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奇妙な治療所

作者: 神山 備

その日、忠岡明乃(26)が紹介されてやってきたのは、ごく普通の住宅街にある一軒家だった。本当に何の変哲もないその佇まいに明乃はため息をつく。紹介してくれた人も、

『普通のお宅だから』

と言っていたので、騙された訳ではないのだが……

-こんな所で本当にガンが治るのだろうか-

と言うのが明乃の偽らざる本心であった。


 そう、明乃は肝臓癌を患っている。大きさもさることながら手術の困難な場所に病巣があり、切除してもすべての病巣を取り切ることは難しいだろうと医者から言われている。

 とは言え、まだこの世に生を受けて四半世紀程の明乃にはまだまだやりたいことがあったし、まだまだ健在な両親も明乃に親不孝させたくはなく……そんなときに母親がどこからか仕入れてきたのがここの存在だった。人気でなかなか予約が取れないと言われる中、ようやくアポイントメントをとりつけた時に、言われたのは、

『可能な限り一人で来い』

だった。一人で行かなかったために、断られるのは嫌なので、今明乃は情報の仕入先の母さえも連れずにいる。この佇まいを見た限り、胡散臭いことこの上ないが、他に手だてがない以上、この場は縋るしかないのだ。


 そして、意を決してインターフォンを押すと出てきたのは、明乃より少し年嵩位の女性で、どう見ても普通の主婦。訪問の内容を告げると、彼女は愛想なく一枚の紙を取り出し、これに同意しろと言う。その内容は、

1・この治療は人によってかなりの個人差があり、全く効かないこともあること。

2・ここで治療したことは絶対に他言しないこと。

の二点だ。 

 どんな治療法でも薬でも、万人向けの物などないし、その点に異論はないのだが、他言しないというのはどういうことだろうか。ますます胡散臭いと思いつつ、診察室と思しき場所に連れてこられた明乃は、先ほどの女性に、

「これを飲んで少々お待ちください」

と茶を出され、飲むとどうにも眠くなり、すっかり寝入ってしまった。どうやら、睡眠薬が混入されていたらしい。

 しかも、目が覚めると件の女性に、

「治療は終わりました。ただ、完治という訳にはいかなかったので、切りやすい所にひとまとめにしてあります。

あとは、今かかっておられる医療機関で切除していただければ」

と言われ、さっさとその家を追い出されてしまった。

まったく、狐につままれたようで、何が何だか解らない。ただ、体して金もふんだくられなかったので、とんだガセだったと、家に帰って母親にさんざ文句を言ってその日は終わったのだが……


 明乃は次の病院での検査の時、治療所の女性が言ったと同じ台詞を主治医から聞くことになった。主治医は嬉々として、

「スグ手術しましょう!」

と息巻き、早晩手術ということになった。しかも開いてみると、転移もない状態。医師が『奇跡』を連発する中、明乃はあの家のことを何度も口にしようとして飲み込んだのだった。


……一方、あの日明乃が帰ったあの家では……


「ねぇ、まーちゃん、『あの人たち』は言うことを聞いてくれなかったの」

と件の女性がリビングに座っている者にそう尋ねていた。

「ううん、すんごく『良い人たち』だったよ。あのお姉ちゃんを死なせたくないから、すぐに元に戻るって言ったんだけど、自分たちも手伝いたいなぁって言ったから。

そうすると、『あのお姉ちゃん』から出ないといけないでしょ。でないと転生できないもんね」

それに対して、聞かれた者―5歳ぐらいの男の子ーリビングのソファーで足をブラブラさせながらそう答えた。

 そう、男の子は元ガン細胞からの転生者。ガン細胞と会話し、更正させるというスキルを持っている。

 

 元々、ガン細胞は普通細胞の亜種。この男の子はそんな『ちょっとグレてしまった』細胞たちを説得して元の普通細胞に戻している。

 ただ、どこでも頑固なのはいて、説得に応じず病気が進行してしまう場合もあり、万能ではないのだが、説得される率はかなり高く、口止めしても評判は確実に広まっていっている。やがて自分だけでは捌ききれなくなるのは目に見えていたから、協力者の存在は正直嬉しい。

「どう? うまくいきそう?」

と聞く女性(彼の母親)に

「たぶんね。うまくいくといいね」

と答える男の子。

 男の子は、(無事に転生してくれると嬉しいな)と思いつつ、完治した他の患者が持ってきたお礼のお菓子を口に入れた。


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