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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第七章 男爵 百騎長 王都漫遊編
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第04話 苦いチェリーパイ




「ふっ!」


 燭台の明かりから移され、暖炉の中で踊る小さな炎。

 一時、熱を感じるほどに顔を照らしていたソレは次第に小さくなってゆき、最後に薄い消し炭だけを暖炉の中に残した。


 しかし、燃やしただけでは安心が出来ない。気分的なものだが、念には念を入れる。

 薄い消し炭となったソレを火掻き棒で丹念に崩した後、息を強く吹きかけて、その粉々となったソレを暖炉の奥へと吹き飛ばす。


「これで良いか……。」


 陽が落ちかけて、薄暗闇となった部屋。

 燭台を暖炉の上に戻して、窓の外の景色を暫く眺めてから、何も知らない第三者目線で暖炉の中に不自然が見当たらないかを今一度の確認。過度とも言える念の入れ様だが、これくらい徹底しなければ、とても安心は出来ない。


 本日午後に行われた王妃との面談。

 多大な緊張を強いられて、随分と疲れたが、これと言った問題も起こらず、それは恙なく終わりを迎えた。


 ところが、その最後の最後、別れ際の王妃の様子が明らかにおかしかった。

 当初、漠然とした首を傾げる程度の印象だったが、それは帰りの道中で膨らんでゆき、おっさんの邸宅へ着いた頃には確信へと変わった。


『帰宅したら、一口だけでも食べてみなさいな』


 お土産として、やけに推していたチェリーパイ。

 帰宅後、それを切り分けようと厨房へ向かおうとしていたネーハイムさんに待ったをかけて、自室としている客間に持ち帰り、厨房から借りてきた果物ナイフを突き立てると案の定だった。


 チェリーパイの中から現れたのは油紙に包まれた一枚の紙。

 この様な手の込んだ手段を用い、王妃が俺に伝えたかったモノとは何なのか。この時点で嫌な予感をひしひしと感じてはいたが、その封を解かない訳にもいかなかった。


「あ゛ーーーーー……。もうっ!」


 どう言うべきか、数多の感情が己の内で処理しきれずに混ざり合って渦巻き、その中でも色濃く残っている苛立ちに促されるまま駆けて、天蓋付きのキングサイズベッドへと飛び込む。

 庶民には味わえない贅沢な柔らかさを持ったマットは落下の衝撃を見事に吸収。音をボフンと鳴らして、埃を撒き散らしながら振動を四方の柱に伝えて、天蓋をぐらぐらと揺らす。


 チェリーパイに仕込まれた王妃からの密書と呼ぶべき手紙の内容。

 それはインランド王国王家が代々に渡り、口伝のみによって伝えてきただろう国家の最高機密。王族ですら、限られた者だけが知る極秘を記すものだった。


 言うまでもないが、今先ほど暖炉で燃やしていたのがソレである。

 これほどの危険物をいつまでも持っていられず、燃やす事に躊躇いは無かった。


 そして、ソレを知る事で全てが繋がった。

 別れ際、王妃が後見人としてではなく、母親として、ジュリアスの行く末を俺に託してきた理由が解った。


 一年後か、三年後か、十年後か、その時がいつ訪れるかは解らないが、いつかは必ず訪れる現国王の後継者争い。

 その時、ソレがジュリアスの為に必要となり、きっと役立つだろうと王妃は考えて、ジュリアスの友人である俺へ託してきたに違いない。


 現国王の後継者争い。これに関しての説明をすると、実は国王の後継者は既に居る。

 王族、貴族、平民の身分を問わず、古来より家督が親から長子へ受け継がれてきた様に第一王子が選ばれて、王太子の座に就いている。


 その為、本来は後継者争いなど起こる筈が無いのだが、王太子は幼少の頃から原因不明の病を患っており、ベッドから起き上がるのも困難なほどだった。

 医者はとうの昔に匙を投げており、その事実が広まると、この国の貴族達も早々に見切りを付けた。


 その結果、生まれたのが第二王子派、第一王女派、第三王子派と呼ばれる三つの派閥である。

 それは国王が定めた後継者、国王の意志をあからさまに無視したモノであり、国王の勘気に触れてもおかしくないのだが、ある矛盾が彼等の存在を許した。


 その矛盾とは、後継者争いを目的として作られた派閥にも関わらず、王太子の廃嫡を決して訴えないというもの。

 なら、どうして訴えないのかと言えば、王太子はいつ死ぬとも解らない身で訴える必要が無いからだ。

 もし、現国王が崩御するまで王太子が生きながらえたとしても、王座は就けても政務は執れない。摂政を必ず置く必要がある。


 しかも、ベッドから起き上がるのも困難な王太子である。

 八年前に結婚して、その夫婦仲は良好と聞くが、子を未だ成しておらず、今後も成す可能性は極めて低いと言わざるを得ない。


 即ち、王太子の余命に関係なく派閥で推す者こそ、実質的な次代の王に他ならなかった。

 派閥で推す者が王となっても、摂政となっても、その血筋が王家の血筋として後世に引き継がれてゆくのだから。


 ちなみに、三派閥の力関係は第二王子派がやや有利で第一王女派と拮抗しており、第三王子派が圧倒的に不利。

 これは第二王子が近衛騎士団の団長を務めており、地方領主と高級軍人に人気が高い為である。

 特に西方領の領主はその殆どが第二王子派に属しており、第二王子派の長も西方領を束ねるオメガ公爵が担っている。


 その対極に位置するのが第一王女。法務次官を務めており、第一王女派は軍人と対立しがちな役職に就く宮廷貴族に多い。

 派閥の長は財務大臣のウォーチ公爵。この人物こそ、軍とはお互いに不倶戴天の敵同士の関係にある。


 さて、我らが第三王子派はどうなのか。

 残念ながら、人数だけなら最大派閥だが、その大半は士爵位の者達ばかり。


 あとはジュリアスの個人的な友誼で宮廷貴族と地方領主が数人。

 その筆頭が義父だろう。もしかしたら、おっさんも義父繋がりで第三王子派なのかも知れない。

 例えるなら、支持者は多いが、投票権を持つ者が少なすぎて、相手にならない状態だった。


 ただ、ここに第三王子派の謎が存在する。

 おっさんも第三王子派だとしても、義父も、おっさんも武一辺倒な人物であり、政治的な能力に乏しい。

 士爵位の者達も大きな政治的権限を持っておらず、それが原因で数は多くても勢力としては弱小なのだが、そもそもが派閥を形成するほどの政治力を有していないにも関わらず、第三王子派は厳然と存在する。


 これは明らかにおかしい。名を表に出さず、第三王子派を主導している黒幕が必ず居ると俺は考えている。

 それが誰なのか。王都滞在中、俺に必ず近づいてくる筈だと予想して、それをこの一ヶ月間の社交生活を通して探ってみたが、その尻尾すら掴めなかった。


 派閥活動に欠かせない情報網や宮廷に対する思わぬ伝手。

 それ等は確実に存在しており、それ等を共有する横の繋がりは見えるのに、それ等を与えている縦の縦の繋がりがまるで見えない。

 同じ男爵位を持つ中心的な存在は居たが、彼はジュリアスの出身である王都下町を治める衛兵隊司令官に過ぎず、派閥の長となるには格が明らかに足りなかった。


 今日、面談した王妃も話した限りの印象では政治と無縁の人。

 それどころか、王妃はジュリアスが王位に就くのを望んでいない。渡された密書がそれを物語っている。


 もっとも、そんな問題は些細なものかも知れない。

 何故かと言えば、第二王子派も、第一王女派も、第三王子派も、誰も彼もが重要な事実を見落としている。


『僕が王? ははっ……。有り得ないよ。

 今だって、身分不相応と言うか、窮屈な立場なのに……。今以上の立場なんて、御免だよ。

 ただ、みんながそれを期待しているってのは解っているつもりだ。そして、自分が王族だと言う事もね』


 そう、ジュリアス自身は野心を持っていない。

 トーリノ関門を離れる前日の夜。二人っきりの場を設けて、真意を尋ねた時、ジュリアスはそう胸の内を明かすと、自虐的な笑みを浮かべながらこう付け加えた。


『僕はね。本当は冒険者になりたかったんだよ。いや、子供の頃は絶対になるんだって決めていた。

 どうして、冒険者なのかって言うのは……。ほら、僕が酒場の生まれってのは知っているだろ?

 だから、いつも夕方になるとさ。冒険者達が一斉に帰ってきて、たちまち騒がしくなるんだけど、その時に自慢話を色々と聞かされてね。

 今日は凄いお宝を手に入れただの、今日は凄い儲かっただの、今日は何々を倒しただの……。

 そうやって、数多くの自慢話を聞いてゆく内に自然と憧れる様になったんだよ。大人になったら、絶対に冒険者になるんだってね。

 先生に……。君の義父に剣を習おうと思ったのも、冒険者になる為さ。……まあ、その頃の僕は本当に何も知らない子供だった訳だけどね』


 結局、ジュリアスもまた俺と同類だと知った。

 違う事と言ったら、襲ってきた大きな流れに対して、積極的に逆らうと言う選択肢が俺にはまだ有ったが、ジュリアスはそれすら与えられなかった点か。


「何なんだよ! 何なんだよ! 何なんだよ! 何なんだよぉぉ~~~!」


 俯せたベッドの布団に顔を埋め、居ても立っても居られないモヤモヤとした苛立ちに叫びながら手足を上下に何度もばたつかせる。

 お日様の匂いがする柔らかい布団が音をボフボフと立て、ますます埃は舞い上がり、せっかく綺麗に整ったベッドメイキングが乱れてゆくも気にしない。


 どうして、こんな事になったのだろうか。俺の頭の中は何故、どうして、Whyだらけ。

 コゼットと幸せな家庭を築きたかっただけの筈が、いつの間にやら次期王位争奪戦レースの脇を固める重要な位置に立ち、おまけに国家機密まで抱えてしまっている。

 どう考えても、俺が心の底から望んでいた平穏な生活とは程遠い。


 だが、ジュリアスと友誼を結んだのを間違ったとは思っていない。

 あいつは良い奴だ。たまたま友人になった男がこの国の第三王子だっただけに過ぎない。


 こんな事を言うのは照れ臭いが、俺はジュリアスと出会い、本当の『友情』というモノを知った。

 今にして思えば、前の世界で『友人』と認識していた者は数人居たが、ジュリアスと比べたら、その繋がりは圧倒的に薄くて細い。ジュリアスが『友人』なら、彼等は『知り合い』でしかない。


 この世界は前の世界と比べて、娯楽が少ない。

 特にネットやテレビゲーム、アニメ、漫画と言った単独で楽しめる娯楽は極めて少なく、大抵が二人以上を必要とする。


 つまり、コミュニケーションが大前提として存在する。

 男同士なら酒を飲んで語り合い、男と女ならベッドの上で語り合う。

 それが最も手軽な娯楽であり、他者と共有する時間は多く、その結びつきは必然的に濃くなり、それが気に入った相手ともなったら尚更だ。


 ましてや、俺達が居たトーリノ関門はインランド王国の北の国境を守る最前線。

 どんなに最善を尽くしたとしても犠牲は必ず生まれ、その地獄で生まれる絆は自然とより強く結びついてゆく。


 何故ならば、死線を越える度に知っている顔が少しずつ減ってゆき、つい先ほどまで話していた者が今はもう何処にも存在しないという恐怖。これが堪らなく恐ろしいのだ。

 誰もが最初は自分自身が生き残る事を最優先とするが、それに一度でも気付くと、今度は隣に立っている者を生かす為に武器を振るう様になる。俺自身もそうだった。


 嘗て、前の世界では戦記と呼ばれる小説や漫画を読んだり、アニメを視たりしては、その世界や時代に想いを馳せたものだが、どうしても理解が及ばない要素があった。

 その要素が登場する度、理解したつもりになって、ストーリーを読み進めるも納得がいまいち出来ず、時には失笑して馬鹿にさえしていた。


 それは莫逆の友や義兄弟、有名な故事では『断金の交わり』といった強い友情の概念。

 戦記に登場する英雄達にはこういった友人が大抵は居り、その友人の為に英雄達は泣いて、怒って、笑い、時には命すら賭して戦う。

 物語を盛り上がるという意味では面白いが、そんなモノは現実的に有り得ないと考えていた。


 しかし、今は違う。それが今は何となく解る気がする。

 例年通りなら、今頃はトーリノ関門にロンブーツ教国軍が襲来している筈である。

 もし、そのトーリノ関門から我が軍劣勢の報が次の瞬間にでも届いたら、俺は今以上に取り乱して落ち着いていられなくなるだろう。


 それこそ、即座に中央軍統合本部へ駆け込み、援軍の要請とその指揮官に立候補する。

 例え、それが断られたとしても諦めない。そんな時の為の社交活動であり、義父を始めとする持っている限りのコネを総動員して、ジュリアスやジェックスさんの救援に何が何でも駆け付けてみせる。


 それ故、派閥争いに関しても、ジュリアスを助けたいと考えるのは当然だった。

 ただ、ジュリアスの言葉を借りるなら、何事にも身分相応というものがある。明らかに今の立ち位置は俺のキャパシティを遙かに越えていた。

 今でこそ、男爵の身分を得てはいるが、所詮は村人Aでしかない俺である。無茶ぶりが過ぎる。


 しかし、もう客席にも、舞台袖にも居られない。

 配役が割り振られた以上、俺も、ジュリアスも舞台にいずれ上がるしかない。


 不幸中の幸いは開幕のベルが鳴るまで今暫くの余裕がありそうなところか。

 それまでキャストのスカウトや脚本の手直しを行い、本番が少しでも上手く進む様に備えておかなければならない。


「はぁぁ~~~……。でも、やるしかないんだよな」


 暴れるのを止めて、やるせない溜息を深々と漏らす。

 身体を転がして仰向けとなり、首の後ろで組んだ両手を枕代わりにして、天蓋の天井をぼんやりと眺めながら暫く考え事をしていると部屋のドアがノックされた。





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