第二話 おっぱい→おっぱい
「え、ちょっと待って下さい。死ぬってどういう事ですか? いや死ぬわけないじゃないですか!」
いやさすがにこれはつっこまざるを得ない。いくら最新機種でも、死んじゃったら使えないじゃないか。
「え……、でもお客様の残りの人生をお支払いただくって申し上げましたよね?
ほら、契約書のここにも記載してあります」
優姫が書類を取り出し、こちらにかがみこむようにして該当の部分を指差した。
いや、さすがにもうだまされないぞ。いくら胸の谷間を強調したって、こっちは命が懸かってるんだ。その柔らかそうで弾力がありそうですべすべしてそうで、色が白くて青い血管がかすかに透けてるような。もう顔をうずめてもいいよね?
「ではこちらへどうぞ」
俺は優姫に手を引かれて店舗の奥へ連れ込まれた。マジか。うずめさせてくれるのか。
それにしても優姫の指は柔らかくてすべすべだった。だとするならば。もちろん。柔らかくあるべき、すべすべであるべきその部分は。
もう頭の中がどピンクになっている隙に、優姫は俺の指をスマホに押し当てた。
「はい、指紋認証確認。お客様がこのスマホのオーナーとなりました」
あ。
やられた。
くそう、だまされた! 俺の弱点を見事につきやがって卑怯千万!
でも、ちょっと待てよ。
「俺って死ぬんだよね? 死んじゃったらこれ使えなくない?
てか何のメリットがあって俺を殺すんですか! 俺なんか殺したって別に誰も得しないでしょ?
俺が死んだところで何の影響もないでしょこの世界に!」
言ってるうちに悲しくなってきた。情緒がもうおかしい。でもいきなり死んでもらうとか言われたらおかしくならないほうがおかしいでしょ?
「あ、大丈夫です。私だってさすがに使っていただけないのに売ったりしません」
いや、意味わかんないんだけど。死んだら使えないんだけど。
「お客様には、異世界に転生していただきます。人生をいただく、と言うのはその事です」
あぁなるほどね。
ってちょっと待て!
「異世界転生って、あれ?
トラックに轢かれたら神様が出てきて……ってやつ?
え? じゃあ何? ゆ、水沢さん、神様なんですか?
若い女性の見た目だけど、実はおじいさん?」
混乱しながらも、女子を苗字でしか呼べない悲しい俺の性。
「そう、その異世界転生です。でも私は神様じゃありませんけどね。
あ、トラックに轢かれるのもちゃんとオプションでお選びいただけますからご安心下さい」
優姫はこともなげにそう言った。いやいや、トラックに轢かれるオプションてなんだよ。それに、転生なんてそんな事あるはずがない。
そもそも、俺の知ってる異世界転生ってさ、
①トラックに轢かれる。
②神様光臨。「転生させてやるのじゃ」的な事を言われる。
③異世界に転生。
って感じ。
先に「転生させてやるのじゃ」と言われて、その後にトラックに轢かれに行くなんてのは順番がおかしいでしょ。
「やっぱり、そういうのって順番とか、段階を踏んで、っていうの、大事だと思うんです」
つい口に出てしまった。ここだけ聞いたらなんかガードの固い女子みたいじゃないか。
「ここまで来て今更? もう後戻りはできないんだよ」
優姫が言った。実はノリのいいタイプらしい。願わくば、こんな意味合いじゃなく、しかも台詞を交換して言いたかった。
「ご安心下さい。今回はスターター安心パックという事で、3つのコースをご用意しています。
ひとつ目が【スタンダードにして王道コース】
ふたつ目が【ビギナー向けにして非道コース】
ラストは、【エキスパートにして覇道コース】でございます」
なんだそりゃ。死んで異世界に転生するなんてみんなビギナーだろ。
「コースごとに、死に方、転生の確率、得られるチート能力や身体スペックが変わります」
能力とかその辺もあらかじめこっちで選んじゃうのか。てゆうかそもそも、転生の確率低かったら「ただ死ぬだけ」になる可能性が高いだろ。
「いや、コースって言われても全然意味わかんないんですけど」
「ですよねー。では、こちらをご覧下さい」
優姫は奥のデスクにあるPCを操作して、壁に各コースの説明を表示させた。
「まずは【スタンダードにして王道コース】。
こちらはもうおなじみ、トラックに轢かれるパターンですね。時々重傷で済んでしまう場合がありまして、その場合は転生できません。得られる能力は【肉体を瞬時にその状況に最適化させる】です。これはかなり強いですね」
そうかな? まぁ確かに使いようによっては無敵かもしれない。なんかもっと派手でかっこいい能力ならいいのになぁ。
「次に【ビギナー向けにして非道コース】。
これはかなり簡単です。パラシュートをつけずにスカイダイビングするだけです。確実に死に至ります。ただ……」
優姫はそう言うと、少し悲しげにその美しい目を伏せた。
「ただ……なんですか?」
やばい、何だろう。気になる。ってか、そもそも高所恐怖症の俺には絶対無理だけど。
「地面に激突する前に死んでしまうケースが多くて……。その場合、次元を超える衝撃が得られず、単に死んじゃう事になるんです。
あ、でもでも、成功した場合に得られる能力は、【他人の記憶を自由に書き換えられる】です」
いやいや。これはかなりすごいと思うけど。でも無理だから。高いとこ無理だから。
「最後に【エキスパートにして覇道コース】ですが……これはかなり難しいです。
死に方については自由なのですが、条件として「普通あり得ない死に方」をしていただくことになります」
なにそのざっくりした感じ。普通あり得ない死に方ってなんだ?
俺はその疑問を素直に口に出した。
「そうですね……。例えば、くしゃみをした瞬間に脳の血管が切れるとか……」
た、たしかに。高齢者や高血圧のおっさんならともかく、俺の年齢では普通あり得ないな。
「あれ? でもそれって次元を超える衝撃は得られないんじゃ?」
「次元を超えるためのエネルギーは、(物理的衝撃)×(精神的衝撃の二乗)の式で表されます。つまり『え!? なんでこんなことで死ぬの!?』という精神的ショックが強ければ、物理的ショックが少なくても問題ないんです」
なるほどそうか。ダイビングの場合、死ぬことがわかりきってるから物理的衝撃の方を大きくしているというわけか。
「えっと……、じゃあ、あの……」
俺は優姫の胸をチラ見しながら口ごもった。
「あなたの胸で窒息して死ぬって言うのも……ありですか?」
俺は思い切って聞いてみた。どうせ死ぬんだしいいじゃんこのくらい言ったって。そんなやけっぱちの俺の質問に、意外な事に優姫はぽっと頬を染めた。
「死に方については、自由、ですし……あのあの、でもぉ……」
赤くなってもじもじしている優姫。そもそもの見た目が美人タイプなだけに、ギャップがたまらん。
「でも、いや?」
俺はさらに押してみた。死を背負った、いわばラストスケベだ。これが押さずにいらりょうか。
「いや、ってわけじゃないんですけどぉ……。でも……」
あ、そうか。死ぬとわかっていたら、精神的衝撃ってのはないのかぁ。でも、快楽からの死って、わかっていても結構ショックだと思うが。
「もっともっと、って思っているのに死んじゃうのって、精神的衝撃になりませんかね?」
まぁなるわけないか。
「確かに、普通の精神的衝撃とは違いますけど……。そういう未練とか、今死にたくない、って気持ちを断ち切られるのって、通常の三倍の効果があるって習ったんですよね……」
誰に習ったそんなこと。心の中で突っ込みつつ、俺はもう一押しした。
「じゃあ、大丈夫だね。よろしくお願いします!」
優姫はしばらく沈黙した。そりゃそうだ。やっぱだめだよね。
「……わかりました。じゃあ、奥の部屋へ……」
優姫はもじもじしながらそう言うと、廊下の奥の部屋に入って行った。
マジか! やった! あの胸に顔をうずめて……死ぬのかぁ。
……まいっか。これって確実に転生できるパターンらしいし。
俺はテーブルに置いてある俺の真新しいスマホを手に取って、スキップする気持ちで奥の部屋に向かった。
その時轟音とともに、俺の頭が、というか身体全体が消し飛んだ。
気がついた時、俺の目の前はおっぱいだった。
次回予告。
私、本日担当させていただきます、水沢優姫と申します。
突然大きな音と共に消し飛んでしまったお客様。
どうやら転生には成功されたようです♪
さて、これから、どんな厄介ご……冒険がお客様を待っているのか?
次回、Take It All! 第三話
「転生バンザイ」お楽しみに!
私の出番はこれで最後ですよね?
はい、お疲れ様でした♪