、読んでいた本を、ぱたっと閉じ、こちらに向かう。
”俺に任せて”と小声で囁くと、彼は床に張り付いたままのプラトンさんの脇腹をくすぐり始めた。
「こちょこちょ~」
「~~~っっ!!~~~っ!」
半笑いで脇腹をくすぐる彼と声こそは出さないものの悶え転がるプラトンさん。
じっと見ていると、プラトンさんが悶えた拍子に近くの小さなテーブルの脚に頭をぶつける。
「いたっ!!~~~っ」
自身の頭を押さえた、1秒もしないうちに痛みがなくなったのかと聞きたくなるような真顔に戻った。
「取り乱してしまって申し訳ありません。なんとお詫びしたらよいのか…」
「あ、いえ、そんなこっちこそ、頭大丈夫でしたか?」
「ええ。何ともございません」
そんなやりとりを交わす僕たちの間に発端の男の子が割り込んできた。
「そんなことよりさ!ボクの弟子の名前だけしか覚えて無くない?ボクの名前とか知らないでしょ」
お菓子の袋を抱えた男の子をプラトンさんが軽々と持ち上げる。
「先生、まずは、人とお話される場合は‥」
「お菓子を食べない、持たない!」
僕と向き合ったまま、プラトンさんの言葉を遮った。
「覚えているのなら、なぜ実践してくれないんですか」
「‥‥ブラトン…ボクはね、おいしい物を手放したくないだけなのだよ」
「先生‥‥‥‥」
二人のあいだに長い沈黙が流れる。抱えられている男の子はいまだにお菓子をむさぼっているのだが。
「‥‥単純にめんどくさいだけでしょ」
「バレたか、あっちゃ~いけると思ったのに~」
「どこでイケると思ったんですか!」
男の子はじたばたし始める。プラトンさんが降ろすと、彼はささっと元居た場所に戻った。
「まぁ、立ち話もなんだ。座るといいよ」
男の子に指図され、なんの考えもなしに指さされた場所に座る。
「ふむ、ボクの見立てによるとキミぃ…なんでもしたがっちゃうタイプだな!」
「はぁ?急になんなんですか!」
自分より、かなり年下の男の子に指をさされ思わず、膝立ちになってしまった。
「すみません…学さん、先生が不躾なことを申してしまい…まことに申し訳ございません…」
また、床に張り付きそうになるプラトンさんを他の二人が下から張り付かないように押し返す。
「プラトンさんのやったことではないですから…お気になさらなくても」
「いえ!先生の不祥事は私の不祥事!これは学さんにどう詫びを入れればよい物か…」
床に張り付きそうになるプラトンさんの事を押さえつける二人の目は笑っていたが、”早く別の話題に”
と言わんばかりにこちらと男の子を見ていた。
「そ、それよりも!先ほどプラトンさんがあなたの事を先生とかあなたがプラトンさんの事を弟子と
言ったり‥どういうことなんです?」
「ん?どうもこうもないよ、そのまんま。」
「は?」
「キミ~習ってないの?ソクラテス~とかプラトンとか~要は哲学!」
「‥‥え?‥‥もしかして‥‥」
「そう、そのもしかして!」
男の子は立ち上がる。
「何を申そう!そのソクラテスがボクなので~す!」
「‥‥‥‥‥‥えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!????」
思わず、後ろに仰け反り、退いてしまう。
「え?そんな驚く?いまさら~?」
男の子、いやソクラテスさんはやれやれといった顔をする。開いた口がふさがらない。
「学さん、失礼を承知で申しますが先ほども私の名をはっきりと申されてますよ?」
「いや、あれは!‥‥そ、そうだ!あだ名かと思って!!!」
慌てふためく僕を横目にお菓子をむさぼるソクラテスさんと横で茶を飲むプラトンさん。
「あだ名にしては特殊になるよねぇ、俺はそうなるとルソーとか…フルネームで行くと
ジャン=ジャック・ルソーってなるもんね。」
プラトンさんを抑えていた彼がそう言いながら先ほどまで読み進めていた本を
開きなおし、僕の言葉に肯定しつつ、その顔の向きは本の中の文字に向けられていた。
「ジャン…?ルソー?‥‥もしかして…」
「どっかで聞いたことあるって思ったでしょ」
僕の言葉を本を読みながら遮る。ぺらっと静かにページをめくって栞を挟んで本を閉じる。
そしてその本をテーブルに置き、僕に向き直る。
「それはきっと、学君の中学校もしくは高校で見てきた教科書の中だろうね」
「は?」
頭の中が混乱した。そんなはずはない。なぜなら本当に彼らが教科書の中で見た人物なのであれば
小学生みたいな見た目でも、高校生みたいな見た目でもましてや、現代の服を着ているはずがない。
混乱する僕の横に、そっと座る自分はジャン=ジャック・ルソーだと名乗る男の子。
半分頭がパンクしそうになっている僕の頭をそっと撫でながら言った。
「今はまだ、慣れないことだらけでしょう。でも、大丈夫。じきに慣れるから」
思わずうつむく僕の頭の向こうで他の3人がしゃべり始める
「そんなに混乱するのかなぁ」
「学さんのあの反応が普通なのですよ、先生」
「え~?デカルトもそう思う~?」
「ん~…そうですね、私たちは普段、ある意味で身分を偽っていますから。周りの方々にはバレていなかったというのが本当のところでしょう」
「ボク、本名言ってるのに~」
「そういう問題じゃありません」
向こうの3人の話を聞いてるとさらに混乱する。そう思ったとき、僕の頭を撫でていたルソーさんの手が僕の耳を覆う。
顔を上げると、ルソーさんは口パクで
『聞かなくていいですよ』
と言った。手で覆ってくれたおかげで3人の会話の音が少し遠くなった。
混乱した頭を整理するための時間を僕はもらった。その間に誰かが数人帰ってきたらしい。
しばらくして混乱する頭の整理がついた僕は改めて話を聞くことにした。
「んーと、どっから聞けばいい?‥‥ですか?」
「まぁまぁ、無理に敬語になるでない、少年よ!」
「先生の方が年下に見えますよ」
ソクラテスさんの言葉に鋭いプラトンさんのツッコミが入る。そのツッコミにシュンとしたソクラテスさんはわざわざ立ち上がったのにまた座ってしまった。
どこから質問をしようか迷っているとキッチンの方から声が飛んで来た。
「迷ってるんですか?ならば、名前や年齢などの基本的な情報を聞くとよいですよ」
そういいながら声の主はキッチンから出てきた。
「基本的な‥‥情報‥‥」
「そうです。少ないながらにもちゃんとした情報でしょう?」
声の主を見ると静かにほほ笑む。髪はほどいていたのだろうか、長い髪を上でお団子のようにまとめ、テーブルの上に置いた自身の飲み物を上品に飲み干す。
「‥‥じゃ、皆さんの年齢と改めて名前を教えて…ください」
恐る恐るながら聞くと、ソクラテスさんが得意げにまた立ち上がった。
小さな手をグーにしてその手を胸にトンと当てる。
「ボクはソクラテス!齢こう見えて70歳!あ、これ死んだときの年齢だね。キミがどこまで知っているかわからないが、きっと【ソクラテスの死】という絵画を見たことはあるだろう。
あれは、プラトンが書いた【パイドン】っていう本の中に出てくるボクの処刑の物語をもとに書いてるんだってさ~。だから何だって話なんだけどさ。
ちなみに父は彫刻家兼石工ってやつ、母は助産婦。んで、ボクはなんか『沢山弟子がいたー』ってことになってるらしいけど、あんなのボクに言わせればなんか色々質問してくる人たち
が多かったから応えてただけなの。それで弟子って…じゃ、誰でもボクの弟子になれちゃうじゃんね。はぁ…。…んで、ここまで話したけどボクのことわかった?」
「え?‥あぁ…はい‥‥?」
僕の気の抜けたような返事にソクラテスさんは、小さな溜息をついて視線を僕からプラトンさんへ移す。
「プラトン、次」
「はい。先生」
ソクラテスさんの呼びかけにきちっと小さく頭を下げ、僕に向き直り話し始めた。
「学さん、先ほども申しましたが私、プラトンと申します。歳は80でございます。生まれはアテナイ、アテナイの最後の王の血を引く貴族の息子として生まれまして、
そしてアテネにて死にました。本当の名はアリストクレスと言いましたが、レスリングの師匠に幅広いという意味のプラトンと付けられそのあだ名の方が有名になってしまいました。
若い時は政治家になりたかったのですが政治に嫌気がさしてしまい先生の門人として色々と学ばせていただきました。先生の死後にアテナイを離れイタリア、シチリア島、エジプトを
訪れました。その後大体紀元前387年と言われておりますね、アテナイの郊外に私アカデメイア‥学校と言えばわかっていただけるでしょうか?そういったものを作りまして、
そこでは天文学をはじめ生物学、数学などをカリキュラムとして指導しました。…あ、長々とお話してすいません」
「全然!むしろ楽しそうに話していてすっごく人生楽しかったんだろうなと思いました!」
「いいや~?そう思えるキミがすごいと思えるよ」
僕の感想を遮るようにソクラテスさんが声を上げる。
「え?どうしてですか!」
ずいっとソクラテスさんの顔が近くなる。
「キミ~、授業でやってないのかい?おい、プラトン抜けている部分があるだろう。ちゃんと話してやりなさい」
プラトンさんはうつむき、ゆっくりと口を開く。
「学さん、先ほどアテナイを離れ様々なところへ訪れたと申しましたがその時に当時20代のディオンに会いました。‥‥彼は私の弟子の中でもとてもよい子でした…」
そこまで言うとプラトンさんは顔を手で覆い、泣き始めた。その背をルソーさんが優しくなでる。
「酷だったかな。ボクが代わりに話そう。そのディオンという者はプラトンが74の頃だったかな戦争によって暗殺されたんだよ。」
「え…」
これ以上何も言葉を発することが出来なかった。たった二文字だったがインパクトがあまりにも大きすぎる二文字だった。ただ茫然とするしかなかった。
いつの間にかプラトンさんは管理室から出て自室へ戻っていた。
静まり返る室内、皆が皆テーブルを囲って気まずくなっていた。
「‥‥あー、この流れで話しづらくなったけど次、俺でもいいかい?」
ルソーさんが小さく手を挙げながら様子を窺うように僕らを見た。
「そうだな。ルソー、話せ。」
ソクラテスさんがルソーさんの方をみて小さく頷く。それを合図のようにルソーさんが話し始める。
「俺はジャン=ジャック・ルソー。生まれ年は1712年6月28日ジュネーヴのグラン・リュ街で生まれた。死んだのは1778年7月2日。
死因は尿毒症と言われてるよ。僕自身そんなの知らないけど…
教科書の中ならきっと、【社会契約説】って言葉を一度は目にしたはずだ。後は‥‥あっ、昔から読書が好き。だから今でも読んでる。現実逃避できるよ、おすすめ。
‥‥後は、適当に調べたらわかるよ。」
ルソーさんは自身のスマホをトントンと指で突き、そのまま話すのを切り上げ本を手に取り読み始める。
その様子を見た、愛らしい見た目をした子が口を開く。
「ルソーさん、あまりお話が得意でなくて…まぁ、私もお話が得意ではありませんがここで私のお話を。
改めて、私はルネ・デカルト。こちらに来てからというものよく女性に間違われますが私はれっきとした男です。私の予想ですがきっと学さんも私を女性と思っていたでしょう?
そんなことはさておき、1596年3月31日に生まれ1650年2月11日に死にました。フランス生まれで教科書では合理主義哲学やら近世哲学やらの祖として書かれているようで。
もっとわかりやすく言えば【我思う、ゆえに我あり】…聞いたことあるでしょう?初めて書いた書は【方法序説】ぜひお手に取ってみてください。
私の半生は‥‥おしゃべりが過ぎましたかな?あとはネットで調べればわんさかと出てきますのでこれ以上はやめておきますね…いやでも、私の事を知っていただくには…」
話が得意ではないとは言いつつもハキハキとした口調で喋るデカルトさんに、そんなデカルトさんをつまらなそうな目で見ているソクラテスさん。
そんなソクラテスさんに気づいたのかお団子髪の男性はわざとらしい咳払いをする。その咳払いに気づいたデカルトさんは話すのをやめ、申し訳なさそうに座る。
ソクラテスさんを見ると、お団子髪の男性に軽く礼を言った後、髪の毛をくるくると弄りながら僕を見る。
「学、ここまで聞いてくれてありがとうな。あとはあいつ…ほら、自己紹介しろ~」
めんどくさそうに、僕からその指名されたお団子髪の男性に目線をずらす。僕も真似してその男性を見る。
すると、その人は笑顔で僕の方を向き小さくお辞儀して口を開く。
「私は孔子。あとは調べて下さい。」
それだけ言うと、孔子さんはソクラテスさんの方へ向く。
ソクラテスさんを見ると相も変わらず、つまらなそうに机をなぞっていた。向き直った僕達に気づくと、はっとした顔で僕らを見る。
「もう終わったのか?」
「えぇ。だってソクラテス様が大層飽きている様子でしたから」
「だとしても…学!キミは孔子の話聞きたいだろう?な?な?」
僕に詰め寄ってくるソクラテスさんに僕はただたじろぐことしかできなかった。
「ソクラテス様、そんなに詰め寄らなくてもよいではないですか。それに、きっと私たちの身の上よりもこの状況の方をお話した方が良いのでは?」
ソクラテスさんは僕に詰め寄るのをやめ、顎に手を持っていき考えるポーズをする。
うーんとしばらく唸った後にポンッと手をたたきはっとした顔をする。
「それもそうだな!‥‥でも、どう言えばいいんだ?」
ソクラテスさんは表情の移り変わりがすごいな、そうやって感心してしまうほど一瞬ではっとした顔からポカンとした顔になった。
「ソクラテス様、こういったことはまずは一言で申してしまってその後にその詳細を話せばよいではないですか?」
「一言?無理じゃない?」
「出来ますよ…【私たちはある意味異世界転生をした】と言えばよいのです」
「は?」
そんな漫画やアニメの中の出来事が実際に起きるものなのか?そう思ってしまった僕はとっさに気の抜けたような声しか出なかった。
でも、妙にソクラテスさんやこの部屋にいる他の人たちも納得しているようだった。
「そんな・・・アニメとか漫画じゃないんですから…」
「漫画っておもしろいよね!いい文化だともうよ!いわゆる【COOL JAPAN】っていうのかな!」
僕の言葉に素早く反応したのはルソーさんだった。目がすごくキラキラしているところを見ると漫画が好きなようだ。
読んでいた本を勢いよく閉じると大きな音を立てて机に置いた。
このままだと話が漫画の方にそれてしまう…そう思ったのは僕だけじゃないみたいだ。
孔子さん以外のメンバーが総出でルソーさんの口をふさぎ、立ち上がりそうになっているルソーさんの肩を抑えている。
そんな中孔子さんが口を開く。
「・・・・・・・そんな漫画のようなことが実際学様の目の前にいる者たちが体験しているのです、もちろん私も。」
「だって、そんなこと言っても…」
「私は嘘をついておりません。それに見たでしょう?皆が妙に納得していたのを」
「見たけど‥‥じゃ、じゃあ、ここにはどうやって‥‥」
「行き当たりばったりでさまよっていたらあなたのおばあ様に拾っていただいたのです」
そういわれた瞬間、僕はとあることを思い出した。
それはかなり前の話、
お婆ちゃんが急にこの場所を知り合いに譲ってもらったと言っていたことを。
あの時譲ってもらったのがこの哲学荘なのか・・・?だとしたら名前に哲学ってつくのはこの人たちが哲学者だから?
でも、もしかしたら偶然かも…譲ってもらったのが4年位前‥‥。
「‥‥あ、あの…!」
意を決して聞く。これで4年前ならあたりだ。
「皆さんが来たのって…何年前ですか?」
皆の視線が痛すぎるくらいに刺さる。一瞬静かになる。
「4年位前じゃない?」
ポカンとした顔でソクラテスさんが答える。
今間違いなく4年前と言ったな。ということはお婆ちゃんは僕の知らないところでこの人たちを養っていたのか?
でも、そんな金家にはないはず…じゃあ、どこで?
「憶測ではございますが学様、もしかして我々は学様のおばあ様に養っていただいてるとお思いですか?」
口をつぐんで首を縦に振る。一瞬の静寂の後、みんなが一斉に笑い始める。
「あっははは!そんなわけないじゃ~ん!じゃ、ほかのやつらどこにいると思ってんの~?」
笑い転げながらソクラテスさんが答える。僕はただ茫然とするしかなかった。
目に涙を浮かべるくらい笑ったであろう孔子さんが
「それこそ、匿っていただいた当初は仕事はございませんでした。ですが、おばあ様のおかげで我々は仕事に就けているものばかりですよ」
と教えてくれた。
横からソクラテスさんが大笑いしながら割り込んできた。
「そうそう!僕やデカルトはこの見た目の所為で仕事には就けてないけど、他の奴らは准教授とかコックとか好きな仕事してるよ。‥‥ねぇ、デッサンモデルって仕事に入る?
もちろん、ヌード」
「は?…あ、いや入ると思い…ます」
「じゃ、そんな仕事してるやつもいる!」
「そうなんですか‥‥」
そうそう、とソクラテスさんは頷く。
「素晴らしい仕事だろう?!」
「そうですね、いい仕事だと思います…ん?」
知らない声がすると思ったら、顔の横からすっと知らない顔が入ってきた。
「ひゃあ!!!!!だ、誰ですか!!!!!????」
驚いて、身体が飛びのき壁に頭を軽くぶつけてしまう。
「いやはや、すまないねぇ。僕の仕事について話していたようだからつい割って入ってしまったよぉ。んで、キミは誰かな?」
割って入ってきた人を見るとその人は上裸だった。
「そ、そんなことより!!ななな、んで上、服着てないんですか!!!?」
驚き慄く僕を後目にソクラテスさんとハイタッチをして、そのまま孔子さんの隣に座ったと思うと嫌な顔をしている孔子さんの肩に腕を回し、
まるで酔っ払いのように絡み始めた。
「貴方はデリカシーのない人ですね。いつになったらその上裸の癖は治るのですか?」
「んー…これは治らないなぁ…仕方ないね」
「まったく‥‥」
未だ動揺を隠せていない僕の横で二人を見ながらボソッとソクラテスさんが呟く。
「あれ、あの上裸…ほんとに癖だと思うから、気にするなよ?気にしたら負けだ」
「家帰ってきて急に脱ぐとか、本気で治すべきだと思うんですけど?」
「治らないもしくは治す気がないなら仕方ない。エピクロスの勝手にしろという感じだからな。治るとかっていう希望は捨てておけ」
それだけ言うとソクラテスさんはすくっと立ち上がりそのままキッチンへ消えた。
「それにしても、そこの見ない顔の兄弟!名前は?」
おおらかそうな声で僕に問いかける。
僕は素直に名前を述べた。
「兄弟…?あぁ、えっと僕は沢村学です。今日からお婆ちゃんに代わってここの管理を任されました。よろしくお願いします」
すると、彼はすごく笑顔になった。
「そうかそうか!あの加寿子さんのお孫さんか!これはこれは無礼を働いてしまったな!すまないすまない。僕はエピクロス。もちろん哲学者。これからよろしく頼むぞ!」
握手を求めてきたエピクロスさんの手を握り返すと、すごく強い力で握ってきた。
「エピクロス様、貴方は力がお強いのですから手加減を覚えてください」
きっと、側から見たら僕は力負けしているように見えたのだろうか。孔子さんが注意するように言ってくれた。
「ん?あ、悪いなぁ、学クン。これで大丈夫かい?」
先ほどよりも少しだけ力が抜けた。握手が終わった後も手は少しだけ痛んだ。
― 夜。皆がそれぞれの部屋に戻った頃にお風呂に入った。
エピクロスさんが自身の部屋に戻る前に教えてくれた。まだあっていない住人がいることを。
僕は少しだけ不安になった。住人に、ではなく、自分がこれからここの管理ができるのかどうかに。
お風呂の中に頭で浸かる。鼻から抜ける空気がブクブクと泡を作る。そして、ぷはぁっと飛び出す。何もすっきりしてはいないはずだが、なぜか先ほどより頭の整理がついた気分に
なっていた。
お風呂から上がると、僕のスマホに誰かからメッセージが飛んできていた。見るとお母さんからだった。
『学、だいじょうぶ?おばあちゃんも心配してたよ?』
そんなメッセージが送られてきていた。下にはよくわからない少し面白いスタンプも添えられていた。
くすっと笑って短く返事を返し、スマホをOFFにし、近くのテーブルに置いた。
お婆ちゃんが置いてくれていた布団を敷き、素早く毛布にくるまる。
少し冷える中、目を瞑る。
今日あったことが頭の中によぎる。初日にしては物凄く濃い一日だったな。未だ信じられないけど今日一日が夢じゃないとは思ってる。
――明日、お婆ちゃんに話を聞きに行こう。そしたらもう少しここの事がわかると思うから。――