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あの日の夕子  作者: かろりんぺ
2/7

空洞へ

 図工の時間。夕子は昨日の授業で拾った落ち葉での洋服づくりをしている。一度、低学年の時落ち葉をただ色紙に張った経験はあるが、今度は自分たちでどのように加工するかがポイントだった。

 川の溜まりで拾った落ち葉は雑巾で水気をとったり乾かした。

 う~ん、どうしよう。

 まず夕子は、お父さんに買ってもらったナイロンテープを2個机の上に置いた。隣の男子生徒は丸めた新聞紙の上から落ち葉を張り付けていた。なにを作るつもりなのだろう。

 テープを長めにとって、粘着面を表側にする。そして夕子はその上に一枚ずつきれいに並べていった。うんうん。いい感じ。足りなくなったら学校の裏庭から補充しよう。

 結局その日の図工の時間だけでは落ち葉の洋服は完成しなかった。作業中も空洞のことが気になった。

 校門から真っ直ぐいちょう並木が続いている。大勢の生徒が黄色い道路を歩いて行く。夕子にとっても家までの下校ルートだったが、一本目の角を曲がって脇道に入る。

 民家が何軒も連なる住宅街を歩く。顔に当たる風は冷たかったが、首に巻いたオレンジ色のマフラーはふかふかとして暖かかった。しばらく歩くと、くねくねとした字で書かれた看板のある『えびす商店』に到着した。ガラス戸から見える中はいつも薄暗い。

 ガラス戸を開ける。ガラガラと音がする。

 店内からは居間が見える。こたつに入っていたおじいちゃんがテレビはつけっぱなしのまま腰を上げた。

「いらっしゃい」

「えと、ロープありますか?」

「あるよ」

 おじいちゃんの店主は壁に掛けられたヘルメットや作業着、横には洗剤や電球が置かれている乱雑した中から黄色のロープの束を取り出した。

「何に使うんだい?」

「え。お父さんが買って来いって」

 夕子は嘘をついた。

「あ、あと軍手もだった」

 いかにもそれも頼まれていたんだというふうに軍手も追加しておく。

 オレンジ色の財布のファスナーを開けお金を払う。おこずかいが減っていく。まあ、いっか。

 帰宅すると

「ちょっと買い物いってくるから」

 と言うお母さんと玄関で鉢合わせた。

「うん」

 そのまま二階の部屋へ向かう。

 ランドセルをベッドに放り投げ、服をオーバーオールに着替える。フルーツ味のキャンディーとノート、筆記用具、さっき買ったロープと軍手をリュックに詰める。

 おし。オッケー。

 帰宅し5分もしないうちに夕子は玄関を飛び出した。下駄箱から懐中電灯を持ち出すのも忘れない。お父さんの長ぐつも借りておく。黒くてかっこ悪かった。

 オレンジ色の長ぐつ、ないかな……。

 

 急いで漕いだ自転車で10分。学校の裏手にある山に来ると坂道が多くなった。昨日落ち葉を拾った場所の近くに自転車を停める。

 みんなでやって来た時と風景は変わらなかったが、一人となると雰囲気が全く違う感じがした。樹々のざわめきが不安にさせる。物陰からなにかが襲ってくるのではないか? 

 夕子はオーバーオールのポケットに手を突っ込んだ。右手にいつもの感触をしっかりと自覚し、口にほおばる。

 ん、う~ん。

 ぶどう味だった。みかん味ならよかったのに。絶好調だったのに。

 でもそれはそれですぐに切り替える。みかん味じゃなかった場合には、運試しは夕子の中で無効となり普通に味を楽しむ。

 さてと。

 ふかふかした落ち葉の地面を歩く。この辺だったかな。

 夕子は川をのぞき込んだ。川を上がったのがあそこだから……え~と。

 斜面の低くなっている場所から約50メートルほど下流に空洞はあるはずだから。ま、行ってみよう。

 そばの木にロープを結ぶ。二重三重で結び、軍手をはめる。軍手は大きかったけどまあいい。ロープを両手で持ち、後ろ向きに斜面に一歩降りる。

 ぐっと手に力を入れる。こんなにぐっとなるのか。そのままずるずると落ちそうだったけどこらえる。水面近くまで来た。よし、降りるぞ。

 あら。あら。

 長ぐつでも深さが足りなかった。ま、いいや。

 一気に水が長ぐつの中に入り込んでくる。そして川の中に降りた時にはまた下半身が水に浸かっていた。そんなことはどうでもいい。

 夕子は斜面を見渡した。すぐに見つかった。覆いかぶさったツタ、間違いなかった。空洞だ。

 軍手のおかげでなんなりとツタをどかすことができた。リュックから懐中電灯を取り出す。中を照らす。

 入り口はまるまる夕子一人ほどの大きさだったが、中は横に広い空洞になっていた。川の水よりも一段高くなっていて、夕子は水から上がって空洞内に立った。実際立つとジャンプすれば天井に頭が届くくらいだったし、横に長いといってもせいぜい3メートル。奥にもやはり3メートルといった程度の空洞だった。

 ここは一体なんなんだろう?

 ツタをどかしたおかげで入口からも光は入り込んだし、あとは懐中電灯で細かく調べてみよう。そう思ってみたものの、湿った岩肌があるだけでとくになにかあるわけではなかった。

 う~ん。なんだここ?あ。

 地面の一か所になにかがあった。懐中電灯を近づける。ろうそくの溶けたロウが地面にいびつな形で固まっていた。

 だれかがここにいたんだ。だれだ。ここで何をしていたんだ?

 入り口を見るともう薄暗くなってきていた。今日はいったん帰ろう。

 夕子はロープを伝って斜面を登った。ロープは誰かに見つかるといけないので一度外し、近くの茂みへ隠す。ここはあたしの秘密の場所だ。

 帰り道、どんどん暗くなってくる道を自転車で漕ぐ。ズボンが濡れていて寒かったし、長ぐつの中でカポカポと音がして早く脱ぎたかった。

 そしてその日はお父さんとお母さん両方に怒られた。


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