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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第六章 士爵 十騎長 トーリノ関門防衛司令官代理編
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第06話 魔術師の驚異




「ふぁ~~……。んんっ!?」


 太陽はまだ真上にあると言うのに、瞼が重くて、重くて堪らなかった。

 欠伸が自然と出かけて、その途中で慌てて我に帰り、欠伸を噛み殺しながら咳払いをして誤魔化す。


 しかし、顎先だけを微かに振って、左右を怖ず怖ずと窺ってみるが、誰も俺の欠伸に気付いた者は居なかった。

 いや、違う。気にしてもいなかったと言うのが正しいだろう。


 なにしろ、士気は今や最悪の状態。

 城壁の左端からこの中央まで先ほど眠気覚ましに散歩をしてみたが、誰もが眠そうに欠伸を重ねて、ロンブーツ教国方面をぼんやりと眺めており、立ちながらも船を漕いでいる者すら少なくなかった。


 だが、それを咎めようとする者は誰一人として居ない。

 このトーリノ関門の防衛を預かる者として、喝の一つでも飛ばすところなのだろうが、俺自身も咎める気にはなれなかった。

 むしろ、逆に良く頑張っていると褒めてやりたいくらいだった。


 あの大雨で河が増水。橋が流されて、補充兵の到着が遅れるという報告から既に十日目。開戦より二十五日目。

 足りない兵員数を敵に悟らせぬ為、昼夜を問わず、一人、一人の勤務時間を大幅に延長しての毎日。休憩らしい休憩は食事の時と寝る時のみ。


 ところが、その休憩も敵の攻勢が始まったら、すぐさま寝ている者も跳び起き、応戦を強いられて、気が休まる時間が全く無い。

 疲労が重なって倒れる者も遂に現れて、それが別の誰かの負担となり、負が負を呼ぶ駄目のスパイラルに陥り始めている。

 何処からどう見ても、完全に真っ黒けっけの職場。俺が大嫌いな言葉『足りないモノは気力で補え』を地で行く現状である。


 商業区の商人達は既に避難済み。

 一週間前、避難『勧告』のレベルを避難『命令』に引き上げて、このトーリノ関門から強制的に立ち退かせた。


 トーリノ関門とラクトパスの街の間にある四つの村にも避難『警報』を通達済み。

 万が一に備えて、馴染みの親しい商人に多少のお金を渡して、アリサとその家族の事をくれぐれもと頼んである為、その点だけは心配していない。


 今朝、三日ぶりに届いた伝令によると、補充兵の到着はあと三日後。

 やっとと言うか、ようやくと言うか、ここまで来たら、あとは三日間が無事に過ぎるのを祈るのみ。


 最悪な現状は前述の通り、はっきり言ってしまえば、こうも士気が低くては戦いにならない。

 もし、敵の総攻撃が始まったら、最初の二時間、三時間は蝋燭の炎が燃え尽きる寸前の様に火力が一時的に増して戦えるだろうが、その後はどう足掻いても体力が続かない。


 挙げ句の果て、何処か一角でも崩れたら辛うじて保っていた気力も尽きる。

 あとはダムが決壊する如し。ロンブーツ教国軍という大量の水がそれぞれの城門を打ち破って溢れ出すに違いない。


 一応、撤退準備は既に済ませてあるし、トーリノ関門を放棄する合図も全軍に通達してある。

 ここを固執して、一万もの命を無駄に散らす必要は無い。失ったら失ったで去年の様にまた取り戻せば良いだけであり、その為の策も、準備も済んでいる。


 ただ、そちらの方が圧倒的に面倒臭い。

 どうして、猟師だった筈の俺がこんな苦労をしているのかなと今更ながらに考えていると、背後から大きな欠伸が聞こえてきた。

 思わず後ろを振り返ると、ジェックスさんが地上と繋がる階段を上って、城壁の上に現れた。


「ふぁぁ~~~あ……。大将、代わるぜ。メシ、食ってこいや」


 返事の代わりに白い目を返す。

 兵士達は仕方がない。平騎士達も寛大な心で許そう。

 しかし、ジェックスさんは駄目だ。今、ここに居る一万人全員の指揮権を持ち、トーリノ関門全ての城門を管理する立場の者がそのだらけきった態度は如何なモノか。


「……って、おい、おかしくないか?

 昼飯時だって言うのに、炊煙が一つも上がっていないなんて……。」

「な゛っ!?」


 だが、その言葉に実は自分の方こそがだらけていたと気付かされる。

 慌てて正面に振り向き戻り、目をこれ以上なく見開かせる。


 この世界において、昼食を摂るのは富裕層に許されたステータスシンボルの様なモノであり、朝夕の一日二食が一般的である。

 しかし、『腹が減っては戦が出来ぬ』と言う諺が有る。インランド王国軍では軽食を昼に摂る一日三食が採用されており、開戦以来の様子を見る限り、それはロンブーツ教国軍も変わらないらしい。


 ところが、今日は炊煙が敵陣から一つも上っていなかった。

 早まった可能性は有り得ない。俺は一刻も前から城壁に居り、景色に変化が有れば、さすがに気付く。

 遅れている可能性も有り得ない。一つの陣だけならともかく、三つの陣全てが揃ってとなったら、これは明らかにおかしい。


 即ち、昼食より優先される何らかの命令が動いている証拠に他ならない。

 その普段なら容易く気付いていた筈の変化に気付かず、先ほどから敵陣をただ黙って眺めていたなんて、だらけきっていたと言うしかない。

 おまけに、手に持っているだけで単眼鏡を一度も覗こうとしていなかった。


「んっ!? ……何だ、あれ?

 騎馬隊だって言うのに、重装甲歩兵の様なデカい盾を持った連中が居るな?」


 すぐさま単眼鏡で敵陣の様子を探り、最奥にある山の斜面に作られた三番目の陣の左側辺りにソレを暫くして見つけた途端。

 ジェックスさんが気怠そうだった目を見開かせて、顔色を瞬く間に変えた。


「何っ!? 貸してくれ! 俺にも見せてくれ! ……何処だ! どの辺りだ!」

「一番奥の陣の左側です」

「居ないぞ! 何処だ! 何処にいる!」

「右を探して、どうするんですか? 左ですって」


 その上、俺が未だ覗き込んでいるにも関わらず、単眼鏡を半ば強引に引ったくる。

 だが、焦るあまりか、覗き込んだ単眼鏡の先を上下左右に動かし過ぎなら、見るべき先すらも違い、俺が見つけたソレを見つけられない。

 その様子に思わず溜息を漏らして、余裕を少し取り戻すが、それは長く続かなかった。


「大将……。ヤバいぞ。とうとうバレたみたいだ」

「えっ!? ……何が?」


 そして、ソレを見つけたのだろう。

 ジェックスさんが単眼鏡の先を止めて、一呼吸の間を空け、生唾をゴクリと飲み込む音をやけに大きく鳴らす。

 その青ざめきった横顔に全てを察したが、その言葉を信じたくない気持ちが俺をとぼけさせる。


「だから、こっちの兵力が手薄だって、バレたんだよ!

 奴等、本気で攻めてくるぞ! ……敵襲! 敵襲だ! 敵の総攻撃が始まるぞ! 今すぐ、ラッパを鳴らせ!」


 しかし、ジェックスさんは甘えを許さず、緩みきったトーリノ関門を叩き起こす風雲急をあらん限りの声を張り上げて告げた。




 ******




「つまり、あの騎馬隊の中心に魔術師が居ると?」


 最早、ロンブーツ教国軍の総攻撃は疑い様が無かった。

 話題となっている重装甲騎馬隊が第二陣に到達すると、第三陣の兵士達が前進を始め、次に重装甲騎馬隊が第一陣に到達すると、第二陣の兵力も前進を開始。

 それぞれが陣を一段づつ前に前進して、今は重装甲騎馬隊と第一陣の兵士達が共に前進を始めていた。


「ああ……。そして、あの騎馬隊は魔術師一人を守る為だけに存在している」

「それほどの意味が?」


 無論、こちらも準備は万端。

 但し、俺は魔術師が用いられた戦場の経験は持っていないし、魔術師に関する知識も疎い。


 その為、今回の作戦と指揮はジェックスさんが全面的に執っている。

 現有戦力、一万人を城壁の上に五千人を配置、五つある各門に千人づつを配置。敵の魔術師を打ち倒す為、遂に門を開いて、出撃する作戦となった。


「有る……。見ろ。これから総攻撃を仕掛けようって言うのに、攻城兵器が何処にも見当たらないだろ?

 どうしてかって言えば、その必要が無いからだ。

 なんせ、魔術師が攻城兵器そのものだからな。それも圧倒的に利便性の高い攻城兵器だ。

 攻城兵器は運用する場合、小さいモノでも数人、巨大なモノとなったら数十人を必要とするが、魔術師は一人で事が足りる。

 しかも、攻城兵器は巨大になるほど威力も大きくなるが、その代償に機動力を失い、小回りも効かなくなる。

 だが、魔術師は馬に乗っている。いざとなったら、簡単に逃げられる。

 それ以前にご覧の通り、あの重装甲の騎馬隊が大盾を構えて、魔術師を常に守っている。

 近づくのも骨なら、矢で狙い撃つのも不可能に近い。この高さからなら、上から狙い撃てるが……。勿論、それが解っているから、城壁に近づいては来ない」


「かなり厄介な存在ですね。

 でも、どうしてですか? それなら、もっと人数を用意すれば良いし、こっちだって……。」


 説明を聞けば、聞くほど、魔術師とは切り札と言える存在であり、一騎当千という言葉を通り越して、一軍にも匹敵するらしい。

 それなら、敵が進軍を威風堂々と行っているのも頷ける。慌てず、急かさず、列を整然と作り、これから敵と剣を交えようと言うのに怯えや気負いは全く感じられず、その姿はまるで武威を見せ付ける閲兵式の様だった。


 片や、我が軍は多少の士気を取り戻して、『やってやるぞ』という意気込みは見えるが、魔術師の存在が通達されてからは三割程度の騎士と兵士に自棄っぽさが混ざり、その内の一割は腰が半ば引けている。

 恐らく、ジェックスさん同様に魔術師を用いた戦場を過去に経験しており、いかに自分達が不利な状況かを知っているのだろう。


 だが、『しかし』と考える。

 それほどの存在でありながら、戦場での主役はあくまで剣や槍や矢と言った『刃』である。何故、戦場での主役になっていないのか。


 魔術を扱う為には生まれ持った才能の有無を根本に必要とするが、それは決して希有な才能では無い。

 ただ、それを習得する環境や意識が発達しておらず、都会なら魔術を教える私塾に通う金銭的な問題が、田舎なら魔術を教える魔術師の存在自体に問題が有り、魔術師を目指す者は少ない。


 しかし、それなりに栄えた街の冒険者ギルドを訪れれば、魔術師は居る。その数は戦士に比べたら少ないが、珍しいと言う程でも無い。

 だったら、戦争を生業とする戦士『傭兵』が存在するなら、傭兵の魔術師が居てもおかしくないにも関わらず、開戦直後にラクトパスの冒険者ギルドから雇った傭兵リストの中に魔術師は一人も居なかった。


「らしくないな? いつもの冴えはどうした?

 今、言った通り、魔術は確かに便利で強力なモノだ。しかし、弱点もある。

 それは魔術を使う時と使っている時の間、どうしても意識を集中させる為、その場に立ち止まらなければならないと言う点だ。

 ほら、大将も槍で技を使う時、そうするだろ? あれと一緒だよ。

 だったら、解るだろ? それを戦場のど真ん中で使う危険性が……。だから、ああして、魔術師を守るんだ。

 そのコストを考えたら、ザラに居る魔術師程度では割に合わない。

 まあ、魔術師百人がズラリと列び、一斉に攻撃すれば、小さな火球でも驚異になり得るが……。

 それなら、その魔術師百人を守る兵で弓を撃った方が手っ取り早いだろ? 

 第一、魔術師ってのは頭が回る分、貧弱な奴が多い。そんな奴が戦場で役に立つと思うか?

 しかし、その魔術も極めると驚異になる。要するに何が言いたいかって言うと、戦場で役立つほどの魔術『大魔術』を使える者なんて、そう滅多に居ないって事だ」


 その素朴な疑問に対して、ジェックスさんはとても意外なモノを見るかの様に目を丸くさせた後、苦笑しながらも応えた。

 なるほどと頷くが、納得が半分、不満が半分。一般的な魔術師とて、その使い方次第によっては有効な戦力となり得るのではなかろうかと考える。


「……で、何よりも厄介なのはだ。

 兵力に余裕があるなら、先手を打ち、それを迎え撃つ事も出来るが……。

 兵力に余裕が無い場合、完全な後手に回るしかない。どんな魔術を使ってくるのかが解らないからな。

 俺が知っているのは五つだ。火、氷、岩、風、雷、それぞれで対処法が違う。だから、まずは兵を半々に分け……。」


 だが、それを悠長に考えている暇は無かった。

 トーリノ関門の目と鼻の先、ロンブーツ教国軍は一キロほど手前で進軍を停止。

 重装甲騎馬隊の中心、群青色のローブを纏った魔術師と思しき人物が両手を天に向かって掲げた次の瞬間だった。


「なんて、インチキっ!?」


 ここ、トーリノ盆地の地形がそうさせているのか、冬を終えると、風は北風から一転して、南風へと変わった。

 今や、春は終わろうとして、夏の入口。この一ヶ月、北風は一回も吹いておらず、今日も朝から微風がトーリノ関門を南から北へと通り抜けていた。


 それが不意に止まったかと思ったら、前髪が持ち上がるほどの向かい風に変わった。

 そして、それは加速的に勢いを増してゆき、遂に台風直撃と言えるほどの暴風にまで至り、トーリノ関門城壁に列んでいる数多の軍旗が音をバサバサと喧しいくらいにはためかす。


 ところが、右腕を顔の前に翳して、ロンブーツ教国軍の様子を見ると、その軍旗は一つたりとも風に翻ってはいない。

 当然、この不自然な暴風が魔術によって起こされたモノだと理解して、そのインチキすぎる理不尽さに思わず絶叫する。


「ちっ!? 間違いなく、完全にバレているぞ! 地味だが、手堅いので来やがった!

 こうなったら、弓矢は意味を成さないが、敵を追い返すのに人手が必要だ! 

 見たところ、一番と五番の門は風の影響を受けていない! ルシル嬢と千人ずつ、左右から後背に回り、魔術師を何とかしてくれ! 魔術師一人だけで良い!」


 一方、ロンブーツ教国軍は神風と呼んでも過言でない追い風を受けて、第一陣に居た約五千人の兵士達が雄叫びをあげながらトーリノ関門に突撃を開始した。




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