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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

後ろ足の興亡 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくん、今朝の新聞は見たかい? 牧場で働く人が、馬に蹴られて大けがをしたのだとか。普段はおとなしい馬だったらしいし、どこかでヘマをしちゃったのかな?

 馬は広く景色を見渡せるけれど、自分の真後ろまでは行き届かないらしい。古来、肉食動物から逃げてきた本能も手伝って、背後の危険から遠ざかろうとする。その結果、跳ね上がった後ろ足に蹴り飛ばされ、その力強さゆえに、蹴られた側は大きなダメージをもらってしまうのだとか。

 後ろ足といえば、犬も有名だ。これもマーキングの本能や、愛情表現のために行う他、「砂をかける」という慣用句にもあるように、臭いものを遠ざける効果もあるとか。

 我々人間でも、一蹴、足蹴、蹴散らすと、自分に対するものを追いやるのに、足の絡んだ表現を用いることが多い。実は足には破邪、退魔の力があるんじゃないかと、私は昔から考えていたんだ。

 その結果、ひとつ興味深い昔話を聞くことができたんだ。つぶらやくんの好きそうな話なんだが、興味はないかな?


 むかしむかしの、とある地域のこと。

 すでに月が変わって10日以上が過ぎたというのに、まったく風の吹かない日が続いた。幸い、夏の暑さが去ったばかりの過ごしやすい気候。人々は「珍しいことがあるもんだ」とのんきに構えていた。

 これまで、連日で風が吹かないということはなかったが、いざ訪れてもさほど困ったことはない。せいぜいたき火の火を煽ったりするのに、手やうちわの類が必要になるくらいだったという。

 ところが、久しぶりに風が吹き始めたある朝のこと。行商に出ようとした男が、村のはずれまで出たところで、はたと足を止めてしまった。見送りに残っている人たちの前で、男は足に力を込めて進もうとしている。その足がどうしても地面を離れないらしかった。

 皆が近づこうとした矢先、男の足と身体がふっと宙に浮いた。跳び上がったわけではなく、姿勢を崩さないまま空へ釣られていくかのよう。男は助けを求める叫びをあげるも、すでにその身体は2階の屋根より高く昇ってしまっている。

 はしごを持って来ようと動く者もいたが、戻ってくる前に男の身体は西へ強く引っ張られ、遠くの森の中へ消えていったという。目の良いものの中には引っ張られる直前、男の全身に網目を思わせる赤い腫れが浮かんだとも話していた。

 

 西の森の中に、人を釣る「あやかし」がいる。そう感じながらも、男たちは手に手に武器や松明を持って、森の中へ繰り出していった。

 しかし連れ去られた行商の男もその元凶も、見つけることはできなかったんだ。それどころか、捜査に出た男たちが定期的に点呼を取ると、いきなり数が合わなくなることがある。  

 誰がいなくなったかは分かるから、きつねに化かされているわけではなさそうだ。複数人で固まり、ことにあたるよう努めるが、やはりふとした拍子にその中のひとりが姿を消す。常に声を掛け合っていたのに、ふと返答がなくなったかと思いきや、瞬きする間に影も形もなくなっている。

 得体の知れない相手に対し、じょじょに敵意より慄きの方が勝り出し、犯人をとっちめるどころか、家から出ることを渋り出す者が現れる始末。どうにかならないものかと、村の大人たちが頭を抱え始めたところで、思わぬ糸口がもたらされる。

 

 村に住んでいた青年のひとりが、犬の散歩に出ていた。これまで被害に遭った者たちとは縁が薄かったこともあり、この度の出来事に関しても、「物騒だなあ」と他人事のように考えていたらしい。

 日に一度、村の一角を適当に歩いてしまいにしてしまう、短い散歩。ほとんど犬に引っ張られるまま後をついていく彼だが、その日は先行している犬が、急に道の真ん中で足を止めた。転がっている砂利の上でふんふんと鼻を鳴らした後、出し抜けにその場で振り返り、後ろ足で砂を巻き上げ始めた。

 これまで何度か、この犬が砂を蹴る動作をしたことがあるものの、たいていが排泄直後のこと。歩いていて突然、という状況は初めてだ。犬は自らの肉球もれよ、とばかりに必死さを感じる動き。口を押えてしまうほどの砂ぼこりが、男の前で立ち上り続ける。

 

 ようやく収まった時には、犬のかいた後の地面が軽くえぐれてしまっていた。その散らされた砂たちが降り立ったところをよく見ると、その中ほどに細い糸のようなものが浮かんでいた。

 砂をかぶっている部分は視認できるが、それ以外の部分は目を凝らしても、周りの色と同化していてはっきり見えない。「ならば」と、青年は自分の手でもって、糸の延長と思しき場所へ、上からさらさらと砂をこぼしていく。

 するとどうだ。砂は確かに地面へ着いたが、糸はあたかもその場にないかのごとく、姿を消したままだ。何度か試し、明らかに犬がかけた部分よりも多く砂をまぶしたのに、糸は青年の目に映らない。

 試しに長い木の枝を持って、糸を打ち据えてみた。たちまち、握っていた枝ごとすさまじい力で巻き取られ、身体が浮き上がりそうになる。

 とっさに手放さなければ、確実に持っていかれていた。それを裏付ける早さ、軌道の力強さを見せつけながら、枝はやはり西の森へと飛び去って行ったんだ。

 

 青年から持ち込まれたこの話は、ただちに村の代表たちへ伝えられ、検証される。村の犬たちが駆り出され、村中を練り歩かされた。件の絡み取られる恐れから、散歩を敬遠されがちだった彼らは、ほとんどが少し太り気味だったという。

 結果は目覚ましいものだった。犬たちのことごとくが、最低1本以上の糸を見つけたのだが、その数はのべ数百箇所。同じ糸の別の部分という重複をのぞいても、村中には100本以上の糸が、あちらこちらに渡されていたんだ。

 網を張られた、とはまさにこのようなことをいうのだろう。森に潜むであろう何者かは、周到に準備を進めていた。これまで引っかからなかったのは、その秘匿性が成した技。行商の彼がたまたま引っかかっていなければ、知らず知らずのうちに広がった糸に、皆がまとめて絡め取られていた恐れさえある。

 同時に、犬の有用性を認めた村民たちは、これを犯人のあぶり出しに使えないかと考え、次の捜索に犬を動員することにしたんだ。

 

 そして実行に移される時。森へ順番に分け入っていったこれまでと違い、今回は犬たちが先陣を切る。異状を察知すれば、いち早く対処してくれるだろう彼らは、意外な行動を見せた。

 彼らは一本も木を越えることなく、いきなり後ろ足で例の砂かけを行い出したんだ。一同はわずかの間、目をぱちくりさせたが、すぐに唖然とする光景が広がる。

 砂をかけられた木が、向こう側へ倒れ出したんだ。その身体が次の木にあたり、大きく崩してまた次へ……まるで将棋倒しのごとく、森に穴が空いていく。しかも倒れた木たちは仲間や地面に衝突すると、その部分から一気に「ほつれた」。

 頑強に思えたその見た目は、とてつもない量の糸をより合わせて、擬態させたものだったんだ。葉も幹もその色も、すべてが作り物。根っこにあたる部分は、代わりの大きな杭のような形状で、地面へ突き刺さっていた。

 犬たちの真似をして周りの人も砂をかけてみるが、同じようにはいかない。彼らは微動だにしなかった。その脇で犬たちが同じところへ砂をかけると、木は倒れて、草はその形を崩していく。犬の足が発する何かに、邪を退ける何かがあるのだろう。

 

 最終的に犬に頼りっぱなしとなった村人たち。半日ほど経つと、森のほとんどは更地へ変わってしまった。結局、この森はほとんどがあの奇妙な糸で作られたものに、すり替わっていたんだ。

 この糸を仕掛けたものに関しては、ついに分からずじまいだった。森が「ほどかれていく」間、いくつかのさなぎに似た塊が発見される。触ろうという勇気があった者はなく、犬たちの砂をかけたところ、ここまでの木たちと同じように糸はばらばらと溶け始める。ほとんどが中に何もなかったが、そのうちのひとつには糸に絡め取られた者の、衣服の一部が入り込んでいたとか。

 

 糸で獲物を絡め取る、奇怪な存在。その再来を懸念して、村は犬の数を5割増しにし、定期的な巡回にあたらせた。しかし彼らの警戒をあざ笑うかのように、糸の被害はぴたりとやんでしまう。そればかりか、新しい脅威が彼らを襲い出したんだ。

 件の犬たちだ。彼らがまた後ろ足で砂を蹴り始めたが、どういうことか家々に向けて行うようになったらしい。最初は糸に冒されたのか、と警戒を強めた面々だが、家もそこに住まう人にも異状は見られなかった。

 行為は何度も繰り返され、そのたび糸が絡んでいないことを知ると、ただのいたずらかと人々は胸をなでおろす。しかしまた一ヵ月ほどが経ち、犬たちが村のすべての家屋に砂をかけ終わったとたん、家々が先を争うかのように倒壊を始めたんだ。地震もなく、おのずからだ。

 家の中にいた者は、もれなく下敷きになった。そればかりか、つい先ほどまで大人しくしていた犬たちが、一斉に手近にいる人々へ牙を剥いたんだ。

 自分たちに懐いていたと思っていたものたちの突然の裏切りに、村は大混乱となる。犬の身体能力は高く、真っ向から勝負して勝てる人間は、そう多くはないだろう。執拗なかみつきを逃れた人々は、村と残りの皆を捨てて、遠くへ逃げ延びるよりなかったそうだ。

 やがて結成された、犬駆除の精鋭たちによって狩られ尽くされるまで、犬たちはその村の跡地で暮らし続ける。帰還した彼らの談によれば、村に生き残った人の姿はなかったという。


 理由は分からない。あの糸を排除する時に悪い気にあてられたのだ。いやむしろ、あの糸の脅威を除いたのに、褒美が与えられるどころか、なおも酷使させられることに嫌気が差したのだ。多くの人が見解を述べたが、犬に手ひどく裏切られた結果には違いない。

 この時より、手ひどい裏切りに遭うことを、「後足で砂をかける」「飼い犬に手をかまれる」と表現するようになったとか。

 


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