充足と喪失と
あれからというもの、俺と椿は一緒に登下校し一緒に昼飯を食うようになった。
と言っても二人でじゃない、佐藤と秋野の二人も付いてきやがるんで四人でだ。
この二人には俺達が付き合うことにしたことはすぐ話した。最初の2〜3日間は佐藤から凄く妬まれたが、今は普通に受け入れてくれている。その頃にはクラス中が知ることとなっていた。
それから倉山が俺に話しかけてくることが多くなった気がする。昼飯も倉山を混ぜて五人でという事もざらだ。
付き合うことになって初めての日曜日、俺達は二人で動物園へ行った。
ここで椿の天然さを改めて思い知ることになった。
「こーくん!ヤギさんだ!ヤギさんがいるよ!」
そう言うと椿はヤギの囲いの所へパタパタと走っていった。ちなみにこーくんってのは俺の事だ。いつの間にかあだ名で呼ばれるようになっていた。決して俺からそう呼べなんて言ったわけじゃないぞ。
そして椿はカバンから学校で配布されたプリント書類を一枚取り出しヤギの顔の前へ差し出していた。それに驚いた俺はダッシュで椿を止めに入った。
「椿何してる!ヤギは紙食ったら消化不良起こして最悪の場合死んじまうんだぞ!?」
「え〜こーくんしらないの?ヤギさんは紙食べるんだよー?」
「物語の中だけだから!食わないからやめたげて!!」
とまぁこんな事が何度も起きる。凄く楽しかったが凄く疲れた。
その後日曜日になるぞ度に色々な所へ出かけた。
ある日俺達は水族館へと出かけた。相変わらず椿節は炸裂していたが、俺も少しずつ慣れてきた。
二人お揃いでイルカの置物を一つずつ買って一緒に晩飯を食べているうちに外は暗くなってしまっていた。
そして分かれ道。本来はここでお別れだがそういう訳にもいくまい。
「椿、家まで送るよ。くらくなっちまったしな」
「ううん、いいよ。1人でも帰れるし、そこまでされちゃうと、本当に離れたくなくなっちゃうな」
「そ、そうか?わかった。じゃあまた明日学校でな」
「うん。今日も楽しかった、ありがとう。また明日ねっ」
そう言ってお互い振り返り背を向けあって別れた、その直後。背後からキーッとタイヤの鳴く音とゴンと鈍い音が聞こえた。背筋が凍った。それこそどんな怪談話も比にならないくらい、凄まじい不安と寒気が俺を襲った。
はっと振り返ると大型のトラックが走り去っていく所だった
「椿!!」
急いで駆け寄ると頭から血を流して倒れている椿。とりあえず救急車を呼びはしたもののパニックになりそうすればいいかわからずただひたすら大声で椿の名を呼び続けた。だが一度も返事が返ってくることはなかった。
病院へ着くと緊急手術開始。椿の両親も俺の両親にも連絡はされたが、夜中で空いている病院が遠くにしか無かった為来るのに時間がかかる。
俺は一人手術室の前で待ち続けた。なるべく悪い方には考えないようにした。考えると本当にそうなってしまいそうな気がしたから。
だがそんな淡い期待も水の泡。手術室からは一人の医者が俯いたまま出てきた。俺はすぐに立ち上がった。
「椿は、椿はどうなったんですか」
「...残念ですが、夏の椿さんは...」
そこから俺は正気ではなかった。その医者の胸ぐらを掴み鬼のようにまくし立てた。
「残念ですがじゃねェ!テメェその部屋ん中で何してやがった!あァ!?」
「全力は尽くしましたが...」
「テメェ医者じゃねェのか!医者の仕事はなんだァ!医者名乗んだったらなおんなひとりくれェ治してみろよ!出来んだろなァ!どうなんだよ!やれよ!!」
「....」
医者は俺の目も見ようとはしなかった。その瞬間に何かが切れた。
その瞬間だった、右手の拳を握り振りかざしたその腕を誰かに捕まれ止められた。
振り返るとそこに居たのは椿だった。正直ホッとした。
「椿。なんだ、お前無事じゃねぇか。悪い冗談よせよお医者さんよ...」
しかし医者は不思議な顔をして俺を見つめる。
「こーくん...私、死んじゃった、みたい」
椿はそう言って俺の顔を見て軽く笑う。
「死んじゃったって、どういう事だ...?」
「どうしたんですか?」
「どうしたって、椿がいるだろ。ここに」
「椿さんが?私には見えませんが...貴方疲れているんです。親御さんがいらっしゃったら、帰ってゆっくり休んでください。」
「いやまて、椿が居るだろ?俺の横にほら、居るじゃねぇか!」
その時、椿の親と俺のお袋が一緒に現れた。そのまま俺は連れて帰られ、ベッドに横になると疲れかそのまま眠ってしまった。