6話 地下独房ー1
説明回になってしまいました。
リーエを孤児院の中に入れ、母の寝室まで案内した。本来訪問者は客間で接待をするのだが、今に至ってはここの経営者が病に伏していて寝室以外に長く居座るのは体に悪いと判断してのことだ。
「お初にお目にかかります、ボイネ院長」
「ゴホッ……あらあら、これは可愛いお客さんね」
「可愛いだなんて、過ぎた言葉です」
「うふふ、ユージが女の子を連れてくるもんだから期待しちゃったのよ」
な、なにを言うか母よ。
「待って!なにその女の人!」
勢いよく寝室の扉を開けて中に入って来たのは、モモイだ。荒い息をあげ、肩は震えている。
「ユージ兄さん!その女の人は誰なんですか?説明してください!事細かに!」
「いや待て待て、モモイ。何か勘違いしてるんじゃないか?この女の人はリーエ。この孤児院の地下独房の調査に来た冒険者だ」
え?と言う感じでモモイの動きが止まった。再び焦りを取り戻して、
「ああ!お客さんだったの。私ったら勘違いして。す、すいません!」
「いいえ。私の方こそ用件も申し出ず、すみませんでした」
「い、今お茶を入れて来ます!」
せわしなくモモイが寝室から出て行った。
その後、モモイがお茶を持って来て、父も付いて来た。この孤児院のトップとも言える4人、俺、母、父、モモイが揃ったので、リーエが話を始めた。
「改めて、私の名前はリーエと思います。銅級の冒険者です。ユージさんにはすでにお話致しましたが、一から用件の説明をさせていただきます。先ほどの話にもあった、この孤児院の地下独房の調査を行わせていただきたいと思います」
「ふむ。地下独房ですか、なぜ?」
父が聞いた。
「はい。最近王国で騒がれている案件なのでご存知かもしれませんが、ビルダーラットの存在の有無の調査です。地下水道で繁殖したビルダーラットは、王国の命令の下、冒険者組合により掃討が実行されました。しかし、いくつかの群が逃げてしまいました。ここの地下独房は地下水道に繋がっているので可能性があるということで、調査に参った次第です」
「へぇー、そういうことなんだ。ねぇ母さん、地下独房ってどこにあるの?」
「モモイは地下独房の事を知らないのだったわね。裏庭にあるわ。私がここの院長になってから一度も独房なんて使ってないから、今は地下独房への階段の蓋に草が生えちゃって分かりにくいのかもしれないわね」
俺は地下独房の事を知っていた。5歳ぐらいの時、父に教えてもらった。なぜ教えてくれたかは分からないが、好奇心が強い俺は一度だけ地下独房に入ったことがあるのだ。
階段を降りると、そこそこ長い廊下がありその先をしばらく行くと、廊下の左右の壁にはそれぞれ1つ扉があり、その時は固くてあけられなかった。さらに少し先に行くと、扉が無い少し大きめの部屋がある。パドルなどの折檻に使う道具や、拷問具めいたものがあったことが思い出せた。ボイネが院長になる前のこの孤児院は評判が悪かったらしい。地下独房を使って子供達に虐待のような事を普通にやっていたのだ。
「もしビルダーラットがいたらどうするんだい?」
父がまた聞いた。確かに、もしビルダーラットがいたら厄介だ。単体ならまだしも、群の場合は巣の中に80匹くらいは普通にいる。いくら銅級でもソロじゃ勝ち目はないと思うが。
「できる限りは討伐したいと思いますが、数が多い場合は早急に組合の方へ報告します。そして他のパーティを派遣してもらいます」
「なるほどそういうことか。じゃあユージ、リーエさんに同行しなさい」
父ならそう言うと思った。父は昔からなぜか俺のしたい事やりたい事を分かっていて、色々な経験ができるようにしてくれる。
「おう、そのつもりだ」
「ま、待ってください。なんでユージさんが付いてくるのですか?」
「そ、そうよ、ユージ兄さんは冒険者じゃないから危ないじゃない」
リーエとモモイから色の良くない返事が返って来た。ボイネの方を見ると、「あなたの好きなようにしなさい」と言っているかのような瞳をこちらに向けて微笑んでいた。
「もしビルダーラットの群が地下独房の外に出たらこの家のみんなが危ない。そのためにリーエには無事に組合に報告してほしいんだ。俺はこれでも鍛えてるんだぞ。リーエの盾くらいにはなれるし、案内だってできる」
そう言いながら右の上腕二頭筋を見せつけて力こぶをつくった。
「モモイも、リーエさんも、大丈夫だよ。ユージの危機回避能力はすごいから」
父が言うのは多分俺の記憶の想起の事だろう。小さな頃に、この記憶の想起によって何度か大事を免れた事がある。曖昧で不定期な記憶を頼るのは危ないかもしれないが、無いよりマシだ。
その場で話し合うべき事は終わり、父と母の「お願いします」の一言でリーエと俺は裏庭に向かおうとした。すると、父が
「ちょっとユージ、いいかな」
「ん?なんだ?」
「これを、預けておくよ。これは『雷撃の指輪』と言ってね、魔道具だ。雷のような攻撃を放つことができるんだ。でもかなりの粗悪品でね威力もすごく低いし、一度使うと壊れちゃうんだ」
そう言って父は俺の手のひらの上に3つの指輪を置いた。つまり3回分だ。よく見るとリングの部分はところどころ凸凹していて、歪であまりよい品だとは言えない。3つの指輪にはめられた黄色い宝石のような石は綺麗だがすごく小さい。
「ありがとう父さん。危なくなったら使うよ」
3つの指輪を全て指にはめた。魔力を少し流すと、その黄色い石が反応するのを確かめた。魔力に指向性を与えて、強く念じるとおそらく指輪からエネルギーが発せられる仕組みだ。
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「ここだ」
俺は草やら苔やらに覆われた木の板をどかした。この木の板が地下独房への階段の蓋だ。現れた階段はホコリっぽく、湿った空気が中から流れてくるのが分かった。
「中で水道管が破られたのでしょうか。ずいぶんと湿気を感じます」
「多分そうだろうな。ビルダーラットは湿気のある暗い場所を好むからな。はいこれ」
リーエに松明を渡した。地下独房の壁には壁掛けの燭台のようなものがある。蝋燭を使ったものではない。とても暗いので、この松明と油で明かりをつけながら進むことにした。
階段を数段降りるとすぐに石畳の廊下に着いた。早速、燭台に火をつける。リーエも真似して反対側の燭台に火をつけた。そこで、リーエの腰につけられた中くらいの長さの杖に目がいった。
「ん?リーエは魔法使いなのか?」
「あ、そうですね。魔法使いです」
「へぇ、武器を持ってないから気になってたんだよ。杖があったんだな。どんな魔法が得意なんだ?」
「得意、と言うほどのものではないですけど聖魔法と付与魔法、あとは風の魔法を使えます」
ふむ。基本的にはサポートのような役回りの能力だな。風魔法は攻撃にも使えると思うが、聖魔法はほとんどが回復魔法だし、付与魔法は身体強化とかだけだ。ほんとに、よくこれで銅級になれたもんだ。弱いわけではないと思うが、攻撃力に欠ける。
そう言う俺の武器はあの3つの指輪と、鉄の短剣だけだ。うん、我ながら頼りないな。あんなこと言っときながら。
「ビルダーラットだが、単体はどうにかなると思うが巣があったらどうする?」
ビルダーラット、食料があると爆発的に数を増やし、食料が少なくなると共食いを普通にする。この時期は暖かく、地下に虫などが多く発生するのでビルダーラットの数も増える。今年は特に異常な数のビルダーラットが発生しているようだが。
しかしその本当の脅威は、数の多さだけではない。ビルダーラットには喉袋があり、2種類の個体がいる。喉袋の黄色い個体と白い個体。黄色い個体が色々な場所から食料と、金属や木片などを集めてくる。白い個体は集められた金属や木片を無造作に積み重ね、自分達の体が入るだけの穴を作る。そしてその喉袋から生成された特殊な唾液でそれらを固めて巣を作るのだ。巣は唾液により白く、かなり硬い。大きい鍾乳洞のように見える。大きい巣は高さが2メートル、幅が4メートルまで達すると言われている。
つまり、ビルダーラットが巣に逃げ込むと巣を壊さなければ退治することができない。しかし壊している間に、黄色い個体が酸の唾液を飛ばしてきて容易にはいかない。
ちなみにビルダーラット単体のランクはF-。群になるとCからC+にまでなる。
「そうですね。私の風魔法で攻撃してみて、効かないようでしたら報告に向かうことにします」
「じゃあ俺はリーエが魔法の詠唱の途中で攻撃されないように立ち回ればいいかな」
「お、お願いいたします……」
そんなことを話しているうちに、向かい合う2つの扉の位置まで来た2人だった。
モンスター及び魔物・魔獣のランク
F-→F→F+→G-→G〜〜A-→A→A+→S→天災の魔獣
天災の魔獣とは
この世界オビスガルドにおいて、伝説とされる真祖の魔獣です。4体存在しています。めちゃんこ強いです。ちゃんと登場させます。
冒険者の格付け
石級→鉄級→銅級→銀級→金級→真銀級→金剛級→神石級
神石級は世界に3人います。