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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十章 男爵 百騎長 結婚騒動編
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第02話 心の旅 焦燥




「コゼットが行方不明っ!?」


 目をこれでもかと見開いて叫び、思わずソファーを蹴って勢い良く立ち上がる。

 その瞬間、目の前の光景が過去のモノであり、今夜の俺が今見ている夢だと気付いた。


「ど、どうして……。な、何でだよっ!?」


 しかし、夢と気付いていながら、その答えをとっくに知っていながら、俺の願望は反映されない。

 一字一句を違えず、当時と同じ問答を繰り返して、目の前の光景は映画のワンシーンの様に再生されてゆく。


 そう、これは今から遡る事、二年前の夏。

 三年間の兵役を終えて、ようやくコゼットと再会が出来る喜びに沸き立ち、バカルディ城へ意気揚々と帰ってきた直後の出来事。


 場所は出入口の扉に鍵がかけられたおっさんの執務室。

 俺達が会話を交わしているのは、おっさんの執務机の隣にあるソファーセット。

 俺がカウチソファーの真ん中に居て、その対面におっさんと姫様が一人掛けのソファーに列んで座り、サビーネさんが姫様の背後に立っている。


 興奮しきっている俺を落ち着かせようとしているのだろう。

 おっさんは腕を組みながらソファーに深く保たれると、敢えて焦らすかの様に一息の間を開けてから口を開いた。


「小僧、お前も知っていよう。今、我が国とミルトン王国の戦いが激化しているのを」

「んっ!? ああ……。」


 ところが、返ってきた応えは脈絡の無い求めている答えとかけ離れたものだった。

 更に激昂しかかり、怒鳴り声が飛び出しそうになったが、その向けられた鋭い眼差しに言葉の先が有るのだと気付いて、眉を寄せながらも頷く。


「なら、これは知っているか?

 ここ、南方領はアレキサンドリア大王国の侵略から国土を守る特命の為、影響を受けていないが……。

 北方領と西方領、その二つは元来の徴兵に加えて、徴兵を終えた予備役にも動員令が次々と出されているのを」


 それはトーリノ関門から王都まで帰ってくる道中、立ち寄った村々で何度も聞かされた嘆き。

 おっさんの口から今先ほどの間を空ける為の一息とは違う溜息が深々と漏れた。


 決して、一概には言えないが、経済とは戦争が発生して、それが激化するほどに特需が発生して潤う。

 今現在の王都の状態が正にそれだ。元々、人口が多い街の為、減った人数が目立たず、市場が賑やかになっている分、不満の声は小さい。


 西方領もミルトン王国戦線に対する軍の往来が特需を発生させているのだろう。

 王都にて、知己を得た西方領の領主達も特に不満をこれと言って漏らしていなかった。


 南方領に至ってはおっさんが今言った通り。

 アレキサンドリア大王国の侵略から国土を守る特命が有る為、王都の好景気が少し零れてきている程度で不満の声は聞こえない。


 しかし、特需の恩恵を受けていない北方領は違う。

 村や街から働き手の男達が少しずつ消えているのに物価だけは高まって、緩やかな不景気傾向に有り、王都から遠ざかるほどに不満は大きい。

 トーリノ関門の常駐兵員数とて、本来の定員を二割も削減され、いざという時に援軍を要請される北方領主達の負担は大きくなるばかり。


「……らしいな。そのおかげで経済活動にも影響が出始めているとも聞いた。

 俺自身、気になって調べてみたら、俺が兵役に行く前と後では王都の物価が確かに上がっている。

 おっさん、俺もこの国の貴族となったからには言わせて貰うが……。これ、早く何とかした方が良いぞ?

 あと五年もしたら、物価が目に見えて高騰し始めるのは間違いない。俺にはまず無理でも、おっさんなら陛下も耳を貸すだろ?」


 新米領主として、この問題はかなり気になっていた。

 ソファーに座り直して、俺なりの見解と提案を告げるが、おっさんは皺を眉間に刻みながら首を左右にゆっくりと振った。


「残念だが、それは無理だ。

 ミルトンとの戦いに関して、儂は敗残の将。悔しいが、戦いの是非を問うほどの強い発言権はもう無い。

 それに宰相等が既に何度も諫言している。

 ミルトン東一帯を得た今、有利な条件を以て、停戦か、休戦を結び、一旦の終止符を打つべきだと……。

 しかし、陛下は渋い顔をするだけ……。その陛下を煽り、甘い汁を吸おうとする者達も多い。

 まあ、半世紀ぶりの大きな戦だ。野心に駆られるのも解るが……。そういう奴等ほど足下を見ておらんからな。困ったものだ」


 だったら、次善策を取るしかない。

 今は良くても、このままの現状が続いたら、この南方領にも大きな影響がいずれ及んでくる。

 その時、南方領を統括するおっさんが屋台骨をしっかりと支えていれば、俺を含む南方領の領主達が受ける影響は少なくて済む。


 なにしろ、俺が賜った領地『コミュショー』は寒村ばかりの僻地。

 その時に備えて、有利な条件を少しでも整えておきたい。今後の領地経営を行ってゆく上で大きな指針となる。


「だったら、麦だ。麦を蓄えて、余裕が有るなら相場を上げない程度に何度も小分けして買い込んでおくべきだ。

 ヒトが生活する上で最も必要となるのは食料なら、戦争で最も消耗するのも食料。まず物価はここから上がる。

 それも突然、ある日を境にして急騰する。何もかもあらゆるモノが次々とだ。

 気付いた時はもう遅い。波に乗れるのはソレを見越していた奴だけ。

 逆に言えば、最初の波に上手く乗りさえすれば、物価の急騰も抑えられるし、儲けを得る事だって、自由自在になる。

 もし、麦を貯め込んでおくのが不安なら、酒にするのも面白い。

 世の中が荒れると、酒の消費は進む。……きっと面白いくらいにバカ売れするぞ?

 但し、足の早いエールは駄目だ。エールは作ったら、作った分だけ消費させないと駄目だからな。

 だから、作るならウイスキーを薦める。これならアテが外れたとしても、貯蔵する事によって、美味さと価値が増す。

 この辺はラム酒で有名だが、ウイスキーを作っている場所も何処かに有るんだろ? 上手くしたら、新しい名産として……。んっ!? どうした?」


 また、王都からバカルディの街までの道中、暇潰しも兼ねて温めていた腹案もあった。

 それを語り、ついつい興に乗るあまり舌が滑らかに動きすぎた結果、喉の渇きを覚えて、テーブルのティーカップに右手を伸ばしたところ、ふとおっさん達の様子が妙なのに気付く。


「いや、お前と一緒に旅をしていた頃を思い出していた。

 相変わらず、金儲けを企むのが上手いと思ってな。……サビーネ、どう思う?」

「はい、驚きました。私の専門では有りませんが、正式に検討をするべき案かと」

「凄い……。凄いです! ニート様、凄いです!」


 おっさんは俺が兵役へ赴いている間に生え揃った顎髭を右手でさすりながら口元を弛め、サビーネさんは信じられないモノを見るかの様に見開いた目で俺を凝視して、何度もパチパチと瞬き。

 姫様に至っては両手を胸の前で組み、俺をただただ大絶賛。これでもかと目をキラキラと輝かせながら何やら頬をほんのりと紅く染めている。


「い、いやぁ~~……。

 ……って、違う! 俺が聞きたいのはコゼットの話だ! どうして、コゼットの話がミルトンとの戦争の話になっているんだ!」


 三人の視線が眩しすぎて、後頭部を照れ隠しに掻くが、話題が完全に別の方向へ向かっているのを今更ながらに気付く。

 思わず叫びながらテーブルを思いっ切り叩いて、再びソファーを蹴って立ち上がる。


「解らんか? 我が方が苦しいという事は相手も苦しいという事だ。

 しかも、ミルトン王国は我が国に国力で劣る。

 五十年前、百年前ならまだしも、双方の拮抗が保たれていたのはあの堅牢なオーガスタ要塞があったからこそだ。

 しかし、その拮抗は破れて、今は領土の三割以上を失い、ミルトン王国は我が国以上の苦境に立たされている。

 コゼット嬢ちゃんを迎えに頼んだ商人の話によると、去年の秋の時点で二度目の国家総動員令が発せられたそうだ」

「こ、国家総動員令……。ま、まさかっ!?」


 だが、丁寧な解説とおっさんが告げた『国家総動員令』のキーワードに全てを察した。

 絶望のあまり声が震えて、半開きとなった口も震え、その中で歯が小さくカチカチと鳴る。


 先ほど『動員令』という言葉が出てきたが、『国家総動員令』は『動員令』など比較にならない非常事態宣言である。

 その名の通り、国家存亡の為、男も女も、老いも若きも、国民全員が兵となり、敵国と戦う。そこに個人の事情など入る余地はこれっぽちも無い。


 俺が育ち、あの事件をきっかけに追放された村はミルトン王国の北西端にある僻地。最前線からは遠く離れており、戦火が及ぶ可能性は有り得ない。

 だからこそ、今まで心配する必要は全く無かったが、国家総動員令が二度も発令されたとなったら、話は大きく変わってくる。


 コゼットは女。即座に兵士として、戦地へ派遣される可能性は極めて低いが、戦争とは戦う者だけが全てでは無い。

 戦う者達を支える者達が居なかったら、前線の維持は出来ない。


 特にコゼットは村長の娘としての教育を受けており、字が読めて、計算も出来る。

 その点を考えたら、俺自身がトーリノ関門でそうだった様に前線基地、後方基地を問わず、何処でも重宝される。


 それが意味するものは一つしかない。

 あの村で今も暮らしている可能性は極めて低いと言う事だ。


「お前が言っていた村、ヒッキィー村だったか……。どうやら廃村となった様だ。

 訪ねた時、その場所はもう誰一人として住んでおらず、放置された村の様子から一年は少なくとも経っていると言っていた。

 それで近隣の村々を巡り、元村民を捜して、その行方を追ったが、辛うじて見つかったのはライアットなる街へ向かったという手掛かりだけ。

 しかし、その街へ行ってみると、証言は確かに幾つか有った筈がコゼット嬢ちゃんの行方は完全に消えてしまい、今度は不思議と手掛かりすら見つからなかったとか」

「そ、そんな……。」


 そして、現実は俺の予想を超えていた。まさか、村そのものが消えているとは思いもしなかった。

 力が膝から抜けて立っていられず、ソファーに座り戻って項垂れる。


 あの忌まわしいエステルの事件を発端として、ただ一つの目的の為に突き進んできた道。

 それがここに至り、唐突に目の前でプッツリと途切れてしまい、周囲は深い霧が立ち込めて、自分がどちらを向いているのかすら解らなくなった。


「これは……。もし、儂がその地の領主だったらの話だ。

 男達は一箇所に出来るだけ集め、ある程度の訓練を施して、要請が有り次第、求められた人数を戦地へ送る。これが一番素早く動けるからな。

 だが、女達は反対に少人数のグループに分けて散らす。

 さっき、お前自身が言った様にヒトが生きてゆくのにも、戦いをするにも食料はどうしても必要になる。

 男達が居なくなった村に女達だけを残しておいても生産力は下がるだけだ。

 なら、安全面も考えて、一纏めにした方が生産力は少しでも補える。

 但し、この統廃合を行う際、二つの村を単純に合わせて、その住民達を一つの村に置く事は出来ん。元の住民と新たな住民で必ず諍いが起こるからだ。

 だから、十の村を五つに減らすとするなら、これを均等に振り分けて、ほぼ新たな村を作る必要がある。この方が最初は面倒でも後々の面倒が少ない。

 ただ言い難いが、正直に言ってしまうと……。この方法を取られていたら、内部の人間はともかくとして、外部の人間がヒトを一人捜すのはまず不可能だ」


 五里霧中とはこの事か。

 淡々と語るおっさんの声を遠くに感じながら、深い深い奈落の底へと落ちてゆく様な感覚に覚える。


 情報社会が発達した前の世界でさえ、その行方が一度でも不明になったらヒトを捜すのは難しい。

 だったら、この世界で行方不明のヒトを捜すとなったら尚更だ。その難易度は何十、何百倍と跳ね上がる。


 挙げ句の果て、最速の交通手段が馬。

 今日はこっちの村、明日はあっちの村と簡単に移動は出来ず、危険も付きまとえば、多額の費用もかかる。


 本気で捜すとなったら、それ行方不明となった者を追う事だけを専従とした者が何人も必要だろう。

 それも十年単位の時間がかかるのを覚悟しなければならない。理性が諦めろと言っていた。


「しかし、コゼット嬢ちゃんをここに連れてくると言ったのは儂自身だ。今も引き続き……。」

「おっさん、頼む! 俺を戦いに行かせてくれ!」

「その行方を……。って、何?」

「俺個人としてはもう行けなくても、インランドの兵としてなら行ける!

 それなら、コゼットを簡単に捜せる筈だ! ああ、俺の手であの村を分捕ってやるよ! 

 丁度、秋に増員を送る予定が有るって話も王都で聞いた! おっさんなら俺一人くらいねじ込めるだろ!」


 だが、何も考えられなくなった暗闇の中に射し込んだ一条の光。

 それが天啓の様に思えてならず、おっさんの言葉を遮り、唾を飛ばして矢継ぎ早に叫ぶ。


「まあ、そうだな。儂一人で無理だったら、あいつの口添えも付ければ、まず通るだろう」

「おおっ!?」

「だが、本当に良いのか? 陛下から賜ったばかりの領地を見ないままで?」

「あっ……。」


 しかし、それは束の間の愚かな喜びに過ぎなかった。

 おっさんが向ける厳しくも鋭い眼差しに気付かされる。絶望と興奮のあまり前ばかりを闇雲に見て、進んできた道をこれっぽっちも顧みていなかった事を。


「小なりとは言え、今のお前は領主だ。

 陛下がお前を任じ、お前もそれを受けたからには、お前の下に多くの領民達が居る事を忘れてはいかん。

 それだけでは無い。お前を慕い、お前に期待して、お前に夢を見て、ここまで付き従ってきた兵達も居る。

 しかも、目を凝らして見れば、その内の一人は嘗ての敵将ではないか。よもや、心服させるとはな。さすがに驚いたぞ。

 それを今、お前は何と言ったかを憶えているか? お前はお前自身が抱えてきた者達を全て投げ捨てて行くと言ったんだ。

 もし、それが本気なら、儂はお前を軽蔑するしかないが……。儂もそろそろ歳だな。多分、聞き間違えたのだろう。

 何故なら、儂は誰よりも知っているからだ。決して、お前がその様な男では無いと……。

 もし、違うと言うのなら、お前は儂と初めで出会った時、儂の命より儂の首を選んでいた筈だ。……違うか? 小僧……。いや、ニートよ」


 おっさんの優しい言葉がささくれ立った心にじんわりと染み渡ってくる。

 堪えきれない涙が止めどなく溢れ、それを見られまいと両肘を膝に突きながら頭を抱える様にして顔を両手で隠す。


 正直に言ったら、迷いも、未練も、まだ有った。

 だが、今歩んでいる道を迷わず進んでゆく決心が付いた。この道を選んだのは自分自身であり、その俺を応援してくれる頼もしい味方も目の前に居るのだから。


「すまん……。さっきのは忘れてくれ。少しどうかしていた。

 コゼットの事はおっさんに任せる。悔しいが、今の俺にはどうする事も出来ない」

「ああ、任せろ。儂が必ず見つけ出してやる」


 あの日、あの時、あの場所でおっさんと出会えて、本当に良かった。

 前世は俺自身が、今世は両親が早々と逝ってしまい、出来なかった親孝行をおっさんへ捧げようと決意した瞬間だった。


「ただ……。」

「……ただ?」


 しかし、その前にどうしても解決せねばならない問題があった。

 満を持して、それを解決する答えを唯一持っているだろうおっさんへ問い質す。


「それなら、どうしてなんだ? いつの間にか、俺と姫様が婚約者の間柄になっているのは?」

「え゛っ!?」


 その途端、おっさんはそれまで浮かべていた慈しみの表情を固まらせると、冷や汗をダラダラと流し始めた。




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