始まり
帰宅部は皆下校し誰も居なくなった学校の玄関口。そこに一人の少女の姿があった。間違いない、夏野だ。
「夏野!」
俺がそう声を掛けるとハッ振り向き俺の顔を見ると、驚いたようなその表情は一気に笑顔へと変わった。
「鋼二君!よかった、もう帰っちゃったんじゃないかって思ってたんだ」
俺は靴を履き替えながら夏野の話に返事を返す。この時点でもう心臓は大爆発を起こしそうだ。
「手紙みたぜ、そんな酷い事しねぇよ」
「えへへ、そっか。よかった」
そう言うと屈託のない子供のような笑顔を俺に向ける。俺が夏野の好きなのはこういう所だ。
子供っぽいと言ってしまえば身も蓋もないが、純粋で笑顔に濁りがなくて裏表がなくて、少し天然で無邪気でいつでも元気いっぱいで。年を重ねて俺が失った物を全部持ってる気がして、とにかく眩しすぎる存在だ。
そこからは二人肩を並べて歩いて帰った。特に特別な話はしてなかった。クラスメイトの話や流行りのドラマの話。そんな何気ない話に花を咲かせている内に、目の前には分かれ道。
「じゃあ私こっちだから」
夏野とはここでお別れ。だがまだ別れたくない。
「夏野!もう少し、付き合ってもらえないか?」
とっさにそう言ってしまった。夏野は黙って、でも少し嬉しそうな顔をして首を縦に振った。
それから近所に人のこない公園が丁度あったのでそこに入ってベンチに並んで座った。
座ってから5分くらい沈黙が続いた。だがこうしていても何もならない。俺から先に切り出すことにした。
「なぁ夏野。なんで俺を帰りに誘ったんだ?」
それは素朴な疑問だった。毎朝挨拶こそすれど、ちゃんと話すのは数日に一度程度。仲がいいとも言いづらい。そんな俺がなぜ誘われたのか。
「鋼二君は、じゃあどうして来てくれたの?」
俺はドキッとした。一瞬で心臓の鼓動がMAXに跳ね上がった。理由なんて決まってる。
頭の中がグルグ回った、軽くパニックになった。だが2分ほど黙ってしまったがおかげで少し冷静になれた。決めた、言おう。思い切って言っちまおう!。
「夏野、正直に言うぞ。俺は...俺はお前が好きだ!だから、チャンスだと思って...」
俺は体ごと隣に座っている夏野の方へと向き直り顔をまっすぐ見て言った、言っちまった。
椿は一瞬驚いた表情をした。そのあとさらに一瞬だけどこか寂しそうな顔をしていたがすぐにあの屈託のない笑顔に変わった。
「嬉しいよ、鋼二君。私もね、同じ気持ちなんだ」
俺は嬉しさの境地にいた。ここまで心が喜んだことは過去一度もない。だがどこか冷静でいる自分がいた。と言うより緊張が限界を超えてハイになりわからなくなっていたのだろう。そこからは完全に勢いだった。バッと立ち上がり夏野の正面に立っていた。
「じゃあっ!俺、と...俺の、女になってくれないか!?」
「うーん、一つ条件があります!」
「ん、なんだ...?」
「椿って呼んで?」
その時の椿の笑顔が反則的に可愛すぎた。気付けばおれはそんな椿の方を強く抱き締めキスをしていた。後になって思えばなんであんなことしちまったんだろうって思う。でもその時はそんな事考えられなかったのだ。
それから俺は椿を先に帰らせると、空が赤く染まるまでベンチに座りただ空を眺めていた。ただひたすら手と口元に残る椿の感触と香りの余韻に浸っていた。
家に帰ってからずっとニヤケていたような気がする。その位ずっと浮かれていた。
そんな日がずっと続くと思っていた。思っていたのに...。