第07話 炎と風
「そらそらそらそらっ! そらぁぁあああ!」
「なかなか腕を上げたではないか! 嬉しいぞ! 小僧!」
突いて、払って、振って、返す。お互いが勝負開始と共に一足飛び、すぐさま始まった槍の打ち合い。
剣戟の乱舞は速度を次第に増してゆき、今では考えるよりも早く身体が勝手に槍を繰り出していた。
嘗て、おっさんと旅をしていた頃、殺気を交えない稽古ですら、その槍さばきに付いてゆくのがやっとで防戦一方だった。
それが今は見えていた。その一撃、一撃が命を奪うに足りる槍さばきが俺の目にちゃんと映り、時には逆撃を仕掛ける事も可能になっていた。
しかし、俺達は槍術において、師弟関係にある。
お互いの手の内は知り尽くしており、その技は歳と経験を重ねた分、おっさんにどうしても軍配が上がる。
「くぅっ!?」
胸元を狙ってきた突きを弾き落とそうするが、それがフェイント。
本命の巻き払い上げを合わせられ、その抗いきれない鋭い勢いによって、槍を持つ両腕が頭上へ強制的に上げられて、身体も仰け反り、がら空きとなった胸がおっさんの前に晒される。
「ふんぬっ!」
当然、その隙を逃す筈も無い。おっさんが槍を引き戻して、渾身の突きを放つ。
どう足掻いても迎撃は間に合わない。胸元へ真っ直ぐに伸びてくる死がそれを選択させた。
「槍よ!」
槍が俺の願いに応え、強烈な旋風が俺を中心に放たれる。
その凄まじい風圧を身体全体に受け、おっさんは突きを放った体勢のままで半歩ほど後退。胸元へ迫った死の速度が相対的に緩む。
更に加えて、槍の特殊能力が俺の体感時間を間延びさせて狂わせる。
刹那の時が数瞬となり、身体が仰け反っている勢いを利用して、半ば止まってさえ見えるおっさんの槍の穂と柄を繋ぐ部分の口金に振り上げた蹴りを当てる。
「ぬうっ!?」
ここで間延びされた体感時間が通常へと復帰。
おっさんは槍を持つ両腕を頭上へ強制的に上げられ、身体も仰け反らせてながら後方へたたら踏み、今さっきと立場を入れ替えた光景が作り上げられる。
但し、おっさんを相手に今の体勢から攻勢に転じるのは難しい。
蹴りを放った体勢から後方回転。そのまま着地と同時にバックステップを行い、仕切直す為の間合いを広げる。
次の瞬間、野次馬達から悲鳴が一斉にあがった。
その殆どは女性のもの。振り返らなくても、その理由は解っている。
今先ほどの旋風はおっさんを後退させるほどの凄まじい風圧力を持つが、それは間近で喰らった場合のみ。
風だけに俺との距離が離れれば、離れるほど風圧は衰えてゆく。
それでも、野次馬達との距離なら髪を激しく靡かせて、女性のスカートを豪快に捲り上げるくらいは容易い。
今、振り返ったら、とても素敵な光景が確実に見られるのだろうが、残念ながら今は振り返れない。間合いを取ったとは言え、おっさんから意識を一瞬でも逸らせない。
「……小僧、何をした?」
「さてね……。だが、大事なのは結果だろ? 過程なんて、どうでも良いじゃないか?」
おっさんは仰け反った体勢を素早く戻して、茫然と見開いた目をパチパチと瞬き。
無理もない。おっさんから見たら、先ほどの突きは決まったも同然に等しい一撃だった。
それが蓋を開けてみたら、防がれた上に間合いを大きく離されているのだから納得しようが無い。
「そうか……。使ったな? その槍、狡くないか?」
しかし、すぐ有り得ない現実を起こした正体に気付いたらしい。
おっさんが槍を右肩に担ぎながら溜息を深々と漏らして、俺の槍に関してを責め立てる。
「抜かせ! そことそこ! こことここ! 良ぉ~~く見ろ!
最初に使ったのはおっさんの方だろうが! どうしてくれるんだ! これ、一張羅なんだぞ!」
確かに俺が持つ槍の特殊能力はインチキ臭いが、それはおっさんの槍も同じだった。
たまらず反論を叫び、俺が先ほどまで立っていた位置の左右を槍先で指し示した後、続けざまに自分の左右の肩を左手で指さす。
それ等の箇所には焼き焦げた跡が残っていた。
騎士服の左の二の腕の部分に至っては焼き焦げたどころか、半ば焼かれてしまい、内側の布が袖と肩を辛うじて繋げている状態。
そう、俺の槍が風の属性を持つマジックアイテムなら、おっさんの槍は火の属性を持つマジックアイテム。
その刃先が掠めただけでも、この様である。刃が突き刺さったら、その傷口と共に身体の中から炎で焼かれ、突き刺さった場所によってはそれだけで再起不能に陥らせる恐ろしい逸品である。
おっさんとの初めての出会った戦場は今でも色鮮やかに憶えている。
いや、忘れられる筈が無い。当時、あの場に居合わて、今も生きている者なら、誰もがあの戦場を死ぬまで忘れられないだろう。
なにしろ、挟撃で混乱しきっていたとは言え、一万を超す兵士達に対して正面からの一騎駆け。
途中、おっさんは馬を失っても突き進む勢いは衰えさせず、目の前に立ち塞がる敵を次から次へと葬ってゆく様はまるで波を掻き分けるが如くだった。
その時、大きな一役を担ったのがおっさんの槍だ。
槍が振るわれる度、その斬線に炎の壁が現れては近寄れず、その切っ先を受けようものなら傷口から炎が身体に燃え広がる。
突きを喰らった者なんて、悲惨の極致。一瞬にして、全身を業火が包み、生きながら焼かれて死んでゆく。
誰だって、そんな死に方は嫌だ。
指揮官達は怯むなと叫ぶが、誰もが及び腰となり、おっさんの行く手を阻める者は誰一人として居なかった。
だが、正に『一騎当千』の表現が相応しいおっさんと言えども、一万の兵士を相手にして無傷で済む筈が無い。
戦いの後日、俺がおっさんを見つけた時は酷い状態で怪我をしていない箇所は顔と手足の先くらいしかなかった。
有り体に言ったら、良く逃げ延びる事が出来たなと感心するほどの怪我であり、特に左膝の矢傷は酷くて、とても歩ける様な傷ではなかった。
死と隣り合わせの戦場において、興奮が過ぎるあまり受けた傷の痛みを感じなくなる事が多々ある。
例えば、味方の元へ帰り、誰かに指摘されてから腕や足の骨折に初めて気付き、慌てて悲鳴をあげる。戦場では有り触れた笑い話だ。
しかし、それも限界が有る。
その限界を当時は知らず、これが武人かとひたすらに感心するだけだったが、今なら解る。
あの時、おっさんはとっくに限界を超えていた。
だったら、その限界を超え、あれほどの獅子奮迅な戦いが出来たのは何故か。
恐らく、死に瀕した痛みすらも凌駕させる戦意高揚。それがおっさんが持つ槍の特殊能力ではないだろうか。
そう考えると納得が出来るのだ。
一万を超す兵士達に対して、正面から一騎駆けを行うと言う無茶が過ぎる特攻が可能だったのも。
「ケチ臭い事を言うな。
でも、まあ……。そうだな。力と技、その両方を見せて貰ったが及第点だ」
「そいつはどうも」
そして、その特殊能力の封印をいよいよ解くらしい。
気の弱い者なら、それを受けただけで気絶してしまうほどの濃密な殺気。それが槍を構え直したおっさんの内で今まで以上に高まってゆく。
口では非難したが、先ほど指摘した焦げ跡は技だ。
おっさんは左膝に古傷を持っており、それは踏み込みや左右の動きに影響を確実に与えている。
雑兵程度なら問題にならないが、俺を相手に大きなハンデとなる為、おっさんは俺を自分の前方に留めておく必要が有った。
おっさんの技量と老獪さ、槍の特殊能力の三つが合わさった苦肉の策である。
「なら、次は何をするか。……解っているな?」
「もちろん」
「だったら、受けて、防ぎ……。越えてみよ。
次の一撃はこの槍と共に歴代当主が受け継いできた技。オータク侯爵家の歴史だ」
だが、次の一撃は違う。
槍の特殊能力の使用を前提としているが、左膝の古傷を気にする必要が無い一撃。それも身体能力を向上させた全力を超えた一撃となる。
但し、マジックアイテムに秘められた特殊能力の使用は諸刃の剣。
奇跡の代償として引き換えになる倦怠感は凄まじく、その度合いは奇跡の大きさに比例して大きくなり、場合によっては身体の内側がズタズタに破壊されてしまうほど。
実際、それを先ほど使ったが為、何とも無いフリを装ってはいるが、その実は軽い頭痛と眩暈が襲っていた。こうして、減らず口を叩いているのも回復の時間を少しでも稼ぐ為だ。
しかし、おっさんは百が有る内の一だけを残した限界の一撃を放ってくるに違いない。
倦怠感が使用後に襲ってくるからこそ、槍の特殊能力の数打ちとなったら、歳を重ねて、体力が低下している分、おっさんの方が明らかに不利だからである。
「へぇ~~……。そいつは重そうな一撃だな」
おっさんに応えて、こちらも槍を構える。
無論、おっさんが全力全開なら、こちらも全力全開。その瞬間の為に力を溜めながら、おっさんを真っ直ぐに見据えた。
******
「……お姉様」
「しっ!」
俺とおっさんは微動だにせず、槍を構えてから既に結構な時が過ぎていた。
お互い、気合いは極みに達しており、それを貪り喰らう槍が時間の経過と共に発光を強めてゆき、今や俺の槍は緑色に、おっさんの槍は赤い色にはっきりと輝いていた。
これほどの気合いを槍に込めたのはトーリノ関門二年目の戦い以来。
当時との違いを挙げるなら、おっさんという先駆者が身近に居た為、その扱いに随分と慣れ、身体の負担が格段に少ない。
その証拠に当時は身体の穴という穴から血を吹き出してしまったが、今回は胃の奥から血が何度も込み上げてはいたが、その度にソレを飲み込めていた。
難点を言うなら、当時以上の集中力が必須となったが故に眩暈が激しくて、少しでも気を抜いたが最後、確実に気絶してしまいそうな事か。
その上、加えて言うなら扱いに慣れた分、今の槍に溜められている力が解放されたら、どれほどの破壊力が生じるかが解る。
おっさんは先ほど『受けて、防ぎ、越えてみろ』と言ったが、その言葉通りの手段しか俺には残されていない。
何故ならば、俺の背後には野次馬達が居り、数多のヒト達が生活を営んでいるバカルディの街が在る。
もし、俺が一歩でも逃げようものなら野次馬達は消し飛び、バカルディの街は瓦礫の山と化して、甚大な被害が出るのは間違いない。
ところが、この段階に至って尚、おっさんがどんな技を仕掛けてくるのかがまるで見当も付かなかった。
おっさんの構えは槍術の構えとしては極々平凡なもの。左肩を前に半身を向けて、足を肩幅より少し開き、槍の柄を丹田の前に置いて、槍先を微かに下げる。
正しく、構えの到達点『自然体』と言うに他は無く、ありとあらゆる攻撃の可能性を感じられる以上、これはもう所謂『後の先』を取るしかない。
「槍よ! 爆ぜろ!」
それが解っていたに関わらず、この勝負際で致命的なミスを犯してしまう。
何処からともなく飛んできた木の葉が一枚。完全に静止しきった視界の端に捉えたソレへ思わず意識が微かに向いてしまい、即座に失敗を悟るも時既に遅し。
一秒にも満たないコンマゼロゼロの隙を見逃さず、おっさんは仕掛けてきた。
前方で蓄えられていた全ての力が一気に解放されるのを感じて、反射的に叫ぶ。
「槍よ! 疾れ!」
意識を正面へ戻して息を飲む。
俺とおっさんの間にあった距離、約十五メートルが今の僅かな隙で半分も詰められている。
同時に別の意味でも驚く。
どんな凄い技を仕掛けてくると思いきや、おっさんが仕掛けてきた技は槍術の基本中の基本、一足飛んでの突き。とても有り触れたモノだった。
但し、只の突きでは無い。
螺旋の渦を巻く炎を槍先より芽吹かせて、おっさん自身を紅蓮の炎に包み、その背後に進行方向とは逆向きの爆炎を細長い放射状に噴く。
例えるなら、その姿はまるでジェットエンジンの様であり、水平発射された地対地ミサイルの様だった。
それを認識している間もおっさんは更に半分の距離を詰めてくる。
体感時間を狂わせているにも関わらず、この速度である。ヒトが生み出す領域を完全に超えている。
間違いなく、おっさんはより加速している。その見た目通り、爆風によるブースト加速が加わっているのか。
槍の特殊能力を反射的に使って正解だった。
通常の体感時間では、己が絶命した事すら気付かず、この世に一片の痕跡も残さずに燃やし尽くされていたかも知れない。
しかし、自分が死ぬ理由を知って死ぬか、知らずに死ぬか、それだけの違いでしかない。
なら、残された手段はたった一つ。どの道、死ぬなら死地に半歩を踏み入れ、限界を超えて、究極すらも越えた領域へと至るしかない。
「槍よ! もっとだ! 翔ばせっ!」
胃から大量に込み上げてきた血反吐を撒き散らしながら叫び、狂わせている体感時間を更に間延びさせて、その狂いきった時の流れの中でも通常通りに動けるだけの身体能力を上げる。
真っ赤に染まった視界の中、おっさんの動きがスローモーションとなり、全ての力を解放させた次の瞬間。
「わっはっはっはっは! 止めたか! 止めよったか!
だが、その様を見る限り、随分と無理をした様だな! それで保つのか!」
おっさんの突進が目の前で止まった。
だが、その奇跡を成した代償も大きかった。
口の中は血が次から次へと込み上げて、食いしばっている歯の隙間から漏れ、目と耳からも血が流れているのが解った。
槍を突き出している両腕と踏み込んだ両足からは今もブチブチと何かが断ち切れる様な音が鳴っており、その音が鳴る度に激痛が全身に走る。
狂わせた体感時間は既に実際の時の流れに戻っている。
正確には戻されたと言うべきか。たった一瞬とは言えども、その一瞬に入ってきた情報量の多さに頭が耐えきれず、ブレーカーが落ちる様にスイッチが勝手に切られた。
おっさんは瞬きも満たない一瞬の間に満身創痍と化した俺に驚いたのか。
目を見開くが、それは刹那の出来事。燃え盛る紅蓮の炎の中、喉の奥が見えるほどの高笑いを響かして、その炎の火力が更に増す。
「はっ! そっちこそ、もう爺なんだから無理するなよな!
聞いたぞ! 先月、ぎっくり腰になったんだってな! はっはっはっはっはっ!」
しかし、俺が失敗した様におっさんも失敗した。
おっさんは笑うべきでは無かった。その口の中が大量の血で溢れているのがはっきりと見えてしまい、おっさんもまた苦しいのだと知って奮い立つ。
「言ったな! 小僧おおおおおおおおおおおおおおお!」
「言ったぞ! 爺ぃいいいいいいいいいいいいいいい!」
おっさんが身に纏ったのが業火なら、俺が身に纏ったのも旋風。
おっさんが放った技が基本の突きなら、俺が返した技も基本の突き。
今、二本の槍がその刃の先端を寸分違わずに突き合わせて鬩ぎ合っていた。
こうなったら、どちらが最初に根を上げるかの勝負。俺に勝機はまだまだ残っていた。
お互いに相手をねじ伏せようと吠え、これでもかと振り絞った気合いをぶつけ合う。
二本の槍は俺達二人の主人の戦意に応え、ますます風と炎の勢いを大きくしてゆき、その二つの巨大なエネルギーが槍の先端を境界線にして舞い上がる。
「な、なあ……。や、やばくね?」
「に、逃げろぉぉ~~~っ!?」
やがて、それは二重螺旋となって合わさり、天空に巨大な炎の竜巻を形成してゆく。
今更ながら、野次馬達はとんでもない場面に居合わせた事をようやく悟り、てんやわんやの大騒ぎ。この場から我先にと逃げ出し始める。
「ティラミス、こっちよ!」
「はい! ……あっ!? キャっ!?」
そして、その中のたった一人の悲鳴が勝負を決定付けた。
俺とおっさん、双方がそれに思わず気を取られたが、ある要素が明暗をはっきりと分ける結果を生じさせる。
そのある要素とはお互いの立ち位置。
俺は城門と相対しており、城壁の上をサビーネさんに手を引かれて駆ける姫様が躓いて転ぶのが視界の端に見えていた。
だが、おっさんは城門を背にしており、それが見えない。どちらが悲鳴をあげた姫様へ意識を多く割くかなど語るまでもない。
「貰ったぞ!」
風と炎、その力の拮抗が遂に崩れて、風が炎を侵略してゆく。
あとは実父から教わって以来、毎朝の鍛錬で繰り返し行ってきた様に槍を持つ両手首を巻けば良い。
刃と刃が打ち合った剣戟特有のカンという甲高い音が鳴り響き、弾かれたおっさんの槍先が沈む。
その瞬間、天空で渦巻いていた炎の竜巻が散開。晴天の青空に花火を咲かしたかの様に炎の球を幾つも全方位に散らして、バカルディの街の外へ降り注ぐ。
「くっ!?」
風の侵略を止める為、おっさんが槍を再び持ち上げようとするが、そうはさせない。
炎の中に楔打った風を渦巻かせて、その旋風をより細く、より鋭くさせて、炎の領域を侵略する速度を上げてゆくと共におっさんをゆっくりと圧してゆく。
「往けええええええええええええええええええええ!」
「ぐぐぐぐぐっ……。ぐむっ!?」
ここが勝負所と決めて、あらん限りの声で吠える。
槍先の旋風は強烈なまでに渦巻き、ふとおっさんが口の端から血を垂らしたその時だった。
おっさんの抵抗と炎の圧力が一気に緩み、抑えられていた槍の力が解放され、俺自身が旋風に包まれて、突きを放つ一本の槍と化した。
風の刃を周囲に撒き散らして、おっさんを圧しながら一直線に疾風となって突き進み、城門を破壊すると、その先の跳ね橋も破壊して、ようやく止まる。
結局、槍はおっさんに届かなかった。さすが、インランドの槍と称されるだけの事はある。
最後の最後の瞬間、おっさんは勝負を諦めず、口から血を吐き出しながらも槍を両手で持ち上げて、その柄で俺の突きを見事に受けきった。
しかし、それがやっとだったらしい。
立ち止まった際に前方へ放たれた旋風を防ぐ余力は残っておらず、おっさんは身体を『く』の字に曲げながら大地と水平に飛んでゆき、閉じられていたバカルディ城の巨大な玄関扉に激突すると、そのまま俯せになって倒れたまま。
「8……。9……。10……。
よっしゃあああああっ! 俺の勝ちだあああああああああああああああっ!」
これは誰がどう見ても俺の勝ち。
念の為、数をゆっくりと十まで数えてみたが、おっさんはピクリとも動かず、立ち上がってくる気配は無い。
身体を仰け反らせながら天を仰ぎ、力強く握り締めた拳を掲げて、勝利宣言を叫ぶ。
「ニート様! ニート様! ニート様ぁぁぁぁぁっ!」
あとは姫様にプロポーズをして、儀式は終わり。
そう思ったが、ここが俺の限界だった。視界がゆっくりと暗くなってゆき、姫様の悲鳴を耳にしたのを最後、そのまま後ろに倒れて意識を失った。
******
その後、俺は五日間、おっさんは八日間、ベットでの生活を強いられる事となる。
俺とおっさんの勝負が終わった後は儀式どころの騒ぎではなくなり、医者と神官の両方が大慌てでバカルディ城へ駆け付けてくる騒動になったらしい。
翌日、俺が目を醒ますと、姫様は子供の様にわんわんと泣き、俺がベットから起きあがれる様になるまでの間、付きっ切りの看病をしてくれた。
おかげで、姫様から見舞いにすら来て貰えなかったおっさんは拗ねに拗ねまくり。俺が一足早く回復して、見舞いに行ったら散々愚痴られた。
また、城門と跳ね橋を破壊した件について、サビーネさんが大激怒。
ある意味、事の発端を作り、こんな結果を生むとは思わなかったジュリアスは心苦しさを覚えたのか。
俺と姫様の結婚の祝儀代わりに補修費の半分を自分の歳費から出す約束をすると、引きつった笑みを浮かべながら王都へ帰って行った。