帰ってきちゃった子
「はう・・・」
夕暮れ時の公園、揺れるブランコ。
なびくのは名門女子高校の制服、そしてボブカットの柔らかそうな髪がふわふわと揺れる。
大きな大きなため息を零す少女が一人。彼女の名前は山口桃李。最近まで行方不明で、大騒ぎされていた人物その人である。
「帰って来ちゃったんだよねぇ」
キイ、とブランコを一漕ぎ。ふわり、と少女の身体が宙に舞う。
「突然帰れるとは思わなかったよ」
さらに勢いよくブランコを動かす。
この現状を、あまり楽しくなさそうに受け入れ始めている。そんな今日この頃。
桃李は夢見る子供なら一度くらいは想像した、所謂≪異世界トリップ≫を最近体験したばかりだった。雨上がりの学校帰り、なんとなく道路にあった大きな水たまりを避けようとジャンプして思い切り失敗、バシャン!と水たまりの跳ねる音、濡れる水の感触、思わず目をつむり、靴と制服に飛び散ったであろう泥水を想像して目を開くと・・・・何故か噴水の中で濡れたまま立ちすくんでいた。
そして目の前には中世のお姫様みたいな恰好をした女の子や騎士みたいな服装の人や魔法使いみたいな恰好の人がいて、双方大パニックに陥ったのも懐かしい思い出だ。そしてお姫様は本物のお姫様であった。
そこからあれよあれよという間に異世界人認定され(よくある事らしい)、帰る方法はないと言われたのであっさりと異世界ライフを楽しむことにし(桃李はとてつもなくポジティブな楽天家だった)、魔力というものが異常に高かった為に魔導士養成学院なる場所に放り込まれ、≪クラッシャー≫という嬉しくもないあだ名を頂戴しつつ王宮と学院ライフを満喫していた。
妙にお姫様には懐かれてしまい、王宮の一角に滞在する許可までもぎ取ってくれて、騎士達とも仲良くなったし、小うるさい魔術士の友人も出来た。自分って恵まれた異世界トリップしたなぁと桃李はほっとしたものだ。
-なんか、帰れるみたい。
-?!
突然すぎて、何を言っているのか自分でよくわかっていなかったあの、瞬間。でも、「帰れる」という確信。・・・・別れ間際に見た、みんなのカオ。来る時も問答無用だったが、帰る時も問答無用だった。
「はぁ・・・・」
全てが突然に終わりすぎて、桃李の中で何かが未消化だった。
(あれは本当に現実だった?)
疑いたくもないのに、楽しい日々を疑いたくなる。自分自身を疑いたくなる。
(行方不明だったのなんて、本当はまわりの皆がからかっているだけかもよ?)
もう一人の自分が囁く。
「ああ! もう、あたしらしくないなぁ!!」
桃李の手が、ブランコの鎖を手放す。勢いよく空に放り出された少女は、やはり勢いよく、そして綺麗に地面に着地した。
「・・・・ん?」
着地したすぐ側で、何かが動いた。きょろ、と桃李は辺りをうかがってみる。
すぐに答えは見つかり、納得したように桃李は笑った。
「ごめんねー。驚かせた?」
桃李が微笑みかけたのは、毛を逆立てた小さな子猫。
・・・・それは遠くの【誰か】を思い起こさせるには十分な要素だった。
* * *
「こら、逃げようとするなっての! ケガしてるくせに」
ぐわしっ!と引き寄せた桃李の腕の中にいるのは先ほどの子猫。ダークグレーの毛を逆立てて、全身で桃李を警戒している。爪や歯での攻撃も仕掛けたが、それは諦めたらしい。桃李の傷だらけの指が、離さなかったことを物語っている。それに、子猫は後ろ足を片方痛めていた。これでは逃げたくても逃げられない。仕方なく警戒するに留めている。
「ケガ、どうしようか?」
ポツリと桃李が呟く。少し大人しくなった子猫を抱え、公園を仰ぎ見る。
もう、日が沈む。人通りもなくなった。このさほど広くない公園にいるのは桃李くらいだろう。
(魔法を使えば直せるじゃない?)
(魔法がもし使えなかったら?)
心の中で、二つの桃李がぶつかり合う。
「・・・・・・・・・」
(そう、あたしは怯えてるんだ。使えなかったら、自分を信じられないかも知れない。そんな自分がイヤで、余計に戻ってきてから魔法を使おうとはしなかった)
うにゃあ、と子猫が鳴いた。その子猫の眼は、やはり【誰か】を彷彿とさせる晴れた夏の空のような綺麗な青。
「・・・・おし!!」
桃李は決意した。
「あたしが治してあげましょうっ!!」
(みんなを疑うなんて、忘れるなんて、信じられないなんて、そんな自分に用はない!!)
すぅっと息を吸い込んで、瞳を閉じて、思うのは感じるのは、懐かしい異世界の空。そして「癒したい」と思う心。学院で習った自分の内なる魔力の流れ。
桃李は言葉を紡ぎ出す。大切な大切な仲間達がいる、世界の言葉を。
* * *
呪文を唱え終え、ふっとダークグレーの髪の少年は空を見上げる。
青いローブが風にはためく。
夏の空を思い起こさせる美しい青い瞳が、大きく見開かれる。
「・・・・・・・トーリ・・・・・?」
そう呟き、普段は鋭利な顔を切なそうに一瞬だけ歪めた。
* * *
「成功!! やっぱあたしってば天才!!」
子猫の怪我は綺麗に治っていた。
子猫が迷惑そうに、桃李の腕の中でにゃーにゃー鳴いている。それに気づいて、桃李は楽しそうに笑い出した。
「お前、あたしの家にこない?」
子猫の鼻にちゅっとキス一つ。子猫はじたばたともがきだした。
「あーっ! こら、逃げようとしないの!!」
あたしは帰ってきた。けれど・・・・
またあの「場所」へ帰れる気がする。そう桃李は確信めいた予感を感じる。
夕暮れ時、子猫を大事に抱えた桃李は弾んだ足取りで小さな公園から去っていく。
桃李の予感が実現するのはそれから数年後の事。
息抜きに以前書いた作品をリメイクして上げてみました。
異世界トリップは妄想して書くのも読むのも楽しいですよね。