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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第六章 士爵 十騎長 トーリノ関門防衛司令官代理編
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第07話 主役と脇役


「退けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!?」


 操作を少しでも誤ったら、落馬は必至となる襲歩の限界を超えた速さ。

 槍の石突き手前を右手に持ち、激しく揺れる馬上から左右に無限の記号を描く様に何度も、何度も振るって、立ち塞がる敵兵団に突撃を重ねてゆく。


 インランド王国軍とミルトン王国軍。この二国と比べたら、ロンブーツ教国軍の兵士は弱兵である。

 例えば、目の前に百人の兵士が立ち塞がったとするなら、俺を食い止めようと勇猛果敢に武器を斬りつけ、突きつけてくるのは騎士を合わせても十人前後しか居ない。


 なら、残りの九十人前後は何をしているのかと言えば、単なる賑やかし。

 勇猛果敢な者に追従はするが、その前に決して出てこず、その後ろで叫びながら当たらない武器を振るっているだけ。立ち竦んでいる者も多い。


 ところが、勇猛果敢な者が戦っている相手に傷を負わせたり、今の俺の場合なら落馬をして、自分達が優位に立った途端、その九十人は一斉に強兵へと変貌する。

 その姿は飢えに飢えたハイエナ。目の色を変えて、俺が、俺がと手柄を奪い合い、時には味方同士ですら争う。


 それ故、ロンブーツ教国軍と戦い、戦場で散った者達の姿は総じて惨たらしい。

 多分、その原因はロンブーツ教国に広く蔓延するどうしようもない貧困からくるハングリー精神ではなかろうか。


 まだ雪が深く積もっていた頃、敵を知る為にロンブーツ教国に関してを知る者達に色々と聞いて回ったが、誰もが必ずと言って良いくらい『あの国は貧しい』とまず最初に応えた。

 平民の暮らしはかなりキツいらしく、親が子を売るのが当たり前になっており、インランド王国における奴隷の半数以上はロンブーツ教国から連れてこられた者達という話すらあった。


『ここでの仕事はキツいが、飯は必ず食べられる。それも三食だ。

 勿論、家族には会いたい。だが、今の生活の方が断然に良い。国に戻りたいとは思わない』


 実際、去年の戦いで捕虜となり、身代金が支払われないまま、捕虜となった者達にも聞いたら、この通りである。

 戦いの最中に反乱されては困る為、街道が開通した後は王都に送ったが、インランド王国民になりたいと本気で訴える者も多く、そうした者達には添え状を書いて渡した。


 無論、俺に奴隷を平民にする権力など無い。

 しかし、優秀な兵士を紹介するくらいの権力は持っている。


 そう、彼等は嘗ての俺である。不運な巡り合わせによって、奴隷となったが諦めず、挫けずに居り、少しくらいの応援はしたかった。

 添え状が役に立てば、その行き先はミルトン王国戦線の激戦区。そこからは本人の実力と運次第、手柄を立てて、インランド王国民になれるチャンスはごろごろと転がっている。


「邪魔! 邪魔! 邪魔ああああああああああっ!?」


 突破しても、突破しても、目の前にヒトの壁が立ち塞がる。既に幾つ目となるのだろうか。

 敵の指揮官とて、馬鹿では無い。こちらの目標が魔術師一人にあるのを承知して、俺達を食い止めようと兵の配置を巧みに動かしている。


 だが、馬の足は止められない。俺は矢の形を描く『鋒矢の陣』の先頭、矢の切っ先である。

 俺が足を止めたら、後続の足も止まる。そうなったら、圧倒的に寡兵の俺達は敵中に深く斬り込んでいるが為に孤立は免れず、全滅も必至となる。


 刹那、跨っている愛馬に視線をくれると、口の両端から泡を吹いているが、俺の期待に応えて馬首は下げたまま。駆ける速度を全く緩めない。

 だったら、俺も期待に応えるしかない。振り回していた槍を止めて、手近に居た敵兵の胸を突き刺すと、片手から両手に持ち替える。


「えいしゃっ……。おらぁぁぁぁぁああああああああああっ!?」


 俺を見ろと言わんばかりに吠え、絶叫を戦場に轟かす。

 突き刺したままの敵兵を頭上に持ち上げて見せ付けると、右上段より渾身の力で前方を薙ぎ払い、その途中で槍の特殊能力を用いて、突き刺した敵兵を打ち出す。


 槍を突き刺された胸に大きな風穴を空けながらも、銃から発射された弾丸の様に猛回転。目にも止まらぬ速度で飛んでゆく敵兵。

 それは目の前のヒトの壁を突き破り、その奥に展開されつつあったヒトの壁すら突き破って、目の前に立ち塞がる者は誰も居ない一本道を作り上げた。


 また、その常識外れの瞬間を前にして、敵兵達が怯んで足を止める。

 すぐさま現場の指揮官達が渇を入れるが、それをきっかけに敵兵全体の動きが後続になるほど少しずつ、少しずつ遅れ、とうとう渋滞が発生する。

 絶好のチャンス到来。出来上がった一本道を駆け抜けると、遂に目の前に無人の荒野が広がった。


「ララノア!」

「ん!」


 即座に真後ろを追走しているララノアを呼ぶ。

 その合図に馬の速度を上げ、ララノアは俺の左隣を張り付く様に併走。俺が身体を振り向け、左腕を広げるのを待ってから、馬上に左膝を立たせると、俺の胸に飛び込んだ。


「ニート様!」


 ややバランスを崩しながらもララノアのキャッチを見事に成功。

 すると今度はネーハイムさんが馬の速度を上げて、俺の右隣を併走。その差し出された左手に槍を渡す。


「頼む! ……良いぞ! 上れ!」


 続いて、膝の上に向かい合う形で座っているララノアが立ち上がり、そのまま俺の肩に上る。

 同時に馬の腹を両足で力一杯にガッチリと挟み込んだ後、馬の手綱から手を放して、顔の両脇にあるララノアの両足首を逆手で掴む。


 その際、バランスを取る為に上を見上げたところ、今日のララノアの秘密は黒の水玉模様。

 出会った当初、ヘソまで隠す野暮ったい白のお子様パンツばかりを下着屋で選んでいたのを考えると、心の成長を感じる。やはり、この方面に関する事を近所のお姉様方に任せたのは正解だった。

 いつまでもソレを眺めていたかったが、そんな暇がある筈も無く、視線を正面に戻す。


「合わせるぞ! ……三、二、一、撃てぇぇぇぇぇええええええええええっ!?」

「んんっ!?」


 そして、ララノアが弓に矢を番えて構える。

 即ち、馬上の高さ、俺の座高、ララノアの身長、この三つを合わせた高さから魔術師を狙い撃つ。


 これこそが短い時間ながらも考えた秘策。

 重装甲騎馬隊の人数は約百人。魔術師の周囲をぐるりと囲み、防壁を全方位に対して作る方円の陣を構えている。

 これでは突撃を仕掛けたとしても、その分厚い装甲の壁に阻まれてしまい、遠くから矢を撃とうにも同様の結果に終わる。


 しかし、その鉄壁も上はがら空き。

 今現在の位置は敵の第一陣を抜けて、迫り来る第二陣との間にある重装甲騎馬隊の後背であり、約二百五十メートルの相対距離を縮めている真っ最中。

 トーリノ関門に向かって吹き荒れている暴風もここでは無風。それ等の条件に三メートルを悠に超える高さとララノアの弓の腕前が揃えば、矢が当たらない理由は無かった。


「なっ……。何ぃぃいいいっ!?」


 ところが、ところがである。

 ララノアの弓から放たれた俺達の希望の矢は魔術師に至らず、その手前で不自然に失速した挙げ句、逆に跳ね返された。

 

 とにかく、前に突き進む。それだけに集中して、かなり無茶な突撃を何度も繰り返した。

 背後の状況は把握していないが、確実に三割は脱落している。下手したら、半数にまで減っているかも知れない。


 その苦労と犠牲があっさりと無駄になった。

 魔術師がこちらに身体ごと振り向く。たった、それだけの簡単な動作によって。

 あまりにも理不尽が過ぎて、これっぽっちも納得が出来ず、腹の底から怒りを叫ぶ。


 魔術師を起点として、その放射状に暴風が吹いているのは予想が付いた。

 だからこそ、突拍子も無い方法。奇襲作戦で矢を射ろうと考えたのだが、先ほど急くあまり注目を集めすぎたのがまずかったか。

 失敗の原因を考えながら、つい直前まで無かった暴風を真っ向から浴び、俺の肩の上でバランスを必死に取っているララノアを慌てて自分の前に下ろして座らせる。


「ニート様、もう一度!」

「駄目だ。結局、同じ事だ」

「でも! だって!」


 しかし、ララノアは悔しそうな表情を振り向かせて、声を珍しく荒げた。

 無理も無い。この奇襲の要はララノア、その期待と重圧は俺以上のモノを抱えていた筈なのだから。


 だが、ララノアの外装はチュニックの上にいつもの黒いコートを着ているだけの普段着姿。

 ここが戦場と知りながら、その薄っぺらい装甲の理由は俺の肩の上に乗った際の事を考え、少しでも軽くという配慮からであり、今のララノアは剣は勿論の事、護身用のナイフすら持っていない。


 本来、ララノアは日頃の訓練において、皮鎧を着用している。

 プレートメイル、チェーンメイルに比べたら、その装甲力は薄いが、鎧の真の価値はソレを着ているという安心感に有る。

 それを着けず、俺の直後を追走。左右をガッチリと守られていたとは言え、俺達は突撃を繰り返して、敵の壁を幾つも突破してきたのだから、その心労は計り知れない。


 ならばこそ、期待と重圧に加えて、心労を乗り越えて撃った先ほどの矢はララノアの全てが注ぎ込まれた渾身の一矢。同じモノは二度と打てない。

 ましてや、奇襲の種がバレてしまった今、魔術師がこちらに振り向くまでも無い。今度、俺の肩の上に立ったら、ララノアは絶好の的となり、動けない以上、あまりにも危険が過ぎた。


「……ニート様」

「仕方ない。あまり使いたくは無かったが……。第二案だ。あとはよろしく」

「無論です。この命に換えましても、ニート様をお守り致します」


 しかし、時は待ってくれない。今、その時こそが俺達の敵であり、戦況は刻々と不利になってゆくばかり。

 選べるほどの選択肢は最初から無い。これほどの暴雨が吹いているにも関わらず、澄み渡る様な青空を見上げて、一溜息。沈痛な面持ちで再び馬を寄せてきたネーハイムさんにソレを告げた。




 ******




「総員、ニート様を囲め! 方円の陣だ!

 解っているな! ニート様に一兵たりとも近づけてはならない! 死力を尽くせ!」


 戦場のど真ん中、馬から下りた俺は槍を右手に携えながら足を肩幅に開いての自然体。

 正対するは重装甲騎馬隊。出撃前、城壁の上から見た魔術師の姿を心に思い浮かべながら目を静かに閉じる。


 集中に、集中を重ねてゆくと五月蠅かった戦場の雑多溢れる音が聞こえてはいるが、何処か別の世界での出来事の様に遠のいてゆく。

 それに伴い、一粒の水滴が静かな水面に落ち、波紋を広げてゆくが如くに意識の輪が広がってゆき、閉じている瞼の暗闇の中に魔術師の姿を描き出す。


「……捉えた!」


 これで方向は完全に定まった。

 その方向に対して、左半身を構え、左手の指先を真っ直ぐに伸ばしながら腰を右に捻り、右手に持つ槍を限界まで引き絞る。


 槍の投擲。俺がやろうとしている事は至って単純である。

 但し、相手との距離は約二百メートル。ただ投擲したところで重装甲騎馬隊に阻まれるどころか、届きもしない。


「さぁ~て……。槍よ! 今日は大盤振る舞いだ! 限界の限界まで、とことん食らい付くせ!」


 だから、槍の特殊能力を併用する。

 それも普段は使用時に設けている安全リミットを意識的に外して、槍に自分の中にある何かを全て捧げる。


 過去、ソレを行った事は一度も無い。

 槍の特殊能力を初めて知って使った時がソレに近いが、その時は身体の中から急速に何かが奪われてゆく恐怖を感じ、限界の数歩手前で槍から慌てて手を放した。


 それでも、即座に膝から力が抜けて、一時間近くは満足に立てなくなった。

 だったら、それすらも越えた限界の限界まで自分の中の何かを槍に捧げたら、どうなってしまうのか。考えたくも無かったが、今はそんな弱音を吐いている暇は無い。


 今日は既に槍の特殊能力を一回使っている。

 当初は一回使ったら、その日は打ち止めになっていたが、今では一日四回まで使える為、俺の中の何かの残量はあと三回分となる。


 確実に言えるのは一回分を使ったとしても、魔術師に至らず、重装甲騎馬隊に阻まれる。

 二回分を使えば、魔術師まで届くだろうが、これほどの暴風を作り出せるのだから、魔術的な防御手段も所有している筈であり、それに阻まれる可能性が有る。


 三回分以上は使用した試しが無い。

 どれほどの威力を発揮するのかが解らず、更に二射目が無いとなったら、それを越えた限界の限界で行うのは当然である。

 まだ手の内に手段を持ちながら、それを使わずにいるのはこの戦いで散っていった全ての者達に対する裏切り。俺だけが甘える訳にはいかない。


「くっ……。まだまだぁぁぁぁぁああああああああああっ!?」


 しかし、それを許した途端、酷い疲労感と共に凄まじい脱力感が襲ってきた。

 思わず膝が落ちかけるのを堪えて、自分自身を奮い立たせる為に雄叫びをあげる。


「……がはっ!?」

「ニート様っ!?」

「良いぞ! そう、そうだ! もっと、もっと貪れぇぇぇぇぇっ!?」


 暫くして、今度は大量の血が胃から込み上げてきた。

 錆びた鉄の味が口一杯に広がり、そのまま身体が欲するままに吹き出す。


 しかも、それだけに止まらない。

 閉じている瞼から涙が流れているのを感じた。耳から熱い液体が流れているのを感じた。

 極めつけは股間と尻の穴。大も、小も、垂れ流しとなり、両足を伝い流れて、鉄靴の中に溜まってゆくのが解った。

 貧血を感じて、頭がくらりと揺れそうになるが、奥歯を噛み締めて堪える。


 もし、これでも駄目なら、打つ手は無くなる。

 ネーハイムさんが俺を抱えて、撤退。別方向から出撃して苦戦しているルシルさんも撤退。

 その二つを待って、トーリノ関門を破棄。ラクトパスの街まで全軍を撤退させる命令はジェックスさんに預けてある。


 それ故、あとの心配は無用。

 俺に必要なのは槍を投擲する力のみ。今は『もし』など考えず、まだ微かに残っている何かさえも槍に捧げる。


「そろそろか……。みんな、待たせたな!」


 そして、その時は遂に来た。

 閉じていた瞼を空けると、紅く染まる視界の中、顔のすぐ隣で構えている槍が鈍重な音をブォン、ブォンと立てながら緩慢な一定リズムを刻み、強烈な緑色の光を放っていた。


「散開! 総員、散開! ニート様から距離を取れ!」


 それはヒトに恐怖を抱かせるのに十分過ぎるモノであり、何の知識を持っていなくても凄まじいエネルギーの塊と解るモノだった。

 俺の近くに密集していたネーハイムさん達が蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く。


「はっ! 今頃、遅いんだよ!

 さあ、逝けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええっ!?」


 当然、専門知識を持つ魔術師はもっと恐ろしかったに違いない。

 魔術師を守る重装甲騎馬隊が俺を大きく迂回しながら逃亡を始めているが、その重装甲が徒となり、逃げ足はさほど早くない。


 それ以前に魔術師はとっくに捕捉済み。

 築いた陣の奥深くに逃げ込まない限り、俺の意識からは逃れられない。

 魔術師が居る方向に槍先を修正して、みんなとネーハイムさんが稼いでくれた貴重な時間で溜めに溜めたソレを解放した次の瞬間だった。


「……くっ!?」


 まずは凄まじい緑の閃光が爆発した。

 続いて、雷が落ちたかの様な轟音が鳴り響き、大地を強く揺らす。

 数瞬後、槍が放っただろう強烈な突風が吹き荒れ、もう立っている力すら無い俺は尻餅をつく。

 最後に今度は隕石でも落ちたかの様な衝撃音が轟き、今先ほど以上に大地が再び揺れて、その揺れに耐えきれず、背中も後ろに倒れてしまう。


「おい! どうなった! 誰か、教えてくれ!」


 どうしてか、空からパラパラと降り注ぐ小石。

 すぐさま上半身を起き上がらせようとするが、指先すらピクリと動かない。


 瞼が猛烈に重くなり、霞んでくる紅い視界の中で気付く。

 鼻をつく嫌な鉄錆びた臭い。自分が血溜まりの中に倒れているのを。

 もしや、先ほど目や耳、膀胱、肛門から垂れ流しになっていたのは血だったのではないだろうかと。


 それが正しいとするなら、かなりの出血量。ここで瞼を閉じたら、数日は目を醒まさないのが容易く予想が出来た。

 なら、このまま瞼を閉じるなんて、とても出来ない。せめて、結果を確かめなければ、安心して眠れない。


「ニート様、ご覧下さい! 大成功です!」

「おおっ!?」


 するとネーハイムさんが駆け寄り、俺の背中を抱いて、上半身を起き上がらせてくれた。

 最後の力を振り絞り、ますます重さを増した瞼を懸命に持ち上げて、それを目の当たりにする。


 目の前の荒野には何も無かった。

 槍から放たれた衝撃波によって削られ、大地を走って刻みつけられた一本の軌跡が有るのみ。

 その周囲に幾つか飛び散っている装備品が跡形もなく姿を消した重装甲騎馬隊がそこに居ただろう証拠を辛うじて残していた。


 また、付け加えるべき事実がもう一つ。

 軌跡の先を辿ると、四、五キロは先にある岩の渓谷斜面にここからでも目視が出来るほどの巨大なクレーターがあった。

 まさか、まさかとは思うが、ソレも槍が作ったのだろうか。先ほど空から降り注いできた小石の小雨はあそこから飛んできたのだろうか。


 どう考えても、完全なオーバーキル。恐ろしいと言うしかない。

 どうして、これほど恐ろしい威力を秘めたマジックウェポンがレスボス家の宝物庫で何十年、何百年も埃を被っていたのだろうか。

 途方もなく危険なモノの封印を破ってしまった様な感覚を覚えて、たまらず顔が引きつる。


 その反面、今年の戦いはこれで勝ったも同然だと安心する。

 ロンブーツ教国軍は弱兵揃い。この凄まじい威力を目の当たりにして、兵士達は恐慌に陥り、士気以前に戦意すら挫けたに違いない。


 もう一度、さっきのアレを打てと言われたら打てない。

 明日も、明後日も無理だ。それくらい身体がボロボロに傷ついており、当分はベットで寝て暮らすハメとなるだろうが、ロンブーツ教国軍もまた精神的に立ち直るのに時間がかかる。

 少なくとも、補充兵が届く三日分の日数は余裕で稼げた筈だ。


「それに彼方を!」

「あん?」


 ようやく、これで安心して眠れる。

 必死に閉じるのを拒んでいた瞼から力を抜き、意識を手放そうとしたが、ネーハイムさんが許してくれず、その指さす先に顔を向けて、気力に頼らずとも目を大きく見開いた。


「我が名はジュリアス・デ・シプリア・レーベルマ・インランド! インランドの第三王子である!

 さあ、ロンブーツの俗物共よ! 遠慮は要らない! 一番の手柄首はここだ! ここに居る! 我が首を取って、誉れとするが良い!」


 敵兵の集団を突破して現れ、こちらへと真っ直ぐに向かってくる騎馬隊。

 その先頭を駈ける白銀の煌びやかな鎧を身に纏った若者の背後に掲げられた旗は、インランド王国の王家の者だけに許された王族旗。


 それが意味するモノは只一つ。待ちに待った補充兵が到着したという事実に他ならない。

 何故、三日後と聞いていた筈のソレがここに今居るのか、それは解らなかったが、これだけは解った。


 この満を持しての絶好のタイミング。

 正しく、それは主人公だけに許された特権であり、主人公だからこそ、成せる業。


「ははっ……。美味しいところを総取りか……。

 ……ったく、やっぱり、主人公には勝てねぇ~わ。うん……。」


 一方、こちらはこれ以上ないくらいの満身創痍。

 これまた正しく、主人公に窮地を助けられる名脇役ぶり。改めて、自分が主人公の器ではないと自覚する。


 だが、嫉妬は沸いてこなかった。

 王都より補充の兵員を率い、その道中でロンブーツ教国軍の襲来を知り、その挙げ句に大雨で足止めを喰らう。

 彼もまた焦燥感に駆られ、俺と違った形で戦い続けていたのだから。


 挙げ句の果て、予定より三日も早い到着である。

 足の遅い歩兵を置いて、騎馬隊のみの先行だろうが、かなり過酷な強行軍を行ってきたのが窺い知れる。

 その上に重ねて、このトーリノ関門に到着して早々、自ら先頭に立っての出撃とは恐れ入る。なかなか出来る事では無い。


「じゃあ、寝る。あとは頼んだ」


 前の世界にて、今と似た様なシチュエーションはドラマで、映画で、アニメで、漫画で、小説で数多く見てきた。

 それ等の脇役達もこんな気持ちだったのだろうか。たまらない爽快感に笑みが自然と零れた。




 ******




 一度目は騎士としての人生を歩む事となった叙任式。

 完全に見知らぬ者達ばかりのパーティーの中、最初に話しかけてきてくれたが、それが誰なのかも知らず、その正体をあとから知って驚いた。


 二度目は去年の戦いが終わり、その事後処理に奔走している最中。

 相手が王族故に敬意は払っていたが、この時はまだ興味すら持っておらず、何かと話しかけてくるのを少し鬱陶しく感じていた。


 そして、今日が三度目の出会い。

 インランド王国第三王子『ジュリアス・デ・シプリア・レーベルマ・インランド』、お互いの人生を変える事となる生涯の友との出会いだった。




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