とある朝
目が覚めた途端、私と目が合った。
どうして目の前に私が、と一瞬混乱したけれど、よく見るとそれは鏡だった。私が手を動かし、見慣れたブラシが動いている。なんだそっか、と息をつく。
私が1人で慌てていた間にも、私は丁寧に自分の髪をといて鏡とにらめっこを続けていた。
「んー……?やっぱり、手入れがなってないわあ」
私の口が動いて、頬を軽くつねる。
「表情筋も硬いわね」
そう言いながらも、私は私が今まで見たこともないような淑やかな笑顔を作り、鏡に向かってウインクした。おまけ、とばかりに投げキッスも付け加えて。ぞぞぞ、と背筋に寒気が走ると同時に、寝ぼけていた頭がやっと叩き起されたような気がする。
やっぱりおかしい!
なんで私が勝手に動いてるの!
そう叫んだつもりだったのに、声は出ていなかった。それどころか口角をスッと吊り上げて、私は私の知らない意地悪な女性の顔になった。
「うるさいねえ。質素なお嬢さん、ちょっとは大人しくなさいな。お前の体は、もうこのシトリーのものなんだからさあ」
くっくっと笑う私の_____いや、シトリーの_____言葉を聞いて呆然とする。
シトリー。このゲーティアに住んでいる者なら誰もが聞いたことのある名前。ソロモン七十二柱の序列十二番、美男子とも美女とも呼び声の高い色欲の君主。
どうして、こんな地味で暗い私のところに。
私ですみません……と思わず呟く、ようにひっそりと頭を下げる気持ちでいると、鏡の中の私が
「はあ?」
と目をすがめた。