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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第七章 男爵 百騎長 王都漫遊編
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第07話 レスボスの懐刀




「はぁっ! ……次ぃっ!」


 篝火が幾つも焚かれ、明々と照らされたレスボス侯爵家屋敷の裏庭。

 その明かりに誘われたのか、夜会さながらの人数が裏庭に今は集っていた。


 但し、この場に正装やドレスを身に纏った貴人、貴婦人は一人も居ない。

 庭に鳴り響くのは楽団が奏でる優雅な調べではなく、剣戟の音であり、それに合わせて踊るのはダンスではなく、剣や槍、斧と言った武器。


 裏庭の中央に作られた闘技場。

 直径が二十メートルほどの円柵の内側で繰り広げられている戦いを酒のツマミにして、集った者達は豚を丸焼きにしたバーべーキューを楽しんでいた。


「何処に行ったかと思えば……。探したぞ?」

「いや、酒は嫌いじゃないんですけど、あまり強くはないので……。」

「ふっ……。お前は人気者だからな。

 しかし、そう言う理由なら、これは持ってくる必要が無かったかな?」


 屋敷二階にあるバルコニーにて、その様子を柵にもたれながら眺めていると、背後から声がした。

 振り返らなくても解る特徴的な声。庭を眺めたまま応えると、長女様は俺の隣に立ち、両手に持っていた片方のマグジョッキを差し出してきた。


「滅相も無い。貴女の酒を断れるほど、俺は偉くありませんよ」


 その中身はエール酒。喉を擽る炭酸のシュワシュワとした刺激が程良く疲れた身体に心地良い。

 マグジョッキの中身半分を飲み干して、息を『ぷっはぁ~』と吐き出す。


「くっ!? ……やぁっ! とぉっ!」


 今、闘技場で戦っている片方はショコラちゃん。現在、十三連勝中。

 若い男達がこぞって、挑戦者として名乗りを挙げ、良いところを見せようと頑張ってはいるが、今のところは惨敗続き。


 さすが、義父の愛弟子と言われるだけの事はある。

 三年前も強かったが、ますます剣の鋭さが増しており、庭に集った者達の中では実力が頭一つは確実に飛び抜けている。


 互角に戦えるのは隣に居る長女様くらいか。

 勝機を見出すとしたら、女性故の体力の無さを突くしかないだろう。

 力で圧すという戦法もあるが、ショコラちゃんと打ち合い、鍔迫り合える者はそう居まい。


「ショコラちゃん、強くなりましたね」

「ああ、そうだな。……だが、お前はもっと強くなった。

 先ほど手合わせをしてみて、それが良く解った。最早、私もだが、アレもお前の足下に及ばんとな」

「いや、それは剣と槍の違いで……。」

「慰める必要は無い。事実だ」


 その感想を思ったままに呟くと、長女様らしからぬ発言が返ってきた。

 目を見開きながら顔を弾かれた様に振り向けると、そこに有ったのは苦笑いを浮かべる長女様の横顔。その初めて見る弱気な姿に思わず言葉を失う。


 だが、長女様の言葉は紛れもない事実だった。

 四年前、最後は立っているのもやっとなくらいに疲労困憊した空手の百人組み手ならぬ、百本決闘。

 今回、それが随分と簡単に終わった。こうして、その後の余興を楽しんでいるのが何よりの証拠である。


 何故、そこまでの違いがあったのかと言えば、所詮は試合。俺には温すぎた。

 長女様やショコラちゃんの様な強敵は戦場にそう居ないが、戦場ではそれが雑兵であっても立ち向かってくる者は一撃、一撃に命を乗せてくる。

 その命懸けの熱気が無い分、戦場とは比べものにならないほど落ち着いていられ、対戦相手の動きが良く見えるという結果に繋がっていた。


 ましてや、戦場とは複数を相手にするのが当たり前の場所。

 それに比べたら、状況を一対一に限定した試合は対戦相手だけに集中すれば良いだけであり、これがもう一つの余裕にもなっていた。


 しかし、やはり義父が不在で百本決闘の対戦者の中に含まれていなかったが最大の要因と言えよう。

 長女様の話によると、地方災害級モンスターである『トロール』がレスボス領の隣で出没したとの報告が有り、その対応の為に俺が王都を訪れる少し前に王都へ一旦は上ったが、すぐにとんぼ返りで領地へ戻ったらしい。


「男爵への陞叙、おめでとう」


 暫く二人の間に沈黙が続いていたが、そのきっかけを作ったのが長女様なら、それを打ち破ったのも長女様だった。

 長女様は喉をゴクゴクと鳴らしながらマグジョッキを呷り、先ほどの俺同様に息を『ぷっはぁ~』と吐き出した。


「あっ……。どうも」

「何だ、その気のない返事は? もっと喜べ?

 私は嬉しいぞ。これでお前と争う必要が無くなったのだからな」


 だが、その向けられた笑顔はエールの苦さだけを味わったかの様に苦みを帯びたまま。

 いつもとは違った意味で調子が狂い、思わず生返事を返して戸惑っていると、その眼が不意に真剣味を帯びて細まった。


「争う? 貴女と? 何の為に? ……下らない。

 俺はね。平穏に生きたいんですよ。平穏に……。ただ、ちょっと友人の揉め事には巻き込まれた様ですけどね。

 まあ、その点でも貴女とは争う必要が無いと安心してたんですけど……。もしかして、違うんですか? 違うと困るんですけど?」


 ようやく、合点がいった。その剣呑さを受け流して、今度はこちらが苦笑い。

 もしかしたら、一ヶ月も挨拶に訪れなかった為、要らぬ疑心暗鬼を生ませていたのかも知れない。


 前の世界風に例えるなら、剣の一族と呼ばれるレスボス家は体育会系に他ならない。

 その為、剣の腕前がそのまま家中の序列となっている傾向が強く、当主は誰よりも強く在るべしの精神が有る。


 ところが、先ほど長女様の長男にして、次期レスボス家の当主である坊ちゃん『ザッハトルテ・デ・ミディルリ・レスボス』と手合わせを行ってみたが、才能がどうとかの以前に優しい性格がネックになっている。

 素振りを見る限りは悪くないのだが、人と対峙した途端、剣を振り切れなくなり、その一振り、一振りに『当たったらどうしよう』という躊躇いが見える。それはそれで得難い美徳と俺は感じるが、このレスボスにおいては欠点にしか映らないのだろう。


 ましてや、ザッハトルテ君はすぐに長女様の後ろに隠れてしまう甘え癖があり、その上に泣き虫でもあるらしい。

 まだ八歳なのだから、それくらい許してやれよと思うが、これもやはりレスボスにおいては軟弱としか映らないのだろう。


 なら、そうした不満を抱えている者達にとって、俺は輝いて見えたに違いない。

 庶子ではあるが、男。あの義父の『試し』を乗り越えた末、この三年間は武勲を恵まれ続け、何処かのお節介さんのおかげで王都での人気は連日がストップ高なのだから。

 難点を挙げるとしたら、俺が得意とする武器が『剣』ではなく、『槍』である点くらいか。


 ここまで思案が至り、ふと思い出した。

 トーリノ関門での二年目の秋以降、レスボス家の陪臣達から挨拶状が季節の変わり目に届く様になっていたが、それはそう言った意味合いを含むモノだったのかも知れないと。


 まだまだ貴族社会を舐めていたと思い知る。

 知らず知らずの内、お家騒動に巻き込まれていたかも知れないなんて勘弁して欲しい。ジュリアスに関する派閥騒動だけでもゲップが出るくらいにお腹一杯だと言うのに。


「ふっ……。はっはっはっはっはっ!

 ああ、そうだな! お前はそう言う奴だったな! すまん、すまん! いきなり変な事を言ったりして! はっはっはっはっはっ!」


 どんな反応が返ってくるかと思いきや、そこはやはり長女様だった。

 つい先ほどまでの重苦しい雰囲気は何処へやら、まずは鼻で一笑いすると、次は喉の奥が見えるほどに大笑い。俺の背中を思いっ切りバシバシと叩きまくる。


 当然、長女様の豪快な笑い声は庭にも聞こえ、何事かと注目が集まり、俺がここで休んでいたのがバレる。

 ここに明かりは無いが、庭は明かりが有る。接待をせずに余興を楽しむ場所としては最高の隠れ家だったのにと溜息をつく。


 早速、知っている何人かが酒と料理を手に持ち、すぐ真下。屋敷の中へと小走りで駆けていった。

 もうすぐ、ここも騒がしくなり、第二会場となるのも時間の問題だろう。


「叔父様ぁぁ~~~っ! 次も勝ちますから、ちゃんと見ていて下さいねぇぇ~~~っ!」


 丁度、闘技場でもショコラちゃんが十四連勝目を決め、こちらに手を大きく振って、ご機嫌にアピール。

 それに笑顔で応え、右手を軽く振り返しながら思う。どうして、あれだけの剣の腕前を持っていて、ショコラちゃんは軍人にならないのだろうか。

 レスボスの家の権威とショコラちゃんの剣の腕が有れば、直臣の騎士となるのは容易い筈であり、その素朴な疑問を長女様に尋ねようとしたその時だった。


「ああ……。なるほど、タマル様か」


 向けられた数多の視線の中、殺気とまでは言わないにしろ、刺々しい強い視線を感じた。

 平然とした何食わぬ表情のまま、視線だけを動かして、その発生源を探ると、毒気を隠すつもりがないのか、その人物は容易く見つかった。


 忙しなく給仕を行っているメイドさん達の陣頭指揮に立つ眼鏡をかけた赤いショートカットの女性。

 彼女こそ、長女様と同じ直系の血筋を持つもう一人『タマル・デ・ミディルリ・レスボス』、レスボス家次女である。


 剣の腕はそこそこでしかないが、レスボス家の中では珍しい知性派。

 あまり政治が得意とは言えず、中央軍第一騎士団の団長を務めるが故に王都をなかなか離れられない長女様に代わり、レスボス領の執政を担っている。


 ただ、何故なのか、俺とは決定的にソリが合わない。

 出会った当初はそうでも無かった筈だが、いつの間にか、廊下で擦れ違っても挨拶すら交わさず、公用以外では言葉も交わさない。そういう関係になっていた。


 先ほどのお家騒動に関する小さな火種。

 長女様にしては勘が鋭いなと感心したが、次女様が絡んでいるなら納得である。

 評判を色々と聞く限り、陰謀家の一面を持っているらしく、性格が豪気で好かれている長女様とは対照的にあまり人気は無い。


「ち、違う! い、いや、そうなんだが、違うんだ!

 あ、あいつはあいつで……。い、家中のいざこざを心配してだな! だ、だから……。

 い、いやいや、違うんだぞ? な、何と言うか……。か、確認だ! そ、そう、確認!

 えっ!? ……あっ!? だ、だからと言って、別に何か含むところがある訳じゃないんだ! た、ただ、あいつはその……。」


 お互いをただ単に見合っているだけだが、俺と次女様の間に生じ始めた不穏な空気を感じたのか。

 慌てて長女様が次女様のフォローに走るが、喋れば、喋るほどに自爆しての泥沼化。それが自分自身でも解っているらしく、より言葉がしどろもどろになってゆく。


 レスボス家の当代は十六姉妹と唯一の男である俺を足して、十七人姉弟となる。

 これだけの人数が居たら、俺と次女様の関係まではいかないにしろ、相性が悪い者同士は当然の事ながら居る。

 それが目立った不和も無く、家中が平穏なのは偏に『姉弟は仲良く』をモットーとする長女様の存在によるところが非常に大きい。


「良いですよ。タマル様の心配も解りますから」


 その努力を俺達は知っており、この時ばかりは俺と次女様の心は重なった。

 これ以上、長女様を困らせるのは止めようと視線をどちらともなく逸らして、俺と次女様の間にあった不穏な空気も霧散する。


 ちなみに、俺と次女様はソリが合わないだけであって、決して嫌い合ってはいない。

 どちらも嫌い合う前に積極的な接触を止めている。


「そうか! なら、良いんだ! だったら、次の質問だ!」

「くっくっくっ……。はいはい、どうぞ? 何でも応えますよ?」


 見た目にも明らかに胸をホッと撫で下ろす長女様。

 その様子が妙におかしくて堪らず、肩を振るわせて笑う。

 

 この時、俺は油断していた。

 苦手な長女様から一本を取った様な気がして、完全に油断していた。だから、二つ返事で軽く安請け合いもした。


「だったら、ちゃんと説明して貰うぞ?

 ルシル・デ・コルセイオ・エスカ……。彼女とはどういう関係だ?」

「……えっ!?」


 まさか、まかさ、その名前が長女様の口から飛び出すとは思ってもみず、俺の心臓は痛いくらいにドキリと高鳴った。




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