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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第八章 第三王子 ジュリアス編
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第01話 父の名は



「えい! やあ! とお!」


 それは突然の出来事だった。

 母さんはまだ若く、その歳の春に二十二歳を迎えたばかり。病気を患っていなければ、怪我も負っておらず、健康そのもの。

 自宅も兼ねて営んでいた宿屋兼酒場。下町でも評判の看板娘として、つい一昨日まで元気に働いていた。


 ところが、昨日の朝。母さんは物言わぬ遺体となって帰ってきた。

 主な死因は斬殺、その姿はとても痛ましいモノだったらしい。衛兵に呼び出されて、母さんの遺体を引き取りに行った伯父さんが帰ってきた時にはもう棺に収められており、その姿を僕に見せるのはあまりに忍びないと見せてはくれなかった。


 だが、当時の僕は六歳。その子供に言葉だけで悟れと言うのが無理な話。

 その為、葬儀と埋葬の両方に参加していながら、僕は母さんが亡くなったという事実を受け入れるどころか、理解すらも出来ずにいた。


 それでも、妙な居心地の悪さだけは子供心に感じていた。

 伯父さんは朝っぱらから酒に溺れて、伯母さんは溜息を零してばかり。

 昼を過ぎても、その調子。そろそろ冒険者達が帰ってくる夕方に備えて、料理などの仕込みを行わなければならないのにだ。


 これは成人後になって解った事だが、どうやら母さんは僕を生んだ後も外妾としての関係を父と結び続けており、父の母に対する寵愛も深かったらしい。

 それに嫉妬したのが嘗ては正妃以上の寵愛を受けていた第二王妃。母さんさえ居なくなれば、父の寵愛が再び戻るに違いないと暗殺を画策して成功するが、父の寵愛を完全に失う結果となり、嫁ぎ元の実家へ送り返された上に幽閉刑となっている。

 伯父さんも、伯母さんも、その真相を未だ知らないが、事情は何となく察していたのではなかろうか。


 なにしろ、母さんが変死体となって見つかったのは貴族街のとある路地裏。

 遺体となって帰ってきた前日、母さんが出かけた時間は王都を区分する各門が閉まる夕方前であり、その門が閉じてしまえば、平民は絶対に貴族街へ入れない。

 だったら、貴族の誰かが母さんの殺害に少なからず関わっているのは確実と言えた。


 しかし、平民にとって、貴族は逆らえない存在。

 理不尽な仕打ちを受けても泣き寝入りをするしかない。例え、それが下らない理由で勘気に触れ、その結果として殺されてもだ。


 だから、商人や兵士なら話は別だが、王都の平民は貴族との関わりを出来るだけ避ける。

 だから、伯父さんは朝っぱらから酒に溺れて、伯母さんは溜息を零してばかり。本当なら叫んで訴えたい文句をぐっと堪えて飲み込み、黙るしかないのである。


 ちなみに、これも後になって聞いた事だが、伯父さんと伯母さんは相手が誰かは知らなかったが、母さん自身の口からある貴族と外妾の関係にあるのを聞かされて知っており、その関係をあまり良く思っていなかったとか。

 だが、母さんが父との逢い引きの度、いつも嬉しそうな笑顔で出かけ、いつも幸せそうな笑顔で帰ってくるのを見ると、あまり強く反対も出来なかったらしい。


「えい! やあ! とお!」


 居心地の悪さに加えて、たまに訪れる弔問客が向けてくる哀れみの視線。

 それが嫌で嫌で堪らず、僕は自宅から逃げ出した。


 そうは言っても、六歳の子供。そのテリトリーは狭い。

 顔見知りの大人達は同様の視線しか向けてくれず、その親から日頃の遊び友達達も言い含められていたに違いない。遊びに誘っても余所余所しく、今日は駄目と断られる始末。


 結局、巡り巡って行き着いた先は自宅の裏庭。

 騎士ごっこ、冒険者ごっこに愛用していた愛剣『穂が抜けた箒の柄』を振り回しての素振り。


 しかし、その一人遊びもすぐに飽きてくる。

 更に付け加えて言うなら、突然の母の死に未だ理解が追いつかなくても周囲の影響を受けて、きっと鬱屈したモノが溜まっていたに違いない。


 いつだったか、宿に泊まった気の良い冒険者から習った剣術の型。

 それが次第に乱れてゆき、ただただ振り回すだけの乱暴なモノとなった挙げ句、鬱屈した心は破壊衝動へと変貌。その剣先の目標をたまたま近くに積み重ねられてあった小麦袋に定める。


「あはっ……。あはは! あはははは!」


 愛剣を打つ度、麻の編み目の小さな隙間から漏れて舞い広がる白い粉。

 何が面白いのか、白い粉が舞えば舞うほどに興はどんどん乗ってゆき、愛剣を夢中になって振り続けた。

 そんな事をしたら、大目玉を食らう結果となるのが解っていながら止められなかった。


 丈夫な麻布とて、同じ箇所を何度も繰り返して叩き続ければ悲鳴をあげる。

 その集中した打点にあった網目は繊維をゆっくりと乱れ綻びてゆき、あと数回も叩いたら突き破るだろうと確信。口に笑みを描きながら愛剣をより渾身の力で振り落とそうとした次の瞬間だった。


「止めよ」

「えっ!?」

「食べ物を粗末にするものではない」

「……ご、ごめんなさい」


 突如、強い抵抗が加わった。それまで思うがままになっていた愛剣がピタリと止まる。

 反射的に頭上を見上げようとするが、逆光を浴びた大きな影が僕を覆うと共に有無を言わせぬ厳しい声で叱られ、今更ながら自分が行っていた不埒に気付いて俯く。


「それにだ。その様に剣を振ったところで手首を痛めるだけ。

 剣を振るにも、槍を突くにも、弓を射るにも、手首は要だ。……冒険者を目指しているのだろ? だったら、手首は大事しろ」

「はい……。うっ、ううっ……。うううっ……。」


 だが、その声は厳しいと同時に暖かくもあった。

 俯いた頭に乗せられた右手から男性の温もりがじんわりと染み渡ってゆき、嗚咽が自然と漏れる。


 どうして、自分が泣いているのかが解らなかった。

 背後に立つ男性の声は明らかに聞き覚えの無い声。叱られたとは言え、初対面の相手を前にして、こうも素直に泣ける自分が不思議だった。


 いや、この頃の僕はまだ何も知らず、何も持っていない只の子供。

 もしかしたら、その純粋さ故に直感で悟ったのかも知れない。その剣ダコが幾つも出来た大きな固い手から伝わってくる温もりが母さんのモノとそっくりなのを。


「泣く奴があるか。男が泣いて良いのは……。

 いや、泣け……。思う存分に泣け。今のお前にはその権利がある」

「ううっ……。うっ……。わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!?」

「……済まない。私の力が足りないばかりに……。」


 そう、これこそが父であり、第二十七代インランド王国国王『メリクリウス・デ・マールス・ケイサー・インランド』との初めての出会い。

 それは同時に僕の身分が下町の小僧からこの国の第三王子へと変わった瞬間でもあった。




 ******




「ほわぁぁ~~~……。」


 当然と言えば、当然だが、六歳の子供に選択肢は与えられず、流されるままに豪華な馬車に乗せられると、僕はその日の内に王城へ連れて行かれた。

 第三王子という身分故に王城の敷地内からの外出を十二歳になるまで許されず、生まれ育った下町を再び訪れるのにまさか六年もの歳月がかかるとは知らず。


 しかし、懐かしさは感じても、寂しさを感じたのは最初の数週間だけだった。

 母さんを亡くした悲しみも合わせて、その寂しさを新たな家族が癒してくれたからだ。


 最初に出会った時の様子は今でも昨日の事の様に良く憶えている。

 父からそこで待っている様に言われた部屋。その絢爛豪華さに圧倒されて、天井から下がる煌びやかなシャンデリアを見上げて魅入り、口を間抜けにポカーンと開け放っていたところ、いきなりオレンジ味の飴玉を口に放り込まれた驚きと共に。


「……って、あむっ!?」

「フフ……。どう? 美味しいでしょ? それ、私のお気に入りのお店で作って貰ったモノなのよ?」


 年長として、僕の世話をしてくれ、一緒にお風呂も入ってくれれば、一緒のベットで寝てもくれ、ホームシックに泣いた僕を慰めてくれた六歳年上の姉。

 第一王女『メレディア・デ・マールス・リーダ・インランド』、規律や礼儀作法に厳しいのは玉に瑕だが、美しくも聡明で誰からも好かれる明るい性格をしており、その笑顔が堪らなく好きだった。


「だからと言って、それは無いかと……。もし、飴玉が喉に詰まったらとは考えなかったのですか?」


 身体は弱いが、読書家で物知り。王城の敷地内から外に出られなくても、外の世界を色々と面白可笑しく教えてくれた五歳年上の兄。

 第一王子『アムリウス・デ・マールス・ランベルグ・インランド』、この頃は車椅子を必要としてはいたが、ベッドから自力で起き上がり、僕との散歩もまだ可能だった。


「……ですよね。いい加減、その後先を考えない癖を直したらどうなんです?

 そんな事だから、嫁の貰い手が見つからないんですよ。……聞きましたよ? 先週のお見合い、また失敗したそうじゃないですか?」


 いつも斜に構えた皮肉屋の毒舌家だが、僕だけには優しく、騎士としてのいろはを教えてくれた三歳年上の兄。

 第二王子『ジェスター・デ・マールス・フォリオ・インランド』、騎士に必要と言われている剣術、槍術、弓術、馬術の四大要素全てに優れ、同世代に負け無しの才能を持つ自慢の兄だった。


「違うわ! 私から断ったのよ! あんな軟弱者、頼まれたって願い下げだわ!」

「ああ、なるほど……。そういう形を取ったんですね。

 国力を考えたら、あちらの方が明らかに格下。だったら、向こうから断るのは難しいか。……で、何回目のお見合いでしたっけ?」

「うるさい! 次こそ、上手くいくわ!」

「そのセリフも何回目でしたっけ?」


 全員、母親が違い、髪の色も、目の色もそれぞれ違うが、僕等は本当に仲が良い姉弟だった。

 いつも笑顔で笑い合い、その幸せがずっと続くと信じて疑わなかった。


「うるさいって言ってるでしょ! 大体、あんたは弟の癖に生意気なのよ!」

「おっと……。危ない、危ない。そのすぐに手を出すヒステリー癖も直した方が良いですね」

「むっきぃぃ~~~っ! ……って、こらっ! 逃げるな!」

「はっはっはっ! ご冗談を……。逃げるなと言われて、逃げない馬鹿が何処にいます?」


 しかし、全ては『だった』の過去形である。

 僕が九歳となるその年の冬と春の変わり目。避寒地のワイハから王城へ帰ってきた数日後、全ての発端となる出来事が起きた。


 年月の経過と共に体調を崩す日が増えつつあった上の兄。

 突然、その上の兄が五日間も意識不明の危篤状態に陥り、その命が一時は危ぶまれる事態が発生。王城どころか、王都全体が大騒ぎとなった。


 なにせ、春は国中の貴族達が王都へ集う季節。タイミングが悪いと言うしかなかった。

 病弱な第一王子とって、王太子の座は重すぎるのではないだろうか。それを誰が最初に言ったのかは解らないが、その声は瞬く間に広がり、貴族達は勿論の事、平民の心にも根付いた。


 そして、その声はこの国を三つに色分ける勢力を生じさせて、ゆっくりと大きく成長してゆく。

 即ち、姉上を次代の王に推す第一王女派、下の兄上を次代の王に推す第二王子派、僕を次代の王に推す第三王子派と呼ばれる派閥の存在である。


「やれやれ、自己紹介もまだなのに済まないね。あの二人、いつもああなんだよ」

「ええっと……。」

「僕はアムリウス、君の兄だ」

「兄? ……僕のお兄さん?」

「ああ、今日から君の兄さんだ。仲良くしよう」


 当然、それは僕等三人の仲にも影響を与えた。

 上の兄との仲は今も変わらないが、姉上と下の兄との関係は次第に疎遠となってゆき、今では廊下で擦れ違っても目線を交わす程度。お互い、必要最低限の言葉しか喋らない関係にまで落ちている。


「はい! 僕はジュリアス、六歳です!」


 僕達が初めて出会った部屋。嘗て、姉弟全員が集い、楽しく会話を交わし合いながら食事を摂っていたダイニングルーム。

 今、その部屋を利用する者は誰も居ない。




 ******




 『刎頚の友』という言葉を知っているだろうか。

 刎頚とは首を刎ねるという意味を持ち、相手の為なら命すら失っても悔いは無いとまで言い切れる深い友情の概念を表す故事に因んだ言葉である。

 戦記や歴史書の紐を解けば、そう例えられた英雄達は何組か存在するが、やはり最も有名なのは無色の騎士と名高いニートとインランド帝国初代皇帝のジュリアス、その二人だろう。


 この言葉はニートとジュリアスの二人が活躍した時代より約二百年前、思想家『ターフセーン』が大陸北東で活躍した英雄達の逸話を書き纏めた史書『四季』の中に登場するシンヨー帝国の宰相『リーンガール』と大将軍『レンパー』の友情を表す故事が起源となっている。

 ところが、その事実を知らず、ニートとジュリアスの友情を表す逸話が起源だと勘違いしている者はとても多い。その理由はやはり知名度の差だろうが、ニートが『大元帥』の座に至った時の逸話もまた正しく『刎頚の友』と呼べるのが勘違いの原因に違いない。


 インランド帝国において、『大元帥』とは領主貴族の私兵を除いた国軍全ての騎士、兵士を指揮する総司令官の座を意味する。

 つまり、それは軍の運用に限ってではあるが、最高権力者たる皇帝と同義の地位である。その為、インランド帝国の前身であるインランド王国が建国して以来、その地位は代々の国王のみが担い、それが国の慣例となっていた。


 だが、その建国以来の慣例すら遂に破り、ニートが初めて臣位として『大元帥』の座に就いた時、当然の事ながら数多の重臣達から反対と不満の声が挙がった。

 それどころか、これに乗じて、ジュリアスのニートに対する寵を削ごうと、ある者がジュリアスの猜疑心を煽ったのだが、これが一笑されて失敗。反対に寵の深さを見せ付けられる結果となったのだが、その時のジュリアスの言葉がこれである。


『あいつが居なければ、私はとうの昔に死んでいた。反逆者の汚名を着せられてだ。

 今、その私が皇帝の座に在り、アレキサンドリアという大国に攻められていながら、この王都でお前達の無駄話に付き合えるのも、あいつが居るからこそだ。

 だったら、あいつが皇帝の座を望むと言うのなら、私は惜しむつもりは無い。この首をあいつに喜んで捧げよう。

 だが、私は知っている。あいつがそれを絶対に望まないと……。良いか? 勘違いをするなよ? 私は知っているのであって、信じているのとは違うのを……。』


 特に最後の『知っている』と『信じている』はジュリアスの猜疑心を煽ってきた重臣に対する憤りが感じられ、同時にニートとジュリアスの二人の仲の深さが良く表されている。

 一方、その煽ってきた重臣の名前は残念ながら記録に残されていないが、その後に反ニート派と呼ばれる勢力が急速に衰えていった事実を合わせて考えると興味は尽きない。


 余談だが、この一件を後に側近から聞かされた時、ニートはただ苦笑するだけで何も応えなかったらしい。

 しかし、その日のニートはいつも以上に猛り、三日後に到着する援軍を待ってから攻撃する筈だった砦を半日足らずで陥落させたとその側近の手記に残されている。




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