第04話 アイ、憶えていますか?
「ふっ! はっ! ほっ!」
よっぽどの事情が無い限り、朝の目覚めは槍の鍛錬に限る。
何処に居ようと、これだけは変わらない。俺にとって、生活の一部であり、儀式の様なもの。
その水源が何処にあるのかは誰も知らない。
大樹海の果てより流れる本流とジブラー山脈の雪解け水が作る幾つもの支流が集まって交わる地。
ここ、南方領西域最大の都市『ポーンシュ』は大河『ラムズ川』のほとりに栄える河川の港街である。
俺の領地『コミュショー』からおっさんの居城がある街『バカルディ』までの旅は馬車で二週間前後、徒歩で二十日前後を必要とする。
その逆は更に三日から十日はプラスされる。これは行きが全体的に下り勾配が多いに対して、帰りは全体的に登り勾配が多いからだ。
ところが、コミュショーの領内にも流れているラムズ川の支流の一つを利用して、船下りを行えば、このポーンシュの街まで三日で到着する。
その上、この街から出港している数多の奴隷達が櫂を漕いで川を突き進む大型船に乗り、季節風が運良く加わると、バカルディはたったの一日で到着。合計して、旅程を四日にまで縮められる。
但し、欠点も幾つかあり、旅程を縮められるのはあくまで往路のみ。
ポーンシュからコミュショーの復路は流れが急な箇所が幾つも有り、漕いで上るのは不可能であり、常に街道が川沿いにあるとも限らず、馬で引くなどの方法も取れない。
たまに買い取り手が居る事もあるが、コミュショーからポーンシュまで下ってきた小舟は基本的に使い捨て。端材として使うにも嵩張り、ゴミとして燃やすしかない。
このポーンシュから出港している大型船も復路は川を遡る以上、どうしても速度は遅い。
それでも、三日か、四日。馬車や徒歩に比べたら断然に早いが、今度は運賃の高さ故に対費用効果が合わず、それなら日数はかかっても馬車で帰ってくる方が安上がりになる。
ここまで説明すれば、どうして『ポーンシュ』に居るのかがもう解っただろう。
ハーリがバカルディへ帰還するのと入れ違い、おっさんから遊びに来いとの手紙が届き、俺はバカルディへ向かう途に今現在あった。
「ふっ! はっ! ほっ! ……ふぅっ!」
槍を振るうのを止めて、一息をついた途端、汗が一気に噴き出す。
さすが、夏真っ盛り。汗が至る所から滴り落ちて、まるで土砂降りの雨の中をダンスでも踊ったかの様な状態。
額を右腕で拭うが、汗は次から次へと滴り、その失われてゆく水分を求めて、喉が強烈な乾きを覚える。
すぐ隣にある井戸の蓋を開けて、その中に紐が滑車に繋がれた桶を放り込む。
もう待ちきれなかった。やや間を空けて、水を叩く音が聞こえると、桶が井戸の底へ沈みきる前に紐を引っ張る。
水が半分ほど入った桶が再び戻ってくると、井戸の縁に置いて、すぐさま手で掬って飲み干す。
喉がゴクゴクと鳴る。この井戸は深く掘られているせいか、とても冷えており、鍛錬後もあって実に美味い。
一杯、二杯と飲み、三杯目を飲んだところで満足をようやく得て、濡れた口元を拭う。
「うん……。そうだな」
そして、桶にまだ残っている水を井戸へ戻そうとして思い付く。
ここはある雑貨屋の裏庭だが、右隣の宿屋と左隣の武器屋、裏正面の宿屋の四軒で共有して使っている裏庭でもある。
まだ朝食にはかなり早い時間だが、朝が早い商人や冒険者、旅人なら起きていてもおかしくない時間。目が何処かに有るかも知れないし、俺同様に井戸を利用しようと誰かが現れるかも知れない。
しかし、見られて困る様なモノは持っていない。このまま水浴びを行ってしまえば良いと。
前の世界の俺なら驚くべき選択だが、三年間の兵役生活ですっかり慣れてしまった。
なにしろ、トーリノ関門は防御する側である。
先手を基本的に譲り、後手となる事が多い為、戦争が始まり、持ち場を離れられない状況に一旦陥ると、その場で何もかも行わなければならない。
トイレですら、そうだ。男も、女も、用意された酒樽に跨って用を足し、その中身は城壁の上から敵目がけて降り注がれる立派な武器となる。
「……んっ!?」
どうせ、ここまで汗を掻いたら、洗濯は必至。少しくらい汚れたところで問題は無い。
服を乱雑に地面へ脱ぎ捨てて、全てを晒す。微風が火照った身体に気持ち良い。
早速、頭の上に持ち上げた桶をひっくり返す。
これがまた格別な爽快感。冷えた地下水が身を引き締め、俺のアレもキュッと引き締まり、可愛らしい子供サイズに縮む。
今一度、それを味わうべく井戸の中に桶を放り込み、今度は桶が井戸の底に沈みきるのを待ってから、紐を引っ張っているその時だった。
「ニート様!」
雑貨店の方から何やら廊下をドタバタと慌てて走る音が聞こえた。
思わず何事かと開きっぱなしになっている勝手口の方向へ振り返ると、その音は一旦遠ざかったかと思ったら再び近づき、血相を変えた妙齢の女性が勝手口に姿を現した。
「な゛っ!?」
その姿は俺と同様の一糸纏わぬ全裸。栗色のショートヘアーはボサボサに乱れきって、寝癖がついたまま。
朝っぱらからの衝撃的すぎる光景に目をこれ以上なく見開き、口をポカーンと大きく開ききる。引っ張っていた井戸の紐は手をすっぽ抜けて、水を満載した桶が水面を叩く大きな音が響く。
「……良かった」
ところが、彼女はここが何処なのかを忘れているのか。
それとも、自分の今の姿を認識していないのか。胸をホッと撫で下ろしたかの様に表情を緩めて微笑むと、なんと陽の光の下へと出てきた。
慌てて我に帰ると共に駆ける。
その姿を自分以外の誰かに見せてなるものかと彼女を抱き締めて、そのまま雑貨店の中へ入り、今度は俺が胸をホッと撫で下ろす。
彼女の名前は『リズィー』、ちょっと呼び難いので通称『リズ』、俺がバカルディを初めて訪れた時、俺付きの侍女となってくれた三歳年上のお姉さん。
どうして、そのお姉さんと今、お互いに裸で抱き合っても平気なのかと言えば、つまりはそう言う関係だからだ。
余談だが、この雑貨屋はコミュショー営業部のポーンシュ支店であり、バカルディとコミュショーの間を繋ぐ重要な中間拠点。
リズが店長を務めており、俺がポーンシュへ立ち寄った際の定宿で同行する他の面々も右隣の宿屋に定宿としている。
「ちっとも良くない! そんな格好で……。誰かに見られたら、どうするんだ!」
「だって……。もう行ってしまったのかと……。」
「馬鹿だな。もう黙って居なくなったりはしないよ。いつも声をちゃんとかけているだろ?」
リズのおっぱいは大きい。こうして、抱き合っていると横に、縦に、斜めに、窮屈そうに潰れるほど大きい。
口が裂けても言えないが、この神がヒトに与えた至高と究極を合わせ持った頂きの素晴らしい感触はアリサやララノアでは決して味わえない。
ちなみに、それは随分とご無沙汰になっているルシルさんも同様だった。
ルシルさんの場合、大きさは申し分ないが、根っこの部分に鍛えられた胸筋がある為、その芯と固さが有った。
しかし、リズのおっぱいは百パーセントが女性の柔らかさ。ぽよん、ぽよんである。
当然、アレは俺の意志とは関係なく変貌を遂げてしまう。裸で抱き合っていれば、リズの二つのぽっちが自然と当たり、その柔らかさを意識せずにはおれず、変貌を遂げない方がおかしい。
「だけど……。あっ!?」
まずリズがソレに気付いた。
思わずといった様子で下を向き、それにやや遅れて、自分自身の変貌に気付く。
それは未だ止まる気配を見せず、全身から滴らせていた鍛錬後の汗が一斉に冷や汗へと変わった瞬間だった。
「えっ!? ……い、いや、違うんだよ! こ、これはさ……。
そ、そう! あ、朝だから! う、うん、仕方ないと言うか、何と言うか……。んんっ!?」
同時にリズを抱き締めている力をつい緩めてしまったが為、二人の間に出来た隙間でソレが元気一杯に自己主張。リズのお腹辺りで天を突く。
穴が有ったら入りたい恥ずかしさとは正にこの事か。リズの軽挙を窘められない自分の軽挙が何もかもを台無しにしていた。
だが、リズは優しかった。爪先立ちながら唇と唇が触れるだけの短いキス。
しどろもどろになって言い訳をする俺の口を封じて、優しく微笑むと、そのまま俺の耳元で囁いた。
「フフっ……。時間、大丈夫ですよね?」
最早、リズが何を求めているのかは明白だった。
優しい微笑みの向こう側に見え隠れする妖艶さ。胸がドキリと高鳴った。
「そ、そうだね。す、少しくらいなら……。あ、朝は船で摂れば良いしね」
「んっ……。ニート様」
正直なところ、鍛錬の後だけに疲れてはいたが、リズとはたまにしか会えない。
だったら、それに応えるのが男の務め。まずは未だ開けっ放しになっている勝手口のドアを閉めた。