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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第六章 士爵 十騎長 トーリノ関門防衛司令官代理編
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第05話 届かない援軍




「どわっはっはっはっはっ!? 我が名はロンブーツの豪腕と呼ばれるケリコフ・ダ・バルト・ナザール!

 そして、この大斧はドワーフ共が鍛えに鍛え抜いた鋼の逸品よ! そのなまくらで受けれるものなら受けてみよ!

 どえぇぇぇぇぇい! ナーザル流大斧術が絶技、その四ぉぉぉぉん!

 天は叫び! 地は吠え! 河は踊る! 史上最大にして、空前絶後! 舞うは刃、残す屍! 今、必殺のおおおおおおおおおお!」


 二メートルは悠に超える髯モジャの巨漢。

 巨大な両刃の大斧を右手一本で軽々と持ち、それを頭上で振り回しながら風斬る音をビュンビュンと鳴らせて迫っていた。


 例えるなら、それは正に暴風圏。

 その間合いに入ったが最後、圧倒的な暴力によって、どんな者もたった一撃で吹き飛ばされ、その身は無惨に斬り割かれてしまうだろう。


「長いって……。」


 だったら、その間合いに入らなければ良いし、相手が近づいてくるのを待っている必要も無い。実に単純明快な答え。

 おまけに、目標は巨漢。五メートルも距離が縮まれば、外す方が難しい。一旦、上げた右足を前に出して踏み込み、槍を溜息混じりに投擲する。


「ぐえぇぇぇぇぇっ!?」


 嘗て、レスボス家の宝物庫に眠っていた槍は俺の期待に応えて、プレートメイルの板金を物ともせず、その胸に深々と突き刺さって貫き、髯モジャが断末魔をあげながら後方にたたら踏んで倒れる。

 一瞬にして、戦場がシーンと静まり返る。両軍がつい直前まで勇ましく叩き鳴らしていた陣太鼓の音色も消えていた。


 前方に居並ぶ敵兵達の様子を窺うと、誰もが茫然と目を見開き、口もポカーンと開け放っている。

 恐らく、背後に居並ぶ味方達も同様に違いない。槍を回収する為、髯モジャに歩み寄りながら、敵味方の反応に兜の中で思わず苦笑を漏らす。


 なにしろ、四万人を越える両軍の総勢を前にして、大々的に行われた両軍代表の一騎打ちである。

 それが互いの武器をたったの一合も交えず、相手が口上を叫んでいる途中、間合いの外から槍を投げて葬ったのだから、盛り上がりに欠けるのは当然であり、あっさり過ぎる決着に茫然となるのは当たり前。

 これでは舞台を華々しく整える為、両軍が半日がかりで行った準備は何だったのか。よっぽど、一騎打ち前に行った両軍の軍楽演奏合戦の方が盛り上がったと言われても仕方がない。


「卑怯者め!」


 だか、そこまで言われる理由は無かった。

 その上、それを叫んだと思われる者から矢が放たれ、すぐさま髯モジャから引き抜いた槍で矢を打ち払う。


「ニート様っ!?」


 しかし、それに続く者達が居た。一呼吸の間を空けて、十数本の矢が次々と襲ってくる。

 背後からネーハイムさんの叫び声が聞こえ、前後に居並ぶ両軍から一発触発の殺気を急速に膨れあがる。


 いや、ネーハイムさんの叫びを合図にして、二百メートルほどの距離を間に置く両軍は既にぶつかり合おうと駆け出していた。

 一騎打ちを行う前の事前交渉で申し合わせた通り、この場に居る兵数はお互いに千人だが、このまま火蓋を切って落としてしまったら、控えている両軍の兵達も入り混じり、泥沼の消耗戦となるのは間違いない。


 それは未だ補充員が届いていない我が方にとって、圧倒的に不利。今日を勝てても、明日以降が勝てない。

 息を大きく吸って、それを爆発させるかの様に腹の底から一気に吐き出しながら裂帛の気合いを放ち、槍の石突きで大地を叩く。


「鎮まれ!」


 その瞬間、十数本の矢が見えない壁に突き刺さったかの様に俺を目前に宙でピタリと止まった後、周囲に弾き飛ばされる。

 実に摩訶不思議な現象だが、これは槍が持つ特殊能力に過ぎない。


 本来の使い方は槍先から凝縮した風を放ち、目の前の目標を吹き飛ばす為のもの。

 それを逆に石突きから放ち、大地に反射させて、自分の周囲に風のバリアの様なモノを瞬間的に作ったと言うのが今回の手品の種。


 だが、その仕掛けを知る者はネーハイムさんを始めとする数人程度。それ以外の者達には俺が気合い一発で矢を吹き飛ばしたかの様にきっと見えただろう。

 実際、その効果は抜群だった。理解不能なモノを目の当たりにした両軍は殺気を霧散。再び茫然と立ち止まっており、その絶好のチャンスを逃すまいと即座に兜のバイザーを上げて叫ぶ。


 ちなみに、俺が身に纏っている鎧は動きやすさを重視したハーフプレートメイル。

 去年の戦いにて、ロンブーツ教国軍から分捕った物資の中にあった品であり、鍛冶屋に頼んで自分用のサイズに調整した一品。


「始まりを告げるラッパはとうに鳴っていた! それは誰もが聞いた筈だ!

 なら、油断をする方が悪い! 槍とは突いて、斬って、払って、打ち! そして、投げるものだ! 違うか!

 そもそも、良く考えてもみろ! こいつが俺の攻撃を防いでいたら、どうなっていたかを!

 そう、俺は武器を失って、絶体絶命! 今、ここに寝ていたのは俺かも知れん! だったら、こいつは自分の油断から絶好のチャンスを失ったに過ぎん!」


 正直に言ってしまえば、俺自身もちょっと卑怯だったかなと思わないでもないが、こう言った問題は言った者勝ちと昔から相場が決まっている。

 しかも、死人に口は無し。当事者のもう一人は既に息絶えており、それっぽい後付の屁理屈を列べて、自己弁護を重ねてゆく。


「それを卑怯者だと! 笑わせるな!

 一騎打ちの作法を破り、横槍を入れてきた卑怯者に言われたくは無い! 恥を知れ! 恥を!

 それとも、ロンブーツ教国ではそれが正しい道理とでも言うのか!

 なるほど、この一騎打ちを申し込んできたのも、そちらから! 元々、それが狙いだったという訳か!

 神の教えを第一とする『教国』でありながら、実に見事なモノだ!

 我がインランド王国は光と知恵を司る神を拝み奉るが、貴国が拝み奉る火と戦いを司る神の悪知恵には負けるらしい!

 ああ、負けたよ! 負けた! 素直に負けを認めて、その悪知恵を天晴れと褒めようではないか!

 ほら、ほら! どうした、どうした! その悪知恵で俺の首を疾く取るが良い! わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 それが済んだら、今度は敵を容赦なく責めて、責めて、責めまくる。

 敵兵達から殺気一歩手前の濃厚な怒気が立ち上り、千人全員が屈辱に身を震わせて、俺を射殺さんばかりに睨む。


 思わず身体がブルリと震えそうになるのを腹筋に渇を入れて耐える。

 その瞬間、ちょろりと漏れたのは俺だけの秘密。じんわりとした生暖かさが股間に広がるが、鎧の腰当てがみんなの視線から守ってくれる。


 無論、その内心はおくびにも出さない。

 槍を右脇の大地に突き立てると、腕を組んで胸を張り、千の睨みを跳ね返した上に大口を開けて笑う。


「だが、しかしだ! もし、違うと言うのなら、一騎打ちを始める前に交わした約定通り、背後の陣を放棄せよ!

 さあさあ! 己が誇りを自ら選ぶが良い! もっとも、トーリノ関門の防衛を預かる者として、この俺は貴国が気高き国である事を一欠片も疑ってはいないが!」


 しかし、万が一を考えて、保身も忘れない。

 最後の最後に敵をよいしょして持ち上げると、右の人差し指を勢い良くビシッと突き付けて、答えが解りきっている選べない選択を迫った。


 


 ******




「ニート様、万歳!」

「ニート様、最高!」

「ニート様、男前!」


 俺が城門を潜ると、トーリノ関門は歓声に溢れた。

 いつの間に用意したのか、頭上からは花吹雪まで舞い散って、俺が笑顔で槍を掲げて応えると、歓声は大歓声となった。


 まるでロンブーツ教国軍を追い返したかの様な騒ぎだが、その実は戦略的に依然と不利なまま。

 補充員は未だ届いておらず、ロンブーツ教国軍が一騎打ち前の約定通り、最前線の陣を放棄した後、それを破壊してはきたが、四重の縦陣が三重の縦陣となっただけに過ぎない。


 しかし、ロンブーツ教国軍が渓谷の先にその姿を現した日を開戦日とするなら、今日は開戦より十五日目。

 あのアホの命令違反があった以降、出撃を厳重に禁じて、徹底的な防衛戦を甲羅に引っ込んだ亀の様に行っていた俺達にとって、今日の一騎打ちは初めて掴んだ勝利らしい勝利。盛りに盛り上がるのは当然だった。


 一方、こちらの兵力が手薄だと未だ知らず、ロンブーツ教国軍側の司令官も無駄な消耗を嫌っていた。

 今日に至るまで本格的な総攻撃は一度も行われていない。毎日、攻めてきてはいるが、二千か、三千程度の兵力を用いた小さな攻勢ばかりを行い、それも軽く一当てするだけで即時の撤退を繰り返していた。

 もしかしたら、現状の睨み合いを維持して、秋を待っての撤退を目的にしているのかと思える消極さを見せていた。


 こちらとしては実に有り難い話なのだが、こちらの陣営にアホが居る様に向こうの陣営にもアホが居た。

 生温い現状に業を煮やしたのだろう。今朝、先ほど俺に一騎打ちでやられたアホが敵陣より単騎で現れ、一騎打ちを申し込んできたのである。


 断る理由は無かった。その是非を問う採決も満場一致で決まった。

 ただ、俺が一騎打ちに出ると名乗りを挙げた際、採決の投票権を持っていなかったネーハイムさんが防衛司令官代理たる俺が出るまでもないと不満の声を挙げたくらい。


 なにせ、負けた場合は野戦を強いられていたが、勝った場合のメリットが大きすぎた。

 敵が最前線として築いた陣は目と鼻の先。その威圧感は予想以上に大きく、味方の士気は高いままを維持しているが、精神的な疲労は著しい。


 それに加えて、トーリノ関門を本来の半数の兵力で守っている今、どうしても必要以上の緊張感を強いられ、夜になっても眠れない者は多い。

 次の日に残さない程度の酒を気晴らしに支給してはいるが、あまり酔えない上に寝酒にもならず、誰もが疲労を次第に隠せなくなりつつあった。


 また、一騎打ちに勝つ絶対の自信もあった。

 敵のアホは二メートルを悠に超す巨漢。その腕は丸太の様に太く、遠目にも凄まじい威圧感も持っていて、まだ村に居た頃の俺なら確実に怖じ気付いて震え上がっていたに違いない。


 だが、おっさんと義父。そのヒトを超越した化け物の二人と戦った経験が一目で見破った。こいつは見かけ倒しの雑魚だと。

 事実、あの大斧を軽々と振り回していた腕力は舌を巻いたが、その技量はとても稚拙なモノで既に承知の通り、たったの一撃であっさりと倒せたほどの雑魚だった。


 余談だが、こちらのアホは謹慎処分中。兵舎からの外出を禁じ、世話をする従者以外との接触を禁じさせてもいる。

 しかし、念の為に監視を行わせている者からの報告によると、自ら引き籠もっている様であり、アホを神輿にしようと企んでいる者達が訪れても面会を断り、怒鳴り追い返しているとか。

 初陣を経験した際、王都から連れてきた腰巾着全員が殺されるのを目の当たりにして、どうやら虚勢を張る余裕すら失ったらしい。


「よう、大将! お疲れさん! なかなか見事な口車だったぜ?」


 城門から数多の兵士達が作る合間の道を進んで行くと、その先で待っていたのはジェックスさんだった。

 但し、その表情は他の兵士達の様に浮かれてはいない。笑顔なのは確かだが、苦笑いが含まれており、その中に儚さと疲労感を感じさせた。


「いやいや、ここは一騎打ちについてを褒めるべきだと思いません?」

「だって、それは……。なぁ?」


 嫌な予感を漠然と覚えながらも軽口を返して、馬から下り、差し出されたジェックスさんの右手を握る。

 するとジェックスさんは握手を握り返す傍ら、俺の右肩を左手で何度か叩き、その口を俺の耳元に寄せて囁く。


「残念ながら、悪い知らせだ。

 だが、ここではまずい。大将の部屋で話そう」


 まだ数多の視線がある手前、思わず溜息が漏れそうになるのを堪える。悪い知らせとやらについて、その内容が何となく予想がついた。




 ******




「な゛っ!? ……更に五日は遅れるって、どういう事ですか!」


 嫌な予感は見事に的中、マグカップを執務机に思いっ切り叩き付けながら椅子を蹴って立ち上がる。

 大任を終えて、一気に飲み干した水。その美味さも、爽快感も、一気に吹き飛んだ。


「この一週間、小雨が振ったり、止んだりを繰り返しているが……。ラクトパスの山の向こう側は連日の大雨だとさ。

 それで河が増水して、橋が流されたとの事だ。去年、大将も山の手前で渡っただろ? よりにもよって、あのデカい河だとよ」

「そんな……。」

「もちろん、復旧を急いではいるが……。どうしても、五日は遅れるそうだ。

 それも早くても、五日だ。雨の具合によってはもっと伸びる。十日になるか、十五日になるか……。

 だから、当初の予定日を足すと、四、五、六、七、八だから……。最短で八日後になる。

 まあ、この報を聞いて、ラクトパスの代官が志願兵を募り、街の守りも空にして、ここに援軍を強行軍で向かわせているとの事だ」

「その数と到着予定日は?」

「数は三千、到着はそうだな。あと三日か、四日はかかるだろうな。志願兵も混ざっている事を考えると」


 そんな俺を落ち着かせる為か、ジェックスさんは執務机前に置かれた応接用のソファーに腕と足を組んで座り、俺の留守中に運ばれてきた伝令の内容を感情を交えずに淡々と告げた。

 おかげで、受け答えをする度、余裕を取り戻せてゆく。天を仰ぐ様に真上の天井を見上げて、息を大きく吐き出した後、一拍の間を空けて、息を大きく飲み込み、最後に残った動揺も飲み込む。


「有り難い……。猫の手も借りたいとはこの事だよ」

「猫の手? 面白い事を言うな。

 ……で、どうする? この件を公表するか、しないか」

「するべきです。どうせ、こちらがそれをしなくても、すぐにバレるか、言わざるを得なくなります。

 だったら、先手を打って、公表をした方がまだマシです。士気の低下は否めませんけど、今の状況で司令部に不信感を持たれるのはもっとまずい。

 ……いや、待てよ? 上手くすれば、王都に対する不満で一致団結。士気は逆に上がるかも知れないな。

 うん、悪くない手だ。費用がかかる訳でも無いし、その下地は十分に揃っている。これから来る殿下には泥を被って貰うが、こちらで上手く誘導すれば……。」


 椅子に再び座り、両肘を机に突きながら両手を組み、その上に顎を乗せて、これから打つべき最善手に思考を巡らせる。

 あと三日で王都からの援軍が届く。この一週間、そのカウント日数を減らしながら、それをスローガンに俺達は今日まで頑張ってきた。

 その頼みの綱である日数が遠のく。それも日数がはっきりとせず、目標まであやふやとなったら、士気の低下は止められない。


 こうなったら、敵の消極性が一日でも多く続くのを天に願い、更なる徹底した防衛戦を行うしか術は無い。

 本音を言ったら、防衛戦のみではストレスが溜まる。毎朝の作戦会議にて、各門番長から出撃許可を願う声が出ており、それを許してやりたいが、門は決して開けられない。


 何故ならば、一兵士ですら大事というのもあるが、一度でも出撃してしまったら、捕虜を取られる可能性が生まれ、そこからこちらの実情を知られる危険性が高かった。

 先日、アホが出撃した際、捕虜を一人も取られなかったのが、唯一の不幸中の幸い。


「くっくっくっ……。相変わらず、悪辣だな。

 大将はこんな所に居るよりも、王宮で大臣でもやっている方が似合っているんじゃないのか?」

「失敬な……。俺の夢は可愛い嫁さんと二人、田舎の静かな村で猟をしながらのんびりと暮らす事なのに」


 ところが、ジェックスさんときたら、俺がこんなにも悩んでいると言うのに酷い言い様。

 ジェックスさんを白い目で睨み付けながら鼻息をフンスと強く吹き出して、その酷い風評被害を吹き飛ばす。


 そう、慣れ親しんだ村を追放されて以来、俺の夢は今も、昔も変わらない。

 コゼットと再会して、結婚。小高い丘の上に白い家を建てて、白い猟犬を飼い、子供は男の子と女の子が二人。家族四人と一匹で幸せに暮らす事だ。


「何、寝言を言ってやがる。アリサ嬢とルシル嬢、ララノアの三人はどうするんだ?」

「うぐっ!?」


 しかし、それを言われると辛かった。

 思わず身体がビクッと震えて、矢が胸に突き刺さったかの様な鋭い痛みを感じ、胸を右手で押さえる。


 優しいコゼットなら、きっと解ってくれる筈だ。大丈夫に決まっている。

 小高い丘の麓に別宅が三軒あり、週の半分を其方で過ごしていても、とっても優しくて美人なコゼット様なら、きっと許してくれる筈だ。当たり前である。


「まあ、ティラミス嬢が三人を許すか、どうかはさておき……。

 今、言った夢は諦めた方が良いな。残念だが、それだけは絶対に無理だ」

「えっ!? ……どうしてですか?」


 するとジェックスさんはいつもの勘違いと共に意味深な言葉を告げて、両膝を両手で叩きながら立ち上がった。

 その意味深な言葉が妙に引っ掛かり、勘違いの訂正を忘れて、部屋を出て行こうとするジェックスさんを呼び止める。


「これも相変わらずだが……。大将は自分の事になった途端、評価が低くなるのは悪い癖だ。

 考えてもみろ? 今頃、王都はきっと大騒ぎだぞ?

 ロンブーツ教国軍が攻めてきた事についてじゃない。その襲来に補充が間に合わなかった事とその責任問題でだ。

 つまり、この窮地を凌ぎきって、ここを守りきれたら、大将は王都の連中にデカい貸しを作る事となる。

 それに付け加えて、去年の大手柄も有る。それだけだって、十分過ぎるんだ。

 若手で大将並に手柄を挙げている奴が他に居ると思うか? ……いいや、居ないね。

 強いて挙げるなら、第二王子様だが……。さすがに王族となったら話は別だ。

 だったら、望もうが、望むまいが、周囲は大将を放っておく筈が無い。

 今年と来年、ここを守りきって、再来年の春に王都へ帰ったら、百騎長に昇進するのは間違いないだろう。

 それこそ、爵位が上がる可能性だって、有るかもな? 領地の下賜は……。さすがに難しいか。

 いずれにしたって、出世は確実だ。なら、次の任地もそれ相応の場所になるだろうさ。

 さっきは笑ったが、それを繰り返してゆけば、いずれは大臣も……。いや、レスボス家の血筋を考えたら、やはり軍人だな。

 なら、大将の先代が担った実績も有る。ゆくゆくは中央軍総司令代理の座だって可能性は十分に有るぞ?

 それじゃあ、俺は各門番長を呼んでくるから、大将はみんなに伝える言葉を適当に用意しておいてくれ。……よろしく頼むな?」


 そして、言葉を重ねられれば、重ねられるほどに広がってゆく笑えない未来図。

 顔が次第に引きつってゆくのが解った。否定をしたかったが、否定をする材料が見つからず、口を挟めない。


 しかし、おっさんは兵役が終わったら、自分の元に呼んでくれると言っていた。

 だったら、俺とコゼットのハッピーウェディングは揺るがない筈なのだが、この心に生まれた一抹の不安は何なのだろうか。


 もっとも、その最後の『中央軍総司令代理』だけは有り得ない。

 その為の大前提として、第三王子が王座に就くと言うほぼ不可能な条件が必要となるからだ。


 だが、既に内外から第三王子派と見られていると思しき俺である。

 王位継承を争うドロドロとした陰謀や血で血を洗う闘争に巻き込まれる可能性は十分過ぎるほどにあった。


「……どうして、こうなった」


 そして、ジェックスさんは出て行き、俺は一人残された部屋でたまらず深すぎる溜息を漏らすと共に力無くガックリと項垂れた。




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