2話 日常ー1
2話続けて投稿します。
相変わらず賑やかな連中を押しのけ、ボイヌの元へ行った。ボイヌは扉の近くで壁に寄りかかってこちらを向いて微笑んでいた。
「母さん、無理して出てこなくたっていいぞ」
俺はボイヌのことを母と呼んでいる。本当の母などではないが、母だ。母は病気を患ってからは教会での仕事もままならなく、家で寄付金の整理など負担の少ない仕事をしている。
なので、教会での仕事は父のカルストがやっている。今はカルストは庭の手入れをしているようだ。
「あらあら、ユージったら大人みたいなこと言っちゃって。大事な我が子がおつかいから帰ってきたんだから、お迎えしてあげなきゃかわいそうでしょう?」
「おいおい母さんまで俺をガキ扱いかよ。買い物くらい心配すんな」
「ふふ、ありがとうユージ。助かるわ……ゴホッ、ゴホッ」
母はそういって咳き込んだ。急いで体をかがめようとする母を支える。
「大丈夫かよ。くそ。早くお医者様か治癒術師の連中に診てもらわないと」
「大丈夫よ、私は。心配させてごめんね。」
母がこう気づかう口調なのは、お金の心配を俺にさせないためだ。確かに、この孤児院にはお医者様や治癒術師を呼ぶ金など無いに等しい。ましてや、もし治りにくい病気であれば定期的な検診が必要だ。そんな金など無い。
「俺が、いつか治してやっから」
なんの確証があるわけでも無いが、今はそう言っておかないと自分の気が落ちるとこまで落ちる気がしてしまうと思った。俺が治す。どうやって?金を稼いでお医者様を呼ぶ。そんなの無理だ、孤児院育ちの俺にまともな働き口があるわけがない。じゃあ自分で回復魔法や治癒術を覚えるのか。それも無理だ、魔法や魔術はある程度高度なレベルのものになると他人から教えてもらわなくちゃ覚えられない。少なくとも常人はそうだ。魔法の講義を受けるにも金がかかるので、自分で覚えるというのも無理になる。
今はなにも、手が無いのだ。不甲斐ない自分の唇を噛む。
「ユージ兄さん……」
母の体をを支えながら寝室に送ろうとするユージの背中を触る者がいた。モモイだ。
「モモイか。悪りぃな、こんな顔見せて」
今の自分の顔は多分酷いのであろう。モモイの俺を見る目が、かわいそうな物を見る目だ。
「いや、あ、ぁ。うん。……ユージ兄さん、あたしも働く。女のあたしなら色んな働き口があると思うの」
モモイはこの孤児院で俺の次に年長だ。あと一年もすれば、孤児院を出て独り立ちしなければいけない時期だ。モモイは薄い赤色の髪を短く切り揃えて、とても可愛い。体の起伏も年相応に出てきていて、夜の街では人気獲得間違い無しだろう。だが、そんなことさせたくない。血は繋がっていないが妹なのだ。可愛い妹なのだ。
「ありがとうモモイ。だけど、お前はここを出たら自分のやりたいことをやるんだ。この孤児院は俺が支えるって、決めたんだ」
「そうよ、モモイちゃん。あなたはあなたの成したいことをしなさい」
俺と母の2人から言われて、下をうつむくモモイ。俺は母を支えながら寝室に入ったが、モモイは寝室の扉をくぐることはなく、何かを呟いて食堂に言ってしまった。
「あたしのやりたいことは、ユージ兄さんとこの孤児院を……」
モモイの呟いた言葉が最後まで俺の耳に届くことはなかった。モモイ、悪いな。俺の自己満足に付き合わせちまって。
「ありがとうユージ」
「ん?ああ」
寝室の粗末なベッドに母を寝かせると、母が言った。
「モモイは、あなたと同じくらい優しいわ。でもまだ現実をよく知らないの。モモイの事をよろしくね」
「ああ、そうだな。モモイには幸せになってもらいたい」
2人の切な願いだった。
「じゃあ、夕飯の支度してくるから待ってろ。あとで持ってくる」
はい。と答える母の居る寝室を出て食堂に向かった。俺も、少し腹が減った。今日は意外と色んな事があったからな。夕飯の時間が少し遅れた。ワーサンあたりが食堂で「ハラヘッター!」とか言って騒いでそうだ。
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「ハラヘッター!」
期待を裏切らないな。
「ユージ兄、お腹減ったよぉ!早くご飯作ってよぉ!」
「わかったわかった、待たせてごめんな。今日はカレーだぞ!」
全く詫びる様子も無く腰に手を当てて胸を張り、そう言い放つと、思い思いに遊んでいた子供達の空気が変わった。
「きょ、今日は!?」「カレーなの!?」
はじめに声に出して反応したのは双子の兄妹、エルクとイルクだ。エルクが兄で、イルクが妹。2人とも緑色の髪を持っている。
「ひゃむむむ、かれぇ。食べたい」
眠そうな目をこすりながらそう言うのは、いっつも寝ている少女ケマだ。おそらくさっきまで寝ていたのだろうが、カレーという単語で目を覚ましたのであろう。可愛い奴め。
「お、俺、行儀よく待ってるよ!ユージ兄!」
すでに食卓の席についてちんまり座っているのがジック。多分この前「行儀よくしてればいいことあるよ」的な事を言ったのを間に受けているのだろう。別にそんなことしてなくても夕飯を作ってあげないわけじゃ無いのに。
「ん?アシレとサナーテは嬉しくないのか?」
みんなと離れたところでお絵かきをしている2人。アシレは無口な男の子で、サナーテは話すことが苦手な女の子である。気が合うのか、よく2人だけで遊んでいる。
「嬉しい」「私も」
そんだけっ!2人ともたった4文字で返事をしてきた。だけど2人とも顔がうっすら赤く、口がにやけているのでどうやら本当に嬉しいようだ。
「よ、よし。じゃあお前らあと少しだけ待ってろ!じゃあモモイ、手伝ってくれ」
「はい。ユージ兄さん」
早速料理に取り掛かかろうとして、いつものようにモモイを手伝いにつける。モモイは2年くらい前から俺のことを手伝い始めて、今では力仕事以外の家事はなんでも任せられるほどになった。
2人で台所に向かおうとしたら、ズボンの裾を誰かが掴んだ。
「あ、あたしもお手伝いするっ」
「おっ、後ろにいたのか、フィーカ。お手伝いか、いいぞ。じゃあモモイと野菜を切ってもらおうか」
フィーカも最近になって手伝い始めた。まだ色々おぼつかないが、モモイがその都度丁寧に教えてあげてるのでよしとする。
「うん!」
フィーカは元気に返事をしてモモイの方へ駆け寄った。
3人が台所で料理を開始すると他の子供達は、また遊び始めた。遊ぶのはいいが、ワーサンみたいにうるさいのはやめてほしい。なんだあいつ、ただ笑いまくってるだけじゃないか。と、思ったら部屋の隅に積んであった本の1つを引きずり出して開き、真面目に読み始めた。案外こいつ勉強が好きなのか?すると
「ぜんっぜんわかんねーーーー!!!ギャハハハハハ!」
うん、バカだこいつ。わかんないとか言いながら本の色んな所を指差しまくってる。何が面白いんだか。
「ん?火打ち金がないな」
鍋に火をかけようと、火打ち金を探すが無い。マズイな、あれが無いと火がつけられないではないか。おっと、そうだ
「おーい、マリー。ちょっといいか」
「なぁに?ユージ兄」
「マリーの魔法でちょっと火を起こしてほしいんだが、できるか?」
そう、この女の子マリーは魔法が使える。使える、と言っても基本的な生活魔法の、さらに限定的な魔法ぐらいだが。小さな火を起こしたり、空気から水を作ったり。
「うん!わかった!」
そう言ってマリーは右手を薪の方へ向け、左手を胸に当てた。そして何やらマリーがブツブツ言ったら、右手から火の線が飛んで薪に着火した。すげぇ。マジ尊敬っすマリーパイセン。
「ありがとうな、マリー」
お礼を言うとマリーはまた遊びに繰り出していった。あと数分煮込めばカレーができる。食堂にはすでにカレーの香りが充満していた。