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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十一章 男爵 百騎長 新婚旅行編
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第02話 悪と正義


「おら! 運べ、運べ!」

「入荷チェック、済みました!」

「馬鹿! それはあっちのだ!」


 バカルディの街を旅立って、約二ヶ月。目的地であるジョシア公国の首都『ドルボー』に到着。

 その道中、盗賊やモンスターの襲撃に何度か遭ったが、さすがは大金を払って雇った冒険者達である。これと言って、特筆する様な危機らしい危機は無かった。


 遭ったハプニングを強いて挙げるなら、ジョシア公国へ入国して間もなくの事。

 初めて霜が下り、季節が冬を本格的に迎えた日にティラミスが熱を出してしまい、旅が一週間ほど足止めになった程度か。


 さて、このドルボーの街へ到着してから昨日までの三日間、まずはティラミスと観光を楽しんだが、おっさんと共に訪れた約七年前と変わらず賑やかな街である。

 一昨年、唯一の交戦国だったアレキサンドリア大王国とも停戦が結ばれたらしく、商業がより活発化している。


 おかげで、その日暮らしの生活者達も職にありつけているのだろう。

 大きな街なら目に必ず止まる乞食が極めて少なく、スラム街も嘗て訪れた時ほどの貧困さは感じられない。


 今、訪れている商会もそうだ。約七年前も大きな商会だったが、記憶より多くのヒトで賑わい、倉庫の数も倍以上に増えている様な気がする。

 先ほどから忙しそうな声が途切れずに聞こえており、この二階にある応接室の窓から外を覗いてみると、交易品を積んだ馬車が次から次へと訪れ、冬ながらも半袖姿の男達が湯気をあげて、馬車から荷を降ろしては別の馬車に積むを繰り返している。


 この光景を眺めていると、やっぱり平和が一番だと感じる。

 平和こそ、国を豊かにすると言うのに、ヒトは自分が豊かになろうと争って奪い合う。どうして、ヒトは憎しみ合い、戦うのか。

 暇を持て余すあまり物語の主人公っぽく哲学に耽り、そんな自分に酔っていると待ち人がようやく到来した。


「お待たせして申し訳ない。

 私が当ライク商会の責任者、ルビン・ライクです。貴方がロバー……。えっ!? ニート君かっ!?」


 このドルボーの街に本店を持ち、ジョシア公国周辺三カ国に販路を持つ商会の主『ルビン・ライク』氏である。

 忙しい人の為、他の街にある支店へ出向いている可能性が有り、下手したら数週間は待つのを覚悟していたが、たったの三日で会えたのだから俺は運が良い。

 このヒトこそ、俺がバカルディの街からこの街まで遥々と訪ねてきた理由であり、このヒトが居なくては意味が無いし、何も始まらないのだから。


 記憶が確かなら、年齡は四十五歳だったか。

 精悍な顔立ちをしており、ピカリと光る禿頭とブラウンの鋭い眼差しが特徴的で骨太さを感じる中肉中背の逞しい身体。

 これでおっさんの様な虎鬚でも生やしたら荒くれ者と言うか、山賊の頭にしか見えないが、この商会の歴とした三代目で根っからの商人。剣は自衛の時くらいしか持たず、心得も持っていないらしい。


 ルビンさんとの出会いはおっさんと旅をしていた頃に遡る。

 当時も今回の新婚旅行と同様に身分を商人と偽り、行商を重ねながら旅を行なっていたが、当時の旅と今回の新婚旅行では決定的に違う点が一つだけ有る。


 それは日常における食費や宿泊費といった諸々を合わせた旅費だ。

 今回の新婚旅行の旅費は俺とティラミスに許されているオータク領の歳費で賄われており、行商はあくまで偽装に過ぎず、それを実際に行なっているのは俺の趣味でしかない。


 だが、当時はその旅費を稼ぐ為のもの。

 破産という最悪の事態に備えて、一週間分の旅費だけは最低限の蓄えとして手を付けずにいたが、それ以外は馬車の積み荷が総資産の自転車操業だった。


 しかも、その手段は他の行商人が売れなくて困っている品を安く買い叩き、それを右から左へと流して転売するといった方法。

 ある意味、商売の縮図を行なっているに過ぎないのだが、その取引を同じ街で行うせいか、この方法は妬みを買い易く、悪目立ちし易い。

 昨日まで売れなかった品が今日は売れている様を目の当たりにして、お互いに納得詰めで売買を交わしたのと自分の商売下手を棚に上げて、不満を持つ者が多いからだ。


 それ故、この方法が使えるのはジョシア公国までという制限があった。

 アレキサンドリア大王国において、おっさんが指名手配犯とも言える存在の為、ちょっとでも目立つのは避けなければならないからだ。


 仕入れが難しくなる以上、稼げる額も減る。

 合わせて、アレキサンドリア大王国入国後の旅路は可能な限り急ぐ必要性も有り、俺とおっさんは大きく纏まった金を稼ごうと敢えて遠回りの道を選び、このジョシア公国で最も商業が栄えているだろうドルボーの街に暫く滞在して金稼ぎを暫く行なっていたのだが、その時に出会ったのがルビンさんだった。


 前述の通り、ルビンさんの風体はいかつい。それを踏まえて想像してみて欲しい。

 俺とおっさんが開いている露天の近く、商売の邪魔になるか、ならないかの微妙な場所に小一時間以上も腕を組んで陣取り、こちらをじっと眺めながら口を固く結んでいる男の姿を。

 どう見ても、それは販売している商品の仕入先の売り主が冒険者か、街のヤクザを雇い、商品を返せと、売上金を渡せと難癖を付けに来たとしか見えなかった。


 いや、あとで話を聞いてみたところ、当初は実際にそうだったらしい。

 傘下の行商人に市場を荒らしている者が居ると泣き付かれ、商品を返せとか、売上金を渡せとまでは言わないにしろ、朝市の出店資格を取り上げる予定でいたが、俺の営業を見ている内に考えがひっくり返ったのだとか。


『暫く拝見させて貰ったが、見事な商いだ。良い勉強をさせて貰ったよ。

 ただ、君達のやり方……。売り方は本当に見事だが、買い方は不満や妬みを買い易い。

 商売人として、それは避けるべき商品だ。だから、提案だ。良かったら、俺の商会で働かないか? 君達なら商隊の一つを任せても良いと考えている』


 そして、どんな難癖を付けてくるのかと身構えていたら、その第一声がこれだった。

 一言で言うなら、スカウト。それも商隊を任すとまで言っているのだから、前の世界の会社構造を基準にして例えるなら課長待遇でのスカウトである。


 俺とおっさんは暫く茫然と言葉を失い、我に帰った後はおっさんの正体を知る何者かの罠だと疑った。

 当然と言えば、当然だろう。これほどの高待遇を見ず知らずの相手へ誘ってくるなんて普通は考えられない。


 もっとも、今現在の俺が在るので解る通り、おっさんは勿論の事、俺もこのスカウトを断っている。

 何か思うところがあったのか、おっさんは俺に商人の方が向いていると説き、ルビンさんへ仕えるべきだと強く勧めてくれたが、やはり俺は奴隷の身から自分を拾い上げてくれたおっさんとの義理を選んでいる。


 その後、ルビンさんはスカウトを断ったにも関わらず、商品の仕入れなど俺達の世話を何かと焼いてくれた。

 あまつさえ、決して少なくない餞別金を別れ際を貰い、俺達はアレキサンドリア大王国へ予定より随分と早く旅立つ事が出来た。


 言うなれば、ルビンさんは大恩人である。

 ルビンさんと出会わなかったら、俺達の旅は三ヶ月から半年は遅れていただろう。


 しかし、俺にとっての大恩人でも、大商人のルビンさんから見たら、俺は数多に結んでいる知己の一人であり、それも約七年も昔となる二週間足らずの短い付き合いに過ぎない。

 ヒトの顔と名前を憶えるのは商人にほぼ不可欠な技能だが、俺の顔を一目見て思い出してくれるとは嬉しい限り。笑みが自然と浮かぶ。


「ルビンさん、お久しぶりです。ロバー……。」


 だが、その一方で偽名を使って呼び出した罪悪感も有った。

 それを詫びようとするが、ルビンさんが先んじて右掌を素早く突き出す。


「おっと! その必要は無いと言うか、もう君は私程度に頭を下げては駄目だ。

 君の事情は承知している。……そうそう! 結婚したそうだね! おめでとう!」

「ありがとう御座います。でも、驚いたな。耳が随分と早いじゃないですか?」


 その言葉に頭を垂れかけていた身体がビクリと跳ねて止まる。

 結婚した当人がルビンさんの元へ訪れるよりも早く、その情報がルビンさんの元へ届いているのだから明らかにおかしい。


 なにしろ、この世界はインターネットどころか、テレビも、ラジオも、新聞も存在しない。

 情報は基本的に人づてによるもの。その伝播速度は侮れない早さが有るにしろ、この国にまで俺の慶事が遥々伝わるなど考えられない。

 これがまだ国王の慶事、弔事なら可能性も少しは有るだろうが、この国の者達にとってみたら、遠い異国の貧乏男爵の慶事など興味の対象とならず、噂にする価値が無いからだ。


 つまり、これは最初から俺か、オータク家に狙いを定めて集めていた情報に違いない。

 だったら、その目的は何なのか。そんな考えが頭の片隅に浮かび、少なからずの警戒心を抱く。


「情報は鮮度が命……。君の指導の賜物だよ。

 最近、実はインランドにも販路を伸ばそうと考えていてね。情報を集めていたところだったんだ。

 だから、驚いたよ。オータク卿のお孫さんと結婚する相手に君の名前を聞いた時は……。まさかと思ったら、特徴も君と一致するじゃないか。

 これはもう間違い無いと考えて、祝いの品を送ったんだけど、入れ違いになった様だね。……でも、こんな所までどうして? もしかして、奥方も一緒なのかな?」

「はい、妻も一緒です。今日は別行動ですけどね。

 それとどうしての答えですが……。販路をインランドへ伸ばそうと考えていたなら、どうやら話は早そうですね」


 しかし、その答えは実に商人らしいものだった。

 警戒心を完全に解いた訳では無いが、お互いに満面の笑顔を浮かべながら歩み寄って握手を交わす。


 それにしても、業の深い立場になってしまったものだ。

 恩人に対して、警戒心を抱かなければならないのだから。


 前述にも有るが、この新婚旅行の最大の目的はルビンさんとの再会である。

 だが、それは来年度の春に出兵を控えた対ミルトン王国戦に関わる重要な計画の為だ。


 警戒は幾ら重ねても足りず、全ては極秘裏に進めなければならない。

 もし、ルビンさんを信用しきれない場合、対ミルトン王国戦の難易度が大きく違ってくるが、この計画自体を諦める必要があった。


「ほう! 何やら大儲けの臭いがするじゃないか?」


 しかし、その心配はあまりしていなかった。

 ルビンさんの本質は商人。言い方は悪いが、金に貪欲なヒトだ。

 そうでなければ、見ず知らずの俺達をスカウトなどしたりはなない。


 同時に義理を大事にするヒトでもある。

 約七年前、ルビンさんはおっさんが戦場から落ち延びてきた高い身分と地位にある貴族だと気づいていたフシがある。


 当然、その正体も察していたに違いない。

 商人は商品と一緒に情報も運ぶ。商会主のルビンさんの下には販路で収集された情報が自然と集う。

 その年のミルトン王国との戦いでインランド王国が敗れ、おっさんが行方不明となっていた情報を掴んでいた筈だ。


 ジョシア公国はミルトン王国と同盟を結んでいる。

 おっさんの存在を通報するだけでも、多額の報奨金を得られたにも関わらず、ルビンさんはそれを選ばなかった。

 恐らく、俺は別として、おっさんと誼を結んでいた方が得になると商人らしい算段も有ったのだろうが、それだけを踏まえても目先の小金よりも長期を見据えた大金に比重を置いている事が解る。


「まあ……。そうですね。上手く行けば、大儲けは間違いありません。

 但し、ハイリスク・ハイリターン。それも聞いたが最後、後戻りは出来なくなりますけど……。それでも、聞きます?」


 だからこそ、多少の脅しを入れても、俺の計画をルビンさんが受け入れる自信があった。

 我ながら悪どい顔をしているのだろうと思いながら口の端をニヤリと吊り上げて笑う。


「くっくっ……。是非、聞こうじゃないか。

 君の話はいつも斬新で面白く……。そして、何よりも私に今の富をもたらせてくれた。

 なら、ここで君の話に乗らない手は無い。君という駒にベットさせて貰おうじゃないか」


 案の定、ルビンさんは食い付いてきた。

 迷いが表情に見えたのは一瞬。ルビンさんもまた口の端をニヤリと吊り上げ、俺達はお互いに悪人顔で握手を改めて交わした。




 ******




「……と言うのが、計画の全貌です」


 立ち入りが禁止されたルビンさん個人の執務室。

 話し始めた頃は高かった陽も今は傾き、窓から差し込む光が室内を赤く染め上げていた。


 喋り疲れて乾いた喉をすっかり冷め切ったお茶で癒やす。

 傾けたティーカップを利用して対面を覗き見ると、ソファーに浅く座ったルビンさんが両肘を膝に突きながら組んだ両手の上に顎を乗せ、皺を眉間に刻んだ厳しい表情で目を瞑っている。


 まずはお互いの差し障りの無い近況から始まった会談。

 ルビンさんの反応を観ながら計画の一端を少しずつ明かしてゆくに従い、ルビンさんは言葉を少なくして黙り込み、最終的に相槌を打つくらいになり、ほぼ俺の独壇場だった。


 だが、当然だ。大商人と呼ばるルビンさんでも、これほど大きな取引は過去に無い筈だ。

 来年度の春に出兵を控えた対ミルトン王国戦に関わる重要な計画の為に用意した金額は莫大なもの。


 金貨のみがずっしりと詰まった樽が数樽。具体的に言うなら、南方領全土の税収半年分。

 これこそがバカルディの街から最初はバナーナを、途中からはハネポート産のワインを隠れ蓑にして運んできた馬車の積み荷の正体である。


 しかも、これは手付金に過ぎない。

 ルビンさんが必要と感じたなら、南方領の経営が破産するか、インランド王国がミルトン王国に負けるかしない限り、金貨を幾らでも追加する用意があった。


 そして、話し始め前に告げた通り、この計画はハイリスク・ハイリターン。

 俺とルビンさんは栄光を掴むのも、泥に塗れるのも一蓮托生となり、賽の目次第では自分の命すら失う可能性だって有った。


「君という男は本当に恐ろしいな……。

 戦争を利用して、商売をする者は多い。実際、俺もその一人だ。

 だから、綺麗事を言うつもりは無いが……。商売を利用して、戦争を始めようって奴は初めて見たよ」


 俺がティーカップをテーブルへ戻すタイミングを待っていたのか。

 ルビンさんは組んでいた両手を解くと、両腕を組んで首を左右にゆっくりと振りながら溜息を深々と漏らした。


 その言葉と態度は批難めいていたが、その声は興奮に少し震えていた。ルビンさんが計画に乗ってくれた証拠だ。

 だが、同時に開いた瞼の奥にあった鋭い眼差しが問いかけていた。それを本気で行うつもりがあるのかと。


 そう、この計画は酷く残酷で悪魔の計画と呼ぶに相応しいもの。

 計画が進んでゆく過程において、それは遅効性の毒が身体を徐々に蝕んでゆく様にミルトン王国を蝕み、戦争に直接関わる王族、貴族、騎士、兵士のみならず、非戦闘員である女、子供、老人すらも巻き込んでミルトン王国の民全てを苦しめる。


 しかし、歴史は勝者が紡ぎ、正義は勝者が決める事を俺は前の世界の歴史で知っている。

 言い換えるなら、この計画を実行するからには負けは許されない。負けたが最後、俺が今まで積み上げてきた武名は一転して、悪名へと変わるのは間違いない。それも大悪名だ。


 その上、ルビンさんへ投資する莫大な金額も回収がほぼ不可能となる。

 ミルトン王国との戦争特需で湧くバブルが今にも弾けそうな現在、それは南方領を中心とした大恐慌が発生する可能性が有る。

 無論、その影響は南方領のみならず、インランド王国全体と周辺各国へ及び、経済は十年単位で停滞する。庶民の大多数は貧困層に落とされ、全体的な生活レベルが今のレベルへ戻るには孫世代、ひ孫世代までの長い年月を必要とするだろう。


 そうなったら、国同士が富を奪い合う為、争いを過熱化してゆくのが歴史の常だ。

 下手すると、各国の王家が力を失い、諸侯が覇を唱えて台頭する戦国時代が訪れる可能性も十分に考えられる。


 だが、ジュリアスから力を貸して欲しいと頼まれた時、俺は決めたのだ。

 ジュリアス派と呼ばれる派閥に属しながらも、それまで態度を曖昧に濁していたが、目の前の不器用な友人を王位に必ず就かせてやると。

 ジュリアスにとって、王座など窮屈な椅子でしかない事は理解していたが、今ある境遇よりは断然に良い。


 しかし、敵はあまりに強大である。

 断言してしまうと、ジュリアスに勝ち目など無い。現時点で玉座を得られる確率は万に一つも有るか、どうか。


 だったら、その最初の一歩で躓くなんて有ってはならない。失敗した場合の時など考えないし、失敗したら俺の知った事では無い。

 もし、この計画が失敗したら、俺も、ジュリアスも所詮は取るに足らない勝者を惹き立てる為だけの存在だったと言う事だ。


 俺にとって、大切なのはジュリアスであり、ティラミスを初めとする近しい者だけ。

 大切な者達の為、まずはミルトン王国の国民に犠牲となって貰う事に関して、謝罪するつもりも無ければ、悔やむつもりも無い。


「そうだとするなら、まだ皆が気づいていないだけですよ。いずれ、戦争はこう言う形になる筈です。

 国力とは詰まるところ、財力です。金を振りかざしてもヒトは殺せないけど、ヒトを殺す為の武器は作るにしても、買うにしても金が必要です」

「なるほど……。違いない。

 まあ、匙加減はなかなか難しいが任せて貰おう。その辺りに関しては君に引けは取らないつもりだ」


 その心の内を語った訳ではないが、どうやら納得してくれた様だ。

 表情を素に戻して、ルビンさんの目を真っ直ぐに覗き込むと、ルビンさんは数拍の間を空けて苦笑しながら頷いた。


 これで胸のつかえが取れた。

 油断はまだ決して出来ないが、ルビンさんなら上手くやってくれる筈だ。

 その成果は目に見えない援軍となり、緒戦を違えさえしなければ、勝利はジュリアスの手の内へ勝手に落ちてくる。

 それは来るべき王位争奪戦で役立つ大きな実績となるに違いない。国王が対ミルトン王国戦に異常な執着心を燃やしているだけに。


「ええ、ルビンさんへお任せします。

 いや、ルビンさんでなければ、この計画を持ちかけたりはしませんよ」


 大きな達成感に作り笑いとは違う本心からの笑顔が自然と溢れる。

 同時に腰が跳ねる様にソファーから浮き、右手が勝手にルビンさんとの握手を求めて差し出されていた。


 その言葉だって、相手を乗せる為のお世辞に非ず、掛け値なしの本音である。

 約七年前、おっさんとの旅の道中、誼を結んだ商人はルビンさん一人だけでは無い。

 だが、この計画を実行するに辺り、性格や商人としての能力、商会の規模、持っている販路など必要な要素を全て兼ね備えている適任者を考えた時、頭に浮かんだ顔はルビンさんだけだった。


 また、この計画はあくまで俺とジュリアスの事情によるもの。

 それにも関わらず、この計画の立案者は俺だが、その実行者はルビンさん。失敗した場合、その悪名は確実に俺以上のものとなるだろう。


 勿論、その逆に計画が成功すれば、見返りも大きい。

 巨万の富がルビンさんの懐へ入り、ジョシア公国を代表する豪商になれるのは確実だ。


 ルビンさんが何処まで未来を先読んだかは解らない。

 しかし、今さっきまでは俺とジュリアスの二人とは他人でいられ、まっとうな道を歩んでいられたのを蹴り、俺と共に悪人の道を歩んでくれると言うのだから本当に感謝するしかない。


「俺でなければ、か……。これは是非とも成功させないとな。

 ただ、君も知っての通り、商いの世界は一人勝ちが目立つと疎まれてね。どうしても、邪魔をする者が現れるんだ」


 俺が大きな達成感なら、ルビンさんは大きな決断か。

 ルビンさんもまた満面の笑みだった。俺が差し出した右手を両手で握り締め返しながら大きく上下に振る。


「くっくっ……。ですね。身に滲みるほど解ります。

 ルビンさんだけでは人手も足りないでしょうから、その人選もお任せします。但し……。」

「解っている。計画の全貌を知られるヘマはしないさ。

 あくまで見せるのは山の麓だけ。頂上から見下ろすのは俺一人だけに留めるよ」

「お願いします」


 もっとも、この計画の概要を説明して、それをルビンさんが承諾してくれただけに過ぎない。

 本当に大変なのはこれからであり、計画の詳細を詰める為にもっと話し合う必要が有り、それには数日間を要する。

 前の世界の様に意思疎通が一瞬で出来てしまう電話などの便利な連絡手段が無い以上、自分の考えを余すところ無く知って貰う必要があった。


 恐らく、次に会えるのは対ミルトン王国戦が終わった後になるだろう。

 それまでの数年間、不測の事態が起こったとしても、その全ては数ヶ月単位のタイムラグがある手紙のやり取りで事後承諾となるのだから。


「しかし、本当に惜しいな」

「何がです?」

「それだけの才能を持ちながら商人の道を選ばないなんてね。

 君なら、私なんか比べ物にならないほどの豪商になれる可能性だって有っただろうに」

「でも、その道を選んでいたら、ルビンさんの商会を乗っ取っちゃうかも知れませんよ?」

「おっと、それは困るな。やっぱり、君は貴族で居てくれ」


 だが、今日はここまでだ。陽もすっかりと傾き、そろそろティラミスも観光から帰ってくる。

 そんな気楽さから、俺達は軽口を叩き合って笑い合った。




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