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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第八章 第三王子 ジュリアス編
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第02話 噂の彼




「そうそう、レスボス老の噂は聞いたか?」


 王都から馬車で十日前後の距離にある南方領『ワイハ』の街。

 いつの頃からか、そこはバカンスを楽しむ避寒地として栄え、王都に暮らす者達にとって、冬はワイハで過ごすのが一種のステータスシンボルとなっている。


 つまり、上級貴族といった裕福な者達にのみ許される贅沢である。

 残念ながら、僕が懇意とする者達にワイハを訪れるだけの財力を持つ者は数人しか居ない。


 その為、ワイハを訪れる貴族は姉上の派閥と下の兄上の派閥の者達ばかり。

 そんな場所へ行ったところで窮屈なだけでしかない。罰ゲームと言っても良いだろう。


 そう言った理由から、僕は十三歳となった去年から父達とワイハへ行くのを止めた。

 ベッドから起きあがれないが故にワイハへ行けない上の兄の看病を口実にして、去年から冬を王都で過ごす様になっていた。


 正直に言うと、ワイハの澄み切った海と白くて綺麗な砂浜を思い出して、最初は惜しさと悔しさを感じ、やっぱり行くべきだったと後悔した。

 だが、すぐに気付いた。上級貴族達がほぼ居ない王都は開放感に溢れ、寒さはあってもよっぽど過ごし易いと。


 それこそ、王城から外出しようとしても滅多に首を縦に振らず、『駄目に御座います』としか言わない侍従長も父に付き従い、ワイハへ赴いている為に居ない。

 王城どころか、貴族街も跳び越えて、王都の外にだって、父の代理を預かっている上の兄は仕方ないなと苦笑しながらも外出を許してくれた。


「先生の? ……いや、知らないな。何だろう?」


 そして、それはあと数日で新年を迎える年末の出来事だった。

 数人の騎士達と共に王都の外へ狩りに出かけた帰路。隣を歩く伯父さんから、その噂『ニート』の存在を初めて耳にしたのは。


 余談だが、僕がこの国の第三王子となったが為、その血縁が下町の宿屋の主では世間体が悪いという理由から伯父さんは貴族としての人生を強いられて、男爵となっている。

 一応、領地も下賜されたが、伯父さんの話によると西方領の端の端にある山間の辺境地で収益はマイナスに近いゼロらしい。


 これにより、伯父さんは名前を『ゼベク・デ・シプリア・ヌラトン』と改めている。

 平民としての兵役は既に済んでいたが、騎士修行の名目で三年の兵役を重ねて、十騎長に昇進。僕が十歳になった時から僕の親衛隊長の役目を務めており、この狩りに同行した騎士達も伯父さんが集めてくれた僕の親衛隊の面々である。


「あの『試し』に合格した奴が居るらしいぞ」

「ええっ!? 嘘でしょっ!?」


 遠目に見える王都まで、あと小一時間と言ったところ。

 疲労と退屈を紛らわす、たわいもない噂話と思いきや、それはとんでもない驚きをもたらせた。思わず目を見開きながら伯父さんに顔を勢い良く振り向ける。


 軍人の臣位としては最高位の中央軍総司令代理。

 それを過去に務め、十年ほど前に家督を娘に譲って、隠居。今は僕の剣と軍略の指南役を務めている『ハイレディン・デ・ミディルリ・レスボス』元侯爵。


 齢、六十を越えながらも、武において、未だ負け知らず。

 『剣聖』と呼び讃えられている先生だが、大きな欠点が一つだけあった。


 齢、六十を越えながらも、驚くほどの好色であっちの剣も現役ばりばり。

 去年の夏、僕と同い年の愛人を紹介された時はさすがに開いた口が塞がらなかった。


 種を蒔けば、芽が出るのは自然の摂理。

 若い頃からさんざん浮き名を流していた為、数多くの庶子が存在しており、その数はなんと十四人。


 但し、これは女性限定の数字。家督問題などの諸々の事情があって、先生が正式に認知するのは女性のみ。

 男性の場合、先生と一対一で戦う試練『試し』を行い、それに合格する必要があった。


 しかし、合格基準がどんなモノかは知らないが、その『試し』に合格した者は過去一人も居ない。

 先生の年齢を考えたら、三十年以上。今や、庶子認定の問題を別にして、『剣聖』と名高い先生に勝てたら、インランド王国貴族になれると勘違いした腕自慢の挑戦者達が外国からも訪れるほどになっているが、その悉くが散っている。


 しかも、僕は先生から剣の指導を直々に受けている一人。その化け物じみた強さを良く知っていた。

 夏の終わり頃、先生は『野暮用に出かけて参ります。まあ、すぐに帰ってくるでしょう』と言い残した割にちっとも帰ってこず、その行方をレスボス家に問い質しても解らず、安否をちょっとだけ心配していたが、これを驚かずして何に驚けと言う話。とても信じられなかった。


「あっ!? その話、俺も聞きましたよ」

「俺も、俺も! ワイハから一足早く帰ってきた本家の連中が言っていたから確かな話です」

「俺が馴染みの商人から聞いた話だと、槍を使うとか」


 だが、僕と伯父さんの後ろを歩く騎士達から噂話を裏付ける証言があがる。

 それを口火となって話は盛り上がり、他の面々も続々と会話に加わってくる。


「槍? レスボス家なのにか?」

「それは関係無いだろ。レスボス家は確かに『剣』の家だが、レスボス老の『試し』は剣に限らないって話だからな」

「まあ、剣はこれから学ぶんじゃないのか? 騎士なら、剣はやっぱり必要だからな」


 その表情には驚きと共に興奮があった。

 当然だ。騎士にとって、『武』こそが何よりの要であり、戦働きに繋がるもの。

 あの先生の『試し』に合格した噂の主に対して、興味を持たない方がおかしい。


 勿論、僕も興味を持った。

 しかし、それは皆に比べたら、とても軽いものだった。


 何故ならば、先生は僕の指南役であり、レスボス家の現当主は僕の派閥の一人。強い繋がりがある。

 だったら、遅かれ、早かれ、先生が王都に帰ってきたら、その噂の主を紹介してくれる筈だと考えていた。


「何にせよ、頼もしいじゃないか。レスボス老の眼鏡に適った奴が俺達の仲間になるんだからさ」

「俺達の仲間? ……そうなのか?」

「馬鹿! レスボス老は殿下の御指南役だぞ?

 だったら、そいつも親衛隊へ入るに決まっているだろ? ……そうですよね? 殿下」


 そう、誰かが言った通り、僕の側近として推挙する為にだ。

 そこまで考えが至り、ふと思った。その噂の主は何を思い、何を願い、何を夢見て、先生の『試し』に挑んだのかを。


 平民にとって、貴族という身分は憧れかも知れないが、決して良いモノではない。

 それが平民の血を片方に持つ『庶子』となったら尚更だ。その『庶子』の僕が言うのだから間違いない。


 ましてや、僕が次の国王となる可能性は極めて低く、僕の側近となってしまえば、その前途は多難に満ちている。

 いや、多難どころで済まない筈だ。今はまだ水面下の動きでしかない派閥の争いが本格的に表面化したら、その将来は十中八九の確率で死が待っているに違いない。


 先生の『試し』に合格するほどの武を持つ者なら、他にも道が幾らでも有った筈なのだ。

 僕が諦めてしまった冒険者の道に進むのも悪くない。命の危険はあるのは一緒だが、きっと大成していたに違いない。


 どうして、わざわざ茨の道を選んでしまったのか。

 思わず漏れそうになった同情の溜息を飲み込み、皆に笑顔を返すと、王都から閉門予告を告げる鐘の音が聞こえ、その響きが僕の心から噂の主に対する興味を消してゆく。


「さあ、どうだろう?

 それより、ちょっと急ごうか。閉め出しを食らったら堪らないからね」


 僕の本命は腰に下げた二頭の鴨。

 秋の狩猟祭で用いられる仕込まれたモノとは違い、僕自身が射った正真正銘の野生のソレを見たら、上の兄上がどれほど驚くだろうか。そればかりが心の内を占めていた。




 ******




「ねえ……。彼がそうなんだよね?」


 春を間近に控えて、先生が王都に帰ってくると、王都は噂の主『ニート』の話題で持ちきりとなった。

 貴族も、平民も、王都の住人達はその姿を一目見ようとレスボス侯爵邸をこぞって訪れ、先生の『試し』も遂に出た合格者に続けと例年以上の挑戦者達が集った。


 しかし、どんなに高い身分の者が訪れようが、レスボス家現当主は首を左右に振り、噂の主を見せてくれなかったらしい。

 田舎者故に礼儀作法がまだまだ未熟。不興を買うのが解っている以上、会わせられない。その大義名分を用いて。


 また、僕の予想に反して、先生も噂の主を紹介しようとはしなかった。

 紹介するどころか、まるで話題すら出さないものだから焦れに焦れてしまい、先生が王都に帰ってきてから三度目の授業の際、こちらから思い切って尋ねたほどだ。


『やれやれ、何に気を取られているのかと思えば……。その様な事を気にしていたのですか。

 焦らずとも、あやつも今年の騎士叙任に出席しますから、その席で確かめたらよろしい。……さあ、そんな事より答えはどうなりましたか?』


 だが、この程度の応えしか返ってこず、先生が噂の主の話題を口に出す事はそれっきり無かった。

 ヒトとは不思議なもの。当初、薄い興味しか持っていなかったのが、こうなってくると今度は逆に興味が膨らみ始めるのだから。


 レスボス家現当主も同様だった。

 登城の際を見計らって、あたかも偶然に出会ったのを装い、廊下での会話を何度か交わしてみたが、噂の主の話題を出してくる気配すら無かった。


 父ですら、レスボス家現当主から面会を拒否された噂の主。

 僕がレスボス侯爵邸に赴いたところで会わせて貰えるとは思えず、心をやきもき。


 結局、一ヶ月近くも待たされ、遂に迎えた騎士叙任式の日。

 ようやく噂の主と出会えるとあって、僕は栄誉ある宣誓式の代表宣誓すら上の空となって浮かれていた。


「その筈ですが……。」


 ところが、ところがである。

 宣誓式後の立食パーティ。挨拶を真っ先にしてくるだろうと思っていた噂の主は僕の元を訪れなかった。


 噂の主が真っ先に向かった先は料理が列ぶテーブルであり、ローストビーフの皿。

 皆が派閥の者同士で集い、挨拶を交わし合っている中、社交など目もくれず、そのがつがつと貪り食う姿に思わず茫然と目が点になった。


 只でさえ、その姿が遂に公開され、注目の的となっていた噂の主である。

 それは起こるべきして起こった事件だったのだろう。


 暫くして、下の兄の派閥から噂の主の元へ近づいて行く二人が居た。

 その高慢さを隠さないニヤニヤとした笑みに意図を悟り、思わず舌打つ。


「見て、ご覧よ。あの山盛りになった皿を……。よっぽどの肉好きらしい」

「仕方ないだろ? 所詮、平民上がりの卑しい庶子さ。平民にとって、肉は贅沢らしいからね」


 残念ながら、役者としては大根役者の棒台詞だったが、会場の隅々まで聞こえた声量は合格点。

 それに噂の主を通して、僕も揶揄する一石二鳥なテクニックもなかなか上手いと言える。


 個人的に拍手をあげても良かったが、僕の代わりに憤ってくれている周囲の者達の手前、それは出来ない。

 挑発を仕掛けた下の兄上の派閥から失笑が湧いて、ますます周囲はいきり立ち、とうとう険悪なムードが会場に漂い始める。


 うんざりとした溜息をこっそりと漏らす。

 一生の思い出になる叙任式。今日くらい楽しく過ごせないのかと呆れるが、放置は出来ない。


 正直、僕の面子はどうでも良いが、これを放置したら、僕の為に憤ってくれた者達の面子を潰してしまう。

 どうしたものかと悩んでいると、噂の主が大胆不敵な行動に出た。


「な、何をするっ!?」


 皿とフォークをテーブルに置き、より近くの一人に左手を伸ばすと、その襟首を掴み取ったのである。

 ある意味、それは最も簡単な解決法だが、さすがに暴力沙汰はまずい。叙任式直後の不祥事となったら、爵位剥奪も十分に有り得る。


 だが、噂の主に躊躇いは微塵も感じられなかった。

 気負いがまるで感じられない平然とした表情のまま、その右拳が力を溜める様に背後へ引き絞られ、誰もが目を見開きながら『あっ!?』と口も小さく開いた次の瞬間だった。


「……えっ!?」

「おっと……。これはマナー違反でしたっけ?

 なにせ、平民上がりの卑しい庶子ですから、その辺がちょっとまだ解らないんですよね」


 ぼんくらを殴り飛ばすと思いきや、その首元に巻いているスカーフを右手で引き寄せると、噂の主は汚れた口を拭ってみせた。

 誰もが唖然となった。会場がシーンと静まり返り、給仕を行っている使用人達ですら動きをピタリと止めた。


 なにしろ、ぼんくらの襟首を掴んだ瞬間、噂の主から一気に噴き出た殺気は本物だった。

 あの先生の『試し』に合格した者の一撃。誰もが顎を砕かれたぼんくらの凄惨な姿を思い描き、それが現実になると信じて疑わなかった。

 会場の警備を行っているエリート中のエリートである近衛兵達ですら騙されて、噂の主を止めようと踏み出していた。


 静まり返った会場に響く音。

 それは襟首の拘束を解かれたぼんくらが腰を抜かして、尻餅をつく音だった。

 両腕を呆けた顔の前で交差させて、未だ身構えたままの姿が実に滑稽と言うしかない。


「お~~~い、シェフ! 豚が一匹、ここに逃げ出しているぞぉ~~!」

「な゛っ!?」


 続いて、噂の主はもう一人のぼんくらに対する復讐を決行。

 騎士として、剣を振れるのかすら疑わしい突き出た太鼓腹を左手で指さしながら、右手は口の横に立て、料理が運ばれてくる出入口に向かって、そう叫んだ。


 太っちょのぼんくらは目を見開ききって、絶句。

 顔を憤りに赤く染めるが、先ほどの殺気があってか、拳を握るも何も出来ずに肩をブルブルと震わせるのみ。


 僕の記憶が確かなら、ぼんくらの二人は伯爵家の三男と子爵家の次男。それも生粋の貴族である。

 それに対して、噂の主はレスボス家の長男であっても、庶子。当代の家督継承も済んでおり、判断は難しいところだが、やはり格はぐっと落ちる。

 その点を踏まえ、噂の主がつい数ヶ月前まで平民だった事実を考えると、感嘆すべき糞度胸と言うしかない。


 僕が彼の立場だったら、同じ事はとても出来ない。

 実際、今まで『なあなあ』で済ませてきた。先ほどだって、彼がアクションを起こさなければ、その場を穏便に取り繕って終わらせていたに違いない。


 それが『庶子』の『第三王子』として学んだ僕の処世術。

 幸いにして、僕は紛いなりにも王族。面と向かって、僕を馬鹿に出来る者はそう多くない。

 僕が我慢さえしたら、大抵は丸く収まる。真正面からぶつかり合っても窮屈さが増すだけだと考えていた。


 しかし、それを平然とやってのけた彼の姿に感動を覚えた。

 心が爽快感に満たされてゆくと共に彼へ対する強い憧れを感じた。


「はっはっはっはっはっ! さすがはハイレディンの息子だな! 正に獅子の子よ!」


 すると静寂を打ち破り、父の笑い声が会場に響き渡った。

 叙任式を終えた後、退席した筈だが、何処からか覗いていたらしい。

 噂の主の元へ歩み寄ると、その背中をバシバシと叩いて、愉快そうに談笑を始めた。


 さすが、国王を長年務めてきただけの事はある。

 その正に絶好のタイミングと言える登場に会場の雰囲気が元に戻ってゆく。


 一瞬、父がこちらへ視線を向けてきた。やはり、その役を僕が担うべきだったのだろう。

 言ってみれば、この立食会は貴族社会の縮図であり、今日から成人を迎えた我々にとっての初心者会。見習うべき点は多い。

 ぼんくら二人も国王たる父が登場したとあっては黙って引き下がるしか無い。 


 だが、貴族とは面子を重要視する生き物。

 恐らく、先ほどの一件は貴族達の噂となって瞬く間に広がり、噂の主の株を上げ、その反対にぼんくら二人の株を下げ、彼等が再び浮かび上がってくるのは難しいだろう。

 事実、先ほどまでいた下の兄上の派閥から今は弾き出されて、肩身の狭い思いをしている。自業自得ではあるが、哀れと言うしかない。


 そして、父が再び退席すると、何かを言い含められたのか。

 噂の主は辺りをキョロキョロと見渡すと、挨拶回りを始め、まずは数少ない女性騎士から声を次々とかけている辺り、やはり先生の息子さんだなと苦笑を誘う。


「あっ!? 今度はクリーバ伯爵の次男に?」 

「なあ、クリーバ伯爵はメレディア様の派閥だろ?」

「どうなっているんだ? 滅茶苦茶じゃないか?」


 しかし、それが済んでも、僕のところに来ようとはしない。

 もしかしたら、端っこに居るのがいけないのだろうかと場所をさりげなく何度か移動してみるが、タイミングが悪いと言うか、噂の主は僕が元々居た位置へ、位置へと移動して擦れ違ってばかり。


 やがて、噂の主は再び食事を黙々と取り始めた。

 誰を訪ねても冷たくあしらわれ、その表情をむっつりと不機嫌にさせて。


 気の毒だが、それは当然の結果と言えた。

 レスボス家は僕の派閥色が強すぎる。それを配慮せず、声をかけるなんて、喧嘩を売っているとしか見えない。


 姉上の派閥か、下の兄上の派閥、どちらかに限定するならまだしも、その両方になのだから尚更だ。

 彼の意図が読めない。まさかとは思うが、レスボス家は派閥に関する知識や同期叙任となる貴族子弟の知識を彼に与えなかったのだろうか。


「どうしましょう? 連れてきましょうか?」

「いや……。こっちから行ってみるよ」


 こういった社交の場において、格上は格下からの挨拶を待つ。

 それが古くからの慣例であり、当たり前の常識だが、もう我慢が出来そうになかった。


 隣の者が僕の気持ちを汲んでくれたが断り、僕自身が彼の元へ行こうと決心した。

 それは自ら格を下げる事に繋がるが、そんな事はどうでも良かった。先ほど感じた感動と憧れ、その二つが僕を突き動かした。


「やはぁっ! 君がニート君られ?」


 ところが、とんでもない大失態を演じてしまう。

 彼の背後に立ったところまでは良かったが、意を決して頷こうとした瞬間、僕の気配を感じたのか、不意に噂の主が振り返り、激しすぎる緊張の上にタイミングを外された結果、声を裏返した挙げ句、言葉を噛んでしまったのである。


 お互いに見合い、二人の間に奇妙な間が流れる。

 噂の主は無言。茫然と丸くさせた目をパチパチと瞬き。

 僕もまた無言。痛恨の大失敗に顔を赤く染めながら次の言葉が出てこず、口をアウアウと開閉させる。


「ぶっはっ!? ……ゲホッ、ゲホッ! くっくっくっ……。あっはっはっはっ!

 ゲホッ! ゲホッ、ゲホッ! くくっ……。ゲホッ! ヒィっ!? ヒヒィーーっ!?」


 間もなく、焼きそばを口一杯に頬張っている彼の頬がプルプルと震えたかと思ったら大爆発。

 噂の主は腹を抱えながら笑い、苦しそうに咽せ込むと、食べていた焼きそばがヤバいところに入ったのか、しゃっくりまで併発させる。


「らい丈夫かい? 誰ふぁ、水を!」


 慌てて苦しそうに丸まった彼の背中をさするが、またしても声は裏返り、言葉も噛み噛み。

 一旦、その拍子に笑いを止めるが、噂の主は丸まった背中を上げて、僕の顔を見るなり、今度は身体を仰け反らせての大爆笑。右手は僕を指さしながら、左手は堪らないと言わんばかりに料理が列んでいるテーブルをバシバシと叩きまくり。


「ひっく! ……お、お前、俺を殺す気か! ぶわっはっはっはっはっ!」


 これが僕と『ニート』の最悪とも言える初めての出会い。

 先ほどのぼんくら二人以上に注目を浴びて、僕の面子は完全に潰されたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。


「酷いな……。そこまで笑わなくても良いじゃないか。

 くっくっくっ……。ぷっ!? あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 いつしか、僕も釣られて笑っていた。こんなに心の底から思いっ切り笑ったのはいつ以来だろうと思うほど。

 



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[一言] 伯父さん、伝説の勇者だったりするのかな…
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