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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第六章 士爵 十騎長 トーリノ関門防衛司令官代理編
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幕間 その4 コゼット視点



 ニートがコゼットとの再会を夢見て、トーリノ関門防衛司令官代理としての職務に勤しんでいる頃。

 その『コゼット』もまたニートとの再会を夢見て、アレキサンドリア大王国マスカット大公領本拠にある城の離宮で慣れない日々を過ごしていた。




 ******




「ハネポート男爵、大公様がお呼びです」


 ニートの子供を身籠もっていると解り、父さんも、兄さんも、あまり良い顔をしなかった。

 当たり前だ。将来を誓い合った仲とは言え、それは私とニートの二人の間だけであり、村のみんなからは半ば夫婦として認められていたが、まだ神父様を前に結婚式は行っていなかった。


 だが、産むのを反対はしなかった。

 フィートおじさんの孫であり、ニートの子供なら、将来は村の優秀な猟師に必ずなるだろうと言って。

 領主様から領外追放の罪を受けたニートの子供がだ。普通なら、そんな事は決して有り得ない。


 それと言うのも、父さんも、兄さんも、村のみんなも、口に出しこそはしないが、エステルの事件を発端としたニートに対する処罰を納得していなかった。

 ニートを余所者と嫌っていた者達ですら、『あいつは俺達が出来ない事をやってのけた村の誇りだ』とまで言ってくれ、落ち込んでいる私を慰めてくれた。


 きっと村のみんながニートの子供を受け入れてくれたに違いない。

 きっと兄さんや村の男達が父親代わりとなって、ニートの子供を愛してくれたに違いない。


 しかし、私の妊娠が判明したあの日。三人の貴族様がまるで運命に導かれるかの様に村を訪れた。

 ニートの両親、フィートおじさんとエクレアおばさん。その行方を捜して追ってきた貴族様達は二人が既に亡くなっていると知り、涙を流して落胆したが、私がニートの子供を身籠もっていると知るや、貴族様達のリーダーであるパリス様は目を輝かして、こう言った。


『おおっ……。風の神の祝福はあった。

 フィート様とエクレア様の御二人と会えるのは間に合わなかったが……。

 コゼット様、貴女様が我々の希望を繋いで下さいました。是非とも、我々と共にフィート様の父君であられるメートル様が待つ地にお越し頂けないでしょうか?』


 いきなり貴族様から様付けされた上に敬語を使われて戸惑ったが、悩んだのはたったの一夜。

 雪が本格的に降り出したら、私が育った地方は身動きが完全に取れなくなる。春を待っていたら、私のお腹が大きくなり、村を旅立つのは更に伸びてしまう。

 その二つの理由から急ではあったが、次の日に旅の準備と家族との別れを済ませると、村のみんなに見送られながら翌々日には旅立った。


「ハネポート男爵、大公様がお呼びです」


 行き先は見知らぬ遠い遠い異国の地、アレキサンドリア大王国。

 家族と再び会えるのは困難な距離だと知りながらも、それを迷わずに選んだのは偏にニートと会いたかったから。

 ニートは村どころか、領主様の治める土地から追放されてしまい、何処に行ったかも解らず、その行方を追う術を私は持っていなかった。


 ところが、ソレが有ると、パリス様は約束してくれた。

 私にとったら、雲上人たる領主様の更に上の国王様と交渉を行い、その行方は勿論の事、ニートが犯してしまった罪さえも無かった事にしてくれると。


 事実、その約束は半分だけ守られる。

 いつの日か、二人のお金が貯まったら旅をして、ニートが一緒に行ってみようと誘っていた王都『ベンチュラ』、まずはパリス様が目指したのはその地だった。


 言われるがままに髪を飾り、生まれて初めて着た上等すぎる服に袖を通して、何処に連れて行かれるのかと思ったら、そこは王都の中心地にある王宮。

 数多の謁見希望者が列を成して待つ中、それが最優先で許されると、国王様はなんと二つ返事でニートを無罪放免にしてくれたのである。


 おまけに、その場に居たニートが殴ったとされる公爵家の嫡男様の父親、公爵様本人から頭を下げられて謝られた。

 もう思わず開いた口が塞がらず、茫然とするしかなかった。私や村のみんなが絶対に無理だと考えていたモノがあっさり過ぎるほどに実現した事に。。


 それこそ、茫然とするあまりに王宮からの帰り道を全く覚えていない。

 気付いたら、宿にしているアレキサンドリア大王国のミルトン王国駐在官様の屋敷に居り、メイドさん達にお風呂で身体を洗われていた。


 どうして、それほど簡単に事が済んでしまったのか。

 父さんが村長であり、その仕事を手伝う為、私はそれなりに読み書きと計数は出来たが、さすがに『政治』なんて難しい事は解らないが、パリス様が言うにはこういう事らしい。


 私が生まれ育った国『ミルトン王国』は領内に海を持たず、岩塩が採れる盛んな産地も持っていない。

 だが、塩はヒトが生きてゆく上で欠かせないモノであり、ソレを手に入れる為、他国を必然的に頼らざるを得ず、その大半の供給源となっている国こそが、フィートおじさんの出身地であるアリキサンドリア大王国だとか。


 そして、フィートおじさんの家はアレキサンドリア大王国の大王を輩出する御三家の一つ、マスカット大公家。

 当然、ミルトン王国はマスカット大公家の機嫌を損ねる訳にいかず、正当な罪であるならまだしも、ニートが犯した罪は罪にもならない。


 むしろ、公爵様本人が頭を下げた程度では気が収まらない。

 ニートがマスカット大公家の血筋と正式に認知されたら、ミルトン王国から正式な謝罪と責任追及を行って貰うとさえ、パリス様は酷く憤慨していた。


「あの……。ハネポート男爵?」


 やっぱり、私には難しすぎて、その意味が半分も解らない。

 ただ、これだけは解った。実はニートが貴族様どころか、王子様であり、私の想像を遙かに超えていたと。

 その隔てた身分の大きさを知り、そこで今更ながら『平民の私なんかが……。』という不安に苛まれた。


『私はフィート様の乳兄弟です。

 だから、フィート様の事は良く存じ上げています。なら、ニート様をどの様に育てるかも……。

 実際、貴女様からニート様のお話を聞く度、立派な若者にお育ちになったと感じ入るばかり。

 そして、コゼット様はそのニート様がお選びになった女性です。だったら、御自分を卑下するのは御止し下さい』


 しかし、パリス様はそう言ってくれた。

 その言葉を信じて、私はニートの到着を待つ事となったが、ニートは王都に現れなかった。


 たまたま偶然にも、私達より二週間ほどの遅れで王都を訪れた領主様。

 その行方を知っているとばかり思っていたティミング様も残念ながらニートが何処に行ったかを知らなかった。


 ティミング様がニートに与えた罰は領外追放の他に戦争奴隷となり、今も戦争中のインランド王国との戦争に参加するというもの。

 但し、これは世間を誤魔化す為の表向きの沙汰。その実は国外逃亡を暗に促しており、村を出た後の足取りはニートとニートを護送する兵士にしか解らないらしい。


 もし、その行き先に可能性があるとしたら、西の『ラバマ王国』か、南の『ジョシア公国』だろうとも言ってくれた。

 ミルトン王国の北は険しい山脈に阻まれており、東はインランド王国と戦争中。北と東を選ぶ筈が無いと更に付け加えて。


 ジョシア公国はミルトン王国とアレキサンドリア大王国の間に在り、通過を予定にしていた国。

 私達は『南』に賭けて、ジョシア公国へと急ぎ、その王都で半年ほど滞在。ジョシア公国とアレキサンドリア大王国は仲が悪い為、ジョシア公国自体の協力は得られなかったが、冒険者ギルドや商業ギルドなどの各方面に力を貸して貰い、ニートの行方を捜した。


 その合間、私はニートの子供を産む。


 元気な男の子で名前は『ヤード』と名付けた。

 その由来は雄々しく、逞しく、大きく育って欲しいと言う意味を込めて、あのヤードが授かっただろう山小屋。生まれ育った村からいつも見えていた山の名前から。

 アシュブロンドの髪に蒼い目、特に目元はフィートおじさんとニートに良く似ており、パリス様は『正にフィート様の御孫!』と喜んでくれた。


 だが、肝心の父親であるニートの行方は解らないままだった。

 もしかしたら、西の『ラバマ王国』に向かったのか。そんな後悔と後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、私達はアレキサンドリア大王国に再び旅立った。


 今も尚、パリス様の部下がニートの行方を捜してくれている。

 一応、それっぽい若者を見たという情報は有るのだが、これが人違い。


 しかも、その人違いさんは行商人でかなりのやり手らしく、良い意味でも、悪い意味でも目立って、彼方此方で評判になっており、ニートを捜す上で混乱を招く要因になっているのだから困る。

 今度こそはと噂の出所に赴いてみると、その正体はこの行商人だったと言う例がジョシア公国とアレキサンドリア大王国の二カ国に跨って多い。


 実を言うと、ニートは私や兄さん以上に読み書きも、計数も出来る。

 どうしてか、それをニートはひた隠していたが、私と兄さんだけは知っていた。

 だからと言って、行商はさすがに無理だ。出来なくも無いだろうが、その経験など全く無いのだから。


 ニートは猟師だ。いきなり余所の土地に行って、猟は勝手に出来ないが、ニートは魔物を狩れるほどの腕前を持っている。

 身近な目標がフィートおじさんだった為、ニートは自分の腕前にいまいち自信を持っていなかった様だが、多くの冒険者を見てきた父さんに言わせると、まだまだ一流とは言えないにしろ、冒険者として十分に稼げるだけの腕前は持っているとか。


 なにせ、冒険者はソレが偽名だとしても、簡単な審査で登録が済んでしまえば、ギルドでの仕事は請けられる。

 今も罪が帳消しになったと知らないままで逃げているだろうニートにとって、これほど適した仕事は他にない。


 本当にニートは何処に行ってしまったのか。

 今年で19歳。あの突然の別れから、もう三年半が過ぎた。最近、寂しくて、寂しくて仕方がない。


 いつの間にか、溜まっていた涙が零れてきた。

 最近は駄目だ。生まれたばかりの頃は良く泣いたヤードも今では手があまり掛からなくなり、一人の時間に余裕が出来たせいか、ニートを想っては落ち込んでいる。


 この色鮮やかな春の花が咲き誇っている庭園を訪れてみれば、気分が少しでも晴れるかと思いきや、その逆に沈んでゆくばかり。

 庭園の中央、やや小高くなった東屋にて、テーブルに両肘を突きながら両頬を持ち、花の匂いがする微風の中に思わず溜息を深々と漏らす。


「ふぅっ……。コゼット様っ!?」

「へキャっ!? ……えっ!? あっ!? おっ!?

 ……って、何だ。パリス様じゃないですか……。びっくりさせないで下さいよ。へんな声を出しちゃったじゃないですか」


 ふと耳元で息を大きく吸う様な音が聞こえたと思ったら、名前を大声で呼ばれ、驚愕のあまり身体をビクッと震わせた上に椅子の上を跳ねる。

 慌てて瞳に溜まっている涙を拭い、早鐘をドキドキと打っている胸を右手で押さえながら振り向くと、パリス様が呆れ顔となりながら腰に両手を突いて立っていた。


「さっきから何度もお呼びしていました。ハネポート男爵と」

「そうなの? でも、その呼び方、まだ慣れなくって……。」

「それと何度も申し上げていますが、私の事は『パリス』と呼び捨てでお呼び下さい」

「それも慣れなくって……。と言うか、無理に直す必要も無いんじゃないでしょうか?」

「いいえ、なりません。それを許していては秩序が保たれません。あともう一点、貴婦人が舌を出すのは好ましくありませんのでお止め下さい」

「あっ……。はい、そうですね。ごめんなさい」


 どうやら、泣いているところは見られなかったらしい。胸をホッと撫で下ろす。

 その一方、パリス様から駄目出しを連続で出され、頭を右拳で軽くコツンと叩きながら舌を出した笑顔で誤魔化すが、冷ややかな眼差しと共に更なる容赦ない駄目出しを出される。


 アレキサンドリア大王国を訪れて驚いたのは、ニートの血筋であるマスカット大公家が想像していたよりも断然に大きかった事だ。

 その本領たる『ハンブルク』の街も、城も、ミルトン王国、ジョシア公国で見たソレよりも大きく、もう唖然と言葉を失うしかなかった。


 どうしても、ニートに会いたい。私とニート、ヤードの三人で幸せな家庭を作りたい。

 その一心だけは誰にも負けるつもりは無かったが、ハンブルク城の巨大な城門を見上げた時、私の心は瞬く間に萎縮した。一歩も前に進めなくなった。


 なにしろ、私はミルトン王国の田舎も田舎、ド田舎の村娘に過ぎない。

 パリス様に上等な服を用意して貰い、見てくれだけは貴族様みたいだと浮かれていたが、どう考えても明らかに場違いが過ぎた。


 挙げ句の果て、その巨大な城門が重い音を立てて開くと、何百という煌びやかな鎧を纏った騎士様達が中央に向かって列び、その中央に道を作っていた。

 まさか、この道を進めと言うのか。そう思った瞬間、ラッパの音色が高らかに鳴り響き、騎士様達は一斉に片跪きながら頭を垂れ、最も中央内側の騎士様達はマスカット大公家の紋章が金糸で刺繍された赤い旗がはためく儀式杖の先端を真向かいの者と交差させて、見事なアーチを描いてみせたのである。


 それはまるで王様を迎える様な儀式であり、とても田舎の村娘を迎えるものでは無かった。

 ますます気圧されて思わず後退ったが、背後に立っていたパリス様が受け止めてくれると共に『大丈夫です』と小さく呟き、私の背中を優しく押してくれた。


 それでも、不安は隠せなかった。

 しかし、それを私とニートの繋がりの証であるヤードが一気に打ち消してくれた。


 騎士様達が作るアーチを進んでいると、私の怯えが伝わってしまったのだろう。

 私の腕の中でヤードが声をあげて泣き始めた途端、長い長いアーチの先で待っていたニートのお爺さんであり、フィートおじさんのお父さんである大公様が慌てて駈けてきて、まずは私を気づかってくれると、ヤードを一生懸命にあやしてくれた。


 今現在だって、そうだ。この街に来て、もうすぐ一年と半年になるが、大公様は不自由はしていないかと常に私を何かと気づかってくれている。

 この前とて、旅の道中で一度だけ食べたバナーナの味が忘れられないと夕飯の席で零したら、その二週間後にはバナーナを取り寄せてくれた。


『うむ! コゼットさんが言うだけあって、なかなか美味いものだ!

 良し、決めたぞ! 苗と職人も取り寄せて、我が領内でも栽培をしよう! そうすれば、いつでも食べられるぞ! わっはっはっはっはっ!』


 あまつさえ、これである。驚きすぎて、止める暇も無かった。

 私でさえ、こうなのだから、ヤードに対してはもっと凄い。親馬鹿ならぬ、曾孫馬鹿そのもの。


 先日、ようやくヤードが言葉を喋る様になり、大公様はヤードから『じーじ』と初めて呼ばれて、狂喜乱舞。

 祭りだ、祭りだと叫び、倉を開放して、城下町のみんなに酒を振る舞い、多くの旅芸人達を集めて、本当のお祭りにしてしまうのだから凄いと言うしかない。


 その上、御用商人を呼び寄せると、ヤードが着る鎧を記念に作ると言い出す始末。

 ヤードはマスカット大公家に連なる者として、いつかは戦場に赴くのだろうが、今はまだ二歳。これはお婆様がさすがに止めてくれたおかげで何とか事を無きに得たが、どう考えても気が早すぎる。

 とにかく、大公様は何かある度、ヤードにプレゼントを色々と贈ってくれるのだが、そのスケールが大きいから困る。


 そう、肝心のニートが居ない。

 その大きな一点さえ除いたら、今の私は信じられないくらい幸せな日々を過ごしている。


 所詮、私は平民の上に他国の余所者。きっと疎まれるのだろうと覚悟していた。

 ヤードと引き離されるのだけは絶対に嫌だったが、ニートの妾扱いで城下町の寂れた場所に家と生活に困らない程度の捨て扶持を貰う。

 この街まで来る旅の道中、そんな生活になるのだろうと思い描いていたが、現実は真逆どころか、その想像の上をいった。


 大公様をお爺様と呼ぶのを許され、朝夕の食事はお爺様とお婆様と共にする。

 最早、完全なマスカット大公家に連なる者としての扱い。


 住居は城の離宮を丸ごと貰い受けて、専用の庭園まで有り、私とヤードの為だけにメイドさんと使用人の方々が十五人も居て、パリス様とその部下の皆さんが朝から晩まで常に離宮を警備してさえもいる。

 貴族様を通り越して、お姫様待遇と言っても良い。最近はみんなも慣れて、私の趣味と妥協してくれたが、当初は料理や掃除などの家事をしては随分と怒られたものだ。


 ところが、身分は未婚のまま。

 ニートが帰ってきた時、どうしても私達の結婚式が見たい。お婆様のたっての希望からそうなっている。

 どうやら、お爺様がフィートおじさんとエクレアおばさんの仲を頑なに認めなかった為、二人は駆け落ちをしてしまい、その結婚式が見られず、それがずっと心残りだったらしい。


 だが、貴族とは形式を重視するもの。

 ニートとの確かな繋がりであるヤードが居たとしても、未婚のままでは皆に認められず、城にも住めない。

 その理由から私は貴族の一員となり、名前を『コゼット・ラゥ・ローデ・ハネポート』と変えた。約20年ほど前に血が途絶えてしまったマスカット大公家の分家で驚くべき事に男爵位と領地まで持っている。


 つまり、マスカット大公家から貴族と認められた陪臣のパリス様とこの国の国王様から貴族と認められた直臣で男爵の私を比べると、位階序列では私の方が上になる。

 しかし、パリス様は村から約二年も一緒に旅をしてきて、本当に色々とお世話になった人。その恩人を呼び捨てにしろと言われても難しい。


「さあ、大公様がお呼びです。急いで下さい」

「はい」


 パリス様に促され、座っていた際の皺を伸ばす為にスカートを叩いて、椅子から立ち上がる。

 今の時間、お爺様は謁見に忙しい筈なのにと考えながら、既に歩き出したパリス様の後を慌てて追って、三歩ほど歩いたその時だった。


「大丈夫……。絶対に見つかりますよ。もう暫くの辛抱です」

「……ぁっ!?」


 不意にパリス様が立ち止まったかと思ったら、明後日の方向を向いて、小さく呟いた。

 釣られて立ち止まり、その風に乗って聞こえてきた小声を一瞬後に理解して息を飲む。やっぱり先ほど泣いていたところを見られていたらしい。


 だが、気恥ずかしさより嬉しさが勝った。誰かにそう言って貰いたかった。

 最近、私が寂しがっているのを知ってだろう。お爺様とお婆様は勿論の事、誰もが私に気づかい、ニートの話題を口にしない。

 思えば、私が苦しい時、パリス様はいつも助けてくれる。今日も、これまでも、初めて村で出会った時以来ずっとだ。


「少し遅れる。そう、大公様にはお伝えしておきます」


 たまらず顔を両手で覆い、その場にしゃがみ込む。

 するとパリス様は何事も無かったかの様に歩を再び進めて立ち去り、私は声を殺して泣いた。




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