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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十一章 男爵 百騎長 新婚旅行編
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第03話 冒険者の真実



「気楽な旅暮らしもあと三日……。半年なんて、あっという間だな」


 大きな船に乗ると、ここに不思議と立ってみたくなるのはどうしてだろうか。

 外洋を進む巨大な木造帆船の舳先に腕を組んで立ち、見渡す限りの海を飽きもせずに眺めて独りごちる。


 この海は、俺達が住まう大陸は何処まで広がっているのかは知らないが、インランド王国の東にあるテチス海。

 アレキサンドリア大王国北部領中枢都市のハンブルクを出港して以来、春を迎えた海は穏やかそのもの。海賊や噂に聞く海獣に襲われるなんてハプニングも無く、既に一ヶ月になる海の旅は補給に三回の寄港を行いながら順調に進んでいた。


 そう、慌ただしかった新婚旅行も間もなく終わる。

 船長に先ほど聞いたところ、インランド王国の首都であるウィローウィスプまで遅くともあと三日で着くらしい。

 この半年間、俺とティラミスの護衛を担ってくれた冒険者達もここまで来たら安心の為、三日前に寄港した彼等の本拠地であるワイハで船を降り、別れを済ませてある。


 もっとも、実は一時的な別れに過ぎない。

 彼等は冒険者。依頼が満了したら、それを冒険者ギルドに報告する義務が有り、その後は王都で今度は家臣として再会する事となっている。


 バカルディの冒険者ギルド長が太鼓判を押してくれた通り、彼等は一人、一人がとても優秀だった。

 性格も申し分ない。特に俺とティラミスの正体を旅の途中から何となく察していながらも最後の最後まで口に決して出さなかった点が気に入った。


 俺にはトーリノ関門時代から付き従ってくれている部下達が三十人近く居る。

 そのキャリアを考えたら、全員は無理でも数人は陪臣となって役職を得ていてもおかしくない。


 しかし、あいつ等は誰もが戦う事に関しては一級品の戦士だが、あまり考える事を得意としていない。

 その上、出世欲というモノに乏し過ぎて困る。


『えっ!? 俺が隊長? 冗談は止してくれよ。

 俺はあんたと一緒に剣を振っていられれば、それで良いんだ。

 今更、字や計算を覚えるのも面倒だしよ。金も十分に貰っているし、今の気楽な立場で十分だ。……そうだ! 俺よりあいつはどうだ?」


 多少の言葉は違えども、こんな事を言う奴ばかり。

 これはこれで嬉しい言葉ではあるのだが、組織運営を行う上で困るのだ。


 辺境の貧乏男爵だった頃はまだ通用したが、オータク侯爵家執政となった今、ネーハイムさんとバラリス卿の二人だけではとても手が足りない。

 オータク侯爵家に仕える陪臣は数多に居るが、彼等はティラミスを通して、俺に従っているに過ぎない。


 だから、俺は自分の部下が欲しかった。

 但し、ジュリアスと同じ道を進むと決めた以上、能力を満たしていれば、誰でも構わないという訳では無い。


 第一王女派、第二王子派と呼ばれる派閥の貴族と繋がりを持たない者。

 これが大前提の条件となる為、インランド王国内の貴族は対象からほぼ除外となり、そう言った意味から冒険者は正に打って付けであり、護衛を担ってくれた彼等もまた仕官口を探していた。


 実を言うと、俺は冒険者という身分を一時的に体験した事が有る。

 おっさんと出会う前、育った村を追放という形で初めて旅立ち、奴隷として戦地へ赴く間の旅路での事だ。


 それまで俺は冒険者に華々しいイメージを持っていた。

 前の世界で読んだファンタジー小説での影響も有ったし、村の大人達が語るお伽話の中の冒険者達がそうだったからだ。


 だが、現実は大きく違う。

 簡単に例えるなら、冒険者とは何でも屋の日雇い派遣労働者である。それも派遣先で怪我をしようが、野垂れ死のうが保証は一切無い。


 また、冒険者と言えば、迷宮や遺跡を探索して、そこに巣食うモンスターを退治するイメージが有ったが、これも実は違う。

 それ等を稼業とする冒険者は確かに存在するが、冒険者の殆どは土木作業や荷運び、街の深夜警備、街の清掃といった街でのアルバイト的な依頼を冒険者ギルドで請け負う。


 しかし、現実的によく考えてみると当然と言える。

 誰だって、怪我をして痛い目を見るのは嫌だし、たった一つしか無い命を失うのはもっと嫌だ。雑魚と呼ばれるゴブリンでも油断をすれば、その可能性は十分にある。


 なら、冒険者ギルドが冒険者ギルドと名乗っているのは何故か。

 恐らく、それはイメージアップ戦略。何でも屋ギルドと称するより冒険者ギルドと称した方が外面が良いからだろう。

 先ほど言った通り、冒険者と言ったら華々しいイメージが有り、実際にそう言った依頼も扱っているのだから嘘は言っていない。


 そもそも、冒険者の大半は冒険者になりたくてなった訳では無い。

 親から財産を継ぐ事が出来ない次男、三男、次女、三女が食い扶持に困り、残った細い選択肢の末に冒険者へ行き着いたに過ぎない。


 なにしろ、冒険者は冒険者ギルドに登録料を払い、名前を名簿に登録したら誰だってなれる。

 犯罪者だろうが、逃亡奴隷だろうが、偽名を使ってしまえば問題は無い。俺自身、冒険者時代は偽名を使っていた。

 唯一の条件と言える登録料さえも初回依頼の報酬を天引きする事で容易にクリアが出来る。


 その反面、冒険者は市民権を持っておらず、税を納める必要は無いが、社会的信用も限りなく低い。

 奴隷よりマシと言える程度であり、冒険者ギルドの依頼を数多く達成してゆく事で得られる格付けのランクは上がっても、それは冒険者ギルド内でしか通用しない。


 そんな彼等が目指す先は市民権を得ての生活の安定である。

 これはイメージ通りの一流と呼ばれる迷宮や遺跡を探索して、そこに巣食うモンスターを退治する冒険者達でも変わらない。

 迷宮や遺跡の踏破、モンスターと戦う事を生きがいとする冒険者達も確かに存在するが、それは少数派となる。


 むしろ、一流と呼ばれる者達ほど安定を求める。

 冒険者という職業は体力が資本であり、歳を重ねて尚、とても続けられる様な職業では無いからだ。


 冒険者が依頼の達成を重ねる過程において培った名声や信用。

 これが社会的信用を持ち、これを頼りにして、冒険者達は第二の人生における職を求める。


 その就職口は色々と有るが、やはり一番人気は貴族への仕官だろう。

 前の世界で言ったら、公務員である。仕官した貴族から気に入られれば、自分が得た職を子々孫々に継げる可能性だって有る。


 貴族側から見ても、彼等は使い勝手が非常に良い。

 実力と信用を兼ね備えており、危険な荒事に向いている。戦争やモンスター退治に使いどころは豊富に有る。


 だが、歴史を重ねた貴族になるほど冒険者元来の社会的信用の低さがネックとなり、仕官の窓口はとても狭い。

 嘗ては一流と呼ばれながらも結局は仕官が叶わず、冒険者時代に得た金で市民権と土地を買い、田舎の農村や新規の開拓村で畑を耕している冒険者は意外と多い。


 そして、やがては時が経ち、その子々孫々の次男、三男、次女、三女が食い扶持に困り、冒険者となる道を選ぶ。

 結局、庶民は上へ這い上がれず、その上に居座る貴族によって搾取され続けるのが、この世界における社会構造だ。上へ這い上がる為には奇跡の様なチャンスが必要になる。


 そのチャンスを運良く掴み、今の俺は貴族になった。

 自身の身分は男爵とまだ低いが、絶大な権力を持つオータク侯爵家執政という立場でもある。


 俺は根が小市民だけに自重を常に心掛けないといけないだろう。

 前の世界の歴史において、大きな権力を持ったが故に人格が歪んでしまった支配者は枚挙に暇が無い。

 民衆を虐げて搾取するだけの貴族には決してなるまいと大海原を眺めながら決意を新たにしていると、背後から呼び声がかかった。


「ロバート様!」


 このアレキサンドリア大王国を欺く偽名もすっかりと慣れた。

 意識せずとも反射的に振り返ると、甲板と階下の船室が通じる階段をティラミスが駆け上がってくるのが見える。


 麗らかな昼下がり、こんな大海原のど真ん中で何を慌てる必要が有るというのか。

 ティラミスは辺りをキョロキョロと見渡して、一旦は立ち止まるが、俺の姿を見つけるなり、大きく右手を振りながら息を切らせて走ってくる。


 その懸命な姿を可愛いなと感じる一方、こうしたティラミスの何気ない日々の様子に新婚旅行を提案して本当に良かったなと感じる。

 体力的にも、精神的にも、不便な旅暮らしの中で随分と鍛えられ、今後は嘗ての様に身体が弱いからと言って、城に引き篭もってばかりとはならない筈だ。


 これなら俺が陣代として戦役へ赴いている間の留守も安心して任せられる。

 おっさんも居るが、城に引き篭もり、政務を家臣へ全て任せっきりにしていては公金を着服するなどの良からぬ企みを考える者が現れかねない。


 あとは常に付き従い、ティラミスを補佐する者を付けてやれば良い。

 本来なら、それはサビーネさんが最適任だが、サビーネさんは俺が戦役へ赴く時は一緒に従軍して貰い、オータク侯爵家の陪臣達を纏める窓口になって貰わないと困る。

 丁度、この新婚旅行で護衛を担ってくれた冒険者の中に同い年の女の子が居り、ティラミスとの仲が良かったから適任だろう。


「きゃんっ!?」

「おっと……。そんなに慌てて、どうしたんだ? ミルフィー」


 それでも、やっぱり運動神経は鈍くてドン臭い。

 甲板はフラットにも関わらず、ティラミスは俺の数歩手前で躓き、それを慌てて駆け寄って抱き留める。


 ちなみに、『ミルフィー』とはティラミスの偽名である。

 新婚旅行当初はお互いに慣れておらず、そう呼ぶのも勿論の事、そう呼ばれても自分だと気付かず、その矯正に随分と苦労した。

 そう考えると意図した訳では無かったが、山越えの密入国の旅となった最初の一週間は完全な二人っきりだった為、予行演習としては丁度良かった。


「ロバート様、来て下さい! 早く、早く!」


 どうやら慌てている上に興奮しているらしい。

 ティラミスは居ても立ってもいられないと言った様子で俺の抱擁を解くと、これが質問の答えだと言わんばかりに俺の右手首を強かに掴んで引っ張っる。


「はいはい、お姫様」

「ほら、急いで下さいってば!」


 旅が船旅となって、既に三週間。

 最早、狭い船内は退屈しか無い筈だが、ティラミスの様子に何があるのかと胸が期待に少しだけ膨らんだ。




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