第一話 「お客様には、死んでいただきます」
とにかく最悪の出だしだった。
ビシッと新調したスーツ、真白なワイシャツ、そして勝負ネクタイ。その全てが台無しになってしまった。
簡単に自己紹介しておく。
俺の名前は甲斐次郎、23歳。限りなく黒に近いダークグレーな企業で営業をやっている。
営業と言えば聞こえはいいが、俺の場合はぶちギレたお客さんのところへ赴いて怒られる「怒られ役」がほとんどだ。営業成績が万年最下位の俺は、先輩から顧客を譲ってもらう事も多く、そういうのは大抵スジ悪の案件というわけ。
今日も盛大にぶちきれた大口のお客さんのところへ謝罪に行き……、先方のお偉いさんトリオにコーヒーをぶっかけられたのだった。
このスーツ高価かったけど、会社は出してくれないんだろうなー。すでにもう諦めモード。あ、そうだ、会社に電話しとこう。
だがしかし。
我がスマホはボタンを押しても真っ暗なままだった。
内ポケットに入れたままコーヒーを大量にぶっかけられたせいで、壊れてしまったらしい。マジか。弁償モンだろ。
でもこういう場合、うちの会社が俺の味方になってくれることはない。「お客様は神様です。うちの社員は下僕です」が社是なのだ。
俺は猛烈と腹が立ってきた。っていうか、ヤケになってきた。どっちにしろ自費で機種変するしかない。こうなったら最先端の最高の機種に変更してやる。金に糸目はつけねーぜ!
コーヒー染みのついたスーツ姿のままガッツポーズを決めた時、俺の目に
【異次元の性能! 超最新スマホ入荷しました!】
の張り紙が飛び込んできた。
ショップ内にお客は一人もいなかった。よくあるケータイショップのように、色んなスマホやタブレットが展示されているわけでもなく、正直ほんとにショップか? と疑いたくなるレベル。店員も一人しか……え? クッソ美人なんですけど!
もうね、店内のその部分だけが光り輝いているようなもんですよ。俺ごときが声をおかけしてしまってはいけないようなレベル。どうせゴミクズを見る目で見られて……。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
にこやかに話しかけられた。まぁ考えてみれば当たり前の事なんだけど、俺は他愛もなく舞い上がってしまった。
「は、はい!」
思わず気をつけの姿勢で返事をし、彼女に誘われるまま、彼女の正面の席に腰掛けた。(まぁ、カウンター越しに店員とお客が向かい合って座っているというだけだけど)
約1メートルの距離で見ると、だいぶやばかった。少し茶がかった髪をショートボブにしていて、大人っぽい雰囲気の美人である。その大人っぽい雰囲気にそぐわないくりっとした大きな目。ある種のアンバランスさを醸し出して、妖しい美しさとなっていた。
俺は彼女の胸に目を下ろした。
Oh……。
制服の胸ボタンがはちきれそうなボリューム。
彼女の胸に触れていられる代償が、この引きちぎられんばかりの引っ張り荷重ということか。
胸元からちらっとのぞく谷間は狭く深い。この谷間で窒息しt……。
「あの、お客様?」
はっと顔を上げると、彼女が俺の顔を訝しげに見ていた。
「あ、は、はい!」
俺は思わず、立ち上がって気をつけをするような気持ちで(実際には立ち上がっていない)うわずった声を出した。
彼女はにっこり笑ってスマホのパンフレットを差し出した。
「ええと……」
俺は彼女の名前を呼ぼうとして言いよどんだ。実はさっき彼女の胸を見たのはネームプレートを見ようとしたんだけど、胸の方に神経が集中しちゃってネームプレートが目に入らなかったのだ。
「あ、私、本日担当させていただきます、水沢優姫と申します」
彼女――水沢さんはそう言って、自分のネームプレートをつまんで俺に見せてくれた。俺としては彼女のすばらしいバストをもう一度眺める恩恵にあずかれたわけだ。
「当店にいらしたと言う事は、機種変更されたい、という事でよろしいですか?」
優姫さんの声はとても耳心地がよかった。これじゃあ男はみんなめろめろになって高額商品でも何でも買っちゃうだろうなぁとうらやましくなった。営業成績なんか気にしたことないんだろうなぁ。
この時、そんな彼女がいるこのショップが何故こんなにも閑散としているのかを考えていれば、これからの展開は変わったのかも知れない。でもその時の俺は、そんな事はちらっとも頭をよぎらなかった。
「はい、表で最新機種入荷って書いてあったので……」
「これが、その機種のパンフレットでございます」
優姫は先ほど俺に差し出したパンフを、すっと俺の方に差し出した。
【飛躍的かつ圧倒的な進化を遂げた、次・次・次世代機!】
【世界中外どこでも圏外なし!】
【イニシャルコスト・ランニングコストともに、お金的にはタダ!】
刺激的な宣伝文句が踊っているそのパンフレットの最後の文句に俺はひっかかった。
「タダ!? こんな高価そうな最新機種が、タダなんですか?」
いやいやそんなうまい話なんかあるはずがない。俺はパンフをじっくりと見て、「タダ」の後に小さく「同然」と書いてあったり、別の有料サービスに加入するとかの条件があったりしないか確認した。が、どう見てもそんな記載はない。
「大丈夫ですよ。本当にタダです。お金的には」
優姫がにっこり微笑んだ。
お金的には? どういう意味だろう?
俺はその疑問を素直に口に出した。
「お金はいただきませんが、もちろん契約は結んでいただく事になります。
回線も、今まで使っていたものから弊社の回線に乗り換えていただきますし、まぁ、お客様の人生をいただく、と言ってもいいかもしれません」
なるほど。一生他社に乗り換えてはいけない、解約してもいけない、ってわけか。このあたりで一気に話が胡散臭くなってきたが、優姫の顔を見ていると、どうしても彼女が不愉快になるような返事ができない。
「一生物のスマホになると言う事ですね……。
でもいくら時代を先取りした機種だとしても、この辺のテクノロジーは日進月歩、いや分進秒歩と言われていますからねぇ……」
と、少し消極的な発言をするのが関の山だ。
「ご安心下さい。無償アップグレードは随時行われます。
OSをはじめ、ハードウェアについても永久無償アップグレード対象ですので、今後一生、常に最新機種をお使いいただけます」
え、マジか。大丈夫なのかこの会社。
「私、お客様が外を通られた時から、この方ならこの機種とこのサービスの価値をご理解いただけるって信じてました。だから、お客様が入ってきてくださった時、とっても嬉しかったんです」
優姫は胸の前で手を合わせて少し目を潤ませた。腕で胸がむにゅっとひしゃげて胸元が少し開き、また、谷間がさらに強調された。柔らかくて張りがありそうな、みごt……。
「では、前のスマホからデータを移しますので、お預かりいたします。その間にこちらにサインをお願いします」
優姫は俺のスマホを取り上げ、書類を一枚、俺に渡した。
「あ、でも、それもう壊れて……」
「大丈夫ですよ、お任せ下さい」
優姫は俺のスマホを持って奥へ入ると、すぐに戻ってきた。
「データ転送を開始しましたので、お客様はゆっくりと内容をお読みいただいた上でサインして下さいね」
優姫はにこやかにそう言うと少し前かがみになって俺の手元を覗き込んだ。
俺は確信した。先ほど手を合わせたのも、今こうして覗き込んでいるのも、わざとだ。わざと胸を強調しているに違いない。俺を誘惑しようとしているんだ。その手には……乗ってしまいかねないぞ。この子なら、何の後悔もなく嫁にできる!
いや普通ならこの契約が詐欺なのではないか、だまそうとしているのではないかという方に思考がいくものだが、そこは欲望に負けやすい男の浅はかさ。俺は優姫の胸元をちらちら眺めながら署名欄にサインした。
「はい、ありがとうございました。これで、あなたは最新機種のオーナーになります」
優姫は俺のサインをよく確認して言った。
「良かった。じゃあさっそく、君の連絡先を……」
「それではお客様、機種代その他の初期費用のお支払をお願いします」
あれ? 確かタダって。
「最初にご説明致しました通り、初期費用としてお客様の今後の人生をいただきます」
「そ、それってどういう……?」
優姫はにっこり天使の笑顔で、悪魔の一言を放った。
「お客様には、死んでいただきます」
それは全ての終わりであり、始まりだった。
次回予告。
私、本日担当させていただきます、水沢優姫と申します。
とうとう私、契約GETいたしました!
お客様のお名前は、甲斐次郎様。
さぁて、お客様はどのような死に方をご希望されるでしょうか。
次回、Take It All! 第二話
「おっぱい→おっぱい」お楽しみに!
あのぉ、プロヂューサーさん、私の出番、
次回で終わりですか……?