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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十三章 男爵 オータク侯爵家陣代 百騎長 ミルトン王国戦線編 上
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幕間 その3 続々・ジール視点




 ニートが約一万の兵力を率いて、遂にネプルーズの街の手前まで迫った頃。

 そのネプルーズの街を守る将の一人、『ジール・ナ・ヴィア・ウルザルブル』子爵は一心不乱に駆けていた。




 ******




「おおっ……。」


 指揮舎がある南東の城壁へ至る階段を駆け上りながら妙な違和感を感じていた。

 これから奇襲を行おうとする際は別だが、戦闘前は誰もが準備に慌ただしくて騒がしいものだが、階段の先にそれらしさが感じられない。

 聞こえてくるのはざわめき程度の小さな騒がしさであり、私の後ろを走っている副官の息遣いが聞こえるほどだった。


 しかし、階段を駆け上りきり、多少の息切れをしながら姫垣が並ぶ前まで進み出ると共に聞こえてきた雄々しく勇ましい曲。

 その発生源であるネプルーズの街の南東、手前を横切って流れる川の向こう側にインランド王国の軍勢の姿を見つけて、違和感の正体を理解した。


 ざっと目測で一万。綺麗な正方形を形作りながらインランド王国の国旗を最前列に並び立て、その足並みを曲のリズムに合わせて揃えて迫ってくる様は威風堂々としており、誰もが思わず魅入ってしまうのも無理はない。

 だが、これでは戦う前から敵に呑まれてしまっている様なもの。まだ距離が遠く、戦闘域へ入ってこそいないが、敵を目の前にしていながら武器をただ持っているだけで構えていないのも頂けない。


「……って、んっ?」


 皆の目を醒ます為、喝を轟かせようとするが、それを制する様に敵中から笛の音色が一際高く鳴り響く。

 駄目だ、駄目だと解っていながらも興味を惹かれて眺めていると、敵の軍楽隊が奏でている曲が変わり、その姿を最前列に並び立てたインランド王国の国旗はそのままに正方形から横長の長方形へと変えてゆく。


「鋒矢!」


 そして、敵は城壁から矢が届く戦闘域の目印になっている川の手前で足踏みして立ち止まると、軍楽隊は音を止め、同時に一万の足踏みも一斉に停止。

 数拍の間を置き、敵の指揮官から鋭く命令が発せられ、横長の長方形は瞬く間に矢印の形へと変わると共に一万の兵士達が各々の武器を構えて、その先がこちらへ向けられる。


「戦闘用意!」

「鶴翼!」

「えっ!?」


 慌てて我に返り、こちらも武器を構えるが、敵はその形を再び変える。

 それも数拍の間を置いて、違う形へと変わり、敵は更に形を次々と変えてゆく。 


 所謂、それ等の形は古の偉大な軍師『フーコ』が編み出した戦場における八つの基本陣形『八陣』と呼ばれれるもの。

 どうして、この様な行動を取るのかは解らないが、これだけは確実に解る。


 指揮官の指揮能力の高さと兵士達の練度の高さ。このどちらかが欠けても目の前の光景は決して作り出せない。

 指揮官の声一つによって、一万人もの集団が一糸乱れずに素早く動く姿は見事と言う他は無く、まるで一つの生き物を思わせる。


 少なくとも、今の我々には到底無理だ。

 このネプルーズの街を守る大半の兵士達は国家総動員令で徴兵された者ばかり。

 練度の低さも然ることながら、徴兵年齡の幅を大きく増やして、兵力を少年や老人で水増しさえしている。


 それにしても、我が国の諜報機関はちゃんと仕事をしているのだろうか。

 報告によると、インランド王国第三王子『ジュリアス・デ・シプリア・レーベルマ・インランド』は人気こそ高いが、凡庸で目立つ点は無いという評価だったが、とんでもない話だ。

 目の前の光景を作り上げているのが、その第三王子なら類稀な軍才の持ち主となり、第三王子の部下なら類稀な軍才の持ち主を惹き付けるほどの魅力を第三王子は持っている事となる。


 どちらにせよ、侮る事は出来ない。それを考えたら、敵と戦わずして、その精鋭ぶりを知れたのは僥倖でもある。

 どうも焦土作戦を実行してからは戦勝が続いていたせいか、皆の中に敵を侮った緩みが少なからず有ったが、それもこれで引き締まったに違いない。


 さしあたって、敵にやられっぱなしなのはまずい。こちらも派手に何かをぶちかませねばならないだろう。

 そうは言っても城壁の上で行える事など少ない。宮廷魔術師殿へ魔術のデモンストレーションを頼むのはどうだろうか。


「子爵様」

「ああ、ありがとう」


 だが、またもや気勢を削ぐ様に敵中からラッパの音色が高らかに鳴り響く。

 どうやら、余興がまだ残っているらしい。八つの基本陣形を披露し終えて、その形を横長の長方形へと再び戻した中から二騎が進み出てくる。


 持つべきは常日頃から痒い所に手が届く優秀な副官である。

 欲して頼もうとした矢先、望遠鏡が目の前に差し出され、片目を瞑りながら覗き込んでみると、それは黒と白、男と女、大と小、重装と軽装という実に対象的な二人だった。


「あれが……。」


 片方の正体は一目見るなり、その正体がすぐに解った。

 見事な巻角を飾った兜と色を黒で統一したハーフプレイトメイルの特徴と言ったら、噂に聞く『黒山羊』で間違いない。


 トーリノ関門なる地が何処に在るかは知らないが、彼が成した『トーリノの奇跡』は我が国の酒場でも吟遊詩人達が盛んに唄う人気の英雄歌。

 籠城戦故に剣を実際に交える機会はまず無いだろうが、その千載一遇の好機が私の元へ訪れるのを願わずに居られない。一騎士として、本懐であり、胸が高鳴って仕方が無い。


 しかし、その隣のもう一人は何者なのか。

 女性が戦場に立つのは珍しいが、彼女の場合は女性というより明らかに少女だ。


 しかも、白く染められた皮鎧より白い二の腕と太ももを露出させた軽装さ。

 とても戦場を駆ける出で立ちとは思えず、その若さも相まって、場違い感が半端ない。


 だが、それ等以上に特筆すべき特徴が彼女の耳に有る。

 横に細長くて、先端が尖っており、それは彼女がエルフだという何よりの証拠。


 エルフと言ったら、身体つきはスレンダーで胸は薄めだが、いずれも美しく整った容貌と人間の二倍以上の長寿さを持つ亜人である。

 その特徴故に性奴隷としての価値がとても高く、その昔に乱獲が有った為に今は希少度もとても高くなり、生きた宝石とも呼ばれ、その価格は目が飛び出るほど高い。

 そんな貴重な存在を戦場の直中に置く事自体が異常ではあるが、奴隷である筈のエルフが馬に乗っているのだから更に異常だ。


 我が国で馬に乗る事を許されているのは原則的に王族と貴族のみ。

 それは他国でも同様の筈だ。特に奴隷は厩舎の作業員でもない限り、逃走の手助けとなる馬へ近寄る事も許されていない。


「えっ!?」


 望遠鏡の中、笑顔で何やら話し合っている黒山羊とエルフ。

 やがて、二人は川にかかる橋の中程で立ち止まると、黒山羊がこちらを暫く見上げて、私の頭上辺りを指差した。


 思わず望遠鏡を下ろしながら背後を振り返り、頭上を仰ぎ見るが、これと言ったモノは何も見当たらない。

 有るモノと言ったら、このネプルーズの街の所有権を主張する我が国の国旗が音をバサバサと立てながら風に靡いているだけ。


「……へっ!?」


 しかし、正面へ振り向き戻り、望遠鏡を再び覗き込むと共に黒山羊の意図を察して間抜けな声が漏れた。

 なんとエルフが弓を構えて、その番えた矢先をこちらへと向けているではないか。


 つまり、私の背後頭上で風に靡く我が国の国旗を射ろうと言うのだろう。

 だが、それは不可能だ。籠城戦において、矢や投石が届く位置を事前に把握しておくのは当然の準備だからこそ、断言が出来る。


 今、黒山羊とエルフが立っている川を先ほどは矢が届く戦闘域の目印と言ったが、それは此方側の話。

 城壁の上という高所から、それも弓の扱いに長けた者が狙いを定めずに打ち下ろす事で可能になる射程距離だ。


 矢を城壁の上まで飛ばすとなったら、もっと、もっと近寄らなければならない。

 狙いを定めるとなったら尚更だ。最低でも、望遠鏡を覗かなくても、その表情がはっきりと見える位置まで近寄り、そこで初めて『もしかしたら』の話になる。


 ましてや、エルフは馬から降りてはおらず、弓を騎乗したままで構えている。

 馬という自分以外の意思が存在する以上、その難易度は地上で射るのと比べたら圧倒的に高くなる。


 もしや、私の考え違いなのだろうか。

 だが、黒山羊はこちらを真っ直ぐに見据えており、エルフの目も真剣そのもの。双方に揺るぎない自信を感じて、まさかという思いが微かに湧き起こった次の瞬間だった。


「な゛ぁっ!?」


 静寂が満ちる中、地上から雷光が走った。

 エルフの手元から放たれた矢は一直線に頭上を通り過ぎてゆき、風を切り裂く音を置き去りにしてゆく。


 ほぼ同時に背後で鈍く重い音が鳴る。

 一拍の間を空けて、怖ず怖ずと振り返り、目をこれでもかと見開きながら息を飲む以外は出来なかった。


 背後に立つポールの頂点で風に靡く我が国の国旗。

 縦横の一辺が両手を広げたほどの大きさがある中央付近に先ほどまでは無かった穴が穿たれていた。


 信じられず、有り得なかった。

 あの距離からここまで矢が届いた事実もそうなら、その軌道が弧を描いた山なりに非ず、一直線だった上に的である国旗まで勢いを衰えさずに突き刺さるどころか、突き破っていった全てがだ。


 しかし、目の前の現実は変わらない。

 望遠鏡の先を黒山羊とエルフへ戻すと、黒山羊に頭を撫でられて嬉しそうに目を細めているエルフの様子が見える。


 我々、人間と比較して、亜人達は思考力に劣るが、その代わりに人間より秀でている部分が有る。

 例えば、犬族は鼻が効いて、スタミナに優れ、牛族は腕力が驚くほどに有り、龍人は刃を跳ね返す固い鱗状の皮膚を持つ。


 なら、エルフは容姿と長寿さが今まで着目されてきたが、もしかすると弓の才能に長けているのかも知れない。

 今、見せ付けられた神技にも等しい射撃は戦場では十分に脅威の存在となり得る。正確無比な上に威力と速さを併せ持ち、その射程も我々が想定している倍以上が有るのだから、指揮官を条件次第では一方的に狙撃する事さえも可能だろう。


 それとも、あのエルフが特別な存在なのか。

 或いは、あのエルフが用いた弓が特別な品なのか。


 どちらにせよ、それを検証する術は残念ながら無い。

 前述にあるが、人間とエルフの間に生まれた『ハーフエルフ』ならまだしも、エルフは生きた宝石と呼ばれる存在。その法外な価格もそうだが、市場に出る事さえも滅多に無い。


 それ故、エルフを買った者達は奪われる事を恐れて、人目に触れない屋敷の奥にしまい込むのが通常だ。

 事実、子爵の爵位を持ち、それなりの地位を軍部で持っている私でさえ、過去にエルフを見た経験はたったの三度しかない。


 だからこそ、黒山羊の異常さが目立つ。

 武器を渡して、その鍛練を行い、戦場へ連れて来た挙句、馬を与える。そのどれもが大金を払って買ったエルフへ逃げろと言っている様なもの。


「……素晴らしい」


 味方がどよめきをあげて、敵が歓声をあげる中、すぐ左隣から若の思わず零してしまった様な感嘆を極めた独り言が聞こえてくる。

 軍議や調練の場に今まで一度たりとも現れた事が無かった若だが、さすがに敵襲と聞いては居ても立ってもいられなかったのかと考えながら、相槌を振り向きながら打つ。


「ええ、全くです。あれほどの弓の腕前が有れば……。」

「馬鹿! あのエルフだ!」

「えっ!?」

「噂には聞いていたが……。むっ!? あの瞳……。まさか、白子か!

 おうおう! 正にあれこそ、本当の宝石だ! くっくっくっ……。是非とも、部屋に飾っておきたいものだな!」


 しかし、その横顔を目の当たりにして、怖気がゾクリと走ると共に全身が泡立った。

 若が着目したのはエルフの弓の腕前に非ず、エルフそのもの。ただただ、望遠鏡を夢中になって眺めて、下卑た笑みを浮かべながら鼻息を荒くしていた。


「我が名はニート・デ・ドゥーティ・コミュショー・ナ・オータク! 偉大なるインランド王家に仕える臣である! 

 ミルトンの愚かな者共よ! 今、その目でしかと見たであろう! それがお前達の未来の姿だ!

 だが、しかし! 我が主、ジュリアス殿下は慈悲深き御方! 愚かなお前達にすら、慈悲を与えよと申している!

 よって、一日だけ猶予を与える! 明日の朝、全ての門を清めて開け放ち、ジュリアス殿下へ頭を垂れて迎え入れよ!

 さもなければ、この俺が第四の魔王の出現を待つまでもなく、この地を煉獄に変えてやろうぞ! わっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 思わず一歩、二歩、三歩と後退る。

 非常に大きな選択肢を誤ってしまった様な感覚を覚えて、これで今日は既に何度目となるだろうか。公爵の一日も早い帰還を切に願った。




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