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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十一章 男爵 百騎長 新婚旅行編
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第04話 巡りアイ




「……で、何なの?」

「ウフフ、駄目ですよ。着いてからのお楽しみです」


 天井の所々に備えられた採光窓から光の柱が幾つも漏れている船内の廊下。

 廊下は走るべからず。そう注意した為、駆けるのは止めたが、ティラミスはご機嫌に早く早くと俺の右手を引っ張って急かす。


 幾ら暇ばかりの船旅とは言え、ティラミスをここまで興奮させる正体は何だろうか。

 取り敢えず、客室へ戻るつもりは無い様だ。俺とティラミスが借りている客室は五段階あるグレードの中で二番目に値段が高い客室で波の揺れが少ない船の中央に位置しており、今通り過ぎたところ。


 なら、行き先は一つしか無い。船尾に設けられている娯楽室だ。

 その名の通り、カードやチェスの様な将棋、すごろくなどの娯楽道具が備えられているのだが、さすがに三週間も経過すると飽きてしまい、この数日は足が遠のいていた。


「じゃあ、ヒントをくれない?」

「なら、そうですねぇ~……。そうだ! 私って、貴人なんだそうです。くふふっ!」

「貴人?」


 さっぱり見当が付かない。

 暇も有ってか、妙に答えが気になり始め、手がかりを求めてみるが、ティラミスは口元を右手で隠しながら含み笑いのみ。


 貴人、その意味は解る。

 言葉が現す通り、貴族や王族、もしくは高位神官を指し示す言葉だ。


 しかし、ティラミスは侯爵家の娘。貴人と言われても何を今更という感が強い。

 ますます謎は深まるばかりでちんぷんかんぷん。眉が寄るどころか、口が『へ』の字に結ばれる。


「さあさあ、着きましたよ!

 皆さん、夫が参りました! 通して頂けませんか?」


 あれこれと考えている内、やはり目的地は娯楽室だった。

 ティラミスが出入口のドアを開けると、待っていましたと言わんばかりのざわめきが娯楽室から溢れ、その様子に目を見開く。


 この世界の庶民にとって、旅行は時間と費用が掛かり過ぎ、道中の危険度も高い為、縁遠いもの。

 裏を返すと、それ等の問題点を解決する事が出来る者達。具体的に言うなら、隠居済みの貴族などにとっては娯楽となり得る。

 この船はこの船はそう言った者達を主な客とするテチス海の各港を周遊する旅客船であり、各国の紳士、淑女が五十人近く乗っており、そのほぼ全てが船故に娯楽室と言ってもそれほど広くない場所に集っているのだから驚くなと言うのが無理な話。


 なにしろ、重ねて言うが、乗客は各国の紳士、淑女である。

 貴族の身分を持たなくても、この船に乗れるという事はそれなりの財産を所持している事を意味している。


 つまり、豪華なモノ、美しいモノ、珍しいモノ、そう言ったモノに耐性を少なからず持つ者達でもある。

 そんな紳士、淑女がこぞって集い、興味を示すモノとは何なのか。


 それも俺の到着を待っていたのがティラミスの発言から解る。

 正直なところ、気になってはいたが、それほど持っていなかった興味と期待が俄に湧き始める。


 だが、それは残念ながら束の間の高揚に過ぎなかった。

 俺とティラミスが歩を進める毎、目の前に居並ぶ紳士、淑女が左右に分かれ、その出来上がった道の先に居たのは灰色のローブを着た一人の老婆だった。


「なんとっ!? これは驚いた! 英雄の相! それも大英雄の相ではないか!」

「まあ、大英雄ですって! ロバート様!」

「知識としては持っていたが……。まさか、まさか、この目で実際に見る事が叶うとは!

 さっき、お前さんに貴人の相が有ると言ったが、これなら納得だ。お前さんの旦那が全ての起因となっているのだからな」


 老婆は俺を一目見るなり、目をこれでもかと見開きながら椅子を蹴って立ち上がり、その言葉に集った紳士、淑女がどよめきを湧かす。

 ティラミスに至っては柏手を打ってまでの歓声をあげ、目をキラキラと輝かせるが、俺一人だけは白けに白けていた。思わず溜息が落胆に漏れかかるが、皆がせっかく盛り上がっているところへ水を差すのは申し訳なく、慌てて堪えて作り笑う。


 何故ならば、老婆が座っていたテーブルの上に置かれているモノは、両掌サイズの水晶球と見知らぬ絵柄が描かれた縦長のカード束。

 このアイテムに加えて、その見た目と今の言葉を聞けば、老婆の職業は一目瞭然。見事なくらい『占い師』のテンプレートが一揃いしていた。


 ワイハは他国にもその名が届く有名なリゾート地であり、乗客の殆どはワイハで入れ替わっている。

 そのワイハで下船せず、乗客の中でも古株となる俺が老婆の姿をこれまで一度も見た事が無いところから察すると、老婆はワイハから乗船した芸人の一人だろう。

 この世界において、占い師は芸人に属しており、この船は乗客の退屈を紛らわせる為、ほうぼうを行き来する旅芸人を格安運賃で乗せており、その芸を娯楽室で楽しめた。


 しかし、歌や大道芸ならまだ楽しめたが、科学が発達した前の世界を知るが故に俺はどんな占いも信じていない。

 占いを決して否定するつもりは無いが、占い師とは聞き上手の人生相談役。そう考えている。


 多かれ少なかれ、人間は不安を常に抱えている生き物。

 大きな決断を成そうという時は特にそうだ。それが唯一無二の選択だとしても、決断が大きくなれば、なるほどに誰かの後押しを望む。


 そう言った際に役立つのが占いだが、占いは俗に言う『当たるも八卦、当たらぬも八卦』でしかない。

 決断をした当人の決断の結果に責任は生じても、占い師の占いの結果に責任は生じず、その辺りが俺はどうしても好きになれない。


 ところが、その緩んだ心の隙間を付け込み、大金をせしめようとする質が悪い占い師が居るから困る。

 目の前の老婆がそうだと決まった訳では無いが、俺相手に『大英雄』はさすがに盛りすぎだ。まだ『将軍』などの方が少しは現実味があった。

 それなら、対ミルトン王国戦を目前に控えた今、戦勝の前祝いとも言える。占いの対価のチップも気分も良く弾めたと言うのに。


「……って、おや? お前さん、私の占いを信じていないね?」


 そんな俺の心情を目敏く察したらしい。

 老婆は眉をピクリと跳ねさせて、態度を一変。表情を真顔に戻して、鋭い眼差しを改めて向けてきた。


 どうやら、その観察眼は本物らしい。

 占いを職業として、数多の者達を観てきただけの事はある。俺の作り笑いを見破るとはなかなかのもの。


「いや、そんな事は無いよ? ただ、大英雄なんて言われてもピンと来なくてね」

「なら、そこへ座っておくれ。今からお前さんの過去と未来を占ってやろう」


 正直に言うと、どう反応したら良いやら困った。

 前述にもあるが、科学が発達した前の世界を知るが故、俺はどんな占いも信じていない。言い換えるなら、デジタル派だ。


 それに対して、占いはオカルトに属するもの。

 デジタル派とオカルト派、この両者は絶対に並び立たない。何百、何千、何万の言葉を交わそうが、相手の信仰を崩す事はまず出来ない。


 むしろ、言葉を交わせば、交わすほどに議論は無駄に白熱化してゆく。

 それなら最初から議論しない方が良い。お互いの人間関係を確実に悪くするのは目に見えているのだから。


 作り笑いを苦笑に変えて、老婆を宥めようとするもこれが大失敗。

 老婆は眉どころか、頬をピクピクと引きつらせると、自分が座っているテーブル対面に置かれた椅子を右掌で指し示して勝負を挑んできた。


「まあ、そういう事なら……。是非、お願いしようかな」


 今度は隠そうともせず、溜息をやれやれと漏らす。

 こうなったら、俺が大人になるしかない。老婆を満足させる為、指定の椅子に腰掛けた。




 ******




「回れ、回れ、運命の輪よ。回りて、因果を波立たせよ。

 そして、時の砂浜にこの者の過去と未来を写せ……。回れ、回れ、運命の輪よ」


 老婆が両掌を水晶球に翳しながら言葉を紡ぐ。

 同じフレーズを何度も、何度も繰り返して、その声の熱を徐々に上げてゆく。


 それと共に娯楽室の緊迫感は高まってゆき、誰もが老婆と水晶球を真剣な眼差しで見つめて固唾を飲んでいる。

 隣の様子を横目で盗み見れば、ティラミスも抜群の食いつきを見せている。俺の左腕に絡めている腕の力を次第に強めてゆき、密着して形を変える小さいながらも素敵な柔らかさが俺を極楽へ誘っていた。


 そう、この娯楽室の中で唯一人、占われている当人の俺は相変わらず白けきっていた。

 下手すると、皆が夢中になっている老婆のいかにも『っぽい』言葉に吹き出してしまいそうになる為、意識を左腕へ集中させる事によって、この退屈な時間をティラミスの胸の感触で紛らわせていた。


 なにしろ、老婆がフレーズを繰り返した回数は既に三十回を超えている。

 声の強弱を付けて、観客達を飽きさせない工夫を行なっている様だが、最初から興味が持てないでいる俺には通じず、三十回を超えてからは数えるのを飽きて数えていない。


「回れ! 回れ! 運命の輪よ!」


 しかし、その強弱が無くなり、強、強、強と続き、更に強、より更に強、よりより更に強となり、老婆が叫んだ次の瞬間だった。

 刹那、水晶球から眩い光が溢れたかと思ったら、頭頂から電流の様なモノが走った。背筋を通って、足の底へ突き抜けてゆき、思わず腰がビクンッと跳ねて、身体が弓なりに反る。


 今のは何だったのかと驚く暇も無く、摩訶不思議な現象は尚も続く。

 水晶球の奥、老婆の手前に積み重ねられて置かれていたカードの束が火山が噴火する様に吹き飛ぶ。天井へぶつかったカード達は重力に従って落ちてくる途中、見上げるくらいの高さで時間を止めたかの様にピタリと静止した後、カード達は順々に一枚、また一枚と規則正しい間隔を空けて列んでゆき、最後に俺と老婆の頭上を真円を描きながらゆっくりと回転し始めた。


 その信じ難い光景を目の当たりにして、考えを『あれ? これって、マジなんじゃね?』と改め始める。

 同時に今更ながら思い出す。つい混同してしまったが、この世界はモンスターも居れば、魔法も有るファンタジーな世界であり、前の世界の常識や道理が全て通じる訳では無いのを。


「ふぅ……。これで準備が整った。随分と退屈をさせてしまった様で済まなかったね」

「ははは……。」


 達成感を感じさせる短い溜息が正面で漏れる。

 茫然と見開いた目をカード達から正面に戻すと、老婆は額にうっすらと掻いた汗を皺だらけの右手の甲で拭い、勝ち誇ったかの様に笑みをニヤリと浮かべた。


 この様子だと占いの為の呪文を唱えながらも、こちらをしっかりと観察していたらしい。

 老婆の痛烈な嫌味にたまらず顔が引きつるが、それが逆に俺の反抗心に火を着ける。こんなモノは只の手品に過ぎず、こうなったら揚げ足を徹底的に取ってやると。


「さて、始めようか。名前はロバート・サッカザーキ、年齢は二十一歳だったね。

 ……って、おやおや、いけないね。偽名かい? 

 占いをする上で名前は重要な要素だって言うのに……。まあ、多くは聞かないでおくよ。事情が有るってのもちゃんと出ているからね」


 ところが、いきなり最初の一手から躓く。

 真円を描きながら頭上をゆっくりと回転しているカード達の中の五枚が水晶球の前に、俺の手前に飛来すると横一列になって列ぶ。


 それを一瞥して、老婆は俺とティラミスを交互に睨むと、列んだカード達にどんな法則性と意味が有るのかは解らないが、占い前に告げた偽名をあっさりと見破った。

 バツが悪そうに身を縮めて寄せてくるティラミスを安心させる為、腕に絡められているティラミスの腕に右手を置く。


 だが、その実は俺も余裕を無くしてした。

 引きつっていた顔が凍り、用意していた数多の反論は一切が封じられて、何も言い返せない。


「しかし、次のが……。妙だね。

 年齡は聞いた通り、欺いている様には見えないが……。カードはお前さんを初老だと告げている。

 それともう一つ、このカードは再生を意味していてね。お前さん、死に瀕する様な大病か、大怪我の経験が過去に有るかい?」


 すると頭上から新たなカードが飛来して、先程まで列んでいた五枚のカードの上に新たな五枚が重なる。

 次は何を言い出すのかと思いきや、これが意味不明。老婆も占い結果に戸惑っているらしく、右の人差し指でカードの意味を説明しながら首を傾げる。


 俺は毎朝の鍛練が効いているのか、風邪すらも滅多に患わない。

 怪我も同様だ。おっさんの様な実力者と対峙したら話は別だが、雑兵程度の一撃なら剣で斬られても、槍で突かれても固い筋肉が傷を浅く済ませてくれる。


 死に瀕する様なと言えば、トーリノ関門時代の二年目。まだ使い慣れていなかった槍の特殊能力を全力全開で使った時くらいか。

 今思うと、アレは本当に危険だった。援軍として駆け付けたジュリアスがラクトパスの街で冒険者達を雇い、その中に神官が数人居たからこそ、命を繋いだ様なものだ。


「二つの世界を繋ぐ橋……。これも意味が解らないね。

 この稼業に就いて、七十年になるが、英雄の相を見るのも初めてなら、こんな事は初めてだよ」

「な゛っ!?」


 しかし、老婆が最後に指し示したカードの意味を聞いた瞬間、全てを理解した。

 前の世界の記憶を受け継ぎ、今世を生きている俺が前世の年齡を足したら、今の年齡は五十代後半。この平均寿命が低い世界において、それは確かに初老と呼べる年齡だ。


 それを踏まえるなら、前言の死に瀕する様な大病か、大怪我という意味も通じる。

 死に瀕するどころか、俺は実際に暴漢の理不尽な一撃を食らって死んでいるのだから。


 驚愕のあまり身体がブルブルと震えて、歯がカチカチと鳴る。

 誰にも明かしていない秘密を、それも想像を絶する枠組みの遥か外にある秘密を見破るなんて、これはもう本物と言う他は無い。


「……ロバート様?」

「婆さん! いや、占い師様! 貴方は何でも解るのですか? もし、それなら……。」


 当然、その震えを感じ取り、腕を絡めているティラミスが不思議そうな表情を向けるが、今の俺にティラミスを気遣っている余裕は無かった。

 椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、両手を机に突きながら前のめりとなって尋ねる。


 その理由は言うまでも無い。

 俺の秘密すら解ってしまうのだから、本音では半ば諦めていたコゼットの行方を探すくらい容易い筈だ。


「おっと、皆まで言う必要は無いよ。

 お前さんの望みに反応して、カード達がそれを示してくれる。儂は単なる仲介者に過ぎないからね。

 ……と言うか、急に態度を変えて、どうしたんだい? さっきまでは儂をあれほど胡散臭そうに見ていたって言うのに……。」 

「い、いや……。そ、それは……。そ、その……。」


 だが、老婆に右掌を突き出された上に痛烈な嫌味を再び浴びせられ、たちまち気勢を制される。

 居心地の悪さに視線を老婆から逸らして、思わず辺りをキョロキョロと見渡すと、ティラミスのみならず、娯楽室の全員が俺の老婆へ対する態度の豹変ぶりに戸惑いを見せていた。


「まあ、椅子を直して座りなされ。

 それと儂の事は『おばば』で良いよ。『様』も不要だ。あまり持ち上げられても擽ったいからね」

「でしたら、おばば! これは! これはどんな意味が有るのですか?」


 しかし、新たなカード達が己の目の前に列ぶと、居心地の悪さなど一瞬で吹き飛び、そのカードが意味するものを知りたくて待ちきれず、再び老婆を鼻息荒く急かす。

 ティラミスが倒した椅子を元に戻してくれるが、文字通りの居ても立ってもいられない気持ちに立ち上がったまま。


 五枚の内、最も右端のカードに描かれている絵は金属鎧を身に纏った騎士風の男。

 これを俺とするなら、最も左端のカードに描かれている絵の豪華なドレスを身に纏った貴婦人はコゼットに違いない。

 コゼットが豪華なドレスを身に纏っている点に違和感と共に失笑を覚えるが、それ以上に気になるのが、二人の目線だ。


 カードに描かれている騎士風の男と貴婦人の顔は双方とも右向き。

 だが、俺から見て、貴婦人が描かれたカードは逆向きとなっており、二人の視線はお互いに外を向き合っている。


 その上、五枚列ぶ中央のカードに描かれている絵は大地に突き刺さる剣。

 素人目に見ても、それ等は不吉を表しているとしか思わず、たまらなく不安になってくる。


「そうだね。これは……。お前さん、何か大事なものを無くしているね?

 それも物じゃない。人だ……。とても近しい者……。母親? いや、女……。恋人だね」


 そんな俺を宥めるのを無理と悟ったのだろう。

 老婆は首を左右にやれやれと振り、まずはカードを一瞥。占いの結果を語りながら次にティラミスの様子を窺って言い躊躇い、最後に俺の顔を見上げて、その目線に俺が応えて頷くのを待ってから、最後の決定的な言葉を言い切った。


 正しく、それは俺が予想した通り、俺とコゼットの関係を示唆するもの。

 俺の左手を握っているティラミスの握力が強まる。その痛いほどの不安を感じ取っておきながら、俺の目はまた新たに列んだ五枚のカードへ完全に釘付けとなっていた。


 俺は誓ったのだ。絶対にコゼットを幸せにすると。

 あの忘れられない嫌な事件が遭った日、山小屋から下山する途中、コゼットと一緒に今生の父親が眠る墓の前で。


 この世界は女の適齢期は男以上に早い。

 コゼットは微乳という欠点を除けば、器量も、気立ても良くて、働き者。他の男達が放っておく筈が無い。

 あれから結構な時が経ち、俺が結婚した様にコゼットもまた俺の知らない誰かと結婚している可能性は非常に高いが、それでも良いのだ。

 ただただ、一目で良いから幸せでいる姿を見たかった。もうコゼットが俺のものにならないとしても、行方知れずのままで放置が出来るほど俺は強くなかった。


「だが、安心するが良い。お前の星とその女の星はとても惹かれ合っている。

 女の星が輝く場所は近くて、遠い。もし、探す気が有るのなら、南東の方角を探すと良いだろう」

「南東……。」


 そして、遂にコゼットの行方に関する手がかりが老婆の口から告げられ、生唾を乾ききった喉へゴクリと飲み込む。

 手がかりと言っても漠然とし過ぎているが、今まで掴んだ手がかりはとうの昔に途切れており、探すにも探しようが無かっただけに単なる方角でも大きな手がかりと言えた。


 また、その方角は何処を起点にしているのかは解らないが、これだけは言えた。

 今、この場であるにしろ、俺の領地であるコミュショーにしろ、これからの本拠地となるバカルディの街にしろ、俺とコゼットが育った村があるミルトン王国は北西にあり、老婆が告げた方向とは正反対の位置に在る。


 しかし、老婆の占いは俺の秘密を言い当てた確かな実績が有る。

 そう簡単に否定は出来ないし、その占いの結果が示す先にコゼットが居る可能性は十分に考えられた。


 近年、ミルトン王国は国家総動員令を二度も発令している。

 それは国が疲弊している証だが、その非常事態宣言に生き方や住む場所まで強制される国民はもっと疲弊しているに違いなく、大量の流民が発生しているだろう事実は想像に難くない。


 もし、コゼットと村長一家が流民となる道を選んだとしたら何処を目指すか。

 東は敵対国のインランド王国となる為、論外。北も険しい山々に阻まれており、残る選択肢は西と南になるが、西へ進むとなったら、ミルトン王国の王都をどうしても経由しなければならない。


 国家総動員令を二度も発令している中、ミルトン王国が貴重な人的資源を簡単に手放す筈が無い。

 流民を防ぐ為の検問を各所で行い、捕まえた流民を逃亡罪に処して、これ幸いと前線送りにしているのではないだろうか。


 つまり、選択肢は南のみ。

 俺とおっさんがそうした様に大樹海を命懸けで横断するしかない。


 但し、大樹海を抜けた先にあるジョシア公国はミルトン王国と同盟を結んでいる。

 今現在、経済が著しく活発化しているジョシア公国にとって、人口の増加は大歓迎だろうが、ミルトン王国から流民の返還を求められたら、これをジョシア公国は断れない。

 実際、この新婚旅行の間、流民の取り締まりを行なっているのを何度か目撃している。


 これ等を踏まえると、ジョシア公国に留まらず、西は山脈に阻まれている為、南か、東へ更に流れる可能性がある。

 ここでコゼットと村長一家が東を選んでいたとするのなら、それは老婆が告げた南東のアレキサンドリア大王国となる。


「しかし、チャンスはあと一回」

「えっ!? ……あと一回?」


 今まで形すら見えていなかった希望が輪郭をうっすらと現した喜びに打ち震えるも束の間、老婆が鋭い眼差しと共に水を差してきた。

 笑みが浮かびかかった表情が凍り、思わず目をパチパチと瞬きさせながらオウム返す。


「お前さんはもう無理と半ば諦めていた様だが、そんな事は無い。

 事実、過去に二回。お前さんとその女はすれ違っている様だ。手が触れ合うほどの隣を居ながら、お互いに気づかないままな。

 しかも、その内の一回はほんの最近に起こっている。一年……。いや、この半年間か。お前さんの星とその女の星は確実にすれ違っている」


 挙げ句の果て、老婆はまた新たに飛来して列んだ五枚のカード達を左から順々に指差すと、衝撃の事実を告げた。

 驚愕を通り越して、茫然となってしまい、目をこれ以上なく見開きながら口をポカーンと開いて言葉を失う。


 当然だ。その言葉が正しければ、俺とコゼットは何処かで出会っていた可能性が有る。

 それも最近、この新婚旅行中にだ。直前に希望を感じて喜んでいただけに堪らない悔しさが湧き、それがコゼットに気づけなかった自分自身へ対する怒りとなって肩が震える。


「昔から、二度有る事は三度有ると言う。

 そして、三度目の正直とも……。だから、チャンスはあと一回」


 だが、それはコゼットの行方を南東と断言した老婆の占いの正しさも同時に意味していた。

 俺とティラミスが新婚旅行で訪れた国はアレキサンドリア大王国とジョシア公国の二つのみ。南東はアレキサンドリア大王国に限定される。


 更に付け加えるなら、俺とティラミスが訪れた村や街はアレキサンドリア大王国の北部領であり、ハンブルクの街より北になる。

 その範囲内にどれだけの村や街が有り、どれだけのヒトが住んでいるのかは詳しく知らないが、これは大きな手がかりだ。


 この先、何十年はかかると覚悟していたコゼットの捜索が数年にまで縮んだと言っても過言で無い。

 もしかしたら、ミルトン王国との戦いが終わり、バカルディの街へ帰ってきたら、コゼットとティラミスが仲良く列んで出迎えてくれるという幸せな未来図も十分に有り得る。


「もし、その女との運命を重ねたいのなら、くれぐれも心得なされ。

 何かを得る為には何かを失わなければならない。それがこの世の曲げられぬ摂理だという事を……。

 お前さんは英雄の相の持ち主。近い将来、この大陸の歴史に関わるほどの運命の岐路に立つだろう。

 右手を選ぶか……。それとも、左手を選ぶか……。その時の選択次第でお前さんの星とその女の星は重なり合う。

 だが、両方は選べない。お前さんにとって、その女と同じ価値を持つ何かを捨てなければ、その女は得られない。

 そして、次のチャンスを逃したら、お前の星とその女の星は惹かれ合いながらも離れるを繰り返して、その運命は今生で決して交わらないだろう」


 しかし、老婆はやはり容易く喜ばせてはくれなかった。

 何やら意味深な事を告げて脅すと、最後に飛来した五枚の内の中央のカード。ドクロに絡みつきながら自身の尾を齧る蛇の絵を指差した。


 


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