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第04話 誕生日のプレゼント




「ふぅ……。やっと着いたね」

「……だな。今回は量が量だけに助かったよ。コゼット」


 仮住まいとなっている山小屋の隣を流れる沢沿いに下って歩き、小一時間。

 森を抜けて、古い伐採所跡地を間に挟み、北にある山脈から吹き下ろす風の防風林となっている木々を通ると、そこに俺達が住んでいる村があった。

 総人口は二百人前後。家の数は四十軒ほど有るが、数軒は空き家。林業が盛んな村らしく、その殆どが丸太で造られた木造の家。


「それにしても、大熊の毛皮も驚いたが……。今回は本当に量が多いな」

「当然ですよ。ケビンさん。明日は祭りですからね。張り切りましたよ」


 村全体がなだらかな斜面に在り、平坦なのは人工的に整えられた村中央の広場のみ。

 そして、村の北から北東にかけて、川が緩やかなカーブを描いて流れており、村の東西を繋ぐ石畳の橋が二つある。

 また、雪解けの春先は川の流れが割と急な為、過去に水害があったのだろう。川がカーブを描いている外側の縁部分には石堤が築かれている。


「助かるよ。やっぱり、何だかんだ言っても、みんなが一番喜ぶのは肉だからな」

「えーー! 兄さん達の一番はお酒じゃないのぉ~~?」


 村の北側が深い森なら、村の南側は広大な草原。

 その為、村の北側は樵を主業、農業を兼業とする者達が住み、村の南側は農業を専業とする者達が住み、それぞれに名主が一人ずつ居る。

 こんな小さな村である。仲良くしたら良いにも関わらず、これがちょっとした派閥を作っており、忘れた頃に対立を起こすのだから困ったもの。

 おかげで、いつも仲介に苦労しているのが、数少ない第三の派閥。中立の立場を取っている職人達を束ねる村長だったりする。


「もちろん、その通りだ。

 しかし、その酒も肉が有ってこそだからな。

 ……っと、そうだ。ニート、お前も今年は酒を飲め! 俺が許す!」

「えっ!?」

「コゼットを嫁にするんだろ? 酒くらい飲めなくて、どうする?」

「そう言う事なら……。」


 この村に居る職人は大工家具職人、炭作り職人、陶芸職人の三人と猟師の俺を含めての四人。

 そう、鍛冶職人が居ない為、刃物を研ぐくらいの簡単な手入れは可能だが、猟で使う弓矢の鏃は貴重である。

 そのせいか、親父から引き継いだ狩りのスタイルはあくまで弓矢は牽制するもの。棒がメインであり、これを突く、叩く、投げるで獲物を仕留める。


 一応、鏃は使った後に回収をしてはいるが、やっぱり少しずつ消耗してゆく。

 それ故、春になると、親父は鍛冶職人が居る二つ隣の村へ仕入れに行くのだが、それは来年から俺の仕事となる。

 子供の頃から、この村を出た経験が無い俺にとって、それはちょっとした楽しみであり、今からワクワクが止まらない。


 ただ、一つだけ問題がある。それはうちの村の名前が『ヒッキィー』だという事実。

 即ち、村から出た場合、俺の対外的な名前は『ヒッキィーのニート』となり、ニートの上に引き籠もりの称号が付く。

 これが俺の前世での罰だと言うのか。それとも、神様は俺の事が嫌いですか。 


「ちょっと! ニートを悪の道に誘わないでよ!」

「それはお前達の誤解だ。酒はな。百薬の長と言って……。」

「ふん! 一昨日も飲み過ぎて、義姉さんから叱られていた癖に!」


 さて、我が家はと言えば、猟師の家だけに村の最も北側に有る。

 コゼットの家は倉庫代わりとなっている空き家を間に挟んで有り、家が近かった縁で特に仲が良くなったのだが、以前から何故に村長宅が村の端にあるのだろうかが疑問だった。


 しかし、ケビンさんから村長宅の歴史を聞いた今、その謎がようやく解けた。

 恐らく、領主様が滞在時に使ったり、旅人や行商人に貸し出している村中央広場の側にある普段は空き家の屋敷が今は血が途絶えた元の村長宅だったのだろう。

 村長という役柄上、その家に引っ越した方が断然に便利だと思っていたが、そこへ引っ越さないのは村の古参達を刺激させない為に違いない。


「……ってな具合にだ。こいつも、イルマも、酒を嫌っている。

 おまけに、親父も下戸であまり飲めない。

 だから、ニート! お前だけが頼りなんだ! お前は俺の味方になってくれるよな!」

「ははは……。善処します」

「駄目! 絶対に駄目だからね! 酔っぱらって、苦労するのはこっちなんだから!」


 そんな事を考えながら、ケビンさんとコゼットの二人と会話を交わしていると、村の広場が見えてきた。

 明日の祭りを控えて、その中央に置かれているのはキャンプファイヤーを行う為の木組み。早速、明日を待ちきれない子供達がその周りを走り回ってはしゃいでいる。


 もっとも、祭りと言っても、前世の様な祭りと比べたら、とても質素でささやかなもの。

 祭りの日は仕事はせずに祭りの準備だけを行い、夜になったら、その年の収穫を祝い、いつもよりちょっと豪華な食事を食べて、大人達は酒を飲む。

 あとはキャンプファイヤーを村の全員で囲んで歌い踊り、運が良いと、ここに旅芸人の一団が加わって、様々な芸をして盛り上げる。


 但し、その年に十二歳となった男女が居る場合、収穫祭はもう一つの隠れたイベントが発生する。

 それは性教育である。コゼットに聞いてみたところ、女の場合は単なる口伝による講義止まりらしいが、男の場合はなんと講義と一緒に実践が行われる。


 実際、俺もソレを経験した。

 祭りの最中、追加の酒を取ってこいと命じられて、親父を含める村の男達が何やらニヤニヤと笑っているのを怪訝に思いながら酒が貯蔵されている倉に赴いたら、見知らぬ二十代と思われる美人な女性が待っていた。

 あの初めての瞬間は今でも忘れられない。実に素晴らしい経験だった。この時ばかりは『ありがとう。異世界』と感謝して、精神年齢を加えると、四十四歳にしての脱童貞に涙して喜んだ。

 

 後日、この件に関してを聞いてみたところ、男の場合は口伝だけの講義で済ますと、好奇心から事を無理矢理に運び、問題となる可能性が大きくて駄目らしい。

 また、大人の男は色々と溜まるモノがあり、これを適度に発散して処理しないと、やっぱり問題が起こる可能性が有る為、この実践を通して、一人で行う術を学ぶのがとても大事なのだとか。


 ちなみに、この風習はこの辺一帯に昔からあるものであり、教育係となる女性は必ず別の村の、それも可能な限り、遠くの村の未亡人が選ばれる。

 そして、この一夜の出来事はあくまで夢として捉え、万が一にでも再会する事があったとしても、その時はお互いに初対面として接するのが礼儀と教えられた。


 今現在、この村に俺とコゼットの同年代は居ない。

 その原因は十年ほど前に流行った病によるもの。この時、大人も随分と亡くなったが、小さな子供達はもっと亡くなったとの事。

 それ故、この村は俺とコゼットの年齢の上下二歳。十二歳から十七歳までの世代がぽっかりと空いている。

 唯一、コゼットより一歳年上の女の子が居たが、その娘は春の集団お見合いで相手を見つけて、別の村へ嫁いでいる。

 つまり、ここ数年に渡って、収穫祭の隠れたイベントを体験したのは俺のみ。今年も居ない。


「あっ!? ニート!」


 その子供達の中、一人の少女が俺達に気付き、嬉しそうな満面の笑顔で此方へ駆けてくる。




「お帰りなさぁ~~い!」


 全速力から踏み切って、両手を大きく広げながら俺に飛び抱き付いてくる少女。

 彼女の名前は『エステル』、今年で十一歳になる我が家の向かいに住んでいる樵の家の女の子。


 ただ、我が家の向かいと言っても、その間に川を挟んでいる為、行き来をするとなったら橋を経由が必須となり、結構な距離となるのだが、川と言っても幅は約5メートル。会話は十分に出来る。

 ある意味、コゼットの家よりも近いと言えるせいか、昔から俺に良く懐いており、俺にとっては妹と呼べる存在。


「ただいま……。っと、危ない! 俺が受け止められなかったら、どうするつもりだったんだ?」


 慌てて押していた一輪車をその場に止めると、エステルと同様に『さあ、来い』と両手を大きく開き、エステルを受け止める。

 しかし、俺自身もそうだが、エステルは俺以上に成長期。この半年間で背がグンと伸びたエステルは重かった。

 たまらず飛び抱き付かれた勢いに二歩、三歩と後退り、兄貴としては尻餅をつくなど情けない姿を見せられず、辛うじてのところで踏み止まる。


「大丈夫! ニートだもん!」

「何だ、そりゃ?」

「えへへ……。」


 ところが、エステルは兄貴の密かな苦労など知らず、笑顔を俺の胸に頬ずりさせてのご満悦。

 それにしても、この俺の腹に当たる柔らかな感触。どうやら、背丈と一緒に胸の方もグングンと成長したらしい。


 もしかしたら、既にコゼットくらいは有るのではなかろうか。思わず視線が隣に立つコゼットの胸へ行く。

 悲しいかな男とはそう言う生き物なのだから仕方が無い。大抵の男はおっぱい星人なのである。


「い゛っ!?」


 だが、それがいけなかった。尻をコゼットに抓られ、その痛みに身体がビクッと跳ねる。

 そもそも、コゼットは俺とエステルのこうしたスキンシップを歓迎していない。

 何故ならば、コゼットの見解によると、俺はエステルを妹としか見ていないが、エステルは俺を兄と思わず、恋心を抱いているらしい。

 この話題が出る度、そんな事は無いだろうと苦笑して返すのだが、コゼットは認めない。認めないどころか、口を尖らせて怒る。

 恐らく、この後で二人っきりとなったら、この件で揉めるに違いない。こう言った後はいつもそうだ。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。それより、約束のモーモー鳥。ちゃんと採ってきたぞ」


 エステルがキョトンとした不思議そうな顔を上げる。俺の悲鳴を怪訝に思ったのだろう。

 まさか、その理由を正直に明かす訳にもいかず、まだジンジンと痛む尻を堪えながら笑顔を返して、エステルの頭を撫でる。

 そして、狩りに出かける前、見送りに来たエステルと交わした約束の品『モーモー鳥』が無事に採れた事を告げる。


「本当っ!?」

「何っ!? モーモー鳥だとっ!?」


 するとエステルは勿論の事、ケビンさんまで目を輝かせて破顔した。

 ソレもその筈、モーモー鳥の肉はどの部位も極上の味。一度、食べたら、今まで食べていた肉は何だったのかと思うほどに美味い。

 実際、その美味さを噂に聞き付け、モーモー鳥を食べたい一心から周辺の村々を訪れる旅人も時たま存在するほど。

 但し、滅多に見かけない貴重な鳥。その名の通り、牛の様にモー、モーと鳴き、体長は大型犬くらいの大きさ。鳥の癖に空は飛べず、その代わりに恐ろしく素早い。

 その為、運良く見つけられたとしても、すぐに逃げられてしまい、狩るのはとても困難であり、生け捕りはまず不可能。この辺りの名産とされながらも幻の逸品となっている。

 しかも、大抵の肉はある程度の日数を寝かせた方が美味くなる場合が多いのに対して、モーモー鳥の肉の消費期限は五日間前後。一週間を越えると、鼻が曲がるくらいの腐臭を放ち、とても食べられたものじゃなくなる。

 それならと干し肉に加工すれば、モーモー鳥の旨味たる油が加工の過程で抜けてしまい、今度はただ不味い固い肉となり、モーモー鳥は基本的に産地のみでしか食べられない。


 では、その貴重なモーモー鳥を狩る約束を何故にエステルと交わしたのか。

 それは明日の収穫祭の前日。つまり、今日がエステルの誕生日だからである。

 正直、約束は交わしたが、無理だと思っていたところ、三日前に運良く遭遇。半日の追いかけっこの末、ようやく狩りに成功した。


「へーー、へーー……。あれって、エステルの為だったんだ?

 へーー、へーー……。私の時って何だったっけ? 確か、イノシシだったよね? 普通の……。」

「あはは! イノシシとモーモー鳥なら比べものになんないね!」

「ぐっ!?」


 ところが、その貴重さ故に悲劇が巻き起こる。

 コゼットは不機嫌一直線となり、エステルは無邪気に笑い、二人の態度は両極端。正しく、こちらを立てれば、あちらが立たずな状態。

 困り果てた末、ケビンさんへ救いを視線で求めるが、顔を露骨に背けられた挙げ句、我関与せずと言わんばかりに口笛を吹いてとぼける始末。


「え、ええっと……。ど、何処だったかな?

 ……って、あれ、無いな? コゼットの方だったっけ?」


 たまらず顔を引きつらせるが、ケビンさんを見習い、ここは見て見ぬフリを装う。

 だが、フリのつもりが、お目当てのモーモー鳥が積んだ筈の一輪車に見つからず、慌てて積み荷を確かめるもやはり見当たらない。


「えっ!? 違うよ。モーモー鳥は俺が持つって自分で言ってたじゃん」


 もしかしたらと思い、コゼットが持っている一輪車の積み荷へ視線を向けるが、コゼットの言葉に『だよな』と返して頷く。

 こうなったら、可能性は一つしかない。今回はいつも以上に獲物が多かった為、村に持ち帰るのと山小屋に残しておくのを選り分けた時に間違ったのだろう。


「……という事は忘れてきたかな?」

「えーーーーーっ!?」 


 それを告げると、たちまちエステルは切なそうな悲鳴をあげた。

 当然である。期待をさせておきながら、誕生日プレゼントを渡される段階になって、お預けを喰らったのだから。


「安心しろ。この荷物を共同貯蔵庫に置いたら、すぐ取りに戻るよ」

「本当っ!?」


 本音を言ったら、山小屋に再び戻るのは面倒臭かった。

 なにしろ、往復すると二時間はかかる距離。村に帰ってきたばかりというのもある。

 しかし、落ち度は自分にあり、今日は何と言ってもエステルの誕生日。年に一度の特別な日なのだから、今日くらいは多少の我が儘が許される日。

 また、モーモー鳥を採ってから、今日で三日目。その足の早さを考えたら、明日より今日の方が断然に良かった。


「ああ、本当だ。なにせ、今日じゃないと意味ないからな」

「ありがとう! ニート!」


 だが、しかしである。

 まさか、あんな出来事が起こるとは思いもせず、俺はこの時の選択を一生後悔する事となる。




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