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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第八章 第三王子 ジュリアス編
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第03話 英雄の条件



「えっ!? ……う、嘘だろ?」


 下の兄上が初陣を迎えるに辺り、その準備は半年も前から進められていたと聞く。

 会議を何度も重ねて、幾つもの候補地から戦場が定められ、絶対の必勝を期した戦いに動員された総兵数は二万人。

 その内、五千の兵力が直属の麾下として与えられた下の兄上は見事な采配を振るい、堂々たる大将っぷりを披露。インランド王国次代の強さを内外に示した。


 それに比べて、僕は貴族としての成人式である騎士叙任式は済ませたが、初陣の予定は決まっておらず、その話すら出ていなかった。

 だが、三週間ほど前の話。北の国境を守るトーリノ関門が陥落したとの報が届き、王都は大騒ぎ。その援軍体勢が急ピッチで整えられ、一夜明けてみたら僕の初陣が決まっていた。


 しかも、一ヶ月かかる旅程を三週間で進む半ばの強行軍の途中、北方領主達の私兵が加わって、その兵力数は一万を超えたが、王都出発時の兵力は五千である。

 直属の麾下に至っては僕の親衛隊と申し訳程度に付けてくれた兵士達を合わせて、たったの百人。待遇の差に関して、とうの昔に慣れていたが、下の兄上に対する嫉妬が無かったと言ったら嘘になる。


 また、これだけ明確な差が付けられると、嫌が応うにも悟るしかなかった。

 姉上の派閥と下の兄上の派閥。即ち、宮廷と軍部の両方が僕の失敗を望んでおり、あわよくば戦死してくれないかと考えているのだと。


 それが逆に僕を奮起させた。

 僕を失脚させたいが為、敵国の侵略によって、戦い散っていった兵士達や戦火に巻き込まれた民達、それを救おうとこれから援軍に向かう兵士達を利用するなんて許せない。

 ヒトの命を何だと思っているのか、トーリノ関門を絶対に取り返して、見返してやるんだと決意した。


 この事実を知り、先生も駆け付けてくれた。

 正に百人力どころか、千人力。現役時代、個人では一騎当千と謳われ、指揮官としては名将と誉れ高い先生が居れば、何の不安も無かった。


「真に御座います。私もこの作戦を初めて聞いた時、無茶だと思いましたが……。なあ?」

「ええ、これが面白い様に嵌りましてな。最早、敵はあっぷあっぷの状態ですわ」


 ところが、いざ戦場に着いてみれば、もう戦いは九割九分が終わっていた。

 王都の誰もが大苦戦を強いられているとばかり考えていた戦い。それが圧倒的な優勢でだ。


 侵略が遭ったトーリノ地方と領地を隣接する領主、バーランド伯爵とスアリエ子爵。

 僕等よりも早く援軍として到着していた彼等から現在の戦況とそれに至った経緯の作戦内容を聞き、驚きのあまり言葉を失った。

 見開ききった目を隣に向けると、滅多に驚かない先生ですら同様に目を見開ききって驚いていた。


 なにしろ、一か八かの奇策ではあるが、これほど鮮やかな逆転劇は過去の戦記や歴史書の紐を解いて探してもなかなか見つからない。

 つまり、逆に言えば、この戦いは歴史に刻まれるだろう戦いであり、未来へと語り継がれてゆくだろう戦い。その歴史的瞬間に立ち会えた感動と興奮が猛烈に押し寄せてくる。


「凄い! ……凄い、凄い、凄いよ! 凄すぎるよ!」


 気付いたら、ただただ『凄い』と叫んでいた。

 胸が一杯で言葉が見つからず、それしか出てこなかった。


 特筆すべき点は、この歴史的な快挙を成し遂げた立役者が『ニート』である事実だ。

 彼は元猟師。貴族としての教育を受けたのは去年の秋からであり、騎士になったのもつい二ヶ月ほど前の出来事。

 あの先生の『試し』に合格したのだから、類い希な『武』を持っているのだろうが、戦争は一対一の戦いでは無い。


 先生から聞いた話によると、従者はたった一人。この地に知己は一人も居らず、頼れるモノと言ったら、レスボスの名くらいか。

 空手にも等しい状態から騎士達や兵士達の信用を得て、その二千にも満たない兵力を上手く用い、奇策を講じて、万を越える敵兵を翻弄。今現在の圧倒的有利な戦況を勝ち取っている。


 あとは時間の問題。ラクトパスの街に立て篭もっている敵軍へ対して、降伏を促す使者を送るだけで済むに違いない。

 兵糧攻めに遭い、既に敵の士気は底辺にまで下がっている。僕等の援軍が到着した今、もう戦えるだけの気力は残っていない筈だ。


 もし、降伏を拒んだとしても、『トーリノ関門奪還』の報が届けば、それが更なる駄目押しの一手となる。

 予定通りなら、それは間もなくらしい。そちらの別働隊はニートが率いているとの事だから、この分だとほぼ確実だろう。


 それが失敗しても、今現在の兵力差と士気差ならラクトパスの街を落とした勢いに乗って、トーリノ関門を奪還するのは容易い。

 例え、敵軍にも援軍が到着していたとしても、士気は勝ち続けている我々の方が間違いなく高い。心配は要らない。


 もっとも、二倍、三倍の兵力差があったら話は別だが、その心配もあまり無い。

 既に敵は二万以上の兵力を動員している。この上、二万、三万の更なる動員はいかに敵が大国とは言えども国庫が追いつかない筈だ。


 言うまでもなく、これ等もニートの策である。

 ここまで一ヶ月も前に読み切って、僕等の援軍到着時期すらも策の中に盛り込み、二重、三重の備えを用意していたと言うのだから、全く以て、恐れ入るしかない。


 下の兄上との待遇差に嫉妬していた自分が恥ずかしい。

 そう、ニートもこれが初陣である。僕以上に厳しいと言うのすら生温い絶望的な条件下、逃げ出しても決して恥では無い状況で諦めず、知恵を武器に戦う勇気とラクトパスの市民を真っ先に逃がした気高さに感服するしかなかった。


「真に……。凄いと言うしかありませんな。彼と会うのが今から楽しみで仕方が有りませんわ」

「そう言えば、御老の息子さんだとか。さすがですな」

「ふん! 私の出番を取りおって……。」


 しかし、僕達三人に息子を絶賛されて照れ臭いのか。先生は腕を組みながら口をむっつりと固く結ぶと、顔を僕達から背けた。




 ******




「うぇっ!? こ、こんなにぃっ!?」


 戦いが終わり、ニートがトーリノ関門からラクトパスの街へ訪れるのを待って開かれた戦勝評定の場。

 会場となったのは代官屋敷。援軍の総大将たる僕は父の代理を担い、援軍参加者の主だった者達に勲功を次々と告げてゆく。


 こんな大任は初めての経験だが、上手く行っている様だ。

 皆の顔には笑顔が溢れており、それを見ているだけで僕まで心がウキウキと弾んで嬉しくなってくる。


 唯一、気分を沈ませているのはラクトパスの街の『元』代官。

 守るべき民を守らずに逃げ出した罪は重く、その処罰を避けようと僕に賄賂を差し出してきたのも気に入らず、役職を当然の事ながら没収して、騎士階級も平騎士に降格させている。

 一応、男爵の爵位持ち故、それだけに留めたが、彼は王都に帰還した後、再審議が待っており、どうなるかは父の沙汰次第となっている。


 勿論、勲功第一は満場一致でニートが選ばれた。

 その報賞として選ばれたのは現金。敵から得た戦利品の中には国宝級の逸品は無かったが、値千金の一級品な武器や鎧、名馬が有り、僕としてはその中から好きな物を選ばせようとしたが、先生から待ったがかかった。


 先生曰く、彼は既にレスボス家の秘蔵だった槍を所有しており、それに比べたら、一級品程度の武器など霞むらしい。

 鎧も彼が持つ『武』を考えたら、フルプレートメイルは持ち味を殺す事になり、今は所有しているモノで十分。名馬とて、お粗末な馬術では宝の持ち腐れであり、どれを与えても意味が無いとまで言われた。


 それ故、そう言った品を貰った場合の換金価値を加味して、現金オンリーの報賞となった訳だが、どうやら正解だったらしい

 ニートは目の前に置かれた箱を開けると、その中にぎっしりと詰まった金貨の多さに目を白黒させて、本当に貰って良いのかと問い質す様に視線を僕と金貨へ何度も交互に向ける。


「それだけじゃないよ?

 戦時特権法に従い、ジュリアス・デ・シプリア・レーベルマ・インランドの名において命ずる。

 ニート・デ・ドゥーテイ・レスボス、君をトーリノ関門防衛司令官代理とする。……正式な辞令はあとになるけど、引き受けてくれるよね?」


 だが、これこそが報賞の本命。

 それだけで驚いて貰っては困ると満面の笑顔で告げる。


 僕はニートの隣に立ちたかった。

 歴史的な快挙を成し遂げたニートの隣に立てるだけの相応しい男になりたかった。


 僕は第三王子。世間的に見たら、ニートの方が身分は下だが、その人間性はどれを取っても敵わないと騎士叙任式での一件に加えて、今回の戦いで実感した。

 そんな男を僕の下に置いて良い筈が無い。騎士叙任式の数日後、ニートがトーリノ関門へ向かったと先生から聞いた時、何故に僕の親衛隊へ推薦してくれなかったのかと不満を感じたが、今となってはそれで良かった。


 しかし、前述の通り、僕は第三王子。その王族という身分は国が滅ぶか、僕が死ぬまで付いてまわる。

 だから、ニートには僕の立っている位置まで上ってきて貰う必要があった。


 その手始めとして、まずは『トーリノ関門防衛司令官代理』の座に就いて貰う。

 この件を出した時、先生は少し驚いたが反対はしなかった。バーランド伯爵とスアリエ子爵の二人もニートが国境を守ってくれるなら心強いと強く賛成してくれた。


 もしかしたら、王都へ帰った後、姉上の派閥と下の兄上の派閥から反対の意見が出るかも知れない。

 いや、確実に出るだろうが、それを黙らせる自信はあった。それだけの事をニートは為し遂げたのだから。

 本音を言えば、最初は役職名に『代理』も要らないと考えていた。


『抜擢も過ぎると妬みを買います。だが、殿下がそれをお望みなら『代理』を付けるとよろしい。

 そして、来年度になったら、『代理』から『副司令』へと改め、『司令官』は殿下が就くと言うのはいかがですかな?』


 だが、先生から助言があり、その誘惑に勝てなかった。

 まだまだ足りないところだらけの僕だが、その案が実現すれば、形だけでもニートの隣に立てるのだから。


「えっ!? えっ!? ……え゛え゛っ!?」


 ところが、ニートから返ってきた反応は予想外なものだった。

 まずは驚き、次に戸惑い、最後はとても迷惑そうに眉を寄せて、視線を先生へ助けを求める様に向けた。


 どう考えても喜んでいるとは思えない態度。まさか、まさか、出世を嫌がるとは思ってもみなかった。

 普通、これほどの抜擢となったら跳び上がって喜ぶものだ。それとも、功に対して、恩賞が低すぎると言うのだろうか。


 それは有り得ない。辺境と言えども、トーリノ関門は国境を守る最重要拠点であり、ここの防衛司令官職を担えば、将来の出世は約束された様なもの。

 事実、トーリノ関門が建設される以前より、このトーリノ地方を守る司令官職を担った者達は必ず出世して、その後に中央軍の重要職となっている。


 ニートに遅れて、ワンテンポ。

 まずは驚き、次に戸惑い、最後は困惑に眉を寄せて、視線を先生へ助けを求める様に向ける。

 この場において、最も年上で軍歴も有り、軍人の臣位としては最高位とも言える国王直轄の中央軍総司令代理を過去に務めた先生なら、きっと何とかしてくれるだろう期待感があった。


「……殿下」

「何か?」

「少し時間を頂けますかな?」

「許可する」


 僕達に釣られたのか、他の者達の視線も集い、先生が首を左右にやれやれと振りながら溜息を深々と漏らす。

 返ってきた駄目な生徒を叱る冷ややかな眼差しに気圧されるが、頼れるのは先生のみ。戦勝評定の一時休止を許可すると、先生はニートの元へ歩み寄り、その腕を引っ張って、部屋の隅へと向かった。


「おい……。もしや、断るつもりか?」

「だって、有り得ないって……。いきなり防衛司令官代理って何なのさ? 俺、去年まで猟師だったんだけど?」

「あいつから字も書けて、計算も出来ると聞いている。だったら、お前にも務まる仕事だ」

「でもさ……。」


 そして、僕等に背を向けながら何やらヒソヒソと密談を始める二人。

 だが、それほど広くない部屋。ニートも、先生も密談を行っている割には声量を自重しておらず、その会話はほぼ丸聞こえ。


「なぁ~に、ただ偉そうにふんぞり返っているだけの楽な仕事だ。気楽にやったら良い。

 それに辺境とは言え、司令官だ。代理と言っても、来年までお前がトップだ。……女にモテるぞ?」

「マ、マジでっ!?」

「マジだ。大マジだ。数多の司令官職に就いてきた儂が言うのだから間違いない」

「……って、あんな場所でモテても意味が無いだろ!」


 いつも僕に厳しく、第三王子として気高くあれと常に説いてきた先生。

 どの様にして説得するのかと興味津々に耳立てていたら、これだった。思わず顔が引きつる。


 しかも、ニートも抜群の食い付きを見せている。

 どうやら血は争えないらしい。騎士叙任式の時も感じたが、やはり女好きなのだろうか。


「愚か者め! あんな場所だからこそだ! 軍隊において、女の騎士がどれだけ貴重な存在かを良く考えても見ろ!」

「な、なるほどっ!?」

「それとも、何か? これからの三年間、右手だけを頼りに過ごすつもりか?

 あぁ~あ……。虚しい青春だな。それでも、儂の息子か? 情けない……。 

 頼むから、間違っても男色に走るなよ? もし、そうなったら勘当だからな? 街で会っても話しかけるなよ?」

「う゛っ……。俺にはアリサが居るし……。」

「ほう! この短期間で女をもう作ったのか! さすが、儂の息子だ!

 ……で、どんな娘だ? 目の色は? 髪の色は? 何歳なんだ? 可愛い系か? 美人系か?」


 挙げ句の果て、二人の密談は次第に生々しくも下品な方向へと向かい始める。

 ますます顔が引きつり、僕が二人に抱いていた尊敬の念がガラガラと音を立てて崩れてゆく。


 いや、違う。古来、『英雄、色を好む』という言葉が有る。

 二人もきっとそれだ。そうに違いない。そうだと良いな。いやいや、間違いない。


 実を言うと、僕は女性に対する興味が低く、二人の様な感覚を持てず、持てないから理解も出来ない。

 親衛隊の皆も女性の話題を良く挙げるが、その時もいまいち付いてゆけず、曖昧な笑みで誤魔化す事が多い。


 だからと言って、経験が無い訳では無い。

 十三歳となった日から週に二回、その方面の教育を実践で受けている。


 それでも、僕はやはり解らない。

 行為の度、相手に申し訳なさを感じるが、その日にソレを行うのは第三王子としての義務だからというのが本音だ。


 また、彼女はとある伯爵家の未亡人。

 まだ若いのに旦那さんを戦争で亡くしてしまい、領地を持たない宮廷貴族である為、働き手が居ない彼女にとって、それは立派な役目であり、日々の糧を得る手段でもある。


 それに加えて、二人居る子供はまだ幼い。

 どちらかが成人するまでの間、伯爵家世襲の役職は王家預かりの空位となっており、その保証と後ろ盾が役目の報酬に含まれている。


 その為、僕が彼女を拒み、それが何度も重なったら、周囲は彼女が僕の好みから外れていると判断して、彼女は役目から降ろされ、別の女性を役目に就けるだろう。

 だったら、その役目を奪う様な事は出来ないし、どうせなら慣れ親しんだ彼女の方が良い。週に二回、その数字はそう言った事情を考えて出した数字だ。


 しかし、断言するが、僕は男色の趣味は持っていない。

 その証拠に初恋の相手は女性であり、美しい女性が居たら目も奪われたりするが、やはり情熱がいまいち沸かない。


 先生や叔父さんと言った僕に近い人達がそれを心配しているのは知っている。

 それを何とかしようと言うのか、最近はお見合いの数が増えており、放っておいて欲しいというのが本音。僕自身、どうしようもないのだから仕方がない。


「そうだなぁ~~……。どちらかと言えば、可愛い系?

 髪と目は黒、一つ年下で……。なかなか料理が上手くってさ。この前、作ってくれたスープは特に美味かったな」

「ほう、メシウマとはポイントが高いな。……で、肝心のあっちの方はどうなんだ?」

「まあ……。その……。普通?」

「馬鹿者! 普通にも色々と有るだろうが! そこが重要なんだ!」


 それはさておき、話が盛り上がっているところを申し訳ないが、そろそろ二人を止めよう。

 今、話題になっているニートの彼女の名誉の為にもこれ以上は放っておけない。


「ごほんっ! あ~~……。そ、そろそろ、答えは決まったかな?」


 わざとらしく咳払いをして、その是非を改めて問うが、話の盛り上がりから答えは既に解りきっていた。

 但し、この納得のいかなさは何なのだろうか。僕の希望通りとなった筈だが、引きつった顔は暫く戻りそうに無かった。




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