第八話 二つ目の伝説
こんな小さい身体をどう使えばこんな大声が出るんだ。
ミリアガルドユーデルハイムと名乗る妖精の悲鳴は、耳をつんざくというレベルではなかった。
俺は彼女の口をふさぐ余裕もなく、彼女を放して両耳をしっかり押さえる他なかった。
サヤとシェライアがドアを開け、驚いた表情で顔を出した。悲鳴を聞きつけて目を覚ましたのだろう。確かに、あの声で起きない方がおかしい。
「マスターのぉ、えっちぃ~~~~~~!!!」
二人の女子が見ているというのに(だからか?)ミリアガルドユーデルハイムはもう誤解冤罪まっしぐらな叫び声を上げた。
「お、おい! 俺が何したって言うんだ!」
「何したんですか!? カイ様!」
すかさず俺に追求の声を上げたサヤの顔はぷうっとふくれていた。こんな顔まで可愛いのだが、そんな事言っていられる状況ではない。
「そうだ。お前、何をした!」
シェライアも厳しい糾弾の視線を俺に向けている。
「何をって、俺が聞きたいくr……」
「マスターは、あたしの胸やお尻を触ったんです! 思いっきり!」
は? なんの事だ? 俺はそんな事した覚えは……。
「何っ!? 胸や尻を……?」
「お、思いっきり……?」
二人に怒りのオーラが立ちのぼるのがわかった。やばい。本格的にやばい。
「マスターは、あたしの胸やお尻を、その大きな手でわしづかみにしたんです……。
そして、その指先であたしの胸を……」
ミリアガルドユーデルハイムは被害女性っぽさを演出する涙声で語った。これで音声を加工して、【プライバシー保護のために音声を変えています】とテロップを入れたらもう完璧だ。
サヤもシェライアも、もう言葉もなく、怒り心頭に達している様子だ。
ん? でもちょっと待てよ? わしづかみ? 指先?
「おい! 胸や尻じゃなくて、身体全体だろ! 俺が掴んだのは!」
確かに身体全体を掴んでたから、その中に胸や尻も含まれている。そして確かに掴んだ時、人差し指が胸の辺りに当たっていた。彼女の証言は、確かに間違いではないが語弊がありすぎだ。
「ふーんだ! あたし嘘言ってないもん!」
ミリアガルドユーデルハイムが天井近くを飛び回りながら俺にアカンベーをした。クソむかつく。名前もいちいち書くのがめんどくさいし。
「身体全体だと? どういう事だ? それに……被害女性はどこだ?」
「確かに……声は聞こえますけど、姿が見えませんね……。まさか、お化け……」
サヤが怖気づいて身をすくませる。シェライアはきょろきょろと周囲を見回した。
「しっつれいね! お化けじゃないもん!
あたしはピクサリーのミリアガルドユーデルハイム! 妖精だもん!」
ミリアガルドユーデルハイムは急降下し、サヤのおでこにキックを放った。
「きゃ! いったーい!」
サヤがおでこを押さえてしゃがみこむ。
「あ! よくも! てめえっ!」
俺はミリアガルドユーデルハイムを捕まえようと腕を振り回したが、なかなかすばしこくて捕まえられない。
「へーん、のろまー! のろマスター!」
完全におちょくってやがる。俺のスマホから出てきたくせに、主人に対するリスペクトがなさすぎだ。
「くそ……。止まれ!」
俺はミリアガルドユーデルハイムに手を伸ばしながら鋭く命令した。一瞬、ヤツの動きがびたっと止まる。その隙に、俺はミリアガルドユーデルハイムの身体を捕まえた。
「放せー! 放せえっちー! エロマスター!」
じたばたと暴れて、なんとか抜け出そうとするミリアガルドユーデルハイムを二人に見せると、サヤはおでこをさすりながら恨めしそうな目で、シェライアは興味津々のキラキラした目で彼女を見つめた。
「……これが、こいつの言う、胸やお尻を思いっきりわしづかみにしている状態。OK?」
二人は無言でこくこくとうなずいた。
「嘘はついていないかも知れないけど、全く別の印象を与える言い方だった。OK?」
二人はまた無言でこくこくとうなずいた。よし、これで誤解は解けた。
ミリアガルドユーデルハイムは俺の手の中でじたばたと暴れていたが、力で抜け出すのが無理だとわかると最後の手段に出た。
「いてーーーーっ!!!」
そう。ご想像の通り。俺の指に思いっきり噛み付きやがったのだ。
思わず手を開いてぶんぶんと振る。逃げ出すかと思いきや、ミリアガルドユーデルハイムは俺の指に噛み付いたままぶんぶんと振り回されていた。とんでもないあごの力だ。スッポンかこいつは。
いくら振っても取れない。見るとこいつ、噛み付いたまま気絶してやがる。
「サヤ、ごめん、ちょっとこれはずして」
片手ではずすのはちょっと無理だ。俺はサヤの方にミリアガルドユーデルハイムがぶら下がった右手を差し出した。
「はい!
……んー、だいぶ固いですね……」
サヤはミリアガルドユーデルハイムのあごに指をかけて力ずくで口を開かせようとするが、なかなか開かせる事が出来ない。
「……あ!
カイ様、ちょっとこっちへ来て下さい!」
サヤは頭の上に電球が飛び出したかのような「ひらめいた!」の顔で、俺をキッチンへ連れて行った。
「手をこっちへ……」
サヤは俺の右手をシンクの上に出させて、思いっきりポンプから水を出した。気絶しているミリアガルドユーデルハイムの頭から冷水を浴びせる格好だ。
ミリアガルドユーデルハイムはケホケホとむせながらやっと俺の手から離れた。まったく世話を焼かせやがる。
「カイ様、手当てを……。シェライアさん、包帯はありますか?」
サヤは俺の右手についた血のにじむ歯型を水洗いし、包帯を巻いて手当てをしてくれた。シンクの底にへばりついてケホケホむせているミリアガルドユーデルハイムにはお構いなしだ。
ミリアガルドユーデルハイムは、咳がひと段落すると、今度はくしゃみをしながらシンクの縁に這い上がってきた。
「もう、何すんのよ! 羽が濡れちゃったじゃんっ!」
ぷりぷりと怒っていた。羽が濡れると飛べなくなるらしい。
「カイ様に噛み付くからいけないんですっ!」
サヤは負けずに言い返した。両手を腰に手を当てて前かがみになって怒ってみせる。
「うぅー、だってぇ~……」
「だってじゃありませんっ!」
叱り口調でそう言いながら、サヤはミリアガルドユーデルハイムを摘み上げ、タオルで水気を取ってやった。
「わ、ありがとぉ、優しいね! ……キビシイケド」
最後の部分は小声で言って、ミリアガルドユーデルハイムは……ああもう名前長くてめんどくせえ!
「おい妖精。名前長くてめんどくさいから略すぞ。ええと、ミュウ、くらいでいいな?」
「は? 何言ってんの? あたしの名前は……」
タオルで顔を拭いていたミュウが顔を上げた。勝手に略されるのはやはり面白くないらしい。
「だから! 長いんだよ。最初のミと真ん中あたりのユーを取ってミュウ。文句は受け付けない」
俺は包帯を巻かれた右手を撫でながらそう宣言した。
「それにしても何よミュウって! もう少しセンスが……」
「わぁ! 可愛い名前!
さすがカイ様ですね! ミュウちゃんに、とっても似合ってると思います!」
サヤが目をきらきら輝かせて声をあげた。
「え? 似合う? 可愛いの?」
ミュウがきょときょとしながらサヤを見る。サヤは笑顔でうなずいた。
「……しょ、しょうがないわね。それで我慢してあげるわよ」
まんざらでもなさそうな顔。ツンデレかよ。それにしても呼び方が「ミュウ」で済むのはありがたかった。サヤ、GJ!
「じゃあ、そんなわけで、あたし、ピクサリーのミュウ! ふつつかなエロマスターだけど、あたしともどもよろしく!」
……なんかむかつく。むかつくぞこいつ!
俺が一人で腹を立てていたその時、それまで完全に鳴りを潜めていたシェライアが声をあげた。
「ミリアガル……ミュウ、妖精のお前がカイをマスターと呼ぶのは……」
「だって、あたし、マスターの世話係だもん。マネージャー、みたいな?」
まぁ確かに、スマホから出てきたところを見ると、俺のサポートのための存在なのだろう。クソ生意気なsi○i、みたいなもんか。
「そうか……。そうだったのか……」
シェライアは腕組みをして何度もうなずいた。そして突然、真剣な表情で俺に向き直った。
「カイ、お前……いや、あなたは、あの伝説の妖精を連れし者だったのですね……!」
シェライアは珍しく頬を紅潮させて、熱い目で俺を見つめていた。
次回予告。
シェライアだ。
カイ殿は伝説の「ピクシーオーナー」だった!
これは一刻も早く長老にお会いいただかなくては!
とりあえず今夜は寝る事に。だが……。
次回、Take It All! 第九話
「お泊り会、開催?」お楽しみに!
さぁ、枕投げだ! 用意、スター……zzzz……。




