幕間 その3 続・サビーネ視点
暗闇の中、瞼を閉じたニートが腕を組みながら胡座を組んで座り、瞑想している頃。
ティラミスと酒を酌み交わして、『サビーネ』は二人っきりの小さな女子会を楽しんでいた。
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「ふぅ……。美味しい」
飲み干したグラスをテーブルに置き、ティラミスが左手を頬に当てながら吐息を漏らす。
相変わらずのうわばみっぷり。その顔はちょっと赤くなったかなという程度、ティラミスの半分以下も飲んでいない私の顔の方がよっぽど赤い。
私とティラミスが初めて出会ったのは、私が八歳、ティラミスが三歳の頃だった。
年齢差を考えたら、もっと適任の者が他に居た筈だが、私が乳姉妹に選ばれたのは、身体の弱さを克服しつつあった私を傍に置いたら、ティラミスもまた身体の弱さを克服するかも知れないというバルバロス様の思惑があったに違いない。
しかし、ティラミスは母の影響を大きく受けた。
母自身も私が父から男の様に育てられた反動か、より女の子らしく育ててしまい、ティラミスは成長するに従って、趣味のガーデニング以外は外へ出るのを嫌う様になってゆく。
それでも、私が王都の大学へ行く前は身体作りの軽い鍛錬を行っていたが、私が居ぬ間にサボる事を憶えたらしい。
私が王都から帰ってくると、鍛錬を行う習慣は完全に途絶えており、幾らやっても無駄だと強く言い張る様になっていた。
だが、それを変えたのがニート様であり、ティラミスが王都で得た友人のショコラ様だった。
私自身も現在進行形で実感しているが、恋の力とは驚くべきものと言うしかない。あれほど鍛錬を嫌っていたティラミスに自発的な決意を促して、それを継続させているのだから。
おかげで、ティラミスは格段に身体が丈夫になった。
体力の低さは相変わらずだが、熱を出して寝込むのは季節の変わり目くらいにまで減っている。
「ところで……。ニート様はどちらに?」
そこまで考えて、今更ながらに気付いた。
毎週、この時間はティラミスと二人っきりなのが当たり前だった為に気付かなかったが、先ほどからニート様の姿が見えない。
夜も既に遅い。この部屋以外に何処へ行くと言うのか。
まさか、愛妾であるララノア嬢が泊まっている部屋へ行ったのだろうか。
新婚四日目にして、それは酷すぎる。
せめて、ティラミスと最初の一週間は閨を共にするべきだと怒りを覚えて、腰を浮かしかけたところに解答が与えられる。
「お爺様のところです。ほら、新婚旅行の件で」
「ああ……。」
思わず眉が苛立ちに寄り、それを隠す為にグラスを呷る。
何時、何処で、誰に学んだのかは知らないが、ニート様は希有な発想力と幅広い知識を持っている。
それが領内の発展に大いなる可能性を秘めているのは私も認めるところだ。
しかし、たまに漏らす突飛すぎる考えは頂けない。
正しく、今回の『新婚旅行』はそれに当たる。結婚式という一大イベントがようやく終わったと言うのに、このバカルディの城は『新婚旅行』なる準備に大忙しとなっていた。
無論、『新婚』の意味は解るし、『旅行』の意味も解る。
だが、その二つが合わさるのかがどうしても解らない。何故、結婚したから旅行に出かけなくてはならないのか。
しかも、その行き先はアレキサンドリア大王国を経由してのジョシア公国である。
去年の戦いにて、武名を挙げたニート様の顔を知る者はアレキサンドリア大王国に多く居る筈であり、その危険を冒してまで何故にジョシア公国へ行かねばならないのか。
ティラミスとて、身体が丈夫になったとは言えども、長旅となったら不安は付きまとう。
ニート様が予定している新婚旅行はジョシア公国の首都へ赴いた後、次は川を船で下り、アレキサンドリア大王国のハンブルクを経て、そこから王都へ海路で上る約半年の旅。とても許可など出来ない。
ところが、ところがである。
この新婚旅行をティラミス自身がとても楽しみにしており、バルバロス様も自身が嘗て経験したニート様との旅の道のりをティラミスに知って貰い、それを子供達に伝え受け継いで欲しいと積極的に賛成している。
そうなってしまったら、我々としては従うしか術は無いが、やはり万が一の事を考えたら誰もが反対だった。
皆の期待は当然の事ながらトップ三人の説得が出来そうな私に集まり、私自身も今日まで何度も反対をそれぞれに訴えているが、新婚旅行の準備は止まらない。
このバカルディ城を発つ予定日まであと十日。もう時間はあまり残されていない。
ここを訪れた目的とは違うが、話題として出たきっかけも有り、新婚旅行を止めさせる為の説得を始めようとしたその時だった。
「あっ!? ……えっ!? あれ?」
右手に持っていたグラスが手の内からするりと零れ落ち、酒がチュニックの胸元と膝の上を汚す。
慌てて席を立ち上がろうとするが、腰は椅子から持ち上がらず、目の前にあった右手も力無くダラリと垂れる。
緩やかに襲ってきた瞼の重みに思い出す。
この部屋を訪れる前に睡眠導引薬を飲んでいたのを。
「ごめん、ティラミス。侍女を呼んで貰えるかしら?」
目的は何も達成していないが、こうなってしまったら今夜は諦めるしかなかった。
幸いにして、無意識には難しいが、意識をしっかりと集中したら立ち上がれるらしい。
但し、補助が必要だった。今も机に手を付いていないと立っているのが難しい。
膝がブルブルと震えており、気を少しでも抜いた途端、崩れ落ちるのが目に見えていた。
その一方で違和感を感じてもいた。
睡眠導引の丸薬は子供の頃から飲み慣れているが、眠くはなっても、こんな酷い脱力感に襲われた経験は一度たりとも無い。
薬の服用後に酒を飲んだ弊害か、酔いが急速に回り始めたのか、身体が熱っぽくなってきてもいた。
「変ね。そんな症状、現れる筈が無いのに……。」
「はっ!? ……今、何て?」
するとティラミスが席を徐に立ち上がり、聞き捨てならない一言を零した。
微睡みがかって重かった瞼が勢い良く跳ね、その見開ききった目でティラミスを茫然と見つめる。
前述にもあるが、ティラミスの趣味はガーデニングである。
但し、ティラミスの花壇に植えられている植物は美しい花を咲かす種もあるが、その全ては薬草であり、毒草もある為、限られた者以外は近づく事を固く禁じられている。
どうして、そんなモノを育てているのかと言えば、それを材料とした調薬こそがティラミスの真の趣味だからだ。
大概、薬とは苦いもの。『良薬は口に苦し』という言葉も有る。
時たま、薬を服用する一般の者なら、その言葉に納得して我慢も効くだろうが、物心が着く頃から薬の服用が食事の度に必須だったティラミスは納得もしなかったし、我慢もしなかった。
八歳の頃だったか、『甘い薬を作る』という決意を掲げると、城下の街から薬師を城に招いて、その教えを学ぶ様になった。
それから十年が経ち、未だ『甘い薬』は実現していないが、師たる薬師からは一人前と認められ、身分故に生業ではなく、趣味に止まるのが惜しいと嘆かれるだけの腕前を持つ様になっている。
事実、ティラミスが今も食事の度に服用している薬は自分自身で作ったもの。
私がこの部屋を訪れる前に飲んだ睡眠導引の丸薬もそうなら、この城に常備されている薬はその殆どがティラミスの手によるもの。
ちなみに、ティラミスが作れるのは薬だけに限らない。
ティラミスの師たる薬師は『薬を知る為には毒も知らなければならない。毒とて、時には薬になると知れ』と言う信念の下、毒の知識も与えており、毒草が花壇に植えられているのはそういう理由からだった。
つまり、ティラミスにかかったら、どんな薬も、どんな毒も思いのまま。
その零した言葉は何らかの薬か、毒を私が飲んでいた酒に盛っていた事実を表していた。
「実はお姉様に協力して欲しい事が有るんです」
「ちょっ!? 何を……。止めなさい! こら!」
「ほら、私って体力に乏しいじゃないですか?」
ところが、ティラミスは問いかけに応えず、背後から私を抱きかかえると、チュニックの腰を留めているベルトを外し始めた。
その思惑が全く解らず、身体を藻掻かせて抵抗するが、思うままにならない。私以上に腕力が無いティラミスの拘束すら解けずにされるがまま。
ベルトのみならず、胸元のリボンや袖口のボタンがあれよあれよと解かれ、ティラミスの誘導によって、チュニックが床にバサリと音を立てて落ちる。
「それがどうしたって言うの! 今更じゃない!」
「ええ、今更です。だから、困っているんです」
「何が!」
これで終わりと思いきや、ティラミスはまだ手を止めなかった。
下着姿となった私のブラジャーまでも外し始め、声が自然と怒鳴り声に変わり、無駄と解っていながらも抵抗を強める。
私とティラミスは女同士。常日頃から入浴を一緒にする仲でもある。
今更、裸を見られたところで別に恥ずかしくは無い。
しかし、状況が変わった。今、この部屋はティラミスの部屋であると同時にニート様の部屋でもある。
いつ、ニート様がバルバロス様との話を終えて帰ってくるかも知れないと思ったら、このお巫山戯は許せるものでは無い。
「夜、睦み合うのを……。」
「……えっ!?」
だが、その一言が私の抵抗をピタリと止めた。
いきなり何を言い出すのか、胸が加速的にドキドキと高鳴り始める。
「ニート様、凄いお強いんです。私、それに付いていけなくって……。
昨夜、トイレに目を醒ましたら、ニート様が……。その……。お一人で処理を……。」
「……そ、そうなんだ?」
もう、どんな言葉を返したら良いのかが解らない。
ソレを目撃してしまったティラミスの動揺はどれほどのものだったのか。
一方、ティラミスが言うソレを想像したら、身体がもの凄い勢いで熱くなってきた。
ブラジャーが外されて、外気に晒された胸の中心は明らかなくらい尖り、それを自覚して呼吸が荒くなってゆく。
「私、これでは駄目だと……。妻失格だと思い知りました」
「ま、まあ……。そ、そうよね」
反応が過敏すぎる。どう考えてもおかしかった。
淫らな自分をティラミスに悟られまいと、頭の中に難しい国法の数々を列べて、気を少しでも紛らわそうとするがちっとも効果が無い。
それどころか、背後で喋るティラミスの吐息にすら反応して、腰が小刻みに何度も跳ねる。
背筋をゾクゾクとした快感が貫いて、それ等は腰の奥に蓄えられ、今や見ずとも、触らずとも解るくらいに欲望の源泉を溢れさせていた。
例えるなら、それは二回、三回と立て続けに至ってこそ、辿り着く境地。
いきなり身体がこうも反応する筈が無く、やはり異常と言うしかなかった。
「今日、一日……。随分と悩みました。どうやったら、ニート様も満足して貰えるのかを……。
でも、幾ら考えても解らなくて……。それなら、一人より二人。お姉様も一緒ならって思い付いたんです」
「へっ!? ……ま、まさか、貴方っ!?」
そして、その異常の正体が遂に判明する。
これは『媚薬』だ。今、告げられた切なさと哀しさが入り混じった声を先読み、ティラミスの意図が私の考えた通りなら間違いない。
この全身丸ごとが剥き出しの性感帯となり、肌へ当たる微風にすら反応してしまう感覚。
王都の大学へ通っていた頃、友人達が恋話の中で盛り上がっていた『媚薬』の症状と今の身体の状態が合致する。
ただ、全身に力が入らないのは『媚薬』と睡眠導引の丸薬と酒を一緒に服用してしまったが為の弊害ではなかろうか。
こんな症状は友人達も言っていなかったし、先ほどのティラミスの発言からもこの症状は予想外の出来事だと推測が出来る。
だが、本当にティラミスが『媚薬』を盛ったのだろうか。
そう自分自身で仮説に至りながらも信じられず、視線を背後に向けて、その目を愕然と見開いた。
男性との経験はここまで女を変えるものなのか。
同性の私ですら胸をドキリと跳ねさせる妖艶な微笑みが、初めて見る妹の姿がそこにあった。
「最初はララノアさんをお呼びしようと思ったんですけど……。
正直、ああも乱れた姿を晒すのはまだ抵抗が……。それなら、気心の知れたお姉様の方が良いかなっと」
「キャっ!?」
その隙を突き、背後に立つティラミスが両膝を素早く曲げて、私の膝裏を打った。
所謂、『膝かっくん』にバランスが崩れ、それを反射的に保とうとするも腰に力が入らず、そのまま膝が床に落ちて、上半身が前倒しに倒れた瞬間、戦慄が走った。
何故ならば、今の私は床に上半身を俯せながらも膝は曲げ、お尻をティラミスへ突き出した状態。
尚かつ、チュニックを脱がされて、ブラジャーも脱がされた状態なら、次に起こるであろう展開は目に見えていた。
この上、パンツまで脱がされて、ソレを知られてしまったら、私の姉としての威厳は大失墜する。
それだけは絶対に避けなければならず、せめてもの抵抗に横倒れようと試みるが、それより先にティラミスの両手がパンツに伸びた。
「いや、待ちなさいよ! どうして、私が! 何が良いかな、よ!」
こうなったら手段は唯一自由な口を使っての抵抗しかない。
烈火の如く怒鳴ると、ティラミスのパンツを下げる手が止まり、胸をホッと撫で下ろすも束の間。
「だって、お姉様……。ニート様の事がお好きでしょ?」
「……え゛っ!?」
その予想もしていなかった反撃が私を黙らせる。
せっかく燃やした怒りの炎も瞬く間に鎮火してしまい、上になっているお尻から火照った背筋へ冷や汗がタラリと流れる。
「以前はそうでも無かったみたいですけど……。
去年の秋辺りからですか? ニート様を目で追っては良く溜息を切なそうに吐いていますよね?」
「な、何、言ってるの? あ、あなたの勘違いよ。わ、私がそんな筈……。」
「隠したって無駄ですよ? どうせ、お姉様の事ですから、こんな事を考えていたんでしょ?
自分さえ、我慢すれば良いとか……。一生、自分の気持ちを明かすつもりは無いとか……。ニート様のお傍に居て、それをずっと見守っていられたら満足だとか!」
「う゛っ……。」
振り返れないが、振り返らずとも解るくらい後頭部に突き刺さる鋭い視線。
毛並みの良い床の絨毯に顔を埋めながら必死に反論するが、秘めていた胸の内をズバリと暴露されて言い返せずに口籠もる。
「私達、ずっと一緒だったじゃない! 姉妹でしょ! どうして、悩んでいるなら悩んでいるで相談してくれなかったの!」
その途端、ティラミスの態度が変わった。
言葉遣いから丁寧さが消え、本気で怒っているのが解り、少し混じった涙声に気付かされる。
私がニート様へ対する想いで悩んでいた様に、ティラミスもまた私のニート様へ対する想いに気付いて悩み、私が打ち明けてくるのを待っていたと。
「だって……。」
しかし、私にも言えない理由があった。
ティラミスは私を姉と呼んでいるが、やはり他者から見たら私達の関係は主従である。
もし、ティラミスに相談していたら、きっと受け入れてくれただろう。
ニート様は妾が既に三人も居り、抵抗は少ない筈だ。私の想いを喜んで応援してくれるに違いない。
ニート様も想いを打ち明けたら、きっと受け入れてくれただろう。
出会った当初から視線を良く感じていた。それが特に胸やお尻へ向けられており、女としての興味を持ってくれているのを知っていた。
だからこそ、ティラミスの相手に相応しくないと嫌ってもいた。
だが、私がニート様の妾となったら他者はそれをどう思うか。
本音を明かすと、それが何よりも怖かった。今より妬まれるのが怖くて、怖くて堪らなかった。
「だっても、ヘチマも無い!」
「だ、駄目!」
ところが、ティラミスはパンツを一気に膝まで下ろす事によって、私の言い訳を強引に封じた。
鏡を使わない限り、自分自身ですらソコは見えない秘中の秘が丸見えとなった羞恥のあまり目を力強く瞑ると、たまらず涙がホロリと零れた。
なにしろ、体勢が体勢なら、状態も状態である。
幾ら姉妹とは言えども、ソレを息がかかるほどの間近で見られているのだから涙も出てくる。
驚いているのか、呆れているのか。それとも、その両方か。
ティラミスは言葉を失い、パンツを下ろした体勢のままで固まっていた。頼むから、何か喋って欲しかった。
「ほ、ほら! な、何だかんだでこんなに期待しているじゃない! お、お姉様のむっつりスケベ!」
「ち、違う! こ、これはあなたが薬を……。」
「ええ、盛ったわよ! お酒の中に媚薬をね!
でもね! 人の心を薬で操るなんて、無理なの! 本人にその気が無ければね!」
「……そ、そうなの?」
「そうなの! ふぅ……。これで良しっと」
どれくらいの時が流れたのか、永遠にも感じられた時の果て。
ティラミスは復活すると、それまでの遅れを取り戻すかの様にパンツを、靴を、靴下を次々と脱がしてゆき、とうとう一糸纏わぬ生まれたままの姿となってしまう。
最早、覚悟を決めるしか無かった。
全裸という頼りなさ過ぎる姿に気弱となり、そう思った矢先、頭に閃くものがあった。
「……負けたわ。ええ、そうよ。
あなたの言う通り、私はニート様が好き……。愛しているわ」
「なら、お姉様!」
「ええ……。でも、その前にお願いがあるの。聞いて貰えるかしら?」
「はい、もちろんです!」
私とティラミスがこれほど騒いでいるにも関わらず、それを誰も気付かず、部屋へ入って来ないのはおかしい。
ここ、オータク侯爵家家族棟フロアは男子禁制となっているが、階段の昇降口があるフロアの端に警備室が有り、夜でも不寝番を行っている女性騎士一人と侍女二人が待機しており、廊下を定期的に巡回している筈なのだ。
間違いなく、これはティラミスと結託している。
今夜、この部屋でどんな騒ぎが起ころうとも、この部屋に入る事は予め禁止されているに違いない。
だが、廊下で騒ぎ立てれば、さすがの彼女達も放ってはおけまい。
その為にも廊下へ出る必要が有り、立つ事もままならない今、ティラミスに連れて行って貰う必要があった。
「実はさっきからトイレへ行きたくって……。連れて行って貰えない? ちょっと飲み過ぎちゃったみたいね」
その思惑を隠して、いかにも恥ずかしそうにティラミスへ向けていた視線を逸らしながら真摯に頼む。
先ほどまで酒を飲んでいた事実が上手い具合に理由になっている。これなら疑いはしまいと心の中でニヤリとほくそ笑む。
「それなら、安心して下さい! 寝室に私のおまるが有りますから、それを使って下さい! お姉様ならちっとも構いません!」
「……えっ!?」
「あっ!? そうですよね! ニート様を幾ら愛していても、それを見られるのは恥ずかしいですよね!
もう、私ったら嬉しくって……。今すぐ、取ってきますから、ほんのちょっとだけ我慢していて下さいね!」
「い、いや……。だ、だからね。そ、そうじゃなくって……。お、おぉ~~い……。」
しかし、絶対の自信があった策は予想外すぎる手段であっさりと瓦解した。
ついでに言うなら、実はトイレへ行きたいのはちょっと事実だった為、先ほど以上の覚悟を決める必要があった。
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「では、一回目が済んだら教えて下さいね。隣で待っていますから」
ティラミスは息絶え絶えとなりながらも私をキングサイズのベットに乗せると、そう言い残して去って行く。
どうやら、いきなり『三人で』という事は無いらしい。思わず安堵の溜息をこっそりと漏らす。
もう覚悟は決めた。
だったら、『初めて』は二人っきりの思い出になる様なモノにしたかった。
キツい女と良く言われるが、私も女である。
ニート様へ対する想いを自覚してからは『初めて』に関してを色々と夢見てきたが、それ等の中に『三人で』はさすがに無かった。
その反面、寝室出入口のドアが閉まり、ティラミスの気配が消えた途端、たちまち不安になってきた。
室内は暗く、ベットサイドテーブルに置かれたキャンドルの小さな灯火のみ。密着をしていれば、お互いの表情も解るが、少しでも離れると、互いの輪郭しか解らない程度の明るさしかなく、ベットの天蓋から垂れ下がっているレースのカーテンの向こうは完全な暗闇に包まれている。
それに加えて、寝室全体に揺らめき漂っている微かな煙と甘さを感じる匂い。
これもティラミスが仕込んだ媚薬の一種なのか。この寝室へ入って以来、身体の火照りは極みに達していた。
「ええっと……。どうしよっか?」
暫くして、聞こえてきた声はすぐ間近。胸が痛いくらいにドキンと高鳴る。
視線と顎先を恐る恐る向けると、手を伸ばせるなら届く位置にニート様が腕を組みながら胡座をかいて座っていた。
勿論、全裸でだ。すぐに視線を天蓋へ戻したが、しっかりと見えた。
口では躊躇っているが、私にちゃんと反応してくれている。それが嬉しくて、もしかしたらと言う最後まで残っていた不安が消えてゆく。
「どうぞ、お好きにして下さい」
「でもさ……。」
「貴方をお慕いしているのは本当です。これ以上、お願いだから恥をかかせないで……。」
ただ、こんな時ですら、私は愛想が無くて刺々しく、ニート様は私の顔色を窺ってばかり。
しかし、夢見ていた理想よりもよっぽど自分達の関係らしくて、思わず笑みがクスリと漏れた。