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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十章 男爵 百騎長 結婚騒動編
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第03話 心の旅 仰天




「もう一度、聞くぞ? どうして、俺と姫様が婚約者の間柄になっているんだ?」

「だ、誰から、それを……。」

「長女様から、レスボス侯爵から聞いた。俺が兵役へ行った直後、その縁談が持ち込まれたともな」


 瞼の中にまだ残っている涙を右腕の袖で拭うと共に気持ちを切り替えて、おっさんを鋭くギロリと睨み付ける。

 たちまちおっさんは俺との視線を逸らそうと、目線を彼方此方に彷徨わせ始めた。


 今や、これが原因となって、ルシルさんとの仲は修復が難しいくらいに半壊状態。

 自分の知らないところで勝手に決まっていた腹立たしさも有って、納得が出来る明快な答えを聞かない限り、俺の怒りはとても収まりそうになかった。


 トーリノ関門での生活にすっかりと慣れてきた兵役一年目の秋の終わり頃。

 俺と姫様が婚約しているという噂が流れ、その真偽を問われる度、俺は否定を繰り返していたが、噂自体を積極的に消す努力は行わなかった。

 どうせ、酔っぱらったジェックスさんが酒場でバラまいている根も葉もない噂だと考えていたからだ。


 だが、それは違った。実は根も葉も立派に有ったのだ。

 噂が広がった当初はともかく、知っているヒトは知っている程度の小さな噂にも関わらず、その噂は幾ら月日が経っても消えず、何度も再発する為、おかしいとは感じていたが、誰よりも噂の火消しに走るだろうと考えていたおっさんが噂の発生源なのだから消える筈が無い。


 説明するまでもないが、おっさんは俺がコゼットを想っているのを誰よりも知っている。

 あの大樹海からの旅の道中、暇潰しの為、空腹を紛らわせる為、疲労を誤魔化す為、お互いの身の上は飽きるほど語り尽くした。


 だからこそ、外堀を埋めて、俺と姫様の二人が退くに退けない既成事実な状態を作る。

 それがおっさんの狙いに違いない。俺が当事者でなければ、天晴れと褒め称えたくなる見事な策だ。


 俺はトーリノ関門という僻地に居り、その兵役の三年間はどうする事も出来なかった。

 姫様も身体が弱い為、積極的な外出は厳しい。姫様の周囲を口の堅い者で囲めば、その事実が伝わる可能性は極めて低い。


「あの猪娘め……。絶対に黙っていろと何度も念を押したものを……。」


 しかし、面と向かって問い詰めてみたら、この様だ。

 おっさんは苦い顔を背けて舌打ち、あっさりと馬脚を露わした。


「うぉい! 聞こえたぞ! 今、しっかりと聞こえたぞ! さあ、正直にキリキリと吐いて貰おうか!」

「い、いや……。そ、それはだな。な、何と言うか……。」


 勢い良く立ち上がって、テーブルの上に乗せた右足の上に右腕を置きながら身を乗り出す。

 おっさんが身体を仰け反らせて、ちょっとでも俺から逃れようとするが逃さない。その襟首に左手を伸ばして掴み、おっさんの顔を目の前に引き寄せたその時だった。


「……ニート様」

「そうだ! 姫様も何か言ってやって下さい! このおとぼけ髯ダルマに!」


 この場に居るもう一人の犠牲者である姫様が俯きながら声を発した。

 それは平坦な声ではあったが、語尾が微かに震えて、今にも爆発しそうな感情が詰め込まれていた。


 只今、姫様は適齢期ど真ん中のお年頃。

 貴族社会において、大抵は親が子の結婚相手を決めるが、女の子なら誰だって、自分の結婚相手に夢を見るものだ。

 それこそ、実は意中の相手が居り、もしかしたら結婚の約束を交わしているかも知れない。


 だが、おっさんが選んだのはよりにもよって、俺である。

 格の違いに差が有り過ぎて、笑い話にもならない。姫様の怒りは当然だった。


「私では駄目ですか?」

「えっ!?」


 ところが、おっさんを糾弾すると思いきや、姫様の言葉と視線は俺へと向けられた。

 その感情も怒りではなく、哀しみであり、顔を上げた姫様の瞳は今にも零れ落ちそうなくらい涙が溜まっていた。


「私が婚約者では不服ですか? 女として、私はニート様のお眼鏡に適いませんか?」

「ま、まさか、そんな……。で、でも……。えっ!? えっ!? えっ!?」


 予想外の展開に茫然と目が点。

 我が耳を疑うも似た問いかけが姫様から繰り返され、何と返したら良いのかが解らず言葉に詰まる。


 不服なんて有る筈が無かった。

 今日が四年ぶりの再会であり、その四年前も三ヶ月足らずの仲だったが、俺と姫様は文通という手段でずっと繋がっていた。

 本音を明かしてしまえば、好意を持ってはいけない相手だと知りながらも心を惹かれ、姫様から届く手紙をいつも心待ちにしていた事実が有る。


 文通程度でと笑うかも知れないが、それはこの世界の手紙の重さを知らないからだ。

 前の世界は情報社会が発達しており、エアメールやその宛先が離島でない限り、至る所に有るポストに手紙を投函すれば、その翌日か、翌々日には相手に届いてしまう。

 インターネットを介したメールやツイッターなどの手段に至っては数秒だ。相手にあっと言う間に届く。


 だが、この世界は違う。そもそも手紙の配達を生業とする者が居ない。

 それを任務とする軍の『伝令官』は居るが、彼等が運ぶ手紙はあくまで国家に関わるものに限り、私信は運ばない。


 手紙を出すとなったら、その宛先まで販路を持つ行商人に頼まなくてはならず、手間賃という名の多額の費用がかかる。

 但し、行商人は行商こそが本業。あくまで手紙の配達は副業の為、どうしても相手に手紙が届くまでには多くの時間もかかる。


 だからこそ、一枚の羊皮紙に書かれる手紙の内容は厳選に厳選が重ねられる。

 手紙が相手に届く頃を想像して、その一字、一字に想いが込め、無駄な文字は一字たりとも存在せず、書き上げたら書き上げたで何度も何度も読み返す。


 三年間、それを何度も繰り返していれば、手紙の相手が自然と恋しくなる。

 そうで無かったら、三年間も長々と続けられない。手間と暇がかかる作業である為、只の知り合いや軽い友人を相手にしたら、続いても数回が限度だろう。


 しかし、それは俺の視点であって、姫様にも当て嵌まるとは考えていなかった。

 俺が届いた分だけ返事をせっせと書くものだから、姫様は止め時を失ってしまい、律儀に付き合ってくれているのだとばかり思っていた。


「私は……。私はニート様をお慕いしています! 多分、初めて出会った時から!

 だから、お爺様からニート様との婚約の話を聞いた時、本当に嬉しかった! すぐに承諾しました!

 そして、ニート様が帰ってくる今日という日をずっと、ずっと心待ちにしていました!

 その気持ちはニート様もきっと同じだと……。もし、違うと言うのなら、私に手紙をずっと送って下さっていたのは何故ですか! 応えて下さい!」


 姫様は肩を震わせながら両膝の上に置いた手でスカートの生地を握り締めると、溜め込んでいた思いの丈を一気に叫んだ。

 その途中、涙が堰を切ったかの様に次々と零れ落ちたが、その泣き顔を伏せずに俺を真っ向から見据え、尚も自身の熱い想いを伝えた。


「だ、だって、俺はその……。ひ、姫様とは釣り合わないと言うか、何と言うか……。」


 それに引き換えて、俺はしどろもどろに狼狽えて、情けない限り。

 女の姫様にここまでの事をさせておきながら、視線を忙しなく右往左往にキョロキョロと漂わせまくり。姫様との視線が合わせられない。


「うっ……。ううっうっ……。」


 その煮え切らない態度に失望したのだろう。

 とうとう姫様が嗚咽を漏らして、両手で覆い隠した泣き顔を伏せた。


 その瞬間、おっさんの襟首を掴んでいた左手が勢い良く振り払われ、思わず視線を正面へ戻すと、おっさんが口を『へ』の字に結んで猛っていた。

 大事にしている孫娘を目の前で泣かされたのだから、その怒りは当然と言えるが、諸悪の根元はおっさん自身に他ならない。それを棚に上げて、何様のつもりなのか、無性に腹が立って仕方がない。


「もしや、お前の本当の身分を気にしているのか?」

「ちょっ!? そ、それはっ!?」


 ところが、俺が怒鳴るよりも早く、おっさんが口にしてはならない俺の秘密を告げてしまい、目をギョッと見開きながら息を飲む。

 慌てて視線を姫様とサビーネさんの二人へ交互に向けるが、予想に反して、二人の様子は直前と全く変わらず、これっぽっちも驚いていない。逆に一人焦っている俺が滑稽だった。


「安心しろ。ティラミスも、サビーネも、その件に関しては承知している」

「え゛っ!? そ、そうなの? だ、だったら……。」

「元奴隷だから、どうしたと言うのだ。

 今のお前は陛下が認めた直臣。男爵の爵位も得て、立派な領地持ちではないか」

「で、でもさ……。」


 そんな俺に明かされる衝撃の事実。

 胸をホッと撫で下ろすが、すぐに当然の疑問が湧き起こる。

 比べるのもおこがましいほどの身分差が有りながら、姫様は何故に俺との婚約を了承したのか。


 育った村を追放された後、四カ国を渡り歩き、数多くのヒトと出会い、今では自分の容姿がどの程度かは認識している。

 程度で言ったら、上の下か、中の上。美男子でも無ければ、不細工でも無く、普通よりちょい上と言ったところ。


 性格とて、男気が溢れる性格とは決して言えないだろう。

 自覚していながら直せない欠点も多い。特に怒り過ぎると完全に冷静さを失い、我を忘れてしまう点が頂けない。

 それが災いして、前の世界でも、この世界でも大きな失敗を犯してしまい、取り返しが付かない事態を引き起こしている。


 今だって、そうだ。姫様から想いを告げられて、それを素直に受け取る事が出来ずに疑っている。

 前の世界で味わった語るも涙、聞くも涙の悲惨な恋愛経験の数々がどうしても悪い方、悪い方へと考えてしまい、自信を未だに持てないでいた。

 思い返してみれば、この世界では縁に恵まれ、コゼットを初めとして、数人の女性と愛を交わしたが、その最初のアプローチは全てが向こう側からだった。


「なら、教えてやろう。今でこそ、侯爵という立派な地位を得ているが、我がオータク家の祖は山賊の頭領だ。

 高祖様がまだ小さな街の警備隊長だった頃に討伐されて、それを境に心を入れ替え、高祖様の臣下になったと伝えられている。

 だったら、奴隷と山賊。大した違いは無いと思わないか? いや、山賊の方が人様に迷惑をかけている分、奴隷の方がずっとマシだな」


 だが、おっさんは容赦なく攻めてきた。

 俺が大義名分としている姫様との身分差の問題を突き崩す為、恐ろしいほどの極論を展開して、いかに自分が俺と姫様を結び付けようとしているかの本気さを示した。


 驚いて呆れるあまり半開きにした口をパクパクと開閉させる。反論を探すが全く見つからない。

 おっさんが語った極論は詭弁に等しいが、それは決して間違っていなかった。どんな王家だって、最初から王家だった訳ではないのだから。


 援軍を求めて、サビーネさんへ期待の眼差しを向けるが、サビーネさんは顔をプイッと背けた。

 この場に居る事自体がそれを表していると解っていたが、やはりサビーネさんも俺と姫様の婚約に賛成の立場らしい。


 一拍、二拍、三拍と静寂が続き、嗚咽をこらてしゃくりあげる姫様の息遣いだけが部屋に響き渡る。

 居心地の悪い沈黙の中、おっさんが溜息を深々と漏らす。その際の目配せを受けて、サビーネさんが顎先だけを小さく頷かせる。


「お話中のところ、申し訳有りません」

「何だ?」

「姫様の気分が優れないご様子。休憩のお時間を少し頂けますか?」

「そうだな。少し休憩としよう」


 どうやら、おっさんは俺と二人っきりで話がしたいらしい。

 ふと自分がずっと立ったままでいるのに気付き、気持ちを落ち着かせる意味も兼ねて、ソファーに座り戻った。




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