第五十九話 まさかの○○展開?
こんな時間に誰だろう?
なんかこの書き出しはデジャヴだ。でも今度は本当に「こんな時間」と言っていい時間である。夜だ。
まさか、操者に選ばれたい誰かが、俺をカラダで篭絡しようというのか。枕営業ってやつか。この俺がそんな手に……乗らないとは限らないのが怖いところだ。ううむ。ハニトラ恐るべし。
これまたデジャヴな事を考えながらドアを開くと。
「奏唱者様……いえ、カイ様……っ!」
俺の胸に飛び込んできたその人物は、俺の左肩口に顔を押し付けた。つややかな髪の香りが俺の鼻腔を刺激した。こ、これはまさに枕営業……!?
「私、初めてお会いした時から……そのお声を聞いた時から、ずっとカイ様の事が忘れられなくて……」
そう言いながら後ろ手でさりげなくドアを閉めて鍵をかける。もしや、なかなかの手練れか。
しかし、思い当たる相手は皆無だった。ニミュエとは髪の色が違うし、部屋の前にいた少女にしては身長が高すぎる。まさか総帥ゼットという事もあるまい。
今日オーディションを受けた少女達を思い返してみたが、該当する人物は思い当たらなかった。
考えられるとしたら、あとはグランデ・トルチュで最初に出会った一団のメンバーというところか。
枕営業かハニトラなんだろうけど、やっぱりね、恋心を抱かれたのだと思いたいよね。だから引っかかる男が後を絶たないんだろうなぁ。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、君は……?」
俺は優しくそっと背中に手を回しながらささやいた。やはり重度の声フェチなのか、そのささやき声だけでビクッと身体を震わせている。
「私です、カイ様……」
そっと顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめたのは、ディーノだった。
「わあああああ!! ちょ、おま……っ」
俺は慌てふためいて、そんなテンプレリアクションを取りながらディーノの身体を突き放した。くそ、なんてこった、男かよ。道理でブラしてないと思った。
「大きな声出さないで。その声、私にだけのものにしたい……」
すかさず身を寄せてくるディーノ。ちょっと待て。BL展開なんてあり得ないだろ。作者め、信頼してたのに。いいのか? ジャンルや年齢制限など、色々めんどくさくなるんだぞ。覚悟は出来てるのか?
「さ、カイ様、座って話しましょう」
現実逃避気味にメタ思考をしている隙に、ディーノは俺をベッドに座らせ、その横にぴったりくっついて座った。こいつ、絶対慣れてやがる。
「お、お前、シェリーの事が気に入ってたんじゃ……」
もちろんシェリーをこんなヤツに渡すつもりは毛頭ないが、まだ俺のところに夜這いに来るよりは自然な感情だろう。シェリーがダメなら俺、っていう精神構造は謎過ぎる。
「もちろん、シェライアさんはとても魅力的だと思います。でも……」
ディーノは意味あり気に言葉を切った。あれ? そう言えば最初に会った頃ってこいつこんなに声高かったっけ?
「でも、私ははじめからカイ様の事が……」
耳のすぐそばでディーノのささやき声。声と共に吹きかかる吐息。このゾクゾクは悪寒だと思う。思いたい。
「で、でも……っ」
俺の声が上ずっていた。ちょっと待て、どういう事だ。こんなの俺じゃない……っ。
「どうして……? 私が、男だからですか……?」
いや、他にも色々ある。だがそれも大前提だ。こんなのは、だめだ……っ。
「安心して? カイ様。私に任せて……」
ディーノは俺の肩に手を回し、そっとベッドの上に押し倒した。横から抱きついてくるディーノ。ヤツの左脚が俺の左太腿にのった。やばい。なんだ、どうした。何故抵抗できない……!
その時、俺はある違和感に気付いた。
……あれ?
もう一度、ヤツの脚に挟まれている左太腿に神経を集中してみる。
やっぱり間違いない。
ヤツの股間には、あるべきはずのモノがなかった。
俺は思わず勢いよく立ち上がった。あまりの驚きに、なんとなく自由が利かなくなっていた身体が動くようになっていたのだ。
ディーノは俺の立ち上がる勢いでベッドから転げ落ちた。
え、こいつ、切ったの? 切っちゃったの? それも俺に惚れたからというだけで?
シェリーに対する目つきからしても、もともとゲイだったわけではあるまい。バイではあったかも知れないけど。
でもさ、告白前に切ってくるとか重いよね。重すぎるよね。
俺はもう混乱の極みだった。
「カイ様……?」
ディーノの切なげな呼びかけに答えず、俺は部屋を飛び出した。
「あ、奏唱者様、どうなさいました?」
廊下に出た俺に声をかけたのは、以前シェリーにあこがれていると話していたあの少女だった。
「あ……いや、ちょっと寝付けなくてね」
さすがに何があったのか話すのははばかられた。何しろまだ中学生になったかならないか位の子だ。ちょっと衝撃が強すぎるだろう。
「それにしてもこんな遅くまで大変だね。こんなにまだ若いのに」
俺は彼女の横に並んで立って言った。年端もいかない子をこんな時間に働かせるなんてどういう労働基準法なんだ全く。
「あ、私、夜とか昼とかあんまり関係ないんですよ。深海育ちなんで」
え、そうなの? まぁ深海は日の光も届かないし、そんなもんなのか。
「だからお仕事に合わせて好きな時間に寝てるので大丈夫です!」
彼女はそう言ってふわぁ、あくびをした。ほんとに大丈夫か?
「あ、あの、いつもほんとにたっぷり寝てるんですけど、よくあくびしちゃうんですよ。寝ても寝ても足りないみたいでっ」
真っ赤になって慌てて言い訳してるのが可愛らしい。俺はさっきのショックから癒されていくのを感じていた。
「ところで、オーディションの準備は順調かな?」
俺は穏やかな笑顔で話題を変えた。彼女はぱぁっと輝くような笑顔を見せた。
「はい! 色々頑張ってます! でも、私がオーディション受けられるのはまだまだ先なんですよね……」
彼女は最後、ちょっと残念そうな表情になった。まぁこの若さでは魔操鎧部隊にはまだ入れていないのだろう。魔操鎧部隊から先にオーディションする事にしたから、この子の順番が回ってくるのは随分後になる。鎧の操者が見つかり次第オーディションは終了という事になっているから、彼女としては気が気ではないんだろうな。
「でも、奏唱者様やシェライアさん、サヤさんにご覧いただくためにがんばります!」
少女は小さくガッツポーズをして気合を入れた。ほんと、いい子だ。
「ええと、俺の事は、カイって呼んでくれればいいよ、ええと……」
そう言えばこの子の名前聞いてなかったな。
「ほんとですか!? ありがとうございます! 私、ティティって言います! カイ様!」
おー。ティティって言うのか。名前も可愛くて似合ってるな。
俺はティティの頭をよしよしと撫でた。
「あら、先生、こんな時間にどうされたんですか?」
相変わらずの有能秘書キャラで声をかけてきたのはニミュエだ。そうだ。彼女ならディーノの事を相談しても大丈夫だろう。って言うか、するべきだろう。なんと言っても彼女はディーノの群の一員なのだから。
「あぁ、ニミュエ、ちょっと話しておきたいことがあるんだけど、時間もらえる?」
「ええ、もちろんですわ」
ニミュエは笑顔で快諾した。今の彼女の仕事は全て俺達に関係している事だからまぁ当たり前っちゃあ当たり前だ。
「じゃあティティ、オーディションで練習の成果見せてくれるの、楽しみにしてるな!」
俺はティティに手を振ると、ニミュエを俺の部屋の前に連れて行った。
「……実は、さっきディーノが俺の部屋に来たんだ」
俺は小声でそう切り出した。少し離れたといっても普通に話したらティティにも充分聞こえてしまう距離だ。
「……なるほど」
ニミュエも小声で短く返した。意外と驚いていない様子だ。
「ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ありませんでした。まだ、部屋の中に?」
全てを把握したのか、ニミュエは俺に頭を下げた。ほんとにそうならとてつもない洞察力だ。
俺がティティと話している間、ドアが開いたりはしなかったから、ディーノはまだ部屋にいるはずだ。俺はこっくりとうなずいた。
「では、少々お待ちくださいね」
ニミュエはにっこりと笑うと、一人で部屋に入っていった。
次回予告。
カイ様の有能秘書、ニミュエでございます。
先生のお部屋を訪れたのは、ディーノでした。
先生に大変なご迷惑をおかけしてしまったディーノ。
私は先生に、とある秘密を打ち明ける決心をしたのでした。
次回、Take It All! 第六十話
「水の民の秘密。」にご期待下さい。
水の民にまつわる秘密とは……。
あの、む、胸が小さい事ではありませんのよ!




