第十話 逆夜這い。そして……
ノックの音は控えめで、遠慮がちなリズムを刻んでいた。他の者を起こさないように配慮しているような音。
俺の心臓は音を立てて加速していた。ノックの音よりでかいんじゃないか。
直感的にサヤが来たのだと確信したが、そう思い込むことは避けようという自制心も働いた。
お約束展開というものもある。だがそれを裏切る展開もある。全く予断は許さない状況だ。
俺はそっとベッドを降り、静かにゆっくりドアに近づいた。男の余裕ってヤツを演出しなきゃな。
俺はサヤにまずどんな言葉をかけようかと考え……る前にドアに到着。ちょっと早足だったみたい。
一つ大きく深呼吸をしようとした隙に、俺の右手が勝手にドアを開けていた。
「サヤ、こんな時k……」
開けながら、ささやき声を出していた。が、サヤの姿はない。いやむしろ、誰もいない。俺はいやな予感がした。
「入るよ、マスター」
頭の上から声がした。うん、お約束の方だった。ミュウは俺の頭の上をすうっと通り過ぎ、部屋の中に入ってきた。
「そんなにテンション下がる事なくない? むしろ失礼なんだけどー」
テーブルの縁に腰掛けてその長い脚をぶらぶらさせながら、ミュウがぷりぷり怒っていた。遠慮がちな控えめなノックと思ったのは、単にノックをしている手が小さかったからというだけらしい。
「こんな時間にマスターの部屋に来るなんて、あたし以外理由ないじゃん。自意識過剰ー!」
まぁ返す言葉もないわな。
「じゃあ、お前には理由あんのかよ」
「あるに決まってんでしょー! じゃなきゃ来ないわよ!」
ミュウは立ち上がった。腰に手を当て、完全にお説教モードだ。
「あのねえ、あたしはナビ担当なの! スマホ、使い方わかんないでしょ? こっちの世界の事だってなぁ~んにも知らないでしょ?」
あ、そうか。確かに。俺は納得してこっくりうなずいた。
どうもこのミュウには、こっちの世界で俺が得た権威【閃光の魔術師】や【妖精を連れし者】の威光は通用しないらしい。まぁ、彼女の立ち位置からして、もといた世界の俺の情報も把握しているようだし、仕方ないか。
そう言えば、事情を把握している者がいるなら聞きたいことはたくさんある。今後俺がこの世界で生き延びていくためにも、ミュウからの情報はとても重要なのだ。
「確かにミュウの言うとおりだ。ごめん」
俺が素直に謝ると、ミュウは一気に機嫌をなおした。
「うん、わかればよろしい! じゃあチュートリアル、スマホの使い方、いっくよー!」
「あー、ちょっと待ってミュウ。その前に聞きたい事があるんだ」
拳を突き上げてやる気になっているミュウは、俺に出鼻をくじかれてまたもやふくれっ面になった。
「もー。なによもー」
「ごめんごめん、スマホの使い方は後でじっくり聞くから。その前にさ、俺、この世界ではどんな設定なわけ? なんか閃光の魔術師とかピクシーオーナーとか色々言われてるけど」
なんか状況に流されてここまできてしまったけど、本当はどんな設定なんだろう。まだ他にも伝説がくっついてくるのか?
「うーん、そうねぇ。16歳。男子。……だね」
……それだけ? 伝説は?
「あ、そうだ。イケボ」
ミュウは思い出したように付け加えた。いや、イケボだの16歳だの、ありがたい設定ではあるんだけど。チート能力はどうしたチート能力は。
「まさか、そのイケボがチート……?」
「そんなわけないでしょ。マスター、コースの説明聞いてなかったの?」
ミュウは呆れて言った。いや、聞いてたけど。最後のコースについては聞けてなかったし、そもそも、どのコースで転生したのかもわかっていない。
「いや、俺、どうやって死んだのかもわかってないしさ。多分エキスパートのやつになったんだと思うけど、そのコースの能力聞いてないんだよね」
スタンダードのもビギナーのも、能力を試そうと思っても発動しなかったからエキスパートで間違いないんだろうと思うけど。うん。どうなんだろう。
「しょうがないなーもう。調べてあげるからスマホ出して」
ミュウはえらそうに自分の足元を指差した。
「んー。マスターの能力はーえーと……」
ミュウはスマホの画面をスワイプして色々調べはじめた。身体が小さいからなかなか大変そうだ。でも、消去法で言ってもエキスパートコースじゃないのか?
「え? なに? なにこれ!」
ミュウの動きが慌しくなった。何か信じられない結果が出て、本当にそうなのか確かめている様子だ。
「なに? なんかやばい? エキスパートコースじゃないの?」
「【エキスパートにして覇道コース】の場合、死に方が自由な分、スコアによって得られる能力も変わるの!
でも、こんなの聞いたことない……!」
ミュウの謎発言。死に方のスコア?
「ちょっと待って! 何これ、マスター、死に方やばすぎ! ありえないでしょこんなスコア!」
……ええと。まっっっったく、ピンと来ないんですけど。
「異世界に転生するには、スコア100が必要なの。【ビギナー向けにして非道コース】では、その100を肉体的な衝撃で得るわけ」
あぁ、そう言えばそんなような話を優姫がしてたような。
「【スタンダードにして王道コース】では、肉体的な衝撃のスコアは20くらいなんだけど、精神的な衝撃や、遣り残したことに対する強い執着なんかを掛け合わせて、100なんか軽々越えるスコアを出すのね。行く人だと5000とか行くかな」
ミュウは身振り手振りを交えながら必死で説明した。なんか知らんけど、かなり興奮しているらしい。
「【エキスパートにして覇道コース】は死に方は自由、スコア100を越えていればいいんだけど、そのスコアによって得られる能力が変わってくるの。スコア20万とかいくと【相手の精神を、過去のある時点に永久に閉じ込める】……だったかな」
さすが20万。かなりえげつないな。で、俺の能力がそれって事か?
「もしかして、俺にそんな能力が……?」
「ううん、違う。だって、マスターのスコア、10億だもん」
……は? 10億?
「これ、マジすごい。だって、肉体的衝撃が100のマックスでしょ? 精神的衝撃もマックスで1000。未練指数もマックス10倍。100×1000の二乗×10で10億。まったくどういう死に方したのよもう」
そう言われても。俺にもわからんわ。
ミュウは興味津々で俺の記録を検索した。
「ええと、死因は隕石の直撃による肉体蒸発。大気圏突入の時に結構燃えて小石くらいの大きさになってたみたいだけど、相当高熱だったんだね。これは肉体的衝撃と精神的衝撃がマックスなのは当然だね。意外すぎるもん」
マジか。そんな死に方だったのか。死ぬ直前に聞いた轟音は、隕石が天井を突き破ってきた音だったんだな。
「この、未練指数の高さがすごいよね。
えーと……なるほど。あと少し生きてれば、おっきな胸に顔うずめられたのに……だって。
マスターのえっちー! えろいー!」
なるほど。煩悩まみれでレアな死に方するとこうなるわけか。なんとなく複雑な気分。ノー勉で保健体育のテスト全国一位取ったらこんな気分だろうか。
「で、俺の能力はなんなんだよ」
「んー、こんなスコア実際に出るなんて思ってなかったから……ちょっと調べてみるよぅ」
ミュウはまた激しく画面をスクロールさせた。相当、下~~~~の方に記載があるらしい。途中で何回か休憩を挟み、ぜいぜいと肩で息をしながら、ミュウはとうとうスコア10億の能力にたどり着いた。
「マスターの能力はぁ……」
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「俺の能力は……?」
「マスターの能力は、【鍵】です」
ミュウは顔を上げ、珍しく敬語で、真剣な顔でそう言った。
次回予告。
シェライアだ。
いよいよ明かされるカイ殿の能力。
そして転生二日目の朝を迎える。
サヤが手料理の腕を振るう事になるが…・・・?
次回、Take It All! 第十一話
「俺の能力と【白き鎧】」お楽しみに!
おお、サヤ!
そ、その料理は、まさか……!




