第4話/吠える母と迅
ある事件に巻き込まれ、UCTという組織を知り、その一員となった男、流星全。
彼の初任務は、歩くスライム、ι-ブロブヒレンの殲滅。人を喰らうモンスターとの戦いであった。
そんな中、全とパートナーになった迅は、どこか冷たく…
ズギュン!
ラインブラストが撃たれた音がした。
するとι-ブロブヒレンは高い悲鳴をあげて破裂、蒸発した。
「世話焼かすな。」
迅の声だ。
「…ありがと。ゲフン!ゲフン!」
全はι-ブロブヒレンの蒸発後の臭さに耐えきれなかった。
「まぁ人も中に入っていたからな。それなりにえづくだろう。」
「…人が?もしかして生きていたとか⁉︎」
「…………助けられないからしょうがないだろ。まだ食われてなかったお前を救う方がリスクが低かったってことだ。」
「いくらリスクが高くても!たくさんの人が、命が助けを求めていたんだぞ!」
「……………。」
「待てよ!」
オペレーションルーム
「あらら喧嘩してる。」
蘭留が喜一とモニターを見ている。
「馬が合わないってことですよね…次回、お願いします。」
喜一は早速次回の任務のペアを蘭留に頼んでいた。
畦道
そろそろ夕暮れ。全は東側に、迅は西側を向いて互いの顔を合わせようとしていなかった。
「……入り口の廃屋に装備がある。取りに行くぞ。」
迅が声をかけた。
そこからやり取りはなかった。と、思われたが、全がボソッとつぶやいた。
「掴めないなぁ……。」
「……。」
迅は聞こえた素振りをしなかった。
「なんか、好感持てないっていうか。さっきのもそうだし、訓練の時も、カッコつけてた割には何のアドバイスもしてくれなかったし。」
「……。」
そのまま廃屋に着いた。
廃屋
相変わらず便所の匂いが充満している。
便所の近くに装備品の入ったバッグをを置いていたが、そこまで行くのにも匂いで耐えられない。
全は迅より遅れてやってきたが、迅の気配がない。
そうして、全はバッグの中をガチャガチャとしていた。ラインブラストのカスタムパーツやバッテリー、戦闘用ジャケットや防護ヘルメットなど、重装備だ。
ちょうどカスタムパーツを手に取った、その時である。
ブルァ!
ι-ブロブヒレンが潜んでいた。
浄水場の個体ほど大きくはなかったが2畳半分はあり、二十分に恐怖であった。
全はカスタムパーツを手に取って部屋の隅に逃げた。
「こいつ、まだまだいたのか、許せねぇ!」
全はラインブラストを“上から”構えた。
そう、上から構え、腕でターゲットが隠れてしまった瞬間、ι-ブロブヒレンは液化し、何処かに逃げた。
「お前、射撃訓練のときなにやってたんだ?」
全の後ろには迅がいた。
「銃は下斜め45度に構えるべし。上から構えることでターゲットが腕で隠れてしまうコンマ数秒が命取りになる。ターゲットを仕留める前に自分が仕留められないようにするには、まずターゲットをちゃんと捉えろ。」
迅は、全にこんなに真面目に語りかけたのは初めてだった。
「アドバイスか…………サンキュー。」
「あぁ…………あぁそういえば、カスタムパーツは俺が使う。お前にはまだ扱えないだろう。」
迅は話をそらし、全はカスタムパーツを渡した。
オペレーションルーム
一方、蘭留はスマホをいじり、喜一はうたた寝していた。但し、渚は普通にアナライズ担当としてしっかり仕事をしていた。
「…こちら浅見。ターゲットは高田川上流に向かって集合している模様。どうやら、複数個体が単体へと融合しているものと思われます。」
「……了解。」
迅が渚からの通信に応答していた。
「行くぞ。これが終われば任務完了だ。」
「OK。」
高田川流域
ゴツゴツとした岩場の影から何か気色の悪い色の物体が浮かんでいる。
その近くに、またあの黒ずくめの男が、指を指している。
「10…20…23。これまでの中で最高だ…。良い報告ができる。」
「なんだありゃ!」
誰かが叫んだ。とっさに男は隠れた。
「岩にへばりついてる…。」
「やつの母個体が川の上流にいる証拠だ。ι-ブロブヒレンには子個体が成長して母個体に集まり融合習性がある。」
全と迅だった。
「流星、お前はへばりついてる子個体たちを殲滅しろ。俺は上流の母個体を殲滅する。」
「流星…か。ずっとお前呼ばわりだったよな?」
全が迅へ振り向いたとき、すでに迅は上流に向かって走っていっていた。
「じゃ、いくか。」
全は岩場に近づいた。
「下斜め45度に構える…か。」
ズキューン!…ズキューン!…ズキューン!…ズキューン!
「4体連続。やっぱ変わるもんだなぁ。」
全の鼻がちょっと高くなったとき、後ろから枯葉を踏む足音が聞こえた。
「ん?…うっ!」
全は倒れた。
「すいませんね…。ビジネスも兼ねているもので。」
隠れていた男が、アタッシュケースで全を叩き、気絶させたのだ。
男はι-ブロブヒレンの観察を続けた。
「そろそろ母の覚醒が始まる。村一つなど一気に食べるでしょう…。」
オペレーションルーム
「疾風さん、母個体が覚醒開始しました。下流で流星さんが倒れてますが大丈夫ですか?」
上流へと向かっている迅に連絡がきた。
「何…まぁいい。融合しても俺が殲滅する。」
迅はそのまま上流へと向かった。
下流
…………。はっ…。
約30分後、全が目覚めた。
「だいぶ、暗くなったな……。」
全は起き上がり、川の方に近づいた。
まだ子個体がいるかもしれず、ライトをつけて、おそるおそる近づいた。
「いない……。」
そう、一匹も。
もしかして人の言った通り、すでに上流で母個体と融合したのだろうか?
全は迅の身を案じて上流へと向かった。
上流
迅はすでに上流にいた。
しかしそこに母個体はおらず、サーモグラフィーで炙りだそうとしたが、それでも見つからない。
「こちら疾風。10分経っても見つからない。少し範囲を広げて探す。」
迅は、近くの吊り橋に進んだ。吊り橋の下にも、川の源流が流れている。
その源流にサーモグラフィーを当てると。
「いた!…でも何処に?」
巨大な熱源があるのだが、迅はライトで下を見たが、姿が見えないのだ。
すると、水面が盛り上がってきた。
「……何!」
ブシィィィィィィィン!…
巨大な母個体が出てきた。
川の下までつながっており、まだまだ限度がないようだ。
「くっそぉ……。」
迅はラインブラストにカスタムパーツを取り付けた。
広範囲放出用マズル、赤外線ターゲット、専用大容量バッテリー、超軽量スタンドを取り付けたラインブラストカスタムを構えた。
母個体には感覚器官が一点に集中し、それが突起状になっている。ここがウイークポイントだ。
ターゲットを定めた。
バジュゥゥゥゥゥン‼︎
吊り橋が揺れた。母個体が削れた。迅がいない…。
迅は吊り橋の下で、ロープに足が引っかかり、ぶら下がっていた。
スタンドが壊れ、きちんとウイークポイントを定められなかった上に、スタンドのパーツであるネジが迅の脇腹に吹っ飛んだ。
「迅!迅ー!」
全の声が迅の耳に入った。
「痛……。ここだ。ここに…いる。」
迅の声はあまりに小さく、全は気づかなかった。
ブゥゥゥゥゥゥゥ…
しかし、全は一時的に活動を停止していた母個体のうめき声を耳にした。
「なんだ…!」
全は吊り橋へと駆けた。
そして、削れた母個体と、そこにあったラインブラストカスタムを見て事態を察した。
「よくも迅を…。絶対許せねぇ!」
「おい待て俺は生きてる!」
迅は吊り橋の下からやっと大声を出せた。
「迅!」
「そろそろあいつも動き出す!突起がウイークポイントだ!カスタムで撃て!」
迅は吊り橋の下で、一生懸命叫んだ。
「でもあんたでも!」
「あぁ俺だからでもだ!どうせなら吹っ飛んで吹っ飛ばせ!」
「わかった!」
全は半ばやけくそに答えてラインブラストカスタムを手にした。
ブシィィィィィィィン!…
母個体は修復され、全の目前へと迫った。
「こんのォォォォォォォォ!」
すると、全はウイークポイントの突起へ銃口を“刺した”。
ブヒィィィィィィ!…
十分なダメージを与え、そして…。
バジュゥゥゥゥゥン‼︎
とてつもない衝撃が、全と橋に響き、吹き飛んだ。
バシャーン!
母個体は瞬時に液体となり、全と迅のクッションとなった。
「ぷはぁー!水そのまんまだ!」
全はしばらく川に浮かんでいたが、迅はすぐあがり、倒れた。
「ん?」
全も迅の倒れたところを見て川からあがった。
「大丈夫か⁉︎」
脇腹から血が出ている。
全は、自分の着ていたシャツを破り、包帯代わりにし、おぶって下流へと向かい、廃屋へと戻り、本部へ帰った。
この時、全も満身創痍で、何を話したかあまり覚えていなかったが、空が晴れていたのは覚えていた。
オペレーションルーム
戻ってしばらくは、迅の手当を総出で行った。
ネジを摘出したのは、何故か蘭留。包帯をきちんと巻いたのも何故か蘭留。
全は疲れたのか、寝ていた。
夢は見なかった。
熟睡だった。
つづく