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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十一章 男爵 百騎長 新婚旅行編
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第01話 バナーナ




「ふっ! はっ! ほっ!」


 今日も今日とて、俺の朝は槍の鍛練から始まる。

 だが、ここはいつも朝の鍛練を行なっているコミュショーの領主館の裏庭でも無ければ、バカルディー城の中庭でも無い。


 ここはアレキサンドリア大王国北部領の北方にある『ハネポート』と呼ばれるワインの産地で有名な街。

 今現在、俺はティラミスと一緒にアレキサンドリア大王国の西にある国、ジョシア公国の首都を目指す新婚旅行の途にあった。


 但し、アレキサンドリア大王国とインランド帝国は親子、孫、ひ孫以上の世代に渡り、敵対を続けている犬猿の仲の国。

 それに加えて、最尖兵たるオータク侯爵家のティラミスは勿論の事、去年の夏から秋にかけてあったアレキサンドリア大王国との戦いで名をそれなりに挙げてしまった俺である。


 アレキサンドリア大王国の国境に築かれている砦の検問を通れる筈が無い。

 例え、運良く通れたとしても、その後にお互いの正体がバレたら一大事となる為、当然の事ながら名前と身分を偽っての旅となり、入国方法も約七年前に俺とおっさんが用いた様にインランド帝国とアレキサンドリア大王国の二国を隔てている山脈を越えての密入国を用いている。


 ここでネックとなったのが、ティラミスの体力。

 最近は体力作りの運動を行う様になり、初めて出会った時と比べたら身体が格段に丈夫となったが、それはあくまで初めて出会った時と比べたらに過ぎない


 それでも、ティラミスは頑張った。

 苦しそうに息切れをしながらも泣き言を遂に一言も漏らさず、山越えの第一日目を最後まで歩き通した。


 しかし、やはりと言うべきか。

 翌日、体調を崩して寝込んでしまい、野宿した場所から動けず、丸一日を無駄にしたが、これは俺も、ティラミスも予め承知済みの結果。


 なにしろ、この新婚旅行は旅程通りに進んでも約半年に及ぶ長い旅となる。

 可能な限り、サポートは行うが、最終的に体調管理を行うのはティラミス自身に他ならない。

 サビーネさんやメイドさん達がティラミスの体調管理に目を光らせている城での暮らしでは知り得ない己の限界を知って貰う必要がどうしてもあった。


 また、それ以上に心配したのが、何でも至れり尽くせりの城暮らしとは真逆にある不便だらけの旅暮らし。

 この新婚旅行の最大の目的は来年度の春に出兵を予定している対ミルトン王国戦に関する重大な戦略に基づいたもの。

 その日数制限を考えたら、旅路をそれなりに急がなければならず、街や村の宿を常に利用した旅は望めない。荷物を極力少なくする為に食事は簡素なモノとなり、入浴どころか、衣類の洗濯すら思うままにならず、同じ下着を数日間に渡って着続ける必要性も時にはある。


 果たして、それを子供の頃からお姫様な生活が当たり前だったティラミスが耐えられるのか。

 その一通りの不便さを体験せざるを得ない山越えの密入国はティラミスを試す試験の意味も有り、我慢が効かない様ならバカルディの街へ即座に引き返す予定もあった。


 言うまでもなく、旅をするなら俺単独の方が安全であり、断然に早い。

 オータク侯爵家の執政となった今、その身分故に単独での旅は許されないとしても、ティラミスを同行者に選ぶのは明らかに悪手でしかない。


 だが、結婚式を挙げて間もないにも関わらず、旅に半年以上も留守にして、その後は更に戦役で数年間は帰ってこれない。

 それを考えたら良心が酷く咎め、自分の体調管理が出来る事と不便な旅暮らしに不平を漏らさない事の二点を条件にして、ティラミスへ新婚旅行を提案したのだが、俺は少し侮っていたらしい。


 むしろ、ティラミスを気遣い過ぎて、逆に『そんなにお姫様扱いしないで下さい』と何度か叱られた。

 俺が考えていた以上にティラミスは精神的に逞しく、三日目からは背負子に乗ったティラミスを俺が背負っての山越えを基本としたが、自分の足で歩ける時は歩き、食事や野営の準備も進んで行い、山越えは合計で五日間を要したが、その間に不満を漏らす事は一度足りとも無かった。


 しかし、やはり女性である。どうしても、自分の体臭が気になるらしい。

 歩いている最中、背中から鼻をスンスンと鳴らす音が何度も聞こえていた。上着の袖口でも嗅いでいたに違いない。

 夜とて、一日目と二日目は狼や山犬の遠吠えが聞こえる度に怯えて、俺の腕に腕を絡めてしがみついていたのが、三日目からは隣り合って座っても間に空間を置く様になった。


 思い返してみると、コゼットも下着の臭いなどを嗅がれるのをとても嫌がったが、ちっとも解っていない。俺はソレがイイのだ。

 同時に臭いを嗅がれて嫌がり、恥ずかしがる女性らしさも大好物だったりもする。それがスパイスとなって、四日目の夜は普段以上についハッスルしまくり、ティラミスへ翌日の負担を随分とかけてしまったのは今では深く反省している。


「ふっ! はっ! ほっ!」


 そして、六日目の昼過ぎに最初の目的地となるアレキサンドリア大王国側にある山麓の村へ辿り着いたのだが、その村へ入るなり驚いた。

 嘗て、俺とおっさんが訪れた時は村人の誰もが俺達の姿を見ると家に引き篭もり、いかにも排他的な辺境の寒村といった雰囲気に満ちていた村が今は様変わりをして、活気に満ち溢れていたのである。

 此方から声をかけるまでもなく村人が俺とティラミスへ朗らかに挨拶してきた時は、下りてくる麓を間違ったのかと思わず背後の山を振り返って確かめたくらいだ。


 その後、空き家を借りて、村で一泊したのだが、その間に様変わりした理由が気になって尋ねてみると、村人達の口から出てきたのは新領主を褒めちぎる言葉ばかり。

 どうやら、このハネポート領も俺の領地『コミュショー』と同様に領主が長らく居らず、代官が治めていたらしく、その統治は酷いものだった様だ。嘗て、俺とおっさんが訪れた時は最後の代官が統治していた頃っぽい。


 それ等、歴代の代官による統治が酷すぎたせいだろう。

 五年前、長らく不在だった領主の座に若い女男爵が就き、歴代の代官達が少しずつ上げてきた税率を本来の適正値へ引き下げると、これだけで若い女男爵は領民達の心を掴み取る事に成功した。


 だが、それはあくまで一般の領民達のみ。

 村長が酔った勢いに漏らしてくれた言葉によると、それなりに知識を持つ各村々の村長達や名主達はまだまだ半信半疑だったとか。


 なにせ、件の若い女男爵はアレキサンドリア北部領を統括するマスカット大公の親族であり、そのお膝元の街『ハンブルク』で暮らしていた華やかな都会暮らしを知っている若い女性である。

 都会と比べたら、退屈ばかりの田舎暮らしに満足する筈が無い。どうせ、すぐに金遣いが荒くなり、税率も二年目から再び上がり始めて、十年もしたら元に戻るだろうと。


 ところが、その蔓延っていた諦め感に反して、若い女男爵は質素な生活を好んだ。

 宝石やドレスを買い漁ったり、本拠地の街であるハネポートの領主館を華美に飾り立てたりもせず、領内の美少年、美少女を漁る事も無ければ、連日連夜の宴を開く事すら無かった。

 そればかりか、前任者の代官が自慢していた領主館の見事な庭を無駄の一言で潰すと、若い女男爵自ら鍬を振るって見事な菜園を作り上げてしまい、食費軽減に役立てているとか。


 しかも、この『ローゼット・ラゥ・ローデ・ハネポート』なる若い女男爵はなかなかのやり手ときている。

 それまで名産ではあったが、知名度の低さからハネポート領の近郊にしか流通していなかったワインに目を付けると、自身が持つ太いパイプを用いて、マスカット大公へ献上すると共に絶賛の言葉を貰い、それをきっかけにハネポート産のワインをたった五年と言う短さでアレキサンドリア北部領を代表とする一大ブランドにのし上げた。


 今や、ハネポート領はワインバブルで沸きに沸きまくり。

 アレキサンドリア北部領の各地から商人達がワインの買い付けに集い、このハネポートの街に至っては山麓の村以上に活気付いて、約七年前は閑古鳥が鳴いていた宿は何処もかしこも満員御礼となっている。


 正しく、これこそが俺のやりたかった『NAISEI』である。一領主として、何か参考になればと情報収集した訳だが、何も参考にならない。

 コミュショーの初期状況と比べて、好条件が揃いまくっている若い女男爵へ嫉妬を覚えずにはいられなかったが、ハネポート領の目覚ましい発展ぶりは今の俺達にとってはとても都合が良かった。


 何故ならば、街が活発化して、人の行き来が急に多くなった弊害だろう。

 住人達の警戒が随分と緩んでおり、見知らぬ俺達を簡単に受け入れてくれ、そう偽って名乗らずともワインの買い付けに訪れた商人だと勝手に誤解してくれるのだ。


 この様子なら、ハネポート領とその近郊の全てがこの調子に違いない。

 あるモノをジョシア公国へ運搬する為、元から行商人の身分を偽る予定ではあったが、実に嬉しい誤算と言うしかない。

 ワインを多少の損をしても実際に買い込み、それを隠れ蓑の荷したら、見つかっては困る本命のあるモノはまず見つかるまい。


「ふっ! はっ! ほっ!」


 ちなみに、そのあるモノだが、今は手元に無い。

 手に持てず、背にも乗せられない重い物の為、どうしても馬車で運搬する必要が有り、俺とティラミスの様に密入国という非合法な手段を用いる必要が無い冒険者達がここまで運んでくる手筈となっており、合流後は俺達と荷物の護衛を担う事となっている。


 あるモノの正体、それは来年度の春に出兵を予定している対ミルトン王国戦に関する重大な戦略に必要なとても大事なモノである。

 どうして、それほど大事なモノを完全な第三者でしかない冒険者へ託したかと言えば、これも俺とティラミスの身分がやはり関わってくる。


 実際、その冒険者の役を担いたいと名乗りを挙げた騎士は数多く居た。

 何故、その役を自分に任せてくれないのかと不満の声を挙げる騎士すら居た。主にサビーネさんの事だが、あまりにも頑固で聞き分けてくれなかった為、ティラミスと共謀して、サビーネさんは寝室で黙らせた。


 これからの半年間、正体を隠す事に関しては警戒を幾ら重ねても足りない旅の同行者として、彼等ではまずいのだ。

 まだ馴染みの薄い俺へ対しては大丈夫だろうが、主家たるティラミスへ対する態度はどう隠そうと染み付いていて隠せない。

 ちょっとでもボロが出たら、俺達の正体がバレる危険度はぐんと増してしまい、俺達の正体を知らず、行商人の夫婦として接してくれる完全な第三者こそが旅の同行者として適任だった。


 それ故、俺達の正体を知らず、大事のあるモノを任せられる多くの実績と高い信用があって、半年も行動を共にする以上、人当たりの良い性格。

 この妥協が絶対に出来ない条件を揃えて貰うに辺り、バカルディの冒険者ギルド長に随分と苦労をかけた。特に俺達の正体を知らないという最初の条件からして、バカルディの街の冒険者ギルドでは該当者が一人も居らず、最寄りのバカルディ規模の冒険者ギルドが在るワイハまで足を運んで貰った。

 その分、諸経費が追加されて、予定していた雇用費より大幅にオーバーしたが、出発前に顔合わせを行なった際、ギルド長が雇った冒険者達をこれ以上ないと太鼓判を押してくれた。


 しかし、ハネポートの街の賑わいを知り、その冒険者達を見つけられるかという点が心配だった。

 メインストリートさえも閑散としていた以前のハネポートの街なら探すまでもなく遭遇しただろうが、今のハネポートの街は違う。

 ワインバブルに付随して、他の商売も活発化。今、閑散としていたメインストリートは数多の露天が立ち並び、地方を代表する様な交易都市レベルに達していた。


 街自体の規模も記憶より二倍は大きくなっている。

 石造りの壁の外、街の南側に新しい家屋が幾つも建ち、街と外を仕切る急造の柵が作られて列んでいた。


 もっとも、この心配はすぐに解決した。

 以前は存在していなかった冒険者ギルドの支部と商人ギルドの支部がハネポートの街に建てられており、

 双方をもしやと訪ねてみたら、俺達より街へ早く到着していた冒険者達が宿泊先を伝える言付けを預けていたのである。


 安心する一方、ますます若い女男爵が妬ましくなった。

 ギルドと呼ばれる団体は数多く存在するが、冒険者ギルド、商人ギルド、魔術ギルドは三大ギルドに数えられており、これ等は国家に奉仕していても国家に属していない為、領主が自分の街に支部を作ってくれと頼んでも作っては貰えない。

 それぞれのギルドによって、支部を立てる為の様々な条件が有り、その街が少なくとも都市と呼べるレベルでなければならず、この三大ギルドのいずれかが自分の統治する領内に在るのは領主にとってのステータスシンボルとなっている。


「ふぅ~~……。」

 

 鍛練ノルマを終えて、深呼吸をゆっくりと吐き出す。

 雪深い土地で育った俺にとって、南方領は暑い土地だが、このアレキサンドリア大王国はもっと暑い。


 だが、この街は山麓近くに在り、山から吹き下ろす冷たい風が息を白くさせる。

 旅の中で患う風邪ほど辛く、面倒なものは無い。すぐさま足元に置いてあるティラミスが宿を出る前に渡してくれたバスケットの中からタオルを取り出して、身体の汗を拭う。


「えいっ! やあっ! とうっ!」


 その間、この普段は街の集会場となっているだろう領主館前の広場を手持ち無沙汰に見渡すと、その小さな姿はすぐに見つかった。

 前の世界の基準で例えるなら、小学校に入学した頃の年齡くらいか、俺同様に朝の鍛練をそれぞれ行なっている十数人の冒険者達に混じり、長棒を一心不乱に振るっている少年が居た。

 いつから、そこに居たのかは解らない。鍛練の最中、ふと視界の中に入り、それ以来ずっと妙に気になっていた。


 アッシュブロンドの髪色に青い瞳と白い肌。

 特に珍しくも無い特徴だが、その全てが俺の特徴と奇しくも全て一致しており、その少年が長棒を振るっているとなったら話も違ってくる。

 その拙い長棒の扱いと言い、まるで嘗ての自分自身を見ている様で恥ずかしいと言うか、擽ったいと言うか、思わず笑みが口元に浮かぶ。


 この世界の男の子なら騎士や冒険者に誰しも一度は憧れて、手頃な棒を拾ってきて、鍛練の真似事を行ってみるものだが、その武器の選択に槍、長棒を選ぶのはかなり珍しい。

 大抵は剣を選ぶ。剣に見立てた長さの棒なら入手も容易く、母親や身近な大人達から聞かされる英雄譚に登場する騎士、冒険者はまず武器に剣を用いているからだ。


「んっ!?」


 小さな同志と出会えた嬉しさに少年を暫く眺めていると、ふと少年が長棒を振るうのを中途半端に止めて、こちらの様子を窺う様に視線を向けた。

 しかし、それも束の間。目線が合い、俺が眉を跳ねさせた途端、少年は目をギョッと見開きながら顔を正面に素早く戻して、慌てて棒を再び振るい始める。


「え、えいっ! や、やあっ! と、とうっ!」


 汗を拭ったタオルをバスケットへ戻すと共に水筒を取り出して、乾いた喉を水で潤しながら、どうしたのだろうと首を傾げる。

 距離にして、約二十メートル。俺と少年の間に冒険者が二人居るが、少年が俺へ視線を向けたのは間違いない。


 今だって、少年は明らかに俺の視線を意識している。

 長棒を振るっているが、そこに熱は感じられず、ただ単に振っているだけであり、その少し上擦った掛け声が何よりの証拠だ。


「くっくっくっ……。解らないって、面だな? あの坊主はお前さんに槍を教えてくれって言ってるんだよ」

「えっ!?」

「たまに居るんだ。ああいうガキがな。何人か、俺も相手をした事がある。

 それに戦場ならともかく、生粋の槍使いってのは俺達、冒険者達の間でも割りと珍しいからな。

 あの槍使いを目指しているっぽいガキから見たら、お前さんはようやく現れた師匠って訳だ。もし、暇だったら相手をしてやったらどうだ?」


 すると思わぬ助け舟が入る。

 その声に後ろを振り向くと、俺同様に鍛練が終わったのだろう。髭面のいかつい顔の男が地べたに胡座をかいて座り、流れる汗をタオルで拭いながら苦笑していた。


 男の助言になるほどと納得する。それなら、少年の態度も理解が出来た。

 少年にとって、広場の誰も彼もが剣の素振りを行なっている中、槍を一人振っていた俺はさぞや気になる存在だったに違いない。


 そう言う理由なら男の勧め通り、同じ槍術の道を歩く先達として、後進の指導を行うのも吝かでは無い。

 幸いにして、宿屋の主人が指定した朝飯の時間まで余裕も有る。


「ああ、そうするよ。教えてくれて、ありがとう」


 だが、その前にそれを教えてくれた男へ礼をするのが先だ。

 水筒をバスケットの中へ戻して、代わって取り出したソレを下手投げる。


「おっ!? 悪いな?

 ……って、何だ? これ、食い物か?」


 男は咄嗟ながらも受け取り、笑顔を返してくるが、手の内のソレを見るなり、目をパチパチと瞬き。

 一拍の間を空けて、その茫然と見開いた目を俺とソレへ交互に何度も向け、その様子に心の中でニヤリとほくそ笑む。


 一見して、黄色く細長い。鼻を近づけてみれば、甘さを感じさせる匂いが漂う。

 果物っぽいがその実は野菜であり、初めて見る者を戸惑わすソレの正体は『バナーナ』である。

 

 ちょっと呆れてしまう話だが、おっさんは嘗ての旅の中で一度だけ食べた『バナーナ』の味がどうしても忘れられなかったらしい。

 俺がトーリノ関門へ兵役に赴いている間、わざわざジョシア公国の南方にある国から『バナーナ』の苗と共に『バナーナ』を栽培する職人を招き、今ではオータク領のとある村で特産物化に成功していた。


 だったら、これを利用しない手は無い。

 おっさんは毎年の安定供給が成功した時点で満足してしまった様だが、俺はその先を更に目指す。

 生産量の少なさから『バナーナ』はバカルディの街でしかまだ売れないが、いずれは南方領を代表とする名産にしてみせる予定だ。


 その第一歩として、この新婚旅行は『バナーナ』の認知度を上げる絶好のチャンス。

 冒険者がバカルディの街から運んできた馬車の積み荷の本命は大事なあるモノだが、それを隠す為に『バナーナ』も満載してある。

 男が今見せた初見の忌避感さえ取り除いてしまえば、これほど手軽に食べられて、二本も食べたら腹が膨れて満足する上に甘くて美味しい『バナーナ』が売れない筈は無い。


「はっはっ! バナーナって言うんだ。美味いぞ?」


 あくまで行商人は偽りの身分だが、どうせなら実際に商売を行った方が真に迫れる。

 それに儲かるのは楽しい。皮を剥き、おっかなびっくりに『バナーナ』を口にした男が目を輝かす様子を見て、これから本格的に始まる旅の前途洋々さを感じた。




 ******




 魔学と科学が融合した魔科学が進歩した現代において、旅は誰もが当たり前に楽しめる娯楽の一つである。

 危険なのは未だヒトの手が付けられていない場所。魔物が生息している可能性が有る秘境や山奥くらいだろう。


 旅先へ到着する時間とて、魔導エンジン技術の進化と交通網の発達により驚くほど早くなっている。

 十年前、二十年前は勿論の事、半世紀前の交通事情を考えたら信じられないほどだ。世界最高の戦闘機を使えば、世界一周すら一日足らずで出来てしまう。


 しかし、ニートが活躍した中世初期において、旅の主な手段は徒歩であり、乗り物も原始的なもの。

 家畜を利用した車や自然の力を利用した船しか存在せず、山や谷、川などの障害が有ったら迂回が必要となり、旅は時間どころか、日数がかかった。


 また、大自然の領域が現代より圧倒的に多かった為、危険でもあった。

 魔物との遭遇も危険の一つだが、それ以上に中世初期は大陸の至る所で国同士の争いが溢れており、その世相を末に盗賊や山賊、海賊となった者達が多かった。


 現代の様にちょっと隣町まで行ってくるとはいかない。

 隣町へ行くのすら命懸け。大抵の庶民はよっぽどの事情が無い限り、自分の生まれ育った村、街の範囲内から出ずに一生を過ごすのが当たり前だった。


 そんな時代の中、ニートは息子に家督を譲って隠居するまでの間、その半生の殆どを土地から土地への旅暮らしで過ごしている。

 これはインランド帝国初代皇帝たるジュリアスに重用されて、多忙を極めた為だが、ニートがこの半生で同じ場所に半年以上留まったのはたったの一度きり。トーリノ関門へ赴いた兵役義務での三年間だけしか無いのだから驚きである。


 それ故にだろう。ニートは旅をより快適なものにしようと幾つかの発明を残している。

 特にゴムタイヤとサスペションは当時の流通事情を大きく様変わりさせた中世初期の三大発明の二つに数えられており、ニートが偉大な軍略家としてのみならず、偉大な発明家としての事実を今の世に伝えているのは誰もが知るところだ。


 その他にも、今は当たり前の風習となった『新婚旅行』も実はニートが起源らしいのを知っているだろうか。

 歴史上、その造語が初めて登場するのはインランド帝国初代皇帝たるジュリアスに仕えた侍従長の手記の中だが、それ以前にニートは正妻のティラミスを伴い、結婚式直後にジョシア公国への旅を行っている。

 なら、確証は無いが、その後にインランド帝国歴代皇帝の結婚式における風習『新婚旅行』を最初にジュリアスへ勧めたのはニートである可能性は非常に大きい。




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