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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第九章 男爵 百騎長 領主奮闘編
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第03話 驚きの白さ




「なるほど……。その手の輩が居るらしいと?」


 木漏れ日が降り注ぐ森の街道。蹄の音をパカポコと鳴らして、五台の荷馬車が連なって進む。

 積み荷は食料と生活必需品。それと万が一に備え、五台目の荷馬車に兵士達が十人。その行き先は一旦廃村となり、今は復活したバルデラ村である。


 この街道も領主に就任した最初の年は酷かった。

 倒木が放置されて、雑草は生い茂り、荒れ放題。雨が三日も続けば、泥でぬかるみ、馬車は通れない。辛うじて、道と呼べる状況だった。

 それを領内の治安維持の為、兵士達を各村へ行き来させる傍ら、街道を少しずつ整備して、ようやく馬車が滞る事が一度も無く進めるまでに至り、立派な街道となった。

 当時、領主館があるモバーエ村からバルデラ村までは三日かかっていた旅程が今では二日となり、途中の一泊がブルーム村で行え、安全な夜を過ごせる様になった意味は大きい。


「ええ、間違い有りません。まだ被害は少ない様ですが、知り合いの何人かが被害に遭っています」

「だったら、任せて下さい。こっちでも何とかしておきますよ。元々、俺達の仕事ですしね」


 その道中、先頭の荷馬車の御者を行いながら、隣に座るハーリと暇潰しの会話を交わす。

 王都の貴族達なら『貴族たる者が平民の真似事を』と御者を行っている俺を馬鹿にするだろうが、ここは王都とは違う。無駄な見栄は必要無い。

 俺の為にわざわざ馬車を用意したら、同行者と馬の維持費がそれだけで増える。ケチ臭いかも知れないが、多額の借金を抱えている俺にとって、こういう小さな節約の積み重ねこそが大事なのだ。


 更に言えば、俺も、ハーリも何かと忙しい身である為、こういった場を利用して話し合うのが時間的な節約にもなる。

 勿論、話題はコミュショー領における営業部拡張計画に関してだ。


 実を言うと、ハーリ自身も俺と同様に営業部の拡張を考えており、それを俺に提案しようと今正にコミュショーへ旅立とうとしていた矢先、俺からの召喚状が届いたとか。

 それが俺の予想よりも随分と早い到着の理由であり、先日の再会時に双方が同じ事を同じタイミングで考えていた事を知って、お互いに随分と笑い合った。


 但し、急な増店はリスクが大きすぎるとも諫められた。

 特に王都とハンブルクは数多の商人が集まり、競争の激しい場所。コミュショー産のチーズ販売の為に行った宣伝『おっさんの一言』も効果は薄い。

 まずはワイハの支店を今年の秋に構えて、王都とハンブルクは販路を確立から、その後は様子を見ながら三年後を目標に支店を構える計画が決まった。

 ハーリ曰く、焦らなくても、コミュショー産のチーズなら既存の商人達が独占している市場に風穴を空ける十分な武器になると太鼓判を押してくれた。


「お願いします。……って、えっ!?」


 ブルーム村を出発して、すぐに森の中へ入り、半日に渡って続いていた森の中の街道。

 それを遂に抜けて、バルデラの村とその背後にそびえ立つジブラー山脈の雄大すぎる絶壁の岩肌が前方に見えた途端、ハーリは目を見開きながら口も半開き、御者台から腰を浮かすほどに驚いた。


 この世界は測量技術が未発達な為、その正確な標高は解らない。

 だが、風さえ吹けば、夏ですら涼しいコミュショーの高原地帯はバカルディとの気温差を考えると、その標高は確実に千メートルを超えているだろう。


 だったら、ジブラー山脈の山々の標高はどれだけになるのか。

 本格的な夏がもうすぐ到来すると言うのに、黒い岩肌は山の中程辺りで境界線が引かれ、それより上を白く染めているソレは明らかに降り積もったままの雪である。

 もしかしたら、最も高い山は四千メートル、五千メートルを超えるのかも知れない。今日の様な雲が一つも無い晴天でも、その山頂は霞んで良く見えない。


 ちなみに、ジブラー山脈は南方領側から見るのと、西方領側から見るのとでは姿が違う。

 ご覧の通り、南方領側は絶壁の岩山が連なり、登る事すら不可能なのに対して、西方領側は普通の山々が連なっているに過ぎない。

 その理由に関して、南方領に広く伝わっている言い伝えがある。


『遙か古の昔、ジブラー山脈を住処とするドラゴンが居たそうな。

 このドラゴン、気性が荒くて、たいそう残虐な性格。度々、山の麓に下りては人間達を困らせて、己に震え上がる人間達を見ては楽しんでいた。

 それを見かねた山の神様が剣を『えい! やあ!』と一振り、ドラゴンは一刀両断され、その時に出来たのがジブラー山脈の岩山なのぢゃよ。めでたし、めでたし』


 前の世界なら、只のお伽噺として済ませてしまうところだが、この世界はファンタジーなモンスター達が実際に居る世界。

 時たま、コミュショーの空を『小さな』と言っても人間大は確実にある翼竜っぽいのが飛んでいる事実も有り、その存在は伝説と化してはいるが、ドラゴンが存在していてもおかしくはない。

 南方領側のジブラー山脈の絶壁とて、その長さは何百キロにも及ぶ。神が行った奇跡と言うなら、そうなのかも知れないと納得してしまう。


 しかし、ハーリが驚いている理由はジブラー山脈の雄大すぎる姿ではない筈だ。

 ハーリが驚いている理由、それは以前に訪れたバルデラ村の急激な発展ぶり。


「どうです? 随分と様変わりしたでしょう?」


 その驚く顔が見たくて、敢えてバルデラ村の変貌は教えていなかった。

 それを成したのは住民達であって、自分の手では無いが、つい我が事の様に誇らしくなり、鼻息をフンスと強く吹き出しての笑顔が自然と浮かぶ。


 嘗て、百人にも満たない人口の半分以上が老人であり、僻地の寒村でしかなかったバルデラ村。

 この村こそ、俺が莫大な借金を背負わされている源であり、将来への大きな希望の源である。


 俺はコミュショーの繁栄の為、領内の会社化という改革を行ったが、コミュショーはどう足掻いても僻地。抜本的な解決にはならない。

 富は増えても、肝心のヒトが集まらなければ、富もいずれは頭打ちとなる。ヒトが集まる要素が必要だった。


 だから、俺は逆に考えた。

 北をジブラー山脈に、西を大樹海に行く手を阻まれている僻地という立地。

 この北か、西のどちらかを開発して、地図の上では接している西方領と道で繋げば良いじゃないかと。


 南方領と西方領を隔て、国土の南東から北東にかけて走るジブラー山脈。

 その存在が有る為、南方領から王都へ至るルートは一つしかない。東を目指して、海が見えたら北上する南方領東周りルートだ。


 だが、ここに南方領の最北西に位置するコミュショーと西方領を結ぶ道。南方領西周りルートが出来たら、どの様な結果を生むか。

 少なくとも、南方領の西側に住む者達にとって、東回りルートを進むか、西回りルートを進むかの選択肢が出来る。


 なら、それは逆側から見た西方領側からも同様である。

 交流も、流通も、今まで王都との往復路しかなかった南方領と西方領と王都が大きな円で結ばれ、コミュショーは南方領の新たな玄関口となり、大きな発展を生む可能性を秘めていた。


 しかし、領地経営の立て直しに今は自転車操業を行う術しかない俺にとって、それは手に余りすぎる大事業。

 おっさんへ資金援助のプレゼンテーションを持ち掛けると、意外にも俺をあまり好いていないとばかり思っていたサビーネさんから好反応が返ってきた。


『我々、南方領の役目はアレキサンドリア大王国に対する防衛です。

 それだけに大樹海とジブラー山脈。この二つの天然の防壁はミルトン王国の目を此方へ向けさせない為にも、どうしても必要です。

 しかし、それは数年前までの話です。我が国はオーガスタ要塞を陥落させた後、その版図を西へ大きく前進させています。

 最早、オーガスタ要塞より東での戦いはまず有り得ず、これからの戦いはオーガスタ要塞より西での戦いとなります。

 なら、大樹海とジブラー山脈に戦略な価値はもう有りません。

 むしろ、ニート様が仰る通り、このどちらかを開発して、西方領と道で繋いだ方が南方領のメリットは様々な面で大きいと考えます』


 しかも、経済に疎いおっさんを説得する為、俺が経済を優先するあまり考えていなかった防衛観念を説き、おっさんの説得に一役を大きく買ってくれた。

 正直、サビーネさんが居なかったら、おっさんはともかくとして、オータク陪臣団の説得は難しかっただろう。


『ニート様の為ではありません! 姫様に頼まれたからです! そこを勘違いしないで下さい!』


 この件に関して、御礼を言った時のサビーネさんの返事がこれだ。

 驚いて、目をキョトンと丸くさせた後、顔を真っ赤に染めながら怒鳴り、その手の趣味の持ち主ならこれだけで何杯もお代わりが頂けそうな言葉を頂いた。


 その後、北のジブラー山脈を開発するか、西の大樹海を開発するかの選択は、俺、おっさん、サビーネさんの満場一致で前者が選ばれた。

 理由は至極明快。大樹海はモンスターが跳梁跋扈する危険な地であり、道が完成したとしても、それを使用する事自体が危険だからである。


 こうして、決まったジブラー山脈の開発。

 即ち、ジブラー山脈の絶壁を掘り進み、西方領と繋がるトンネルを造る作業だが、前述にも言った通り、その作業に割けるだけの人的余裕は俺の領内には無い。


 ましてや、この世界における土木作業の道具はツルハシとスコップ。

 手作業によるトンネル掘りは過酷な重労働であり、危険な作業。領民達どころか、南方領最大の街であるバカルディの街で求人を呼びかけたところでヒトは集まらない。


 だが、この世界にはそう言ったヒトが嫌がる重労働を強制的に行わせるシステムが存在する。

 そう、奴隷制度である。俺はおっさんから借りた金で奴隷を買い、ジブラー山脈に最も近い一旦は廃村としたバルデラ村へ送った。


「ええ……。これほど立派な壁に囲まれた村はそう有りませんよ」

「まあ、トンネルを掘れば、材料の岩は邪魔になるくらい出てきますからね。その置き場に困ってらしいですよ?」


 領主となった一年目の夏の終わり。

 このバルデラ村を初めて訪れた時、長年の風雨によって潰れた家屋が幾つも放置された『寒村』の見本の様な村だった。


 ところが、今は人口が約三百人。村長夫婦の二人と治安維持の為に駐留する兵士の五人以外は全てが奴隷。子供は一人も居ない。

 真新しいログハウスが建ち並び、もうすぐ夕方という時間もあって、幾つもの炊煙が上っていた。


 特に目を惹くのが、ハーリも驚いた村の出入口の門とその左右に延びる石を積み重ねた壁だろう。

 高さはヒトの身長を超えており、これほど立派な防壁は人口が千人、二千人の街でもなかなかお目にかかれない。


 もっとも、まだまだ建造途中。村全体を囲うには長い年月がかかる。

 種を明かしてしまうと、完成しているのは街道に面した正面のみ。今、この村を訪れる外来者はハーリ達くらいしか居ないが、ここをいつか訪れるだろう商人達をハーリの様に驚かせて、この村の将来性を買って貰う思惑が有ったりする。


「らしい? ……もしかして、この壁は奴隷達が自分で?」

「はい、そうです。俺が口出ししたのは村の区割りくらいかな?」

「な゛っ!?」


 だが、この壁に関して、驚く点は素材でもなければ、高さでもない。

 今、ハーリが俺の言葉のニュアンスから目敏く気付いた通り、この壁は俺が造れと命じたものに非ず、奴隷達から自発的に造っても良いかと案が挙がった点に有る。

 尚かつ、壁造りを行っている時間は俺がトンネル掘りに命じた労働時間外。奴隷達による完全な自由意志によるもの。


 何故、過酷な重労働の合間にある貴重な休み時間を割いてまで重労働を更に行うのか。

 恐らく、それはバルデラ村が彼等の村だからであり、その意識が彼等自身にも大きく有るからではなかろうか。


 監視員を立てて、怠ける奴隷は容赦無い鞭の一撃を与えて働かせる。

 奴隷の扱いに関して、そんなイメージが強く有る。話を色々と聞けば、実際にそうらしいが、俺から見たら以ての外と言うしかない。


 貴重な資産を痛めつけて、どうするのか。

 確かに人間の奴隷は安い。亜人と比べたら、格安も格安だ。

 特に俺が買い漁った『中古品』は二束三文。以前、ニャントー達を買った時に付けられていた一人の値段で十人前後も買えた。


 だからと言って、あっさりと潰れてしまったら意味が無い。

 奴隷を消耗品と考えるのなら、より長く保つ方法を考えるべきだ。


 そもそも、嫌々やらされる仕事に意味など無い。

 仕事は雑になり、効率は悪く、怠けたり、手を抜く事を覚え、それを正す為に鞭を打っていたら悪循環は止まらない。


 反対に意欲を燃やせる仕事は良い成果を生み、積極性を生み、競争を生み、好循環が止まらない。

 監視員を立てるコストだって、必要としない。目先の利益に目を眩んだブラックな経営では駄目なのだ。


 まず最初に俺は奴隷の彼等自身に自分達が住む家を造って貰った。

 一軒辺り、二十四人が同居する大所帯だが、雑魚寝するタコ部屋では無い。二段ベットの四人一組とする狭いながらもプライベートがある部屋を与えた。


 食事はたっぷりと摂って貰う。重労働を行うのだから当然である。

 バルデラ村は他の三つの村の領民より実は食料の割り当てが三割ほど多い。酒だって、一週間に一回支給される。


 全ての家が完成したら、いよいよトンネル工事を開始。

 労働体制は一日も早いトンネル開通を目指しての二十四時間シフト体制。六十人前後を一組として、四組を作り、十二時間労働の昼番、夜番、休み、休みのローテーション。

 本当は重労働だけに四組三交代制を採用したかったが、この世界に機械式の時計はまだ発明されていない。日時計と水時計を合わせて計っているが、夜間の計測がどうしても困難な為、このシフト体制を採用した。


 ちなみに、女性を主とする残った約六十人は炊事、洗濯などの雑用を従事して、日勤のみ。

 こちらも日勤とは言え、村に住んでいる約三百人の為に朝から晩まで働く重労働。三日働いたら、一日休むシフト制を採用している。


 しかし、陽が昇ったら起きて、陽が沈んだら眠る。

 それが当たり前のこの世界において、このシフト制は理解され難く、交代制とは言え、常に働きっぱなしのイメージばかりが浮かんだらしい。

 このシフト体制を告げるや否や、奴隷達の表情に絶望感が広がり、『俺達を殺す気か!』と自分の立場を忘れて怒鳴った者すら居た。


 だが、それ等の不満を無視して、トンネル工事をいざ開始させると、たちまち奴隷達の不満は戸惑いと驚きに変わった。

 当然である。ローテーションに従い、働く事を命じられたのはシフトの一組のみであり、二組は夜に備えて寝ろと命じられ、三組と四組に至っては突然の休日を与えられたのだから。


 やがて、ローテーションが三回も回ると、文句を言う者は誰も居なくなり、俺へ感謝を告げる者が現れ始めた。

 戦奴として、幾人かの奴隷所有主を知っているニャントーの話によると、奴隷に休日を与える奴隷所有主は俺以外に見た事が無いとか。


 そして、トンネル工事開始から一ヶ月後。そろそろ、最初のやる気に衰えが見え始めた頃、俺は満を持して告げた。

 トンネルが完成した暁には全員の身分を奴隷から解放して、バルデラ村にそのまま残っても構わなければ、奴隷となる以前に住んでいた村へ帰るのも構わない。または新たな新天地を目指して旅に出るのも良いだろうとその後の自由を約束した。


 その効果は抜群だった。

 誰もが奴隷から解放されるその日を目指して、今日に至るまでトンネル工事の進行状況は最初の一ヶ月目に計った数字より下回った事が一度も無い。

 反対に慣れなどの要因も加わって、数字は伸びを次第に見せており、工事は順調そのものである。


 それに村を守る壁を造りたいといった積極的な発案が挙がってくる様子から考えると、トンネルが完成した後も殆どが村に残ってくれそうな感も有り、領主として万々歳と言うしかない。

 ただ、男性が四人居るのに対して、女性が一人しか居ない現状の男女比率を考えたら、将来は嫁探しという問題がきっと出てくるだろうが。


「おっと……。そんな時間か」

「えっ!? どうしたんですか?」

「まあ、すぐに解ります」


 突如、辺りに響き渡り、盛んに打ち鳴らされる半鐘の音色。

 慌てて手綱を操作して、驚く馬達を宥めながら荷馬車を街道の外に出して停めると、後続の四台も同様に街道の外に出て停まる。

 門の向こう側に見えていた者達も慌てて走り、街道の直線上からヒトの姿が消え、その只ならぬ様子に何も知らないハーリ一人だけが焦り、半鐘の音色が消えると共に耳を両手で塞いだ次の瞬間だった。


「ひゃぁっ!? ……な、何ですか? い、今のは?」


 最初は小さかった爆音。それが連続して、絶え間なく鳴り響きながら、その音を加速的に大きくさせて近づき、最終的にドカーンと轟音を一発。

 刹那の間を空けて、空気の固まりが身体全面を圧した後、前髪が靡いて、おでこが丸見えになるほどの猛烈な突風が駆け抜けてゆき、俺達が先ほど出てきた森の木々の枝を一斉に揺らす。

 ハーリは御者台に座ったまま飛び跳ねて驚き、目を見開ききった茫然としたままの状態で数拍の間を固まった後、戦々恐々といった表情を向けた。


「ファイヤーボールです」

「ファイヤーボール? ……あの魔術の?」

「はい、朝と夕方。ファイヤーボールの爆発力を使って、トンネルを掘り進めているんですよ」

「……えっ!?」


 その問いに口の端をニヤリと吊り上げて応える。

 たちまちハーリは驚きを通り越して、茫然と目が点。目をパチパチと瞬きさせて、言葉を失った。


 ファイヤーボールとは名前の通り、手の内に生み出した火球を投げて、その弾着点に爆発を生じさせる魔術である。

 前の世界でプレイした数々のファンタジーRPGでは名前は違えども、効果は一緒の類似魔法が多い魔法であり、序盤は役立っても、中盤以降は使いどころが無いイメージがある魔法だが、この世界では違う。

 簡易、初級、中級とある難易度の三段階目に属して、ファイヤーボールが唱えられるのは一人前の魔術師の証とも呼ばれており、その威力は術者の力量次第。宮廷魔術師の称号を持つ者のファイヤーボールは堅牢な城壁すら吹き飛ばす。


 それを俺が実際に目の当たりにしたのは去年の戦いだった。

 アレキサンドリア大王国の宮廷魔術師がファイヤーボールを連続で放ち、国境を守る『クーバ砦』の城壁の一角に穴が空いてしまい、そこから侵入してくる敵兵に皆が混乱する中、俺はふと思った。


『あれ? ……これって、トンネルを掘るのに使えるんじゃね?』


 ダイナマイト、大規模な破壊と掘削に用いられる前の世界の道具を彷彿させた。

 だが、この世界において、魔術とは神秘に挑戦する学問であり、戦いを有利にする術であって、それを土木作業に使おうとする者は居なかったらしい。


 戦いが終わり、戦後処理も落ち着いた頃、この件をおっさんへ相談したら、『相変わらず、お前は予想もしない事を考えるな』と喉の奥が見えるほどに大笑い。

 おっさんから紹介された魔術師も、その雇用目的を話した途端、馬鹿にするなと憤慨。小一時間に渡り、魔術という学問がいかに崇高なモノかをくどくどと説教された。


 最終的に冒険者ギルドからも紹介を貰い、何人も断られた末、既に一線から退いた初老の元冒険者がようやく引き受けてくれたが、やはり喜んでという訳では無かった。

 独身の彼は娼館の女性に年甲斐もなく入れ上げ、冒険者時代に稼いだ老後までの蓄えを貢いだ挙げ句に捨てられてしまい、生活に困って故の決断であり、再び冒険者となる為の準備金を稼ぐ半年間だけの契約を念押しされた。


 ところが、契約期間が満了となった先日。領主館を訪れた彼の考えは変わっていた。

 トンネル完成までの継続契約を是非とも結びたい。そう彼の方から申し込んできたのである。

 きっと彼の心の天秤は魔術師のプライドとバルデラ村での生活を計り、後者に傾いたのだろう。

 こちらとしては歓迎すべき提案。笑顔で了承した。


 なにしろ、辺境のド田舎という不便さを除きさえすれば、彼の毎日は優雅なもの。朝と夕方、ファイヤーボールを数回ずつ唱える簡単なお仕事。

 それでいながら、報酬は冒険者ギルドから教えて貰った一般的な冒険者の平均月収の五割り増し。シフト管理や俺との調整で多忙なバルデラ村の村長より高給取り。


 これほど安定した高給な職は他にそう見つからない。

 元々、彼は名の知れた一流手前の冒険者。遺跡や地下迷宮などを巡り、『当たり』を引けば、今の何倍、何十倍、何百倍の月収も夢じゃない。


 だが、世の中のありとあらゆるクジやギャンブルがそうな様に『当たり』の価値が大きくなるに比例して、『ハズレ』の数も大きくなる。

 冒険者稼業は自分の命をチップにした危険な仕事。『ハズレ』を引きでもしたら、命を奪われる可能性だって大いに有り得る。


 余談だが、今は朝夕のみと定めているが、当初の計画では朝夕に限らずの予定だったが、大きな誤算が発生した。

 今、ハーリが驚いた轟音である。夜番に備えた就寝中の者達にとって、これほどの轟音が日中に何発も鳴り響いては安眠妨害も甚だしい。

 その為、朝夕のみと仕方なしに制限したが、彼曰く、この方が効率は逆に良いらしい。


『魔術を使用するには身体の内にある魔力が必要となるが、それは精神力と似て非なるもの。

 されど、魔術を使用するには集中力が必要であり、それは精神力に他ならない。

 そして、魔力は時間の経過と共に回復してゆくが、精神の疲れはそう回復しない。魔術が使えても、精神力が衰えれば、その効果も衰える』


 つまり、下手な数打ちよりも渾身の一撃の方が良い結果を生み、それを行うには時間を置いた方が良い。

 そう言っているのだが、魔術師という人種は何故にわざわざ難解な言葉遊びをしたがるのか。彼以外に出会った魔術師も大抵がそうで意味を理解するのに時間がかかった。


 また、ファイヤーボールが炸裂した際に生じる爆発の衝撃波。

 それがトンネル故に一方向へ集った場合、これほど凄まじいモノになるとは想像もしていなかった。

 最初の一発目の時なんて、完全に無警戒だった為、俺やトンネル内に居た者達全てが外まで吹き飛び、トンネル前に建ててあった作業小屋すら崩壊するアクシデントが有り、怪我人が一人も出なかったのは本当に幸運だった。

 その後、ファイヤーボールを使用する際はトンネル内に掘った横穴に退避。半鐘を鳴らして、トンネル前に居る者達へ警告を行う危険防止策を徹底させている。


 しかし、その二つの以外は俺の思惑通り、トンネル工事の進行は予想以上に早まっている。

 どうして、こんな便利な方法が有りながら放っておいたのかが不思議でならない。まだまだ魔術には可能性が秘めているのではなかろうか。


「くふっ……。魔術をトンネル工事に使うとは恐れ入りました!

 それにしても……。くっくっくっ……。以前から変わっているなと思っていましたが、これ程とは!

 貴方の話に乗って、やっぱり正解だった! わざわざ彼方此方を旅せずとも、貴方に付いて行けば、面白いモノが見れる! 是非、これからもよろしくお願いします!」

「えっ!? あっ!? うん……。それって、褒めてくれてるんだよね?」

「勿論ですよ! コミュショー卿!」

「……そ、そう」


 ハーリが我に帰り、含み笑いながら丸眼鏡を押し上げて、そのレンズをキラリーンと輝かす。

 何故だろうか、もうすぐ夏だと言うのに背筋がブルリと震え、そんなつもりは無いのに顔は引きつり、ハーリから少しでも距離を取ろうと上半身が勝手に仰け反った。




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