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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第六章 士爵 十騎長 トーリノ関門防衛司令官代理編
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第04話 王族と派閥


「こちらに御座います!」


 インランド王国軍は大きく分けると、五つの軍団で構成されている。

 国王の直轄である中央軍と海軍。王都を起点とした北方諸侯軍、西方諸侯軍、南方諸侯軍である。


 それ等の下に様々な騎士団や兵団があり、十騎長が率いる百人以上の兵員で構成される部隊からは部隊旗の掲揚が戦場で義務付けられている。

 その本来の目的は司令官が指揮を執り易くする為の工夫だが、腕に覚えのある騎士達は戦場での己の存在をより主張しようと鎧などの見た目を派手にしたり、様々な工夫を凝らす。


 例えば、おっさんとオータク家陪臣団で構成された『赤備え』は他国にも名が知れ渡っているほどに有名だ。

 インランド王国一の精鋭と名高く、赤で統一された鎧の軍団の存在は味方を鼓舞して、敵を震え上がらせる代名詞にもなっている。


 しかし、インランド王国紋の刺繍が胸に描かれた真っ白なサーコート。

 それは伝令官にだけ着用が許された特権であり、王国紋が無くとも伝令官以外が真っ白なサーコートを着用するのは軍規で固く禁じられており、その役目柄に必要となる武術と馬術の二つに秀でた者にしか許されないエリートの証でもある。


 伝令官は全てが中央軍総司令部直轄の部隊で領主、代官、拠点防衛司令官の権力が及ばない独立した存在。

 このトーリノ関門にも十人ほどが常駐しており、日頃はこれと言った仕事も特に無く、のんびりとした部隊で皆から羨まれているが、災害や敵襲が一度でも発生したら、どんな強い雨が降っていようが、どんな強い風が吹いていようが、その国家存亡の危機を伝える為、時には昼夜を問わず、王都に至る次の中継地、または最寄りの領主の元や目的地までひた走り、その行く手を遮る事は大貴族であろうと、王族であろうと許されない。


 国内最北端にあるトーリノ関門の前の中継地はラクトパスの街。

 普通に旅をしたら、最低でも一週間はかかる道のりをどれだけ短縮して駆けてきたのか、目の前に片跪いた伝令官は明らかに疲労の色が濃かった。

 油紙に包まれた羊皮紙を俺に渡すと、張り詰めていた緊張が解けたのだろう。そのまま横に崩れ落ち、虚ろな目で小さな痙攣を始めた。


「ご苦労! 誰か、彼に水を!」


 すぐさま彼を抱き起こして、医務室に運びたかったが、俺の役目は彼が倒れるまでに急いで運んできた情報を一刻も早く知る事に有る。

 時折、トーリノ関門の城壁の上を吹き抜けてゆく春の強い南風に注意しながら油紙の封を切り、丸まった羊皮紙を広げて、その内容に目を走らす。


「う~~~ん……。」

「中央は何と?」


 正直、それはあまり嬉しい内容では無かった。

 決して倒れてしまった彼のせいではないが、その封を開けるまでの期待が大きかっただけに落胆も大きく、眉が自然と寄り、舌打ちこそは堪えたが、固く結んだ口から唸り声が漏れる。

 その内容が気になったのだろう。こちらに顔を向けたジェックスさんに羊皮紙を渡して、伝令官が訪れるまで眺めていたロンブーツ教国側の国境に視線を戻す。


 背後に広がる盆地の閉じ口に建設されたトーリノ関門の城壁の高さは約十メートル、その横幅の長さは約十キロ。

 その昔、ヒトが往来して作った一本の街道を除き、渓谷を埋め尽くしていた筈の深く濃い森は今や何処にも見当たらない。

 トーリノ関門を建設する為とトーリノ関門を破壊する為、その双方を目的に木は悉く伐採しつくされて、雑草が所々に生えている荒れ地が前方に五キロほど広がり、緩やかなカーブを東に描きながらロンブーツ教国に向かっている。


 その国境にロンブーツ教国軍が約三万五千の兵力を率いて現れたのは一週間前の事。

 お昼過ぎ、その姿を渓谷の先に見せると、進軍を堂々と進め、トーリノ関門から見て、真正面になる三キロほど離れた位置にある小高い山を利用して、本陣を構えた。

 その後、兵力の一部を割いて、三日毎に五百メートルほど前進しては陣を築き、今現在では三重の堅牢な縦陣を完成させるまでに至っており、鮮やかな奇襲を成功させた去年とは打って変わり、正反対の手堅い戦法で打って出てきた。


 敵との相対距離は既に二キロ前後。

 本来であるなら、そこまでの接近を許したくは無かったが、俺達はそれを残念ながら目の前で見ているしか術は無かった。


 なにしろ、こちらの兵力は本来の駐留数の半分である約一万。

 今年、補充される筈の残りの一万はまだ届いておらず、トーリノ関門の防衛網を構築するので精一杯。兵力で圧倒的に劣っている以上、力試しの前哨戦すら行うのは危険が過ぎた。


「な゛っ!? 急いでも、あと二週間だとっ!?」

「まあ、彼等がここまで急いで来てくれた日数を差し引くと、実際はもう二、三日は早くなるでしょうけど……。」


 だからと言って、ただ黙っていた訳では無い。出来る限りの事は全て行ってある。

 この緊急事態を王都とラクトパスの街、こちらに向かっているだろう補充員の兵団に伝令官を放っていた。


 今のところ、戻ってきた返事は二つ。王都からはさすがにまだ届かない。

 ラクトパスからは援軍が明日か、明後日には到着する。その兵力数は千、焼け石に水ではあるが、ここと同様にラクトパスの街もまた台所事情が厳しいのは知っている。

 よくぞ、援軍を送ってくれたと感謝するばかり。どうやら、去年の腰抜け代官とはモノが違うらしい。


 だが、補充員の兵団に関して、こちらは完全な期待外れ。

 羊皮紙に記載されていた兵員数は一万五千と本来の補充数より上回ってはいるが、その到着予定日が遅すぎる。


 早ければ、あと三日。遅くとも、あと五日で戦端は開かれ、戦いは本格化してゆく。

 今はまだ良いが、こちらの兵力が本来の半数しか駐留していないとバレたが最後、敵は強引な力攻めで来るに違いない。

 そうなったら、さすがに半数の兵力では守りきれない。そうなる前に到着して貰わなければ困る。


「大将、どう思う。敵さん、また距離を詰めてくると思うか?」

「……でしょうね。俺だったら、もう五百は詰めます。

 今でも十分な距離だけど……。城攻めは城を攻めるは下策、心を攻めるが上策ってね。

 多分、ああも慎重に陣を重ねた理由はその為じゃないかな? もし、危険を感じたら、すぐ後ろの陣に逃げ込んだら良いだけですしね」

「そうか。……糞っ!?」


 ジェックスさんが苛立ちを露わにして、羊皮紙を床に叩き付けた上に踏み付ける。

 思わず同意にウンウンと頷くが、俺の場合は苛立ち以上に感じた疑問が書かれていた内容にあった。早速、それを尋ねる。


「ところで、ここの正式な防衛司令官に第三王子がなるって書いてありましたけど……。どんな人です?」

「どんなって……。それは大将の方が詳しいんじゃないのか?

 殿下とは同期叙任だし、去年の戦いの後も随分と親しそうに話をしていたじゃないか?」


 しかし、ジェックスさんは目を丸くすると、呆れた様に苦笑を返してきた。

 正しく、その通りではある。第三王子のジュリアス様は庶子であり、俺もレスボス家の庶子であるせいか、騎士叙任式の時もそうだったが、去年の戦いの後も王都に帰るまでの数日間、殿下は俺に何かと気さくに話しかけ、食事にも誘っている。

 もしかしたら、傍目には友人同士に見えていたかも知れない。


 だが、俺がレスボス家の庶子と言うのは真っ赤な嘘であり、おまけに他国の人間。

 知っているのは話した際の印象くらい。今後、俺の上司になると言う事で興味は持ったが、今の今まで興味など欠片も持っていなければ、インランド王国民であり、騎士なら尚更の事、知っているのが当然の知識すらも持っていなかった。


 そうは言えども、俺が詐称している経歴の事実は明かせない。

 どうしたものかと腕を組んで悩み、それと解らない様に改めて言い換えながら尋ねる。


「まあ、そうなんですけど……。ほら、俺って庶子でしょ?

 実は自分がレスボス家の血筋って知ったのも、母さんが亡くなった時の事で……。平民としては殿下を知っているけど、貴族としては知らないんですよ」

「ああ、そういう事か……。ん~~……。そうだな。

 これは大将も知っていると思うが、殿下は平民に人気が高い。

 あの通り、気さくな人だからな。だから、俺達の様な士爵位だけを持つ下級貴族もそうだ。

 その反面、上級貴族には人気があまり……。いや、殆ど無いと言うべきか。

 やっぱり、その……。何だ……。庶子というのが原因なんだろうな。表立って、殿下を支援しているのは大将の家くらいか。

 だから、チャンス自体が与えられないのか、政治の場で何かをしたって話は聞かない。去年の援軍、あれが公的に初めての役目だ。

 俺が見たところ、初陣だって言うのになかなか頑張っていたよ。周りも殿下を助けようと積極的だったし……。指揮能力だけを見るなら、大将より上だろうな」


 するとジェックスさんは言葉を濁して、目を申し訳なさそうに逸らした。

 俺は血筋にあまり価値を見出してはいない。それは前の世界の価値観がどうしても先行してしまう為だが、この世界の住人達にとって、やはり血筋は重要なもの。

 そのせいか、ジェックスさんも、ネーハイムさんも、ララノアやニャントー達も、この手の話題を避ける。特に和気藹々とした食事の場で出た時の気まずさと言ったら堪らないモノがあったりする。


 最近、この俺に作られた出自設定に関して、嘘を付くのもすっかりと慣れてしまったが、もう半年以上も寝起きを共にして、公私を助けられているジェックスさん達に対しては心がチクリと痛む。

 いつか、真実を語れる日が来たら良いのにと考えながら、今の応えから更に気になった質問を重ねる。


「王太子様や他の兄弟との仲は?」

「王妃様が後見をしているせいか、王太子様との噂で悪い話は一度も聞いた事が無い。

 ただ、王太子様は知っての通り、生まれついての病弱だ。政治にも、軍事にも関わっておらず、王宮での発言力はあまり持っていないと聞く。

 そして、全員が別腹になるが、本来の年長にあたる第一王女様は政治面で、兄君の第二王子様は軍事面で見事な才能を発揮しているんだが……。」

「人気が無い。だから、殿下とは仲が悪い。……と言う事ですか?」


 ここまでの説明で答えが朧気に見えてきた。

 思わず口を挟むと、ジェックスさんは顎を右手でさすりながら苦笑いを零して頷いた。


「まあ、ありていに言ったら、その通りだ。

 しかも……。ちょっと待ってくれ……。良し、続けよう。どちらも性格が苛烈でな。

 第一王女様は一言で言ったら、陰謀家。不正を行い、私腹を肥やした貴族を何人も告発している。

 公平で潔癖なのは美点だが、それも度が過ぎると毒だ。宮廷の綱紀は粛正されたが、些細な事も許さないものだから恐れられている」

「第二王子様は?」

「第二王子様が指揮する軍隊はとにかく軍律が厳しい。

 だからこそ、第二王子様が指揮する軍隊は強い。どんなボンクラでも絶対服従になるほどだ。

 しかし、血に酔う傾向が強くて、敵に対してはとにかく容赦が無い。

 実際、俺も三年前に第二王子様が率いる戦いに参加した事があるんだが……。

 ミルトン王国軍を崖まで追いつめて、降伏勧告を行うのかと思ったら、出された命令は前進だ。

 その時の光景は今でも忘れられない。地獄絵とは正にああ言うのを言うんだろうな。

 逃げ場を失った一万人が俺達に距離をゆっくりと詰められてさ。一人、また一人と押し出されて、崖に次々と落ちてゆくんだ。

 その地獄絵に耐えかねて、ある騎士がすぐ止める様に諫言したが、第二王子様はこう言った。

 何を言うか、私は卿等が一万の墓穴を掘る手間を省いてやっただけの事。感謝はされても、罵られるとは心外だ。……って、薄く笑いながらだ」

「それは何と言うか……。えぐいですね」


 そして、その飾らない評価は不敬罪の可能性が含まれている為だろう。

 一旦、ジェックスさんは喋るのを止めると、辺りをキョロキョロと見渡した後、俺だけに聞こえる小声で詳しく教えてくれた。


「だろ? そう思うよな?

 しかし、王太子様は病弱、第三王子様は……。その……。庶子だ。

 だから、その苛烈さを頼もしさと捉えて、次期国王に第一王女様と第二王子様のどちらかを推す貴族は上にゆくほど多い」


 やがて、それが国王の後継問題に話が及ぶと、色々なモノが次第に見えてきた。

 去年の騎士叙任式の際、大きく分けて、三つのグループが作られていた理由はソレだったのかと知って、今更ながらに顔を引きつらせる。


 即ち、第一王女派と第二王子派と第三王子派。

 そうとは知らず、俺はそれぞれに挨拶を分け隔て無く回ってしまった。

 

 その際、初対面にも関わらず、いやに突っかかってくる大貴族の者達が多いなと不思議に思っていたが、その謎がようやく解けた。宣戦布告と受け取られたに違いない。

 片や、下級貴族の者達からは心のこもった握手を幾つも受けた挙げ句、『やっぱり、君こそが僕達のリーダーだ』と讃えられた。


 当時、それが何を意味するのかがさっぱり解らなかった。

 その場に経歴詐称で居る緊張感から挨拶だけをとにかく優先して、思わず元日本人の悪い癖を出して、曖昧に笑って流してしまった。

 だが、その意味が今ならはっきりと解る。俺は同期における第三王子派の派閥リーダーとして見られていたのだと。


 なにしろ、先ほどジェックスさんも言っていたが、我がレスボス家は第三王子派閥の家。

 義父自身が第三王子の剣と軍略の指南役を務めており、長女様が生んだ長女は第三王子と婚約を結んでもいる。

 ここに庶子とは言え、偶然にも第三王子と同期叙任の俺が加わったのだから、俺に対する第三王子派の期待は大きいのかも知れない。


 ここでの兵役を終えたら、俺はおっさんの所に行くのが決まっている。

 つまり、王都に戻りはするが、一時的なもの。この国の行く末に関して、今のこの瞬間まで第三王子以上に興味はこれっぽっちも持っていなかった。


 ところが、俺を取り巻く周囲の状況はそれを許さないらしい。

 このトーリノ関門に第三王子が防衛司令官として着任する。それを代理職で補佐する位置に有る俺は完全にナンバーツーと見られており、名実共に認められた証拠。まさか、義父は去年の段階からこれを企んでいたのか。


 率直に言ってしまえば、俺は派閥と言うモノが嫌いだ。

 理論主義の専務派と現場主義の部長派、前世のブラック企業時代に嫌と言うくらいに経験している。

 もう中年のおっさんと呼べる大人が毎日、毎日、下らない小学生並の悪口や陰口、嫌がらせのオンパレード。あの胃がキリキリと痛くなる思いは二度と御免だ。


 だが、その前世でもそうだったが、この手のモノは一度でも巻き込まれるともう後には退けない。

 積極的な関わりを避けて、どちらも付かずの曖昧な態度でいると、いずれは両方から責められて、より苦境へと立たされるのは前世での実体験で思い知っていた。


「なるほどねぇ~……。それでここの防衛司令官か」

「んっ!? どういう意味だ?」


 思わず目線を右手で覆いながら天を仰いで溜息を深々と漏らす。

 その様子が気になったのか、ジェックスさんが声の大きさを戻して、眉を怪訝そうに寄せた。


「つまり、殿下は厄介払いされたんですよ」


 だったら、説明をせねばなるいまい。

 俺が第三王子の補佐役なら、ジェックスさんは俺の補佐役。簡単に言うと、第三王子の補佐の補佐がジェックスさん。

 今後、第三王子にとって、師団とも言える騎士団を編成する資格を持つ千騎長の階級に有るジェックスさんは重要な存在となるのは確実であり、義父の企みに巻き込まれた俺に次ぐ犠牲者なのだから。


 但し、ジェックスさんはまだ考えがそこまで至っていない。

 その為、いかに俺達がヤバい状況に追い込まれているのか、まずは第三王子を取り巻く状況を知って貰う。


「はぁ? ここは最前線の重要拠点だぞ? 

 その防衛司令官を任すんだから、逆に期待されているんじゃないのか?

 事実、ここの防衛司令官を経験した者は必ず出世をしている。今、話した第二王子様だって、そうだ」

「確かに……。ここは本来の兵員数で普通に守っていれば、まず落ちない。

 まあ、去年の様な間抜けを起こせば、話も変わってきますが……。国境をさほどの苦労をせずに守って、大手柄です」

「だろ? だったら……。」


 しかし、ジェックスさんは半音をあげた驚き声を出して、俺の説明を初っぱなから否定した。

 それを肯定して頷く一方、反論を更に重ねようとするジェックスさんに右手の人差し指を立てて見せた後、それを何度も左右に振りながら舌打ちを合わせて打ち鳴らす。


「でも、それは数年前までの話。今、国王陛下の関心はミルトン王国に大きく向いています。

 その証拠として、当初の予定では一ヶ月も前に到着している筈の補充員がまだ届いていない。それが王都では許されている。

 ここだって、ジェックスさんが言う通り、最前線の重要拠点です。

 毎年、ここが攻められるのも、その攻めてくる時期も解っているって言うのに間に合わせても来ない。明らかにトーリノ関門の評価は低くなっている」

「……だな」 


 その上で俺達が今正に困窮している現状を溜息混じりに説くと、ジェックスさんは口籠もり、苦々しい渋い表情で頷いた。

 全く以て、腹立たしい話である。冬が終わり、ミルトン王国方面に騎士、兵士の動員が忙しいのは解るが、このトーリノ関門を王都は蔑ろにし過ぎている。

 予定通り、補充員が一ヶ月前に届いていれば、もっと別の戦い方があった。少なくとも、今よりも断然に有利な戦況を作れていた筈であり、足を味方に引っ張られている印象がどうにも強い。


「まあ、予定より五千人も多いところを見ると、義父が頑張ってくれたのかな?

 しかし、やはり王族として功績を重ねるのなら、今はミルトン王国攻めに加わった方が良い。

 だけど、手柄を下手に立てられても困るし、王都に居られても困る。これ以上、人気が高くなってもまずいですからね。

 なら、厄介払いをする場所として、ここは王都から遠くて、名目も立つ。正に打って付けの場所ですよ。

 去年の間抜けを例外とすれば、このトーリノ関門は難攻不落と名高い。

 逆に言ったら、守れて当たり前という印象が強い。実際、その悪い例をジェックスさんはラクトパスの街で見た筈です。

 更に言い換えるなら、それは皆の関心も薄いという事……。ここに三年も居れば、殿下の人気も下火になるんじゃないかな? ……って、どうしました?」

「相変わらず、大将は読みが深いな。同じモノを読んでいながら、こうも受け取り方が違うのかと改めて感心していたところだ」


 説明を更に重ねながら腕を組み、顎を右手で支え持って考え込んでいると、ジェックスさんが丸くさせた目で瞬きもせずにこちらをまじまじと見つめているのに気付いた。

 思わず首を傾げて喋るのを止めた途端、ジェックスさんは表情を真顔へと変えて、何度もウンウンと頷き、その真っ向からの大絶賛が恥ずかしくて、たちまち顔どころか、耳まで熱を帯びる。


「えっ!? あっ!? うっ!? ……い、いや、違うんですって! お、俺のは何て言うかな! 

 そ、その昔、戦記とか読んでいて……。し、指揮官になったつもりで『俺だったら、こうする』みないなのを考えるのが楽しくって!

 そ、それが何て言うか……。そ、そう、癖になっているって言うか! ぜ、全然、そんな大したモノじゃないんですよ! え、ええ、これっぽっちも!」

「いや、大したもんだ! その戦記すら、俺は読んだ事が無いからな! これからも頼りにしてるぜ! 大将!」

「うぇっ!?」


 実際の中身はともかく、見た目は二十前の若僧がしたり顔で陰謀論を説く。

 今更ながら、その恥ずかしさにも気付き、慌てて声を上擦らせながら言い訳をするも通じず、真顔のままのジェックスさんが再び頷きを何度もウンウンと重ねて、俺の背中に張り手を放ったその時だった。


「お、お待ち下さい! い、今、取り次ぎますから!」

「さっさとお退き! んな暇は無いって、さっきから言ってるだろ!」

「のわっ!?」


 突然、騒ぎ声が聞こえ、釣られて視線を向けると、女性騎士が両手を広げて立ち塞がる兵士の両腰を持って、見事な上手投げ。

 肩を怒らせた大股歩きで鼻息をフンフンと荒く撒き散らしながら俺達の元へ来ると、ロンブーツ教国側の国境を勢い良くビシッと指さした。


「おぅ、おぅ! 防衛司令官代理様よぉ!

 何、さっきから手を拱いて見ているんだい! 味方がやられているって言うのに! 股に玉を二つもぶら下げているのなら、さっさと何とかしな!

 こっちはあんたの命令を待って、ウズウズしているんだ! これじゃあ、濡れるだけ濡れて、ちっともイけないんだよ!

 それとも、ブルっちまったのかい! だったら、あたしに指揮権を渡しな! ロンブーツの早漏野郎なんて、あたしが片っ端から派手にイかしてきてやるよ!」


 その女性騎士が訴える通り、会話を暢気に重ねていた俺達だが、実は伝令官が倒れた瞬間、ロンブーツ教国軍との戦端が遂に開かれていた。

 しかも、それはこちら側から仕掛ける形で行われ、二千弱の騎馬と歩兵の混合部隊が勇ましい雄叫びをあげながら敵陣へと向かったが、敵陣より出撃した騎馬隊によって、その足並みの悪さをあっさりと突かれて、騎馬と歩兵が分断。今や騎馬隊は完全に孤立して囚われてしまい、このままでは全滅必至の大苦戦を強いられていた。


 だが、このトーリノ関門における今現在の最高位たる俺は出撃命令を許してはいない。

 前述にもあるが、この一兵すら大事な今、何らかの策があるならまだしも、それも持たずに正面からぶつかるなど愚の骨頂と言うしかない。

 敵が挑発してこようが、許可の無い出撃は一切を許さない。いかなる階級、爵位の者とて、これを破った者は厳罰に処すと事前の通達も行ってある。


 なら、目の前の現実は何なのかと言えば、春は別れと出会いの季節。

 任期を終えて、トーリノ関門から去る者も居れば、今年度からトーリノ関門を守る為、新しく訪れる者も居る。

 残念ながら、補充員に含まれている兵士の交代要員は遅れているが、騎士の交代要員は去年の俺の様に個人、個人が旅をして、既に次々と着任しており、その中に素敵な伯爵家の三男様が居た。


 そのアホが数人の腰巾着を従えて、このトーリノ関門に姿を現したのは約一ヶ月前。

 いきなり俺の執務室に現れると、挨拶という名の嫌味を散々垂れ流してくれ、翌日からは俺に何かと対抗しては様々な問題を起こしてくれ、極めつけが目の前のソレである。

 先ほど許可を出していないのに、出撃ラッパが第四番門で鳴った時は何事かと思ったが、その騎馬隊の先頭にアホの顔を見つけて、呆れるあまりにジェックスさんと一緒に肩の力が抜けた。

 もしかしたら、ソレをやるかも知れないと考えてはいたが、まさか本当にやるとは思ってもみなかった。これで事前の通達通り、そのアホを処分する大義名分が立ち、こちらは願ったり叶ったり。


 しかし、この勝手な抜け駆けは単なる命令違反だけに問題は止まらない。

 アホの階級は単なる平騎士に過ぎず、役職もトーリノ関門に五つある門の中の第四番門を守る中隊長でしかない。

 当然、その権限で門の開け閉めも出来なければ、二千弱の兵力を動かす指揮権も持っていない。


 この矛盾が意味するモノはたった一つ。

 その権限を持つ者達がアホに協力したか、脅されたか。どちらにせよ、今後のトーリノ関門の運営に大きく関わってくる問題である。

 この一年間、少しずつ、ゆっくりと黙らせて、ようやく静かにさせた俺の反対勢力がアホを得て、また勢いを取り戻した可能性が高い。


 だが、そんな事よりも今はもっと気になる問題があった。

 それは陳情してきた女性騎士が俺の知っている女性と瓜二つのレベルで似ていながら、その態度も、言葉遣いもまるで別人という目と耳の両方を疑ってしまう目の前の現実。


「ええっと……。この人、誰?」


 もしかしたら、双子の妹か、他人の空似か。それとも、これが噂に聞くドッペルゲンガーなのか。

 瞬きをパチパチと繰り返した後、失礼とは思いながらも女性騎士の顔を指さして、ジェックスさんに意見を尋ねる。


「くっくっくっ……。誰って、大将が密かに憧れていたルシル嬢だろ?」

「……う、嘘だ」


 ところが、ジェックスさんは顔を背けた上に肩を震わして笑い、非常なる現実を告げた。

 愕然とするあまり、肩をガックリと落とした挙げ句、その場に片膝も落とす。嘘でも良いから、違うと言って欲しかった。


「あぁん? 何だい? 用も無いのに良く話しかけてくると思ったら……。あんた、あたしに惚れていたのかい?

 あっはっはっ! お生憎様! 残念だけど、あたしはあんたの様なフニャチン野郎は趣味じゃないんだよ!

 でも、どうしてもって言うのなら、ロンブーツの早漏野郎をどっちが多くイかせるかで勝負と行こうじゃないか!

 もし、あんたが勝てたら……。そうだね! 今夜、あたしの寝所に来な! 褒美にあたしの処女をくれてやるよ! 

 まあ、このあたしがあんたの様なフニャチン野郎に負けるなんて、絶対に有り得ないけどね! ……ぷっ!? あっはっはっはっはっ!」


 あの大人しく、楚々とした可憐なルシルさんは何処に旅立ってしまったのか。常日頃の様子と違いすぎる。

 まかり間違っても、『お前は女山賊か、女海賊か!』と問い質したくなるはすっぱな言葉遣いは使わなかったし、喉の奥が見えるくらいに大口を開けながら笑いはしなかった。


「……と言っているが?」

「まあ、あんなアホでも味方だし、見殺しにするのも寝覚めが悪い。……そろそろ、助けてやるか」


 だが、ここまで言われて黙っているのは男が廃る。

 あのアホはどうでも良かったが、それに付き合わされた兵士達が哀れ。溜息をつきながらも立ち上がった。




 ******




 その後、俺とルシルさんは百の騎馬隊をそれぞれ率いて、ロンブーツ教国軍を左右から急襲。

 悪運強く生き残っていたアホを助けた後、即座に撤退を促して、命令違反で出撃した兵力の七割を辛うじて救う事に成功した。


 だが、問題はトーリノ関門へ帰還した直後に起こる。

 数多の兵士達が大歓声をあげて迎える中、ルシルさんが公衆の面前で熱烈すぎるキスを俺にぶちかましたのである。


 挙げ句の果て、その日の深夜。待ちぼうけを喰らって怒り狂ったルシルさんが俺の寝室に夜襲をかけてきた。

 気付いたら、俺はお馬さん状態。ルシルさんは戦場と変わらぬ勇猛果敢さと見事な馬術を寝室でも見せて、冗談だとばかり思っていた戦い前の約束を見事に果たす。


 実を言うと、その日の夜はララノアから密かに誘われていたが、疲れを理由に断っていた俺である。

 当然、次の日のララノアの機嫌は斜めに傾きまくり、その機嫌を取り戻すのにロンブーツ教国軍より頭を悩ますハメとなった。




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