第三十三話 別離。
「さてと」
重い空気を破るように俺は立ち上がった。
「サヤ、そろそろ俺達はお暇しよう。いつまでもお世話になるわけにはいかないからね」
「はい! カイ様っ!」
サヤは、ぱぁっと明るい顔になって立ち上がった。サヤとしてもエルフの地というのは居心地がいいものではないのだろう。
「なんと、行ってしまわれるのか……?」
長老は残念そうだが、俺としてはこれ以上ここにとどまる事はできなかった。エルフの中に俺達に敵対する者がいるわけだし、なんか重い話になってきたし。
「……ええ。俺は一つ所に落ち着く事が出来ない性分なんで。もっと世界を見て回りたいんですよ」
俺が超絶イケボを響かせてそう言うと、サヤがほぅっとため息をついた。ファミルエリシャは、仕方がない、という顔でうなずき、俺達を励ますように微笑んだ。
「おにいちゃん、シェリーは……?」
シェリーが心細げに俺を見上げた。目がうるうるしていた。これはずるい。やばい。
さてどうしたものか。もちろんもう誘拐してでも連れて行きたいところだが、本当にそれでいいのだろうか。
もちろん、俺達がガイオウや【緑の鎧】を持って行く事は許されないだろう。これは大地の民が守るものだからだ。しかし、この鎧を破壊しようとする敵が現れた以上、その操者はそばにいるべきではないか。
俺は【鍵】の能力とスマホの性能でガイオウを動かしただけだが、シェリーは間違いなく【緑の鎧】の操者だ。これまではその力を認められず、辛い仕打ちを受けてきたシェリーだが、これからは正当に処遇されるだろう。何しろ長老が直々に認めているのだから。
「シェリーは、ここでやらなきゃいけない事があるだろう?」
俺は優しくそう言うと、【緑の鎧】に目を向けた。そう。シェリーはこの鎧に選ばれたのだ。闇が襲ってくるまで、【緑の鎧】や【白き鎧】を守らなければならないはずだ。
「そうじゃな。シェライアには緑の鎧の操者として、また緑の戦士として、この大地の神殿で働いてもらわなければならん。ファミルエリシャとともに、警備兵団の再編を指揮してもらいたいのじゃ」
長老が言い、ファミルエリシャはうなずいた。
「しかし……【緑の鎧】の操者は、やはりピクシーオーナーと同行すべきでは……」
「シェライア、私達には、あなたの力が必要なのよ」
なおも言い募るシェリーに、ファミルエリシャが優しく、しかし強い声で言った。シェリーが一瞬はっと息を飲む。ファミルエリシャは、今度は柔らかい声で続けた。
「カイさんにも本当はここに留まって頂きたいわ。それは私も同じ。でも私達にカイさんを縛る事はできないでしょう? でもシェライア、あなたはこの大地の神殿を守る民なのよ。昔みたいに、一緒に……」
「でも! 私は!
おにい……ちゃんと……」
シェリーの目に涙が溜まっていた。サヤが俺の袖を引っ張った。サヤの目は真っ赤になって、すでに涙がこぼれていた。
「ねーねーマスター、シェライアも一緒がいいよー」
ミュウが俺の耳を引っ張った。
「……わかってる。俺だって同じだ」
俺はサヤとミュウに言うと、シェリーの頭をぽんぽんっと撫でた。
「シェリー。俺達の鎧を頼む。長老の事も、ファミルエリシャさんの事も守ってあげてくれ。シェリーにしか任せられないんだ」
「でも……おにいちゃん……」
シェリーの目から一筋、涙が流れた。いや、もう降参です。無理です。だってそもそも、シェリー連れてっちゃいけない理由とかなんでだよって感じだし。鎧がどうとか大地の神殿とか知った事か。
「……そうじゃな。我らとて少しでもピクシーオーナー様の力になるべく、神の鎧を参考にして我ら独自の魔操鎧を開発し、闇に対抗する力を蓄えておる。神の鎧を守護する事など造作もないな。ほっほっほっ」
長老が厳かに言った。そりゃあこの涙に勝てるやつはいないだろう。シェライアの気持ちを汲んでくれたというわけだが、崩壊した大聖堂の廃墟をバックにそう語られても信憑性ないぞ、じいさん。
そしてそれは、シェリーにも同様に伝わっていたようだった。
「長老、お心遣い、感謝いたします。私シェライアは、大地の神殿に残り、神の鎧を守護する任に着きます」
シェライアは涙を拭って、きっぱりと言った。そして俺を見上げて、寂しげな笑顔を見せた。
「おにいちゃん、シェリーが嫌いだから置いていくんじゃ、ないよね……?」
「あたりまえだろ!」
あたりまえだろ! と思う前に口が同じ事を叫んでいた。シェリーは俺の剣幕にびっくりして身体を震わせたが、すぐに笑顔を見せた。
「……うん。ありがと、おにいちゃん」
こっくりとうなずいた拍子に、シェリーの頬を涙が流れ落ちる。
「あのね、おにいちゃん、わがまま、聞いてくれる?」
シェリーはそう言うと、俺に頭を差し出すように少しうつむいた。
「こんなの、わがままのうちに入んねぇよ……」
俺はシェリーの頭を、ぽんぽんっと撫でた。そして、彼女の髪に指をもぐりこませてくしゃくしゃっとかき回した。
シェリーはされるがまま、俺の指先を味わうように、じっとしていた。
「ねぇ、マスター、これからどうするの?」
大地の神殿のあった浮遊島から降りた俺達は、滝つぼから流れる川沿いを歩いていた。確かに、特に行くアテもないし、目的だってない。
そうか。まずは目的を決めなきゃな。
「サヤ、行きたいところある? 俺、この世界の事知ら……あ、イヤほら、俺記憶とかないからさ、サヤの行きたいとこがあれば、そこに行こう」
のんびりと名所めぐりなんかもいいかも知れない。どっちにしても、せっかく異世界転生したんだから、なんかしなきゃ。どうせなら、楽しまなきゃ。
「うーん、そうですねぇ……」
サヤは人差し指をほっぺに当てて考えていた。こういう仕草がいちいち可愛いんだよなぁ。
「思いつかない?」
サヤの顔を覗き込む。
「ダメ、見ないで下さいカイ様っ」
まだ泣きはらした目がはれぼったい感じのサヤ。両手で顔を隠しながら、真っ赤になってる。
ミュウは呆れ顔で肩をすくめると、スマホの中に戻っていった。気を利かせたというわけだ。
俺達は、二人きりになった。この世界に来たばっかりの時みたいに。
たった数日しかたっていないのに、随分長く一緒にいたような気がする。
「カイ様は……どうしてそんなに優しいんですか……?」
サヤが少しうつむいたまま言った。
「私、こんなに……醜いのに」
サヤは本気で言っていた。前もそうだった。
小さい頃から醜いだのクズだの言われ続けて生きてきたのだ。俺がどんなにサヤの事が可愛いと思っていても、その事自体を受け入れてくれるのにはまだまだ時間が必要なんだろう。
「俺はサヤの事、本当に美しいって思ってる。でも、俺がサヤを大事に思ってるのは、それだけじゃない……」
俺は左腕でサヤの腰を抱き寄せた。サヤの身体が、ビクッと震えた。
「カイ様……っ」
サヤの声は小さく、少しかすれてうわずっていた。
「サヤ……」
耳元で、ささやきイケボを吹き込む。
「んっ……」
俺の声に反応して、サヤがまたビクンと身体を震わせた。サヤはゆっくりと目を閉じた。緊張している表情だが、身体からは力が抜けていた。
俺はゆっくりと、唇をサヤの唇に近づけていった。
二人の唇が重なろうとした瞬間、轟音と爆風が俺達を吹き飛ばした。
次回予告。
サヤです。
突然襲ってきた謎の敵。
カイ様の命を狙うその敵の正体は……!
そしてカイ様の……挑発!?
次回、Take It All! 第三十四話
「最後の死闘。」お楽しみに!
か、カイ様、かっこいいですけど……火に油を注いでますっ!




