7話 地下独房ー2
5歳の時には開けられなかった2つの扉が左右の壁にあった。
「どうする?入るか?それともこの先の部屋に行くか?」
もう少し先に行くと扉のない大きめの部屋がある。
「いいえ。この2つの部屋から調べます」
そう言ってリーエはさっさと片方の扉に手をかけて開けた。いやいや、なんの警戒もなく開けちゃあダメだろ。
「ふう、んん......!」
リーエの声。思ったより固く閉ざされていた扉だったのか、リーエかなりの力を込めてその扉を開けた。ギギギと音を立てて開いた扉の中から、咳き込むほどのホコリが舞い上がった。
「うわっ、やばいなこのホコリは。中には.......いないな」
その扉の中にビルダーラットらしき影はなかった。あったのは使われなくなってホコリまみれになったベッドと、鏡のある化粧台だけだった。
「ん?これはなんだ」
俺は、化粧台の上に置かれた写真を手に取った。写っているのは2人の少女。片方は見覚えがる。ボイヌだ。恐らく若い頃に取った写真であろうが、何よりも驚くことがある。写真が取られている場所がこの孤児院だということだ。知らなかった、母が孤児だったなんて。
「ここには特に異変が無いようですね。もう1つの部屋に行きましょう」
「あ、ああ」
リーエに言われてすぐに写真をポケットに入れて部屋を後にした。
「あ、開けてください」
リーエはもう片方の扉を指差して俺にそう言った。きっとさっきの扉を開ける時に、思ったより固く、変な声を上げてしまったことが恥ずかしかったのだろう。案の定ちょっと顔が赤い。
「分かった。ふうんん......!」
そう言ってさっきのリーエの真似をしながら開けようとすると、リーエの顔がまた赤くなった。前のようにキレられても困るから、1回でやめてあげるか。てか、この扉普通に重いな。くそ、鍛えてるとか言った手前、これぐらい簡単に開けねえと。
「ぅおらっ!」
ガン!と大きな音がなって勢いよく扉が開いたその瞬間、中からたいくつかの小さな影が飛び出した。
「ビルダーラットだ!」
飛び出してきた影は、黄色い喉袋を持った鼠だった。数は3匹ほど。ビルダーラットらは襲いかかってくることはせず、どこかに逃げた。俺はさらに多くのビルダーラットが出てくるのを防ぐため、急いでこの部屋を閉めた。
「くそ、リーエ!あいつらどこに逃げた!」
「お、奥の部屋の方だと思います」
リーエは杖を握っていた。先端から微かに緑の光を放っていることから、風魔法を使ったのだろう。しかし、当たらなかったようだ。リーエは少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「よかった。階段の方に逃げられてたらみんなが危なかったかもしれない。リーエ、多分この部屋の中にもっとたくさんのビルダーラットがいる。最悪、巣がある」
「巣が、ですか......」
「まだわからないから、今度は静かに、ゆっくり開けて中を覗こうと思う」
「そうですね。でも奥に逃げた個体が気になります。先にそちらをかたずけてしまった方がいいのではないでしょうか」
「ああ、確かにそうだな。戻ってきたあいつらに唾飛ばされちゃかなわんわ」
「はい」
扉がしっかり閉まっていることを確認して奥の部屋に向かった。鼠たちは濡れていたのか、その足跡がよく分かった。
奥の部屋に着いた。部屋の様子は5歳の時と変わっていないと思う。部屋の奥の壁に3匹の鼠が固まっていた。3匹は口を開けてこちらを威嚇している。ビルダーラットはその威嚇の姿勢からノーモーションで唾液を吐いてくるから侮ってはいけない。酸の威力は、肌が少しただれる程度で命に関わるものでは無いが、眼に入ると失明してしまう可能性がある。しかもビルダーラットはしっかりと眼を狙って攻撃してくるという。
「よし、リーエは少し離れたところから魔法で攻撃してくれ。俺はあいつらの注意を引き付けながら隙があれば攻撃するよ」
そう言って短剣を鞘から抜いた。うわー。魔物との戦闘なんて初めてだ。興奮はしているが集中は欠かさない。
「分かりました」
リーエが魔力を杖に流し込むのを見て、俺は3匹の方へ駆け出した。
3匹のうち1匹が唾液を飛ばしてきた。唾液は黄色く、それほどの速度は無いがこちらの目の高さの軌道を描いてる。簡単にかわすことができたが、もう2匹がすかさず唾液を放ってきた。こいつら、鼠のくせに連携してんのか。
「くっ!」
追撃をなんとかかわしたが、変な体勢になり勢い余って転んでしまった。ヤバイ、次の唾液を飛ばそうとしてる鼠の姿が見えた。再び攻撃をしようとするビルダーラット。
「風刃!」
リーエの声と同時に、1匹の体が突然バラバラに舞い散った。
俺は、突然のことで怯んだもう1匹を短剣で刺した。ごりりっという骨を断ち切る不快な音が、短剣を通して脳内に響いた。だがそんなことを気にしてはいけない。残った最後の1匹は殺された2匹の恨みからなのか、それとも恐怖からなのか唾液を飛ばすのではなく直接噛み付いてこようとした。
窮鼠猫を噛む。そんな言葉を思い出した。ニホンの記憶だ。なるほど、追い詰められた鼠は猫をも噛むか。猫はびっくりするだろうな。だが、ビルダーラット。体の小さいお前らの武器は牙じゃない。
俺は襲いかかってきた鼠の体を鷲掴みにして、瞬間握りつぶした。「ぴギュっ」という断末魔を聞いてすぐにその死体を離した。
「だ、大丈夫ですか」
「大丈夫だよ。リーエこそ怪我はないか?」
「はい、特には。というか、この依頼は私がギルドから受けた依頼ですのに色々助けてもらったりしてすいません」
「いいっていいって。俺こそしゃしゃり出てすまない。こういうの憧れてたんだ」
「そうですか。ところで、あの、平気なんですか?」
「ん?なにが?」
「生き物を殺したり、血を浴びたりすることです」
「ああ、うーん。なんでだろうな、いつも魚とか鳥とか捌いてるからじゃないかな。あと、魔物との戦いなんだ。怖いだなんて言っていられないだろ」
実際、自分でもなんでこんなに生き物の命を簡単に奪えるのかわからなかった。驚いてもいた。適当な理由を言ったものの、しっくりくるものはない。変なモヤモヤが残った。
「とりあえず片付いたな」
「そうですね。念のためこの部屋も調べておきましょう」
じっくり調べたが、この部屋には特に異常はなかった。ビルダーラットはあの部屋だけにいると断言して良さそうだ。
異変が無いのを確認して、2人は先ほどの部屋の前に戻った。
「じゃあ、俺が覗くから出てきたり俺に攻撃してきたやつを迎撃してくれ。急がなくてもいいからな、俺に魔法を当てられちゃあ困る」
「そ、そんなことにはなりませんよ!多分、、、」
多分は怖いですリーエさん。まあリーエなら大丈夫だろう。そう思い扉に手をかけた。音を立てずゆっくり取っ手を回し、静かに開けた。僅かにできたその隙間から片目だけ覗かせる。
......やっぱり巣があった。白くて、鍾乳洞のような光沢を放つそれは部屋の奥、壁に従って築かれている。大きさは高さ1.5メートル、幅3メートルぐらい。結構デカイな。部屋の中にはうじゃうじゃビルダーラットがいる。外に出ている個体と、一生懸命巣に唾液を塗っている個体だけで60匹ほどいるな。巣の中と、食料などを調達しているであろう個体を含めると150は余裕で超えるんじゃないか?そして、この湿気の正体も分かった。巣のちょうど上、配水管が食い破られて水が滴り落ちている。巣を中心に、この部屋全体が水浸しだ。巣の中にも水が入り込んでいるようで、ビルダーラットにはこれ以上ないほど快適な空間と言えるだろう。
俺は静かに扉を閉めて、杖に魔力を充填させているリーエに向き直った。
「少し、いやかなり大きい群だぞ。流石に2人じゃ無理だ」
「本当ですか、私も確認します」
リーエと場所を交換して、 リーエも静かに扉の中を見た。ゆっくり閉めて扉を背にして向き直り、
「そのようですね。これは、組合の方に報告しないと」
いけません。とリーエが言った瞬間、扉が少し開くのが見えた。
「リーエ!後ろ!」
扉から出てきたビルダーラットが振り向くリーエに向けて酸の唾液を放った。
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