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あの日の夕子  作者: かろりんぺ
4/7

クラフト

 宿題はいつも床に寝そべって済ませている夕子だったが、机の上にノートを広げる。

『宝探し』と書いた、本当は算数のノート。

 一枚めくる。シャープペンシルの芯を出し、まず、白鳥のネックレスと書く。力が強すぎて芯が折れた。その次はなんて書こう。

 窓の外はもう真っ暗。窓に女性の幽霊が映っていたらどうしようと思ったので、すぐに顔をそらす。

・テレビの怪談で空洞のことを言っていた。

・そこには白鳥のネックレスがあったっぽい。

・あのロウはなんなのだろうか。

 たった数行だが、夕子はノートを目の前に持ち我ながらいい出来だとほほ笑む。そしてあの空洞へもう一度行ってみようと考える。だが、また川の水に浸かってしまえば今度こそお父さんやお母さん、さらにお姉ちゃんまでもが鬼のように怒り、夕子の行動に目を光らせ、空洞に行けなくなってしまうかもしれない。

 う~ん。どうしよう。

 夕子は目をつぶって、あの斜面と川と水、そして空洞の映像を頭に描く。

 こうして、それからえ~と、こうだからこうなって。で、こうか。

 そのために必要な物はなにか。よし、決行だ。

 夕子はそ~っと部屋から抜け出した。階段に足をかかとから着け、手すりに重心を少し置く。一段、一段ゆっくりと。くしゃみがしたくなったので鼻を思いっきりつまむ。

 居間ではまだお母さんたちの話声がしていた。夕子は泥棒のようなかっこうで玄関を出た。こんなんじゃ簡単に泥棒に入られちゃうよ。居間からぎゃははと笑い声がした。

 裏庭にやってくる。風邪の音が大きく移動している。物干しざおの奥に物置がある。カーテンが閉まった居間を見ると、お母さんとお姉ちゃんの黒い影が薄くなったり濃くなったりしながら形を変えた。一瞬だけ影絵の鬼のように見えた。

 物置を開けると居間からの光で大雑把には中を見通すことができた。お目当ての物は棚の中段にあった。重そうだなあ。

 夕子は赤い金属の工具箱の取っ手をつかんだ。ひんやりとした。

せーの。

 持ち上げたら少しだけフラフラとよろめいたが、ふんばる。中から取り出したのはのこぎりだった。あるものがちゃんとある、ということが夕子にとっては順調を示す事柄だった。

 部屋に戻り、ベッドの下にのこぎりを隠す。今日はもう寝よう。明日は学校が休みなので、朝から出かけようと思う。電気を消すと、目覚まし時計の蛍光針が黄緑色に光っていた。22時32分。ぜんぜん眠くはなかった。でも寝なきゃ。

 結局ギャグ漫画の本を全10巻読み終え、夕子は眠った。途中で寝相を変えたら頭に漫画本が当たったので手で払いのけた。ベッドから本が落ちた音が聞こえたような気がした。


 目覚ましが鳴る前に止める。夕子の得意技だった。5時55分。最近は1分のずれもないほど正確にその時間に起きる。

 窓の外は快晴で、絶好の宝探し日和だと思った。ただ思っただけ。みんなはまだ寝ているだろう。きっと起きているのはミロだけだ。

 夕子はのこぎりを持って居間に降りた。

 居間に着くとすぐにミロの鈴の音が聞こえ、カーテンから漏れた光に白に茶の斑点のある姿が見えた。夕子と目が合う。

(おはよう)

 声に出さずに口だけでそう言う。ミロは口を一瞬開けかけたがそのまま鳴かなかった。かしこい猫だと思った。

 ミロにキャットフードをあげる。器でカラカラカラと音を出してしまった。まあ大丈夫だろう。居間の奥に干してあるオーバーオールを着る。パーの形で垂れ下がった軍手と、ベロンと口を大きく開けたようなリュックも取る。

 早々に夕子は居間を出て自転車にまたがって、そこで初めてリュックのファスナーを閉める。よし、出発だ。


 朝の山の空気はなんとも新鮮だ。大きく息を吸い込む。なんかの小さな虫が口の中に入ったので唾ごと吐き出し、大げさに空気を吸うのをやめる。

 紅葉できれいな山には落ち葉の上にたくさんの倒木や枝が落ちていた。落ちている適当な大きさの木を持つと意外に重かった。枝などは手で折る。

 だいたい同じくらいの木を集め、のこぎりで切断していく。なかなか切れなかったが、途中まで行ったら半ば強引に足で折る。

 長い棒二本に短い棒を五本。そして下駄箱の上から持ち出した、無造作に置いてあったナイロンテープで結んでいく。しっかりと、がっちりと結ぶ。短い棒は足りなかったから三本追加する。

 おし、できた。

 夕子の木製の手作りはしごが完成した。斜面をのぞき、空洞のあるツタを確認する。持ち上げようとしたはしごはとても重かったので、地面を滑らすようにして移動させる。そしてそのまま川へ立てかける。重みで途中ずるずるとはしごが落ちていったので焦る。

 ふう、あぶない。

 ためしに足をかけたところ、はしごは夕子の体重をしっかりと支えているようだ。そのまま水に浸からないように降りる。ツタの奥1メートルはまだ川の水がある。もう一度はしごを戻り、もう三本ほど太めの木を切断した。

 一本一本運び、はしごから一メートル先の空洞の陸地に棒を渡す。その上はごろごろとして不安定だったが、むこう側へなんとか渡り、そこから少しずつ何か所かナイロンロープで結び、束にする。

 よし。

 ここで夕子はオーバーオールからキャンディーを取り出し、口に入れる。

 イチゴ味。ふつうに味を楽しむことにする。

 リュックからとっておきのアイテムを引っ張り出す。工具箱の隣にあったLEDランタン。スイッチを回すと白い光が空洞内を照らした。

 おお。

 改めて見ると、空洞内の茶色い岩肌は湿っていたり水で濡れていた。そしてろうそくのロウがあちこちに点々と溶けたまま固まっていた。

 ここに白鳥のネックレスがあったのかなあ。

 でも今はそんなものはない。岩肌をよーく観察する。顔の前にランタンをかざしながら上から下、右から左と調べる。

 ん?

 一部だけほんの少し、本当にほんの少しだけ、ただ見ただけでは分からないが、色の違う部分があった。夕子一人分がかがむとちょうど収まるくらいの四角い形。

 なんだこれ。

 夕子は色の違う岩肌を触ってみた。特に何もない。叩いてみると岩肌の奥でも音が反響した気がした。この先になにかある。

 のこぎりを色の違う境目に差し込む。なかなか差し込みづらかったが、あるポイントでのこぎりは一気に奥へ差し込まれた。

 さらなる空洞だ。そんなに壁は厚くない。

 だけど、いくら押しても足で蹴っても、引っぱろうとしても無駄だった。

 う~ん。あれしかないな。

 頭には、棒に付いた黒い金属が浮かぶ。ハンマーだ。

 だけどそんなものどこにあるんだろう。

 夕子ははしごを引き返した。まだ朝は始まったばかりだ。ハンマーを考えるついでに図書館へ行ってみようと思った。


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