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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

命題の真偽

作者: たいら わたる

俺はひとり放課後の教室で時間を潰していた。昨日母親と喧嘩をしたから今日は家に帰らないつもりだ。

あてもなく歩き回るにはむいていない2月の寒空。外には雪がちらついている。外をぶらつき無駄に寒さ凍えるぐらいならギリギリまで学校で暖を取っているほうが賢いってもんだ。

普段ならどこか適当な店にでも入って友達とはしゃぎながら夜を明かすのだが、あいにく一昨日にてきとうな奴から借りた金はもう使ってしまったし、いつも一緒の浩人(ひろと)は俺の先を越して家出しているらしく、昨日今日と学校に来ていなかった。

最近は家出が多く、俺のつるんでいるグループの奴らはみんな学校に来ていない。昨日、律儀にも浩人からは「俺親と喧嘩したし家出すっから」と連絡が来ていた。みんな同時に家出ってことはつまりみんな一緒にいるってことだ。浩人もそこに合流したんだろう。疎外感を感じていた。

「それにしても寒いなオイ」

あまりに寒く感じるのは心理的な問題のせいなのだろうか。ストーブを確認すると、熱を発するどころかむしろ触れた自分の手から体温を奪っていくほどに冷たかった。

完全下校の時間まではもう少しあるのだが、とっくの前に事務室の方で切られていたようだ。各教室に設置されているストーブはこちらでつけたり消したりはできず、事務室が一括に管理しているものである。

 そろそろ学校を出るか、それとも風がしのげるだけいくらかマシかと悩んでいるとガラガラと教室の扉が開いた。

隣の席の宮部というやつだった。

こいつは普段から俺ら不良を見下して陰で馬鹿にしている最低な奴らの一人だ。こいつらはクラスで一番身分が低くて俺たち一軍が話しかけた時はいつも挙動不審で、女子たちからも嫌われているくせに少し勉強が出来るだけで偉そうにしている。本当にむかつく。

 一昨日、金を貸してもらったのはこいつらの中でも一番むかつく奴だった。しかし、借りはもう相殺済みだ。あいつは今頃病院のベットで快適に過ごしているだろうからむしろ返しすぎたと後悔しているぐらいだ。

 宮部はあいつらのなかでも特に勉強が出来るやつで頭がいい。決定的な行為はしていないがきっといつも俺らを見下しているに違いない。

 「よう、宮部」

 俺は明るく声をかける。なんせ俺に金を貸してくれるんだから、媚びておかないと。

「どうしたの中村君」

 いつも俺らに怯えているくせに今は一切ひるんだ様子を見せなかった。

 むかつく。

「いやさぁ、俺今家でしててよぉ。どっか外で飯食いてえんだけど金がねえんだわ。わかんだろぉ?」

 さっきは優しくしすぎたんだろう。俺は立ち上がって宮部に近づきながら、少し語気を強めて威圧する。

「ああ、いいよ」

 宮部はまるで初めからわかっていたかのようにあっさりと了承した。

「代わりにと言ってはなんだけど、少し僕の研究に付き合ってくれない?」

 勉強のできるやつは訳が分からんことをするのだなと思ったが、暇つぶしにはちょうどよさそうだ。

「いいぜ。そのかわり報酬ははずめよ」

 宮部はもちろんさと頷き、その研究内容を話し始めた。

「いま僕が調べているのは『絶対肯定と絶対否定』についてなんだ。これは僕が勝手に作った造語なんだけどね。『絶対に○○ある』といったものが絶対肯定、『絶対に○○ない』といったものが絶対否定なんだ」

なんかよくわからんことをいきいきと話し始めた。

「それでね、僕が最近発見したのは『絶対肯定は絶対じゃなくて絶対否定は絶対だ』ってことなんだよ!」

 ああもうよくわからん。どうでもいいがこんなつまらんことよく考えるなと少し感心してしまった。よくわからんが。

「それで宮部は俺に何をしてほしいんだ?」

「まあそう急かさないでよ」

 腹が立つ。なんでこんな奴に付き合ってやらなきゃならんのだと思ったが、ここは穏便にいこう。

「面倒だから、さっきの『絶対肯定は絶対じゃなくて絶対否定は絶対だ』って命題を命題Aと呼ぶことにするね。この命題Aをとある実験のデータをもとに真であるって証明したいんだ。そのデータを取るのに協力してほしい。ちなみに今まで4人にやって4人とも上手くいってるんだよね! まだまだ膨大なデータが必要なんだけど、やりがいがあって楽しいんだ!」

 キラキラした目でこちらを見られても困る。ドン引きである。

「もういいから早くしろ」

 イライラしてきた。簡単に言えばこいつの実験モルモットがつまり俺なのだ。

「ごめん。じゃあ早速行くね。じゃあ『絶対肯定が絶対ではないこと』を証明する実験から。『中村君は僕が手を叩いてから10秒以内に絶対死ぬ』ハイ、よーいどん!」

 宮部はパチンと手を叩き、いーち、にー、とカウントを始めた。俺はそれをぽかんと見届けることしかできなかった。

「きゅー、じゅう! やった! 今回も上手くいった! じゃあ次は『絶対否定は絶対であること』を証明する実験いくよ! 『中村君は僕が手を叩いてから10秒以内に絶対死なない』いくよ! よーいどん! いーち、にー」

 またもカウントが始まった。早速とは言ったがあまりにテンポが良すぎないか。こちらは驚きすぎて文句の一つも出て来やしない。

「きゅー、じゅ!はい、今回もばっちり成功しました! ご協力ありがとう! 報酬は3万でいい?」

 サッと財布から一万円札三枚を取り出す宮部。

「ちょーっとまった!」

 頭が全く回らないし整理もついていないが、この実験があまりにスカスカで無意味なことだけはわかった。このままではこいつは金を払って去っていきそうだった。どうにか時間を稼ぐために、とにかく流れを切る。

「え、もしかして今のであのよくわからん話を証明したとかいうつもりなの?」

よくわからん話ではなく命題Aです、と律儀に突っ込んでいるが無視する。

「意味わからん。お前俺のこと馬鹿にしてんの?」

 いらだちや怒りからではなく、心底から湧いた疑問だった。

「いいや、これはとっても大事な実験なんだ」

 宮部はまったくふざけた風もなく真剣な様子。

「あのなぁ、こんな実験意味がないってことぐらい頭の悪い俺でもわかるぞ」

 これもまったく皮肉はない。

「え、ほんとに? おかしいな。そういえば実験した人はみんなそういうんだけど結局僕が正しいんだよね。まあとりあえず参考までにおかしいと思うところを言ってみてよ」

 もともとの宮部がどんななのか、俺はまったく知らないがこんなに天然なのだろうか、それともとぼけるのが相当にうまいのか。自分の研究とやらにかなりやられちまっているようだ。

「そら誰しも指摘するだろうさ。いいか? お前が冗談で言って俺を揶揄っていると考えると心底腹立たしいが、見ている限りそうでもなさそうだから言うぞ。実験内容を『中村は10秒後に絶対生きていない』という内容にしてみろ。こんな命題一瞬でくずれるぞ」

「じゃあそれでやってみよう。僕が手を叩いたら始めるね。」

「は?」

 何を言っているのかわからなかった。しかし宮部はパチンと手を打つ。


 一瞬ひやりとしたのはストーブのついていない教室のせいだろうか。


ドンッ。

 

宮部はどこから取り出したのか、何かで俺の心臓の辺りを何度も突き刺しては縦に切り裂く。何度も。何度も。

痛みでもはや声ではない雑音(ノイズ)が俺の口から鳴り響く。変わらない声でさーん、よーん、とカウントを続ける宮部。

刺された衝撃でさっきまでいた場所から数メートル吹き飛んで倒れている。痛いのに、苦しいのに。考えることはいつもより冷静だ。

 なーな、はーち。とうとう教室に響く声は宮部のカウントだけ。

 いつもよりクリアになった頭で浮かんだのは宮部への反論だ。

「おれ・・・お前のその顔・・・ぜった」

「じゅう!」

 同時にザスッと俺の首と胴を分かつ勢いで何かが振り降ろされてそこで終わった。


「ほらね、僕の命題はやっぱり正しい。『僕は友達にこんな話は絶対しない』」


 宮部は一人になった教室で呟いた。

「でも危なかったな、意外と中村君は機転が利くんだ。最期にあれを言われてたら実験が」

宮部は無邪気に嗤った。


初投稿です。

よろしくお願いします。

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