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序章
完結済み。約十八万文字の全四章作品です。
両手で抱えた一本の缶コーヒーが、すっかり冷え切った体をその手だけでもと温めていく。真冬の朝早い時間、真夜中に降っていた雪はようやく止んだが、街灯の足元、うっすらと積もった白色の姿は消えていない。
家の門の前、冷えた塀にもたれ、少女は暗い夜空に吐息を浮かべると、静寂の星空へ耳をすます。
タイヤが回り、ペダルの軋む、自転車の音。他のものとは決して間違えない、聞き慣れた音が聞こえてくるのを、今か今かと待ち侘びる。
思い返すのは、あの夜、離れてしまった手のひら。ようやく見せてくれた彼の涙と笑顔。優しい声に、深海の瞳。
胸が潰れてしまう前に、少女は手の中のコーヒーで一口、喉を潤し、まだ暗い道の向こうを見つめると、ゆっくり瞼を閉じた。
彼がいつ帰ってきてもいいように。戻ってきたとき、誰もいないことに、悲しまないように。
離れてしまったこの手を、もう一度強く繋げるように。そう、願いを込めて。